第一一二話 武術都市防衛2
たった一人でアサミヤ家の総戦力を爆上げしてる人。
魔物の軍勢が草を踏み潰しながら、着実にこちらへ向かってくる。
それを真正面から迎え撃とうとしているのが、僅か四一名で構成された隊列。しかし彼らの表情には緊張こそあれ、悲壮感は無い。
「破魔の杖、構え!」
先頭で指揮を執るのは、白い猫のような面を被る男性──導師サギリ・アサミヤ。
「共鳴開始!」
彼は手に持つ錫杖を掲げ、そして石突を地面に打ち付けた。
しゃらん、と音が鳴る。
続けて複数──正確な数で言えば四〇──の同じ音が同時に鳴り響く。一定の間隔で、継続して鳴り続ける。
しゃらん、しゃらん、しゃらん。
涼しげなその音が鳴る度に、空気が張り詰めていくような感覚がある。
ふと見上げると、大きな球体が彼らの頭上に出現していた。
直径は三メートル程だろうか。透明度が高く空が透けて見えるものの、その中心部分には白く輝く一点がある。
しゃらんと音が鳴る度に、その光は強くなっていく。
魔物の軍勢は随分と距離を詰めてきていた。けれどアサミヤ家の人達は音を鳴らし続ける。
そんな中、サギリさんだけは最初の一回を除き音を鳴らさず。
そして今、杖の先端を敵に向けて構えた。
「充填魔力、規定値に到達。法撃を開始する」
静かな宣言。そのすぐ後に言葉通り開始された攻撃もまた、とても静かだった。
頭上に浮かぶ球体の中心、発光部。そこからヒトの指ほどの細い光が数百本、無音で放たれる。
光はそれぞれ一体の魔物に突き刺さり、その結果。特に外傷が見られないというのに、糸が切れた操り人形の如く、魔物が地面に倒れ伏した。そのまま動かず、後に続く別の魔物達によって踏み潰されていく。
再度、ほぼ同数の光線が放たれる。先程の光景の焼き直し。しかし死体の数が増えたためか、敵の進行速度が目に見えて落ちた。
繰り返すこと計五回。恐ろしい程の精度で全ての光線が魔物に命中し、物言わぬ骸を淡々と量産した。
分からない。あの光線の正体は一体何なのか。
外傷は一切確認できなかった。あるいは内部の破壊を行っているのかと思ったが、それにしては口から血を吐く個体も見られず。
不気味だ。得体が知れない。
「近接戦闘用意。総員抜刀!」
錫杖がサギリさんを除く全員の手から離れ、虚空へと消える。鯉口を切る音が聞こえて、数多の白刃が日光を反射する。
彼ら一人一人の足元に、黄緑と赤が混ざり合う円が出現。残像を残しながら頭の天辺の高さまで上昇し、鈴を鳴らすような音を出して消えた。
風と火の補助魔法、エアロとライズ。四〇人を対象に同時起動。
攻撃魔法と比較すれば並列起動の難易度は下がるものの、計八〇という数は常軌を逸している。
「鎧武者二〇〇体、起動。各員に五体ずつ追従」
続けてサギリさんの手から黒いチップのようなものが空中に撒かれたと思えば、現れたのは漆黒の鎧武者。数は先の言葉通り二〇〇体。大柄な成人男性ほどの大きさで、それぞれが本差と脇差の二刀を佩いている。
「我らアサミヤが武、存分に示せ。突貫せよ!」
頭数を一気に六倍にまで増やし、サギリさんは勇ましく指示を出した。
雄叫びを上げながら駆け出す、四〇名の武士。
補助魔法の効果が大きいのか、元のステータスが高いのか。その速度は素の状態の俺よりも高い。そして何より士気が高い。
追従する鎧武者も全く遅れておらず、走りながらも先の命令通り、一人につき五体ずつ付いている。
魔法具を使用しているにせよ、異常としか思えない。彼個人で以って、一体どれほどの戦力に相当するのか。
「さて、これでしばらく様子見だ。破魔の杖で敵の頭数は四割ほど削ったが、内訳は下級の魔物ばかりだったからね。報告通り、また増やしてくるのだろう。次に私が動くのは、その時だ」
続けざまにとんでもないことをやっていたサギリさんが、気負いの無い声色でこちらに話し掛けてきた。
この人は刀で戦うつもりが無いらしい。つい今しがた見せられた能力を見れば、それも納得だけれど。
更に今現在、地魔法と思われる金属光沢を放つ円錐が空中に幾つも出現しては射出され、味方への誤射は一切無く、着実に敵を屠っている。それでいて視線はこちらに向いているのだから、まさに片手間の作業だ。
「ところで君達は今回の一件、何か原因について心当たりはあるだろうか?」
唐突なその問い掛けに、けれど動揺は少ない。むしろこちらからその質問をしようと思っていたし、現状のこのパターンも考えていた。
だから言葉に詰まることは無い。
「以前に討伐した魔物が持っていた武器、それに近い外見のものを群れの中心に居るオーガが持っていました。どうやら魔物を変異させたり統率する能力があるようなので、心当たりといえばそれですね。もっとも、武器の外見と状況の類似性という二つの状況証拠しかありませんが」
傍目にはな。エディターの表示で明確なのは、ただ言っていないだけ。画面を見せない限り、それは証拠にはならないし。
「推測するには、十分な状況証拠といえるのではないかな。断定して良いかはともかくね。それに、私が知る情報とも一致する部分がある。恐らくは歴史の影に隠された、黒の神授兵装に関連していることだろう」
今度は、上手く動揺を隠せた自信が無かった。
これも可能性として考えていなかったと言えば嘘になる。けれどそれは本当に、低い確率で見積もっていたんだ。
サギリさんは特に変わった様子も見せず、普段の調子のまま話を続ける。
「紅紫のエクスナーことクラリッサ様とは、それに関して協力体制を築いているんだ。今は亡きあの方のお祖母様は、件の神授兵装エミュレーターの能力を直に目撃し孫に伝えてくださっていた」
情報量が多すぎる。いや、重要度が高すぎて密度がとんでもないだけか。
「面白いことにリク君、君はクラリッサ様から疑われているようだよ。エミュレーターの所有者なのではないか、とね」
疑念が確信に変わる瞬間というのは、もっと気持ちの整理ができるものだと思っていた。
けれどこうも不意を突かれては、整理などできるはずも無い。
「面白くなどありません。リクは魔物を操り人々を襲わせるようなことなど、決してしません」
どんな言葉を返せば良いのか分からずに居た俺を余所に、静かな怒りを滲ませたフランが一歩前に出た。
基本的に温和な彼女の珍しい態度に、またある意味不意を突かれた。
「おっと、これは失礼。面白いと言ったのは、そんなはずは無い、という滑稽さについて述べた表現だったのだが。誤解させてしまったようだ。しかしながら不快にさせたのは事実だろう。謝罪させて頂くよ。申し訳無い」
それに対し、サギリさんが神妙な声色で謝罪し頭も下げる。飄々とした態度ばかり見てきたので、これまた意外だ。
「……いえ、私も少し頭に血が上っていました。ところで、サギリさんがリクを疑わない理由を、お聞かせ頂いてもよろしいですか?」
クールダウンした様子のフランが、今度は質問を繰り出した。果たして答えは得られるのだろうか。
「私は直接の面識こそ無いが、エミュレーター使用者との因縁があるものでね。奴は表舞台には出ず、裏で悪趣味な脚本を書くのが好きらしい。それでも表舞台に出てくるとすれば、それは──いや、これは今言っても仕方が無いことか」
思わせぶりなところで話を切る貴方こそ悪趣味ですよ、サギリさん。
ひょっとして彼自身がそのエミュレーター使用者じゃないだろうな。まあ正確にはコピーの方だけど。
……だとしたら最悪なんだが。能力的にも全く不足は無さそうだし。
本当にそうなら、わざわざこんな疑われる可能性を生む話なんてしないとも思うけれど。それを逆手に取って、なんていうことを思わせる人柄をしている。
「ともあれ、私はリク君がエミュレーターを所有しているなどとは思っていないし、クラリッサ様にも私見としてそう述べている。今はどうやら半信半疑でいらっしゃるようだが、じきに疑いも晴れるだろうさ」
クラリッサ様と話し合いの場を設けることが確定した。今の話の裏付けを取らなければ。
そして、もしサギリさんが犯人であるなら、俺への疑いを晴らすような真似をするメリットが見当たらない。
俺への疑いを強める発言までいけば、何かの拍子でサギリさんへの疑いに転じかねないけれど。積極的に動かなければメリットしか残らないはずだ。
疑い始めればきりが無い。しかしそう思いつつも、疑うに足る要素が多すぎる。
一応、客観的に見れば可能性としてそう高くもない、とは思っているよ。こんな小細工をする必要がそもそも無さそうだ、というあんまりな理由から。
「そうこうしている内に、また状況が動き出してきたようだ」
会話を続けつつも魔法による攻撃を止めていなかったサギリさんが、戦場へと視線を向けた。
その視線の先にあるのは、再び数を増やしていく魔物の軍勢。増加は目に見えて分かるほどの勢いで、無尽蔵という言葉が自然と浮かぶ。
「真正面から潰そうか」
しゃらん、と音が鳴った。サギリさんが持つ錫杖が立てた音だ。
するとやはり、頭上に浮かぶ球体がある。しかしその数は、先程のように一つではない。
ざっと数えて三〇はある、空中の球体群。それぞれ中心部の輝きは、長く見ていては目を傷めそうなほど強いもの。
「この魔法具の便利なところはね、無用な破壊をしないところなんだ。外傷は一切無く、HPを直接削ることによって敵を死に至らしめる」
あまりにも平坦な声で、世間話のように語られる言葉。
あまりにも圧倒的な数で、雨のように浴びせられる光線。
「素材は完全な状態で集めることができるし、対象が限定されているから味方への誤射も気にする必要が無い。当たったところで何の効果も及ぼさないからね。まあ、これで集めた素材を納品した際には、その状態の良さに随分と驚かれたものだけど」
動く魔物の数が減っている。増えた先から、それ以上の速度で減らされていく。
ただただ、動かなくなった魔物の死体が積みあがっていく。
「ところで、敵はいつまで戦力を小出しにするのだろうね。下級や中級の魔物など幾ら出しても無駄だと、そろそろ気付いて良さそうなものだが」
表情こそ面に隠れて窺えないものの、聞こえる声には明確な嘲りの色が滲んでいた。
「好都合ではあるから、しばらく削らせて貰おう。仕事が楽なのは良いことだ」
楽、だそうだ。これが。
この理不尽な殲滅速度を維持していながら。
きっと、素振りしている程度の感覚。