第一一六話 武術都市防衛6
主人公が頑張って戦います。
弱った。
露払いを引き受けただけのはずが、下手をするとエミュレーター・コピー持ちのオーガより厄介そうな合成獣がご登場しやがった。
更に悪いことは重なって、周囲に別の魔物も集まってきている。
ちなみに異形のオーガは、上二本の腕に棍棒を持ち、下二本の腕は今のところ無手だ。ハルバードやら戦斧やらを後から出してくる可能性は大いにある。
「これは、逃げた方が……?」
ちらり、スミレさんの方を確認してみる。
エミュレーター・コピー持ちのオーガを相手に、流麗な立ち回りで圧倒しているスミレさんの姿が見えた。あと数分と経たず、彼女自身の宣言通り押し切れそうな勢いだ。
しかしそれも、完全に意識を一対一に持っていって、極限まで集中しているからだろう。その集中を崩された瞬間、果たしてどうなるか。
「……やるかー」
独り言のつもりだったけれど、ゲイルが景気良く鳴いて返事をしてきた。
俺よりもゲイルの方がやる気に満ちているらしい。
──意識を切り替える。
マップデータの参照。敵の配置、種族、レベル。見える情報全てを活かせ。
こちらの手札はエディターに備わった種々の機能、アイテムボックスに入った大量のアイテム、騎獣であるゲイル。
そして──
『ジ・ウィンド──三重並列起動!』
──今の俺にできる、最大数の並列起動。
一つはゲイルの右翼、一つはゲイルの左翼、最後の一つは騎槍形態のエディターに。
穴だらけにしてやるから覚悟しろ。
ゲイルの翼が動く。次の一瞬で、俺達は異形オーガの真上に。
脳天目掛けた突きは、右側の頭部に突き刺さる。
穂先を抜いたそばから再生が始まり、棍棒を上に振り上げてくる。しかし、俺達は既に遠く離れていた。
強風を纏ったゲイルの両翼で、高速で移動しながら雑魚を薙ぎ払っていく。
その間、俺は異形オーガに連続突き。そこそこの威力を持った風の槍が複数、砲弾さながらに撃ち出され、頭部と脚部を不規則に狙うことでこちらへの接近を阻む。
異形オーガは怒りもあらわに咆哮を上げ、少々のダメージは無視して突進してきた。
馬の蹄が地面にめり込み、派手な土煙を立てる。
ゲイルは運動方向を一八〇度転換。鋭角に曲がるどころではない異常な軌道を、縮地によって実現した。
縮地による方向転換は体の向きを変えないバックの状態であり、俺達に向かってきていた異形オーガを真正面に捉えることとなる。
そこで連続、二度目の縮地を入れた。向かうは当然、前方だ。
異形オーガの脇腹を突き、そのまま心臓を貫く。反対側の脇腹まで突き破り、騎槍に纏わせた風を炸裂させる。
風圧で胸部から上を吹き飛ばした。
宙に浮く双頭四本腕の異形オーガ、の上半身。
左上の腕に持った棍棒をこちらに投げつけてくる。
今しがた風を使い切ってしまった騎槍での迎撃は危険と判断し、下がることで回避する。
回避しつつ、ゲイルは周囲の雑魚を翼で薙ぎ払い、俺は風魔法で騎槍に再び風を纏わせる。
異形オーガは落下しながら体を再生させて、着地するときには馬の下半身を取り戻していた。
なお、風を炸裂させた際に取り残された腹部以下は形状こそ保っているものの、そこから別個体として再生されることは無いようだ。
エミュレーター・コピー持ちの方だったなら、それも可能性として有り得たけれど。
とはいえ俺達が戦っている異形オーガの方は、先程黒い球体に取り込んだ分のリソースしか持っていないはず。だから、そのリソースを削り切ることも可能だろう。
リソースの受け渡しが可能なら、話は別だが。
悪い方に考えるときりが無いので、今はリソースを削り切るという方針で行動する。想定したリソース以上を削ってなお敵が健在だったなら、そのときに方針を変えよう。
それにしても、今の一撃を食らわせてもまだステータス編集ができないか。
通常の敵なら致命傷だったはずだけれど、参照までしか権限を取得できなかった。
▼▼▼▼▼
Name:■■ガ■ード
Lv.97
EXP:46560
HP:8869
MP:1470
STR:3390
VIT:3181
DEX:1552
AGI:1824
INT:1177
▲▲▲▲▲
名前が素敵な表示だ。無理に正常表示するなら、恐らくオーガロード辺りか。
けれど本来ありえない合成獣なので、きっとこの表示は素敵なままだろう。
スミレさんの方は、もう間も無く王手をかけるところか。
凍結という手段は再生能力に対して非常に有用らしく、敵のオーガは身体の至るところを凍らされて動きも随分悪くなっている。
なるほど、エミュレーター・コピーの存在を知るサギリさんが彼女を前線にやった理由の一つか。
さて、目と鼻の先に迫っている異形オーガの対処をしよう。
俺が風を纏わせた騎槍を突き出す。ゲイルがそれに合わせて、両翼を前方に向けて打つ。
俺が放った風は螺旋を描き、ゲイルの風を取り込み勢いを増して、異形オーガの腹部に突き刺さる。
血と臓物を周囲へ撒き散らしながら後方へ吹き飛ばされる異形オーガはしかし、大地に蹄の跡を伸ばし踏ん張りを利かせて。大穴を空けた腹の再生を終えぬままに、再度こちらへ突進してくる。
その速度は先程よりも高く、そしていつの間にやら四本の腕全てに持った棍棒をこちらに投げてくる。
「無茶苦茶だな」
まともに相手してられるか。そんな気持ちを滲ませつつ呟いた。
ゲイルが大きく羽ばたき、瞬間移動と見紛う速度で俺達は空中に。棍棒は俺達の遥か下を空しく通過するのみ。
敵の攻撃を受けないことは、簡単だ。他のあらゆる要素を置き去りにできる圧倒的速度が、俺達にはあるのだから。
けれど倒すとなると、これは少々骨が折れる。何せ、殺しても中々死なない。
エディターで敵のステータス編集ができるようになれば、一気に形勢が傾くんだけどな。
一般的には相当に高い、けれど俺達とは比べるのも可哀想な速度で跳躍し、こちらに追い縋る異形オーガ。左右それぞれに生えた腕の内、上の二本はハルバードを、下の二本は棍棒をそれぞれ持ち、つまりは計四つの得物を構えている。
手数で勝負しようという訳か。
けれど残念、まともな相手はしない。
ただでさえ無かったその気を、更に削いだのはお前だ。
騎槍の風を解除。並列起動の枠を一つ空けた。そして、すぐに新たな魔法を起動する。
『ジ・ウィンド』
頭二つに腕四本、下半身は馬というだけあって、質量は中々。けれど繊細な制御が必要無い上に、自ら跳躍して地面から離れてくれた敵ならば。
まあ、然程の苦労も無く、空中で捕獲できる。
「水揚げされた魚みたいだな。活きが良い」
風の制御がいい加減なので、敵は不安定な高度と姿勢になる。時折妙な方向に力を受けているらしく、痛々しい声が聞こえる。得物を投げつけてくる可能性くらいはあるものの、まともな狙いは定まらないだろう。ほぼ無力化に成功していると言って良い。
そういう訳で放置。他の問題を片付けよう。
捕獲した敵の位置を三次元マップに表示し気を配りながら、周囲の敵をゲイルの翼や嘴で掃討しつつ。いよいよ大詰めになっている、スミレさんとエミュレーター・コピー持ちオーガの戦闘状況を確認する。
今まさに、オーガの右腕が肘から断たれてエミュレーター・コピーを落としたところだった。
慌てた様子でオーガがそれを拾おうとするも、伸ばした左腕が肩から断たれる。間を置かず胸から薄水色の刃が生えて、胴体が凍り付いていく。
氷の擦れる音が二度聞こえて。胸部を中心として斜め十字に切断されたオーガの肉片が、地面に落ちた。
落ちて、黒い霧となり、エミュレーター・コピーの方へ──
「残念、遅い」
──辿り着く前に、ゲイルの背から降りた俺が大太刀形態のエディターでエミュレーター・コピーを貫いた。
棍棒型のエミュレーター・コピーには刺した箇所から罅が入り、音を立てつつそれがあっという間に全体へと広がる。
一際大きな音が鳴ってから、それは粉々に砕けた。
僅かに遅れて、黒い霧も霧消する。
「全く往生際の悪い。……お疲れ様でした、スミレさん」
周囲の魔物が統率を失い、同士討ち──否、勝手に寄せ集められていた者同士が殺し合いを始めている。
「いえ、私をオーガだけに集中させてくださったリクさんの働きに比べれば、まだしも楽なものでした。それよりも、空中にあるアレは一体?」
空を見上げるスミレさんの視線を辿れば、異形オーガが空中でお手玉されていた。犯人は俺だ。
「あまりにも鬱陶しかったもので」
「……そうですか」
簡潔に答えると、どうやら納得して貰えたようだ。そういうことにしておく。
ゲイルの両翼に掛けた風を解除した。これで二つの中級魔法を使える。
一つは俺の身体に纏う風を、もう一つはエディターの刀身を巡る風を。いつもの俺の戦闘準備が完了。
「片付けてきますね」
そう一言断ってから、俺は飛翔を開始。
あの異形オーガを片付けたら、休むとしよう。
頑張って戦いましたが、それは決して王道ではありませんでした。