第一〇〇話 真夜中の清掃活動
ようやっと、一〇〇話ですねー。
結果を見届けた俺は、結界の外に出された三人組のもとへ行く。
「これまた、予想を裏切らない結果だったな」
口調だけは比較的穏当に、それでも見下す意図は隠すことなく。存分に呆れを滲ませた視線で三人を見渡す。
「……何でテメェが勝ち誇ってんだよ!」
やはり。敵愾心を抱ける程度には、まだ心が折れ切っていない。
「アレで二つ星とか嘘に決まってんじゃねぇか! 最低でも四つ星か、五つ星だろ! こっちを騙してうやむやにしようとしやがって!」
そう考えてしまうこと自体にはある程度納得できるものがあるけれど、事実としてエリックは二つ星だ。或いは、仮にあちらが言う通り四つ星か五つ星であるのを偽っているとしても、それは今回の問題に関係無い。
「言い掛かりは止めて頂きたい。彼は確かに二つ星だよ。自分達の実力不足を認めたくないという気持ちは、まあ分かるけれどね」
はっはっは、と明るく笑い飛ばして差し上げる。するとどうでしょう、相手が顔を真っ赤にして襲い掛かってくるではありませんか。
しかし、こちらにばかり意識を向けてしまって良いのかな?
「そこまでにして貰えるかな」
炎の刃を携えた二つ星最強の魔法使いが、そちらに切っ先を向けているのだけど。
「結界外で戦闘行為を行うなら、もう蘇ったりしないよ」
短時間で二度ずつ殺された経験からか、三人組も旗色が悪い様子。エリックの顔を見て、三人で顔を見合わせる。
……そして俺を睨むのか。
「今はコイツと話してんだ! テメェは関係無ぇ!」
「この状況で関係無い訳が無いよね。三人がかりで僕一人に負ける程度のパーティーなのは証明されたから、もう黙って帰ってくれないかな。初心に帰って基礎からやり直さないと、君たちは話にならないと思うし」
正論による反論を叩き付けたエリックの表情は、無そのもの。更に怒りを募らせていっている様子だ。
「だったら! 俺らにアイツを返せよ! そうすりゃ俺らは上手くやれてたんだ! 最初から言ってんだろうが!」
リーネさんの置き去りに加えて当人達の実力不足、こうして冷静な判断もできないとなれば、返して良い理由が皆無なんだが。
「いやはや、本当に言葉が通じないな。これ以上駄々をこね続けるなら、強制的に排除されるのも仕方が無い」
俺はわざとらしく、エリックに視線を送る。
エリックは迷わず頷き、
「話し合いの余地を潰してくるなら、僕達だってそれで良いよ。……今から五秒以内に立ち去らないと、腕の一本くらいは貰うことになるけどね」
炎の刃を備えた杖を、完全な臨戦態勢に構え直した。
ついでに俺もエディターをアイテムボックスから取り出し、構えておく。果たして気が付くかな?
「五、四、三……」
「──正気かよクソが!」
エリックがカウントダウンを始めると、三人組はようやく──悪態は吐いたが──俺達に背を向けて立ち去っていった。
「最後まで、身勝手な人達だったね」
逃げていく背中が完全に見えなくなってから、心底うんざりした様子でエリックが言った。
ついでに、はっきりと見て取れる程に疲労もあるようだ。完勝したとはいえ、余裕だった訳でも無い。
「そうだな」
身勝手という部分には強く同意しつつ、その前に付けられた言葉はまだ早いんだよなと。マップ表示を確認しながら、俺は内心で溜息を吐いた。
「エリック!」
そんな時、喜びの感情を多分に含んだリーネさんの声が聞こえてきた。接近してくる足音も軽やかだ。
俺とエリックが振り返ってみれば、エリックが勢い良くリーネさんに抱き付かれる。
「凄いです、エリック! とっても格好良かったです! 強いのは知ってましたけど、あそこまで強いとは知りませんでした! それに、それに、あの三人を追い払ってくれて、本当にありがとうございました!」
今のリーネさんは、感動と感謝でテンションが最高潮に達している模様。頬が紅潮しているのは、まあそういうことか。
……やっぱり後処理は黙って静かに、一人で行おう。これに水を差したくない。
「なあアンヌ」
「何だいジャック?」
そして少しだけ距離を置いた場所で、難しい顔をしたジャックとアンヌが会話している。
「今度、俺らだけでレベル上げしようぜ。【黒疾風】謹製の魔法具も貰ったことだし、活用しない手は無ぇよ」
「突然どうしたんだい、って言いたいところだけど。理由はあたしにも痛いほど分かるよ。そうだね、行こうか」
説明不要の超火力を持つエリックに、パーティーにおいて唯一の回復役であるリーネさん。そんな二人は役割がはっきりし過ぎな程にはっきりしており、それを見失うことも無いだろう。
それに対して残るジャックとアンヌは、それぞれ壁役と遊撃手という役割を担ってはいるものの、前述の二人と比べてしまえば影が薄くなってしまうか。
「あー……、手伝おうか、そのレベリング。ただでさえパーティーで突出してたエリックを更に強くしてしまったのは俺だし、それが原因でパーティーバランスを崩してしまうのはあまりにも申し訳無い」
ジャックもアンヌも、二つ星として見ればとても優秀なんだ。レベルさえ上げればそのまま中級冒険者として通用する程に。
それでもパーティー内で影が薄くなるのは……。
「良いのか? あ、けど、それだと俺らのパーティーって、スギサキから色々貰い過ぎじゃ……」
ジャックが躊躇う様子を見せる。
「良いから。さっきの言葉通り、俺が申し訳なくて言ってるだけだから」
何も言ってはこなかったが、アンヌも遠慮がちな表情を浮かべていた。しかし意を決したように俺の目の前にやって来て、口を開く。
「それじゃあ、近い内に頼めるかい?」
俺は静かに頷いた。
「日程が決まったら教えてくれ。俺の予定は、訓練所で顔を合わせたときにでも聞いて貰うか、フランが把握してると思うからそちらに。とりあえず今のところ、大体一週間先までは日帰りのクエストしか受けるつもりは無いから、そこそこ融通は利く」
魔法具を渡した目的とは違っているものの、むしろ違ってくれた方が望ましいのも確かなんだ。
トラブルに備えても、それが無駄になった方がずっと良い。一番は備える必要すら無いことだけど、今回の一件はトラブルに首を突っ込んだ形だから仕方無い。
「助かるよ」
「礼の言葉は勘弁してくれ。俺の想定が甘すぎた結果なんだ」
エリックの成長率についての想定が、あまりにも甘かった。こちらについては、嬉しい誤算でもあるけれど。
ここでエリック達の方を見てみると、冷静さを取り戻したらしきリーネさんがぎこちない動きで、エリックから少し距離を取っていた。
対するエリックは、それを微笑ましく見ている。
その日の夜。街の明かりはほとんど無く、月明かりがぼんやりと照らす程度。そんな暗い住宅街の路地裏で、辺りを警戒しながら進んでいく三人の影があった。
「場所は確かなのか?」
「ああ、間違いねぇよ。あのエリック・ブラスとかいう男、ここ最近じゃ結構な有名人らしいしな」
囁くように、けれど忙しなく。人通りも無いこの場所で、そいつらは会話している。
「本当に二つ星ってのは、驚いたが」
「アレは意味が分かんねぇよ」
それについては俺も同意しよう。
三人がゆっくりと歩いていくのに合わせて、こちらも屋根の上を移動していく。
風を纏い、けれど音は漏らさず。速度重視で使用している場合には全然だが、そうでなければ風を纏わないときよりも静かに移動できる。つまり隠密の難易度が下がる訳だ。
そうやって三人組の話を聞き流しながら尾行していると、ついにエリック達四人が拠点としている一軒家──といっても平屋建ての簡素なものだが──が見えてきた。
「……へっ、いくら強くても、寝てる間に襲われちまえばどうにもなんねぇだろ」
一人がそう呟いて、腰に提げた剣の柄に触れた。
「そうだな。普通はそこまで無様な真似をするとは思わないだろうし」
俺は屋根から飛び降り、三人組の後ろに着地しながら声をかけた。
これに大いに慌てたのは三人組で、それぞれ武器を構えて俺に向けてくる。
「夜襲をかけようとは、見下げ果てた奴らだ」
エディターを取り出す。そしてゆっくりと構えた。
「テメェ、どうして……」
相手は武器を構えてはいるものの、困惑の色が強いようだ。
「殺意有り、と判定が出ていた。実力で勝てない以上、現状の通り夜襲でも仕掛けるだろうと思っていたさ」
エディターの敵対判定は、向けられる対象について設定を変更できる。普段は俺とフランに対するものにしているけれど、今はエリック達四人も範囲に含ませている。
まあ、唐突に判定が出たなどと言われても、何のことやら分からないだろうが。
案の定、奴らは困惑の色を強めている。
「いきなりだが最終警告だ。大人しく引け。そして二度と俺達に関わるな。そうすれば、こちらからも不干渉としてやる」
ただし、と言葉を繋ぐ。
「これに従わない場合、俺はお前達に容赦をしない。如何なる事態も、覚悟して敵対しろ」
ステータス編集。VIT以外の値をAGIへ割り振り。
「スカしてんじゃねぇ!」
剣を持った男が突撃してきた。
「警告はした」
半歩前に進み、敵が振るう剣の間合いの内側に。STRへ値を割り振る。死なない程度に、胴への峰打ち。
面白いように男の体が吹き飛ばされる。
呆然とする槍の男、斧の男。
再びAGIへ割り振り、槍の男に接近。STRへ割り振り、その槍を中ほどで切断する。
相手が驚きよろめく様を眺めてから、素早く足払い。地面へ強かに背中を打たせたところで、胸を踏み付けた。
逃げようとする斧の男。しかし逃がすつもりは無い。INTへ割り振る。
『ジ・ウィンド』
斧の男の頭上から、叩き付けるように風を動かす。潰れたカエルのように、無様な悲鳴が聞こえた。
「何だ、お前……。何なんだよ、お前はァッ!?」
槍の男が、正視に堪えないおぞましい怪物でも目撃したような表情で、俺を見上げてくる。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな」
そのまま次の攻撃に移っても良かったが、折角なので名乗っておこう。
「俺はリク・スギサキ。冒険者になってまだ一年にも満たない、新人だよ」
自己紹介直後は反応が薄く、意味が無かったかと思われたけれど。少し待つと、踏み付けた足の裏から小刻みな震えが伝わってきた。
「ま、まさか……【黒──」
俺は一切の容赦を捨てて、剣を振り下ろす。
唐突だが、アイテムボックスは便利だ。
生物を収納することはできないが、生物でなくなったなら収納できるのだから。まあ、そうでなくては魔物素材も収納できないので、当たり前と言えば当たり前だけれど。
一〇〇話という一つの区切りなら、できればもう少し清々しい話を書きたかったんですけどねぇ!