第一一八話 宴の始まり
お待たせ致しました。
サギリさんに連れられてやって来たのは、特に何の変哲も無い和室だった。少なくとも見た目上は。
壁際に桐箪笥らしきものがあり、中央にちゃぶ台があり、座布団が敷かれている。実に普通の部屋だ。逆に警戒したくなる。
先導して俺に背中を見せていたサギリさんだが、こちらを見ることも無く口を開く。
「そう警戒する必要は無いよ」
「確かに、サギリさん相手に多少警戒したところで無駄ですか」
「そういう意味ではなかったのだがね」
警戒していることがバレているのはこちらも承知の上だったので、焦らず切り返した。
「手早く用件を済ませようか」
ようやくこちらに振り返ったサギリさんの手には、薄墨色の巾着袋があった。それがこちらに向けて差し出されている。
その巾着袋は、いつの間に出したのやら。やはりアイテムボックス持ちだろうか。
「じゃらじゃらと音が聞こえたんですが、何が幾つ入っているんでしょうか」
「結合起動の補助をする指輪が十個、おまけとして移動用の魔法具を二個入れているよ」
さらりと言われた言葉を、思わず聞き流したくなってしまった。
「ちなみに指輪の方は、使用するものが所有さえしていればアイテムボックスに入れていても効果を発揮する。移動用の魔法具は、クズハが使用していた青龍の廉価版とでも思って貰えれば良い」
聞き流したい情報が上乗せされた。
もう特盛だ。胃がもたれてしまう。
「報酬が多過ぎでは?」
一体何が目的だ。サギリさんの立場や能力に鑑みても、全く分からない。
よもや、こちらを無駄に警戒させて遊んでいるのではなかろうな。
「私としても、五つ星冒険者二名に相応の報酬を渡そうと思っていたのだが。君の活躍ぶりは完全に六つ星相当だったからね。君と君の騎獣の組み合わせは、実に強力なようだ」
さらりと返された言葉に、自身の残した結果を省みてみる。
フラン、クズハさん、騎獣であるゲイルと共同で上級の魔物を複数体討伐。飛行能力を持つハルピュイアや猛毒を持つヒュドラなどは、相性次第で非常に厄介だっただろう。むしろ、それを理解していたからこその優先的な討伐だった。
その後の雑魚掃討は敵の進軍速度を多少抑える程度で、大した働きではなかったはず。それこそ中級冒険者でも不足無く務まる程度の。……あれ、中級冒険者ってそれなりに強力な戦力として扱われるんだったか。まあ良いか、俺は上級冒険者なんだから。
そしてアサミヤ軍──というかスミレさんとの共闘は、なんだ、その、アレだ。ゲイルと俺の能力の噛み合い方が、えげつなかった。いや散々訓練を積んでいるのだから、それの成果を実戦で発揮しただけとも言えるけれども。
「とはいえ指輪の方は、個数が増えたところで然程のものではないよ。そちらは材料費も製作の手間も大してかからないからね。結合起動に慣れればその補助も不要になる」
「では移動用の魔法具は?」
「長距離移動を前提とするなら、君の騎獣の八割程度は速度が出せるだろうか。短距離移動……戦闘機動については比べないでやって欲しい。些か以上に厳しいものがある。何らかの補助手段があれば、話は変わるのだが」
「確かに性能の話も聞きたくはありましたが、何故直前の話から方向性を変えたのでしょうか?」
はっはっは、と白々しい笑い声が返事として来た。そして未だに俺が受け取っていない巾着袋を、更に俺に向けて近づけてくる。
この圧力よ。
仕方が無いので巾着袋を受け取る。そして口を開いて中を確認してみる。
黒い指輪が十個くらいに、黒い札のようなものが二枚。札は手のひらに握りこめるくらいのサイズで、これが移動用の魔法具か。
札を一つ、取り出した。
「その魔法具の名は勁鷲。大局将棋における雲鷲という駒が成ったものだね。一般的な本将棋で例えるなら、飛車と角行の合体と言えば分かり易いか」
「つまり、縦横斜めに動き放題、と」
「そして勿論、魔法具としての勁鷲は上下にも動けるよ。鷲が飛べないなどとなれば、名前負けも甚だしいからね」
確かに、それはそうだ。
ここから魔法具に関する説明を受けること数分。
指輪が伸縮自在だとか、勁鷲が遠隔操作可能だとかいう話を聞いてから、宴の会場へ移動することに。
既に会場には料理が並んでいて、参加者もかなり揃っているらしく席はほとんど埋まっている。
上座に目を向けると、白髪交じりではあるが黒髪の、時代劇で見た将軍のような風貌の男性が座っていた。深緑色の着物に、白い袴。厳つい顔立ちで眼光が鋭い。齢は七〇手前くらいか。
エディターで確認してみると、ソウイチロウ・アサミヤさんという方らしい。
「アサミヤ家当主だよ。では、私はこれで」
俺の視線が何処に向いているのか気付いたサギリさんが呟くように言って、そのまま上座付近の開いている席に向かっていく。
さて俺の席だけれど、これは分かり易い。俺の方を見ているフランが居て、その隣が空いているからだ。ちなみに埋まっている方の隣がクズハさんだった。
早く行こう。
「サギリさんとは、何のお話をされていたのでしょう?」
席につくと、フランから早速質問を受けた。
「今回の報酬の受け取りと、内容の説明をね。貰った個数が偶数だから、後で半分渡すよ」
「偶数……?」
俺が微妙に濁したような言葉を使ったからか、フランが不思議そうな目でこちらを見てくる。
「とりあえず今は、楽しくないことを考えたくない……」
「……ふふ。分かりました」
俯きつつ、ため息混じりに弱音を吐くと、慈愛に満ちた優しい声色で返事が来た。
「随分とお疲れの様子でありますね。あれほどの連戦となれば当然ですか」
顔を上げて視線を横にやれば、苦笑するクズハさんが居た。
「中々に神経を削る戦いだったから。精神修行でもすべきかね」
アイテムボックスのお陰で基本的にはコンディションを維持できるだけに、本気の消耗戦になると弱いんだよな、俺。今回は持たせたけれど、次の機会が巡ってくればどうなるか。
いや、次の機会なんて来ないのが一番だけど。どうせ来るだろうし。俺は知っているんだ。
「リクの精神力は既に十分高いと思います」
「そんなことは無いと思うけど」
フランからの高めな評価をやんわり否定していると、どうやら宴が始まるらしい。当主のソウイチロウさんが杯を持って立ち上がった。
俺達以外も各々雑談に興じていてそれなりに喧しかったこの会場が、すっと静まり返る。
当主が会場を隅々まで見渡してから、ゆっくりと口を開いた。
「此度の魔物討伐、皆良く働いてくれた」
低く響く、重みのある声。
「以前より懸念されていたオルデン近辺における魔物の不自然な集結は、これでひとまずの終わりを迎えたこととなる。原因の究明はサギリ主導とし、冒険者ギルドとも連携して進めていく」
やっぱり事後処理もやっていくのか、サギリさん。忙しそうだな。
ただ、原因は分かっているだろうに。果たして何をするのか。そんなことを思った俺に、意味深な視線を向けてくるサギリさん。
妙なことは言わないから、こちらを見なくても大丈夫ですよ。
「だが、今宵はただ勝利を祝い、楽しむとしよう」
おや、話が長くない。
当主が無言で杯を掲げると、宴の参加者も各々杯を掲げた。
俺もそうしようか。
「乾杯」
耳朶に深く響く乾杯の声が聞こえて、それに続く声が複数ある。
宴が始まった。
ようやっと宴が始まりました。