第一〇話 与えられた能力3
商業区画の検問をフランと共に抜けて、街から一歩外へ出た俺。
フランの真意を訊くこともできず、流されるまま行動を共にしてしまった。
「では、リク。私のINTを限界までAGIに割り振ってみて頂けますか?」
俺が色々思いを馳せていることには気付いた様子ながら、フランは俺の能力を体感する方を優先させるつもりらしい。或いは、俺が嘘を吐いていないか確かめるためなのかも知れないけれど。
……でも疑いの目を向けられてるって感じじゃないんだよなー。
「いきなり自分の強みを底辺に落とす編集を要求するとは……。一番分かり易く体感できるとは思うけど」
こんなところでケチをつけても始まらないので、サクッと編集してしまう。
ほいっと。
▼▼▼▼▼
Name:フランセット・シャリエ
Lv.75
EXP:27750
HP:2001
MP:3349
STR:546
VIT:680
DEX:1346
AGI:2584(2031)
INT:1(-2031)
▲▲▲▲▲
わーすげぇ。今のフランは、素の俺の二十倍以上の速度が出せる。
「はい、編集完了。どうかな、変わった気はする?」
特にフランに触れるでもなく、エディターを持っているだけにしか見えなかったはずの俺。フランの目にはどう映っていたのやら。
「良く、分かりません。試しに少し、走ってみても良いですか?」
「それが良さそうだね」
俺がそう言った一秒後、フランの姿は俺の視界から消えた。
辛うじて見えていた左側への動きに視線の角度を合わせると、そこには土煙を置き去りにしながら疾走するローブ姿の魔法使いが居た。めっちゃシュールなんだけど。
直線的な加速をしたと思えば、直角に曲がったり。円形に動いて一定区画に土煙を立てまくったかと思えば、いつの間にやらその場を離脱していたり。随分とエンジョイしている様子だ。
それから数分後、速度を緩めつつ戻ってきたフランは、目を輝かせながら口を開く。
「凄いです、リク。風です。風になりました、私!」
ぱっちりと開かれた瑠璃色の目が真っ直ぐ俺を見て、若干たじろいでいる姿を映している。
「ああ、うん……。喜んで貰えたなら何より」
じゃあステータスを戻そうか、と俺が言うとフランがそれを手で制する。
何だろうか。
「この状態で魔法も使ってみます。最低値のINTではどの程度の規模になるのか、どのような資料でも見たことが無いものですから」
すっと真剣な表情になったフランが回れ右して俺に背を向けた。杖を前方に向けて構え、精神を集中させているのが分かる。
『トリ・アクア』
フランの口から宣言されたのは、上級魔法の名前。女神様から得た知識によれば、上級魔法は習得自体が困難を極め、才ある者が数十年の歳月をかけて辿り着く境地にあるそうな。ひとたび発動すれば、天災の一歩手前レベルの規模にもなるらしい。
らしいんだけども、恐らく俺より年下だと思われるフランが習得している訳で、しかしその規模は……。
先程まで晴れていた空は薄曇り、空気がひんやりしだしたかと思えば霧雨が降っていて。範囲の広さこそ上級魔法だと納得させられるものの、その効果はまるで加湿器だ。
「なるほど……こうなるのですね。私は有史以来、最弱の上級魔法を発動させてしまったようです」
興味深い結果が得られました、と。満足そうに呟くフランの口元には、ほんのりと笑みが浮かべられていた。
「俺が思ってたより何倍も楽しんで貰えたみたいで、それ自体は喜ばしいんだけどさー……。そろそろ本題に戻っても良いかな」
「私が自ら危険を冒すようにエディターに触れ、ステータスを編集可能な状態にした理由についてでしょうか?」
「分かってるなら話は早いんだけどなんで分かっててやったのかな」
もう本当に意味が分からないよ。
「それは、リクが損得勘定のできる人だと判断したからです」
損得勘定。それは確かに、できるとは思うけどさ。ちょっと前に俺の口から出した単語でもある。
「リクは私に、アナライズモードの説明をしてくれました。その理由として考えられることは、そう多くありません」
右手の人差し指を立てて、話を続ける。
「一つは、嘘である可能性。リクは自身のステータスを編集できますから、誰に対しても相対的なステータスの変動があります。他者のステータス編集については一時的なものと言ったり、表示上は変わらないと言えば、短期間ならきっと上手く騙すこともできるでしょう」
これは最初に切り捨てた可能性ですが、と言いつつさらに中指が立てられ、また話を続ける。
「二つ。より危険な能力の隠れ蓑にするために、あえてそれより危険度の下がる能力を早い段階で開示した」
切れ味鋭い二つ目には否定の言葉も無く、そのまま薬指が立てられた。
「三つ。後のトラブルを未然に防ぐため、正直に自分の能力を開示した」
三つ目は随分と甘い見通しな感じがするけれど、事実に一番近いな。
「リクが話をしたタイミングが色持ち二人の話をした後だったことを考えれば、恐らく三つ目が最も正解に近いものと判断しました。それに、短い時間の中でも、リクの人柄が他者に害為すそれではないことが理解できましたから」
いやその判断はどうなのかなー。この短期間だったら、本性を隠して相手を騙しきれる可能性もそこそこあるんじゃないかなー。フランくらいの美少女だったら、その労力にも見合うんじゃないかなー。
……と、俺は思ったんだけどね。
「他者を無視した利己的な欲望に、敏感なのです。シャリエ家の人間は全員そうなのですが、私はその中でも特に傾向が強いようですね」
淡々と語るフランの表情は見慣れたものだったけれど、あえて感情を抑えているようにも見えた。
それにしても、家としてそういう特徴があるってことか。だったらファンタジー的な理由で、そうなってるのかもしれない。ゲームのスキルみたいなものだろうか。
「ですから、リクは安心できます」
なるほどなー、と自分の中で情報整理してるところに不意打ちで笑顔を向けるのは止めて欲しい。心拍数が上がっちゃうから。
「……それは、どうも。でもあんまりそういう思わせぶりなことを言ってると、その内フランに襲い掛かるかもよ?」
ケダモノ的な意味で。人の感情なんてその場その場で変わるもんだ。
「ステータスをVITに全振りさせた上で拘束すれば、私は手も足も出せませんね。リクにされるがままです」
「生々しいこと言うの止めてくれないかな。有効そうだから、その戦法も既に思いついてたけどさ」
最低値のAGIじゃ逃げ出すのも無理だろうし、最低値のSTRやINTじゃロープで拘束しただけでも抜け出せなくなるだろう。VITだけクソ高くなるから怪我の心配は少ないけど、拘束後はDEXかAGIに全振りされてやっぱり詰む。
「他者のステータス編集は、どう考えても伏せておいた方が有効に使えたはずです。使用条件も私に対してならすぐ満たせたでしょうから、リクにその気があれば私に防ぐ手立ては無かったでしょう。それに気付かないリクでは無いと思います。だから私は自信を持って、エディターに触れて使用条件を満たしました」
フランからの評価が妙に高いな。俺そんなに良い人じゃないんだけど。自分が望める範囲で平和に生きるために全力出してるだけなんだけど。
「終わったことを今更言っても仕方無いか。俺の想定からは完全に外れてフランのステータスも編集できるようになったし、次回からのクエストはそれも視野に入れて作戦とかを考えよう」
本人の同意があって編集するなら特に問題も無いさ。それでも、緊急時は臨機応変にやるつもりだけど。