第一二一話 明日の予定は
今回短めです。
さて。
俺は今現在、今夜泊まる部屋の引き戸の前に居る。
流した汗は綺麗さっぱり落とした後で、もう部屋に入って良いのだけれど。心理的な壁が生じているというか。
酔っていたが故に出てしまった言葉の数々が、今更になって羞恥心を伴い俺に襲い掛かってきているというか。
端的に言えば、ヘタレている訳である。
まあそうは言っても、既に部屋に入るしかない状況──
「どうかされましたか、リク?」
──だとか関係なく今この瞬間、引き戸が開けられ中に居たフランに声を掛けられてしまった。
俺が迷っていると背中を押してくれるのがフランだよな、そうだよな。もうそういうことで片付けよう。よし。
「いや、ノックはすべきなのかと考えてたところ」
ああ、少しだけそういうことも考えていた。だから別に嘘ではないんだ。
「そうでしたか。取り込み中ではありませんので、どうぞ入ってください」
フランは特に疑う様子も無く、普段通り。寝間着に着替えてはいるようだけれど。
俺は促されるまま部屋に入る。
「そういえば明日の話だけど」
基本的に、沈黙を苦にしないのが俺ではあれど。今ばかりは少々勝手が違うので、話題を展開してみることにする。
「街を見て回るのですよね?」
「そうそう」
俺もフランも座椅子に座って対面。
「それで、先に質問しておきたいんだけど。フランはこの街に来たことはあるのかな?」
もしあるのであれば、目星を付けたり、あるいは消去法的に選択肢を出せるかなと思うんだけど。
「いえ、オルデンに来たのはこれが初めてです」
無かったらしい。
「なるほど。それなら明日は予定無しでぶらつくことになるかな」
「クズハさんやサギリさんに、名所のようなところがあれば聞けるかも知れませんが」
「サギリさんはパスで」
反射的に拒否してしまった。
フランは少し驚いた様子だ。
「やはり、苦手に感じているようですね」
フランの顔には苦笑が浮かんだ。
「そういうフランは、そんなでも無さそうだけど」
「飄々とした態度の中に、誠実さが見え隠れしていましたから。少なくとも、理由無く人を騙したり陥れたりするような方ではないと思います」
ふむ。そうか。
……まあ、そうだな。
けれども。
「理由があれば、迷わず騙したり陥れたりしそうなんだよなぁ。それに、妙に胡散臭いというか、むしろ率先して自分を胡散臭く見せようとしている風にすら見えるというか。それをするメリットは全く分からないけど」
「それは……、そうですね。胡散臭く見せている、というのは私も少々感じました」
なんとフランもそこは同意見だった。
俺だけが抱いた印象であればまだしも、こうなると果たして……。
「ああ、サギリさんの話で思い出した。受け取った報酬の半分を渡すよ」
アイテムボックスから巾着袋を取り出し、テーブルの上に置く。
口を開いて中身を全て出した。
「結合起動の補助をする指輪が十個、移動用の魔法具が二個。指輪の方には特に名前を付けていないらしい。移動用の魔法具は勁鷲っていう名前だそうだよ。クズハさんが使っていた青龍の廉価版みたいなものだとか」
そのままサギリさんから受けた説明をもう少し詳しくフランに伝えてから、魔法具の半数を巾着袋に仕舞う。そしてフランに向けて差し出した。
「この内容を半分というのは、私が貰い過ぎではありませんか?」
「そんなことは無いと思うけど。仮にそうだったとしても、俺が多く受け取ったところで何も嬉しくない内容だよ。特に移動用の魔法具」
ゲイルに乗った方が格段に速く移動できる上、そのまま戦闘もできる。いや、風魔法をしっかり使えば勁鷲に乗っても戦闘は可能になると思うけれど。ゲイルに乗った場合と比較すれば、残念というしか無い状況になるのは明らかだ。
なお、ゲイルが優秀すぎるのは認める。
「正直、一個ですら同行者に貸すくらいしか使い道が無い」
「……ゲイルは優秀ですからね」
そうそう。仕込んだのは俺だけど、全部吸収しやがったのはアイツだから。
「そういう訳だから、そのまま受け取っておいて欲しい。指輪は明らかに配布用を含んでるけど」
一つあれば、自分で使う分には困らないし。
けど、誰に渡すかな。とりあえず、火魔法のプロフェッショナルと化してきているエリックは確定だけれども。そのついでに、ステラさんに渡すのも良いか。補助魔法でも結合起動は使えると聞いた。
「話を戻すけど、相談相手はクズハさんにしておこうか。その方が色々と安心できる」
「遠い目をしながら言う台詞ではなかった気がしますが」
いや、遠い目にもなるって。
俺が曖昧な笑みを浮かべると、フランも同じく曖昧な笑みで返した。
「ま、今日はそろそろ寝ようか。夜も遅いし」
本当にただ眠るだけだから、若干でも緊張したような表情は止めようか、フラン?
迂闊にも深酒をしていたら、主人公の行動は変わっていたかもしれません。
けれど実際には深酒をしなかったので、その仮定は最早意味が無いものです。