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俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第四章 有名税は払いたくないものです
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第一二〇話 持て余す感情

酒が入るとガードが緩くなりますよね。

 愉快な宴が愉快なままに終わり、今は今晩泊まる部屋に案内されてそこに居る。……フランと一緒に。


 内装は非常にシンプルな十二畳の和室。

 不用意に調度品が置かれている訳でもなく、小さめのテーブル一つに座椅子が二つ、そしてふかふかの布団が二組ある。

 そう、二組。ご丁寧にも隣接した配置だ。


 既に、ここまで案内してくれた人はこの場を去っていた。


「ちょっと、サギリさんと話をしてくる」


 俺はそう言って踵を返すも、フランに袖を掴まれる。


「……フラン?」


 振り返って表情を伺ってみれば、フラン自身も困惑した様子で俺の袖を掴んでいた。


「あ……、その。特に、問題は無いと、思いませんか……? 私とリクが、同じ部屋でも」


 そう言ってから、フランの表情がころころ変わる。

 照れたように、慌てたように、少し青ざめたように。


「いえ、別段何かをするというお話ではなくてですね……! そう、ただ、眠るだけなのであれば、クエストに出た際に同じテントの中で眠るということなど今まで何度もあった訳ですし!」


 それから混乱したように、早口でまくし立ててきた。


「……ま、フランがそう言うなら俺もこのままで構わないよ」


 中々レアなフランの様子を見て、俺は部屋の出口に向かっていた身体の向きを反転させた。そして座椅子の一つに近付き、腰を下ろす。


「しっかしまあ、俺とフランを恋人関係だとでも思ったのかね。この部屋を用意してくれたのが誰なのかは、知らないけど」


 ここであからさまに話題を変えるのも、それはそれで変な空気になる。なので、とりあえずぶっ込む。

 我ながら思い切りが良すぎるきらいはある。


「随分と冷静なのですね。……私だけが一方的に慌てている現状には、少し不満があります」


 不機嫌さを隠そうともしないフランが、俺の対面にある座椅子に腰を下ろした。

 その目は俺を睨んできているものの、迫力というものが著しく欠けている。


「フランが普段以上に、可愛い姿を見せてくれるものだから。むしろ冷静さを装っている状態なんだよ、今の俺は」


 アイテムボックスから紅茶の入ったポットを取り出し、ティーカップとソーサーも二組取り出してそれぞれ紅茶を注ぐ。柔らかな香りが部屋中に広がった。


 さて。少しばかり、攻めてみたけれど。


「か、かわ……。それに、普段以上(・・)というのは……」


 こちらが攻勢に回ると弱いんだよな、フランは。

 そしてほら、可愛い。


 俺は笑みを浮かべつつ、静かに紅茶をフランへ差し出す。


「ありがとう、ございます……」


 こんな状況でもお礼を言ってくれる辺りが流石だ。若干のぎこちなさは否めないけれど。


 フランは数秒間その紅茶をじっと見たあと、ゆっくりとカップを口元に運んだ。

 一口飲んで、小さく息を吐く。


「やはり、リクが淹れてくれる紅茶は私の好みです」


 そうして出てきた言葉に、俺は自然と次の言葉を返していた。


「それはまあ、フランの好みに合わせた紅茶を一番に練習しているからね。そこを謙遜するつもりは無いよ」


 またしてもフランの表情に変化があることに気付きつつ、俺は言葉を続ける。


「けど、まだまだ伸びしろはあると思っているから。これから先も楽しみにしていてくれると、俺は嬉しいかな」


 やっぱり、淹れたい紅茶(・・・・・・)を練習するときが一番上達している実感があるし。

 好きこそものの上手なれ、とは良く言ったものだよ。


「はい。……楽しみに、していますね」


 フランのこの表情が見たくて、俺は頑張っているのだから。











 さて。

 酔いが回って余計なことを言った気がしないでもない俺は今、一人でアサミヤの敷地を歩いている。特に目的地は無く、けれど頭を冷やすという目的だけはあった。


 まるで時代劇のセットのようだ、と思う。あるいは江戸時代の末期辺りにタイムスリップでもしたか。

 ともあれ純和風の建造物が立ち並ぶ様は、既に繰り返し抱いた感想ではあるが、ここが異世界(エクサフィス)であることを忘れさせる。


 宴の延長か、どうやらまだ酒盛りをしている人間が居るらしい。ちらほらと談笑する声が聞こえてきた。

 そんな中、歩き続けていた俺の耳に届いた音がある。


 風を切る音。それから、鋭い足運びの音。


 マップを確認し、今の俺の進行方向に居る人物の名前を見た。

 勤勉なことだ。挨拶でもしに行ってみようか。


 そこは剣道場の前にある、開けたスペースだった。後ろで束ねた黒髪を揺らし、流麗な足運びと剣捌きを見せる剣士の姿がある。


 鍛錬の邪魔にはなりたくなかったので、俺は静かに歩いてきたつもりだけれど。ふと手を止めたその剣士──スミレ・アサミヤさんはこちらに視線を向けてきた。


「鍛錬の途中にすみません。お邪魔してしまいましたか」


 それほど長く木刀を振り続けたりはしないだろう、という勝手な推測をして、タイミングを計って声をかけるつもりだったのだけど。ご破算になった。

 俺は素直に謝る。


「いえ。気を遣って頂いたことの分かる、とても小さな足音でしたから。それこそ、今もここまで届いている談笑の声の方が大きかったでしょう」


 薄っすらと汗を滲ませたスミレさんは、穏やかな口調でそう言ってくれた。


「ところで、私に何か御用でしょうか?」


 心当たりは無いけれど、という心の声が聞こえてきそうな表情と声色。


「特にそういう訳ではないのですが、夜風に当たっていたらここに辿り着いた次第です。ただ、折角なので挨拶でも、とは思いまして」


「そうでしたか」


 スミレさんは少しだけ考える素振りを見せた後、自身が持つ木刀の他にもう一本の木刀を──恐らくアイテムボックスから──取り出した。


「では挨拶がてら、手合わせを願えませんか? 実のところ、相手が欲しかったのです」


 浮かべるのは好戦的とも取れる笑み。差し出すのは新たに取り出された木刀。


「畏まりました。実は発散させたい感情が自分の中で渦巻いているので、こちらとしても好都合です」


 いつもの俺なら少しくらい渋ったであろう誘いを、即座に受諾した。迷い無く木刀を受け取り、数回振って感触を確かめる。


 スミレさんの方を見ると、意外そうな視線を向けられていた。


「乗り気でないようなら、すぐにでも撤回するつもりのお願いだったのですが……。いえ、深くは聞きません。それでは始めましょうか」


 俺から距離を取り、木刀を正眼に構えるスミレさん。


「寸止めで終了とします。あまり熱が入りすぎてもいけませんから」


 俺の方も同じく正眼に構える。


「分かりました。では、魔法は無しで戦いましょう」


 縮地を使い倒す必要があるな。俺から速度を取ると、あまり残るものが無いから。


「行きます」


 凛とした声が聞こえた直後、俺は木刀に強い衝撃を受けていた。


 一応は動きを読んだ、防御の成功。けれど俺の目論見は受け流しであって、手が痺れるほどの威力を受けてしまったのは宜しくない。


 反撃の横薙ぎを繰り出すも、完全に間合いを読まれて掠りもせず。

 とはいえそれは想定内で、縮地によってこちらから間合いを詰めてもう一閃。これは木刀で防御こそされたものの、先ほどよりはマシな結果か。


 そう思ったのも束の間。瞬間的に木刀を流され、僅かに俺の体勢が崩れる。

 咄嗟に地を蹴り身体を捻り、振り上げられた木刀をこちらも木刀で防御する。受けた勢いを利用し、空中へ飛ばされつつも体勢を整え、静かに着地を決める。


「着地を狙われるかと思いましたが、予想が外れました」


 あわよくばカウンターを、と思っていたんだけどな。


「貴方は空を自在に飛ぶのですから、空中にかち上げた程度で隙と見るのは早計です。風魔法は使わないにしろ、姿勢制御は健在でしょう。予期せぬ動きで手痛い反撃を受けるのは、避けました」


 手堅いな。技量で上回っている上に油断も無いとなれば、こちらから打って出るのも厳しい。

 しかし、だからこそ。


 縮地、二連続。向かって右側からの接近と見せかけ、即座に左側へ。間髪いれずに木刀を振り下ろす。

 しかし空振り。そこにスミレさんの姿は無し。


 マップを確認。背後に反応有り。一八〇度身体を反転させ、見えたのは木刀の切っ先。

 辛うじて防御を間に合わせ、軌道を逸らす。相手の木刀が、俺の右頬を僅かに掠めた。


 安堵したのも、やはり束の間。既に次の刺突準備が完了し、切っ先が俺を狙っていた。


 豪雨の如き刺突の連撃が俺を襲う。防げども(かわ)せども、次から次に襲い来る。

 堪らず後方に向かって縮地を使うが、相手も同様に縮地を使うので間合いは維持される。


 防戦一方。

 次第に俺の体勢は崩されていき、そして今、木刀を大きく弾かれた。


 やはり既に、スミレさんの刺突は準備が完了している。しかし俺の木刀は弾かれた勢いを御しきれておらず、防御は間に合わない。──通常であれば。


 アイテムボックスに木刀を収納。逆手に持つ形で再び取り出す。


 無理矢理に間に合わせた防御は拙いもので、突かれた勢いのまま身体ごと後ろに飛ばされる俺。

 転倒こそ免れたが、首筋にはスミレさんの木刀が当てられていた。


「参りました。流石にお強い」


 いやはや、負けてしまった。勝てるとも思っていなかったけれど。


「リクさんこそ、強みである風魔法を使わずしてここまで動けるとは」


 俺の首筋から木刀が離れたのを見て、借りていた木刀を返す。


「ところでスミレさんは、普段からこのくらいの時間に鍛錬をされているのでしょうか?」


 日中は門下生の指導で忙しいのだろうか。そう思っての質問をしてみた。


「今夜は特別です。少々、思うことがあったもので」


 はてさて、それは俺が踏み込んで良いものか。


「なるほど。今日は色々と大変でしたからね」


 分からないので茶を濁す。これ最強。


「ええ、本当に」


 スミレさんからの返答は短い同意の言葉だった。

 どうやら、茶を濁したのは正解だったらしい。


 じゃあ、軽く水浴びをしてから部屋に戻ろうかな。

風魔法抜きでも、そこそこには強くなっている主人公です。

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