第一一〇話 グリフォンライダー
ゲイル大活躍。
武術都市オルデンの近辺に集結しているという、魔物の軍勢。その討伐のための対策本部があるという冒険者ギルドへと、俺達はやって来た。
ちなみにサギリさんは別行動で、あくまでアサミヤ側の立場で動くそうだ。その代わりと言っては何だが、という前置きがあり、クズハさんは俺達に同行してくれている。
ギルドは黒い瓦葺き屋根に赤い壁という、どこか中国風の雰囲気を醸し出す三階建ての建物だった。まるで城だ。
ひっきりなしに人が出入りする様を見ながら、その間を縫って中へと入る。
赤と金。目に飛び込んできた色の話だ。具体例を出すと、赤い柱に金の鱗を持つ龍が描かれていたりする。外観もそうだったけれど中国風の、内装は寺院的な印象がある。
ただまあ、そんな見た目ではあれど普通に受付があるし、休憩スペースがあるし、冒険者が大勢居る。緊急時なので人口密度は凄いが、冒険者ギルドだと納得できる。
特に多くの冒険者が集まっている場所があったのでそちらを観察すると、どうやら問題の軍勢にひと当てする人員が段取りの説明を受けているらしかった。俺達も混ぜて貰おう。
心なしか足音を大人しめにしつつ近付くと、他に喧しい足音が幾つもあるお陰もあってか、全く目立たず人だかりに合流できた。
途中からの話なので全容は不明だけれど、分かった情報としては次のようなもの。
魔物の数は五千程度。ゴブリンなどの下級の魔物が多くを占めているが、変異種の割合が異常に高い。中級の魔物が全体の二割程で、上級の魔物も存在が確認されているらしい。中には種族不明の魔物も居たそうな。
まあここまでは、エディターでもっと詳しい情報を得ている俺にとって何の得にもならない。重要なのはこの先。
なんと今回の一件、主体となって魔物討伐に当たるのはアサミヤ家の方々だそうだ。そこは冒険者が主体じゃないのか、と思ったけれど、緊急時にアサミヤ家が主体となって動くというのは武術都市オルデンにおいて普通のことであるらしい。
ついでに言えば、冒険者は基本的にパーティー単位で行動するものだから、組織だった行動というのはハードルが高いのだろう。その点、和を尊び義を重んじるというアサミヤ家の方々ならば連携もお手の物……なのか?
俺は剣道場で、むしろ和を乱す側に居そうな人間と試合したのだけれど。あれは例外だったのだろうか。
実際のところ、アサミヤ家の敷地内で俺が向けられた敵対的な視線というのは、その男からしか無かったのも事実ではあるけれど。
別にどうでも良いか。この街の冒険者ギルドがアサミヤ家主体で事に当たると決めていて、尚且つ所属する冒険者が異を唱えていないのだから。問題は無いんだろう。
ともあれ簡単に言えば、正面からのぶつかり合いがアサミヤ家、その討ち漏らしを遊撃部隊的に処理するのが冒険者の役割だそうで。
アサミヤ家でも独自に魔物の警戒はしていたらしいけれど、組織的に動くにはあと少しだけ時間が必要とのこと。その時間を稼ぐのがこの冒険者第一陣、という訳だ。だからひと当て。最低限足の引っ張りあいをしないだけの、連携というのもおこがましい何かだ。
基本的に好き勝手して良いと分かり、各々現地に向かい始めたので俺達も。そう思って踵を返したところだったけれど。
「そこに居るのはクズハさんか!」
そんな声が聞こえてきたので、俺達は足を止めた。
見れば、先程まで冒険者達に事態の説明をしていた人だった。
顔は厳つくガタイも良いが、不思議と威圧感の無い雰囲気を纏っている男性。俺とフランにも気付いて、お互い簡単な自己紹介をしてから話し始める。
なお、黒髪黒目の俺がアサミヤ家の一員ではないと知ったときは大仰に驚かれた。
「アサミヤ家の方々は全員纏まって動くもんだと思ってたが、クズハさん達は冒険者側に来てくれるのか?」
「機動力のある遊撃手が必要かと思いまして、こちらに参った次第でありますよ。それにアサミヤは、師匠がいればどうとでもなるものでありますし」
「はは、確かに導師ならそうだな。あの方も何かと忙しく動いているから、この街にいらっしゃるタイミングで良かった。いや、色々と本当にありがたい。クズハさんに同行するということは、そちらの二人も相当な実力者なんだろう。期待させて貰う」
「大いに期待して欲しいのであります。特にこちらのリク殿は、自分の電光石火を初見で回避した程の魔法剣士でありますので!」
話の流れを大人しく眺めていた俺だけど、先程のクズハさんの台詞を聞いた男性が目を見開いてこちらを見てきたので、少しばかり居心地の悪さを感じてしまった。
「運良く避けられただけです。剣士としての技量で言えば、俺よりクズハさんの方が明らかに上ですよ」
苦笑しつつ語ってみるが、それでも男性の目にさほど変化は見られなかった。
男性と別れてギルドを後にした俺達は今、武術都市オルデンも後にして空を飛んでいた。俺とフランはグリフォンに乗り、クズハさんは青龍に乗って。
俺達より早く出立していた冒険者達を眼下に確認し、その先を行く。速度に優れた移動手段を持つ冒険者はそう多くないようで、持っていても俺達ほど速い者は居ないらしかった。傾斜こそあるが、それもなだらかな草原なので、移動に苦労するということまでは無さそうだ。
とはいえ正直なところ、ゲイルが居なければ青龍の速度に追い付くのは苦労しただろう。フランを抱えてMP回復を任せ、風魔法を惜しみなく使い倒すことになっていたはずだ。接敵時点で少なくない疲労を抱えることになる。
内心でゲイルに感謝していると、クズハさんが三角形の耳をぴんと尖らせながら口を開いた。
「それにしても不思議であります。何故、複数種類の魔物が徒党を組んで街に近付いてきているのでありましょうか」
原因は不明とされているが、俺とフランには分かっている。エディターのマップ上に、エミュレーター・コピーの反応があるからだ。
これまでの情報から、エミュレーター・コピーはあまり多くの種類の同時変化や支配はできないと踏んでいたのだけれど。今回の一件ではその前提が崩されている。
手札を小出しにしているのか、それともコピーの性能が上がっているのか。前者ならまだしも良いが、後者であるならいよいよ俺も、積極的に首謀者を見付けなければならないだろうか。実に気が進まない。
アーデ自身が悪人であるとは今更思わないものの、目的を話していない以上は信用し切る訳にもいかない。とはいえ誰かに売るのが躊躇われる程には、情も生まれてしまった。だから誰か頼れる人を見付けるのも難しい。
或いはいっそのこと、紅紫のエクスナーに協力を仰ぐというのはどうだろうか?
無論、アーデのことは隠した上で、これまでに対処してきたエミュレーター・コピーから徐々に情報を得て危機感を覚えたように話を作れば。あちらから警戒されていることに気付いていること……に気付かれているかは不明だけれど、その辺りを上手く利用してやれば色々と良い線行く気がするんだ。
元々俺が知られて困ることはその一点だけだし、何かしら怪しまれるとすればやっぱりその一点なのだから。賭けの要素はあるものの、やってみる価値はある。特に今回は大々的な動きが見られるから、切っ掛けとしても不自然さは薄いし。
まあ、その話は後で考えるとして。
「原因究明は、後回しにすべきでしょう。敵の規模が規模です。余計なことを考えて、戦闘中にミスがあっては致命的な事態に発展しかねません」
クズハさんへの返答は、俺の後ろに居るフランがしてくれた。
「……それもそうでありますね。目先のことに囚われるのは問題ですが、足を掬われては元も子も無いのであります」
実に素直なものである。
俺もちょっと見習うべきかね。無理そうだけど。
益体もないことを考えていると、視界の端に文字列が表示された。
≪無視できない罪悪感が生まれました≫
フランの心の叫びが、文字列として表示されていた。
≪大丈夫、フランは何も悪くない。仮に悪いとするなら、俺も同罪だよ。これが終わったら、美味しいものでも食べて色々忘れよう≫
返事の言葉を、同じく文字列として打ち込んだ。
速やかに片付けよう。良さげな店を探す時間は、長い方が良い。
それは、遠目に見ると不恰好なパッチワークのようだった。様々な色が無秩序に混ざり合い、入り乱れ、けれど争うことはなく存在している。
緑の草原を蹂躙しながら着実に街の方角へと向かっていくその正体は、魔物の群れ。
「上級の魔物はオーガ、ケンタウロス、ヒュドラ、ハルピュイア。可能なら優先して倒したいところだけど、かなり敵陣に突っ込む必要があるな」
マップを表示し、俺とフランにだけ見える設定にしている。
魔物の群れは情報通り五〇〇〇程度。最前線は下級の魔物ばかりで、中級や上級の魔物は中心に近い位置で確認できた。上級の魔物はヒュドラのみ一体で、その他は複数居る。
せめて群れの中心ではなく後方だったなら、簡単に回り込むこともできたんだけどな。
「では、まずは空を飛んでいるハルピュイアを誘い出しましょう。飛行能力のある敵に対処できる私達が、最優先で対処すべきです」
「上から風魔法をぶっ放されれば、地上への被害がとんでもないことになりそうだしな。それじゃあ、どうやって誘い出そうか?」
「ならば自分が囮になるのでありますよ。心配ご無用、青龍は耐久性も折り紙付きでありますので!」
意気揚々と囮役を買って出ようとするクズハさんの方を見ると、青龍の側面装甲が展開されてエネルギーバリアのようなものが生成された。透明度の高い、前後に伸ばされた卵形のバリア。それがクズハさんと青龍を完全に覆っている。
ファンタジーではなく、SFの産物にしか見えない。
止める間も無く、速度を上げたクズハさんが敵陣の上を飛んでいく。その先にはハルピュイア──両腕と両足がそれぞれ翼と鳥の足になった、女性型の魔物──が居た。
ゴブリンやオークの投石がクズハさんを狙うが、届かないか的外れな方角に向かうものが大半。運良く当てられても、バリアに阻まれ痛痒すら与えられていないらしい。
しかし、そこに上級の魔物であるオーガの投石まで加わったらどうなるか。メジャーリーガーも真っ青な剛速球が、人外の膂力により轟音を立てながら放たれた。狙いも正確で、このままであれば直撃する。
対するクズハさんはほんの少し横に進路を逸らした程度で、前進を止めず。果たして命中した石はバリアの曲面を滑り、やはりダメージは無いらしかった。
「宣言通り、心配は無用のようですね」
「俺達が最高速で飛んでハルピュイアを煽れば良いかなって思ってたけど、これはこれで良いか」
フランとそんな会話をしつつ、二人して魔法を放って援護する。具体的にはクズハさんに向かってブレスを放とうとしているヒュドラに攻撃している。
ヒュドラは太い胴体に九つの首を持つ、巨大な蛇だ。黒い鱗を持ち、腹は白い。不気味な黄色い目が邪悪さを引き立てる。
放つブレスはその勢いだけでも人を殺すに十分な威力を持つが、何よりも恐ろしいのは毒性。直接浴びれば骨をも溶かされ、空気中に散ったそれを吸えば肺腑を焼くような痛みが襲い来るという。
上級でも特に厄介な魔物の一つであり、今回最も警戒すべき対象だ。──本来であれば。
「ヒュドラは的が大きいから楽で良いな。あとはオーガの一体が、赤い血管みたいなものを浮かせた黒い棍棒なんて持っていなければ良かったのに」
捻れた灰色の角を側頭部から伸ばした、赤い肌を持つ人型の魔物。鍛え上げられた肉体はまさに、筋肉の鎧といったところ。手に持つ棍棒があんなにも禍々しい見た目になっているのは勿論、エミュレーター・コピーの所為だ。
俺はもう、エミュレーター・コピーの製作者に呪われているんじゃないか。そんな疑念すら持ってしまうほど、関わりがある。
──見付けたら、絶対に殺してやるから、覚悟しろよ。
静かに殺意を研ぎ澄ましつつ、それを心の奥に収める。今は目の前の問題に対処だ。
「ここからでは距離がありますし、ヒュドラへのダメージがあまりありませんね」
「ブレスを吐く隙を与えない、っていう目的は達成してるけど。それ以上の戦果をご所望かな?」
「可能であれば」
「じゃあ一つ、案がある」
そう言ってフランに俺の案を説明すると、すぐに採用された。ならやろう。
ゲイルに乗って滞空している俺とフランの前方に、中級水魔法によって生成された円錐形の氷が六個ばかり現れた。底面はこちらに向いていて、鋭利な先端部分がヒュドラに向いている。
等間隔に並んだそれは正六角形の頂点を示すような配置で、リボルバーを俺に連想させた。
「時計回りに射出していくから、順次補充を宜しく」
連想させた、というのは適切ではないか。順番としてはそこから着想を得て、こうしているのだから。
『ジ・ウィンド』
円錐の内の一つの底面を、俺の風が叩いた。当然のようにINTへ極振りした俺の風は、これまたINTに極振りしたフランの氷を弾丸の如く射出する。
強度にほぼ全てのリソースを回した氷は、人体を傷付けず飛ばすような繊細な風で押す必要が無い。必然、リソースの大半を威力に回せる。つまりは全力だ。
ヒュドラがその高い脅威度に気付く前に、太い腹へ深々と突き刺さった氷。その時点でダメージはあるが、これで終わりではない。氷はヒュドラの内側で内包した冷気を放出し、肉を凍らせていく。
毒腺を破ってしまった場合も考えてのことだけれど、えげつない。何がえげつないって、これが連射できることだよ。
俺が続けて風魔法を発動させ、フランが水魔法で弾丸を補充する。九つもあるヒュドラの首が噛み付いて防がれてしまう氷もあるが、こちらの連射性能が敵の対応力を上回っている。
中級風属性魔法の二重並列起動。起動タイミングをずらし、間断無く連射していく。
見る見る内にヒュドラの身体は内外を氷に侵食され、そう時間も要さず大地に横たわることとなった。
「良し、遠距離から安全に撃破できた」
「私とリクの魔法は、相性が良いようですね」
「確かに」
タイミングが良いことに、ハルピュイアを引き連れたクズハさんがこちらに戻ってくるところだった。
「……ハルピュイアは的も小さいし動きも素早いから、さっきのでは狙うのは難しいか」
「それは仕方がありません。ですが練習すれば、もっと活用できる機会が増えそうなコンビネーションではあります」
「近い内に、時間を作って練習してみようか」
「はい。氷の形状も、風による加速が受け易いものを考えてみますね」
複数のハルピュイアが放つ風の刃を、アクロバット飛行で回避していくクズハさん。そんな彼女がいよいよ俺達の近くまでやって来る。
「ゲイル、行くぞ」
『ジ・ウィンド』
俺が魔法で生み出した風を、ゲイルが広げた翼で受ける。その瞬間、俺達全員のステータスをAGIに極振り。異常なまでの急加速が実現され、すぐさま俺以外のステータスをデフォルトに戻す。
青龍に乗るクズハさんの傍を横切り、その先に居るハルピュイアの一体に狙いを定める。俺のステータスはINTに極振り。
『ジ・ウィンド』
ゲイルの嘴を基点に、俺達を含めて覆う大きな風の杭を形成。俺のステータスもデフォルトに戻し、騎乗に集中する。
逃げの一手を打つクズハさんを追跡してきたハルピュイア達は、向かう先に俺達が居たことに気付いてはいたようだった。けれど唐突な異常加速からそのまま突撃までしてくるのは、想定外だったらしい。
狙われた一体が苦し紛れに風の刃を放ってきたが、ゲイルは気にも留めず直進。風の杭がそれを弾き、減速らしい減速も無し。そしてそのまま切っ先をハルピュイアの胴体へ。
貫く。
血飛沫が宙を舞い、羽根と肉片が四散する。
「残り四体」
生存しているハルピュイアの数だ。
ゲイルを操り急上昇。先程まで居た場所を風の刃が通過する。
空中で縦方向にUターンし、今度は急降下。次なる獲物を捉え、真上から頭部を貫く。
「残り三体、と」
『トリ・アクア』
俺達の右側から足の爪で襲い掛かろうとしていた一体に、巨大な氷の塊が上から直撃した。
大質量を乗せて飛べるほど飛行能力は無かったらしく、そのまま落下していくハルピュイア。成す術も無く氷と大地でサンドイッチされた。
「残り二体ですね」
速度偏重のステータスで、耐久性が低い魔物がハルピュイアだけれど。こうもあっさり数を減らせるか。
「それも片付ければ、制空権を確保できる訳だ」
ゲイルが滞空し、雄々しく吼える。まるで空は自分の領域だと、ハルピュイアに向かって宣言するかのように。
まあ実際、ゲイルの飛行能力は出会った当初から高かった上、俺との訓練で更に洗練されている。今のハルピュイア撃破も、恐らくゲイル単体であっても今より少し時間をかければ可能だっただろう。
「実に見事な手際でありますな。自分が囮役を買って出た甲斐があるというものであります」
バリアを解除した青龍に跨って、クズハさんが近付いてきた。
「クズハさんこそ、あれだけの攻撃に晒されながらきちんと敵を誘い出してくれて助かったよ。お陰で今、ハルピュイアだけに集中できてる」
「ヒュドラを抑えて頂いたので、おあいこでありますよ」
俺達が呑気に会話を繰り広げていると、残ったハルピュイア二体は顔を見合わせてから転身。魔物の群れに向かって退避を始めた。
「おや、背中を見せてくれるとは」
「狙い易いですね」
打ち合わせをした訳でもないけれど、フランが円錐形の氷を一つ生成した。勿論俺は、それを風で押し出す。
ヒュドラを仕留めたコンビネーションで、ハルピュイアの一体を串刺しに。
残るもう一体は、いつの間にやら距離を詰めていたクズハさんが一太刀で切り捨てた。
……青龍に乗った状態でも、電光石火は使えるのか。
ゲイル大満足。




