第九八話 オーダーメイド・ロッド
ヤバい魔法使いにヤバい長杖を与えた結果がこれだよ!(語彙力)
とまり木亭を後にした俺とエリックは、その足で武具屋に向かった。エリックの新しい武器を受け取るためだ。
剣や斧、槍、盾、鎧など、雑多に武具が並べられた狭い店内。その奥へと進み、そこで作業を行っていた店主を呼ぶ。
「おお、【黒疾風】……それにエリック、お前さんか」
髭面の頑固親父、といった風貌のドワーフだ。腕の良い職人とフランから聞いて俺が彼を訪ねたのは、ほんのふた月程前のこと。初対面では仏頂面を微塵も崩して貰えなかった。
けれど今は好々爺のように穏やかな笑みを浮かべ、機嫌良さげにしている。
「頼んでいた物を受け取りに来ました」
エリックがそう言うと、店主は手早く一本の長杖を手に取り、こちらに差し出してくる。
「ほれ、持って行け。中々に面白い仕事だった」
エリックが店主から受け取ったその長杖を見てみる。
木製であろう柄の部分は赤く塗られ、先端部分は銀色の金属部品が取り付けられている。その部品の形状を簡単に説明すると、片刃の小剣を填め込めそうな長い溝を持っている。もし実際に小剣を填め込めば、この長杖は長柄武器と呼べるものになるだろう。
「魔力伝導率と耐火性能を上げる薬液を柄の内側にまで浸透させることで、リビングアーマーの素材を精錬して作った先端部品に素早く魔力を送れるようにした。先端部品の内部構造には特に力を入れてな、魔法の固定と放出でそれぞれ適切な振る舞いをする。純木製のロッドですら焦がす程度で済ませてたお前さんの魔法制御がありゃあ、そいつの性能を十全に発揮できるはずだ」
一般に頑固者として認知されているドワーフの、この太鼓判だ。エリックは彼に何をしたのだろうか。
「早く試してみたいな」
「おう、俺も見てぇからよ、ちょっくら裏手に行こうや。武器の試用場がある」
……エリックすげぇな。店主が目をキラッキラさせてるぞ。
場所を移し、ここは武具屋の裏手にある試用場。立ち止まって武器を振り回すには十分なスペースがあり、的と思しき案山子のようなものが一体置いてある。
エリックはその案山子もどきの前に立ち、新調した長杖を構えている。
『ジ・フレイム』
その魔法名の宣言と共に、長杖の先端部品の溝から炎の刃が生成される。大出力のガスバーナーでも使っているかのようだ。実際のところ、そんなものを軽く越える物騒さだけれど。
逆袈裟──左下から右上に斬り上げる一閃。赤い残光で弧を描き、切り口に焦げを残して、案山子もどきを断った。
案山子もどきの上半身が斜めにずり落ち、そして消えたと思ったら元の姿に戻っていた。どうやらこれは、訓練所にあるものと同種の魔法具らしい。
「凄いや……、刃が安定する。それに重心のバランスが良いのかな、振り易い」
「純粋な魔法使い用の長杖を振り回してたなら、そりゃあ元々振るわれることを想定された得物は振り易く感じるだろうな」
思わずエリックの感想に水を差してしまった。
「あはは、そうかもね」
まあ、特に気にした様子は無いけれど。
「自信作が手練に使われる様ってのは、いつ見ても良いモンだなぁ……。全く見事な炎の刃だ。そんじょそこらの魔法使いじゃあ、こうはいかねぇよ」
店主は店主で、悦に浸っているようだ。ところでその魔法使い、まだ初級なんですよ。
「熱線の方は……ここじゃ止めた方が良いよね、流石に」
「確実にボヤじゃ済まねぇな」
何せ、中級の魔物であるリビングアーマーを一撃で行動不能に追い込む威力だしな。それも、前の武器を使ってだ。
「そっちは訓練所辺りで試そう」
「そうだな。そうしようや」
俺の言葉に、何故か店主が返事をした。
またしても場所を移し、ここは訓練所。
ジャック、アンヌ、リーネさんの三人はもう帰った後だった。来る前にマップで確認して知っていたけれど。
「いっちょ、派手に頼むぜ!」
一緒に来た店主が、テンション高めにエリックへ注文を付けている。店は良いのかと訊いたけれど、良いのだと元気良く返されたので俺はもう気にしないことにした。
注文を付けられたエリックは的の前に距離を置いて立ち、静かに長杖を構えて集中している。
ところで、ギャラリーがそこそこ居るな。それなりに有名人になっているエリックが、見慣れない上に新しい武器を持っていることに目敏く気付いた連中のようだ。
「妙な形の長杖だな。一体何なんだ、あれ?」
お互い顔見知り程度の男性冒険者が近寄ってきて、俺に質問してきた。
集中しているエリックに声を掛けるのは躊躇われたらしい。
「遠近両用の、エリック・ブラス専用の長杖。見ての通り、今は遠距離でのテストをしようとしてる。ちなみに近距離、つまり炎の刃はもうテスト済みで、恐ろしい程の鋭さだった」
「……アンタが恐ろしいって表現を使うんだ、本当にそうだったんだろうな」
どうやら俺の言葉は一定の信憑性を持っているらしい。この会話を聞いていた周囲の人間までもが、ぎょっとした表情でエリックの方を見た。
『ジ・フレイム』
衆人環視の中、集中を高めていたエリックによる魔法名の宣言が、至って静かに行われた。しかし現出した魔法は、その静かさとは対照的だった。
鮮烈な赤の光が一瞬にして、過たず的の中央に突き刺さり、膨張させ、爆散させる。飛び散る欠片は紅蓮を纏い、さながら火山の噴火の如く。その破壊音は、広い訓練所の中に轟いた。
言うまでも無く、初級魔法使いが出して良い火力ではない。
「……これだからアンタの知り合いは!」
「風評被害も甚だしい! アレはエリックがおかしいだけだ!」
同じ規模の破壊がお前にできないのかと問われれば、否と答えるさ。けれどそれは高いステータス故のものであり、あの超火力魔法使いと同じステータスでは断じて実現不可能だ。
ところでかなり大声でエリックをおかしいと言った訳だけれど、そのエリックから文句の言葉が聞こえてこない。ある程度は離れていたにしろ、聞こえないほどではなかったはずなんだが。
そう思って様子を窺えば、なるほど。沢山の人間に騒がしく取り囲まれていた。まあ、そりゃそうだ。
まずは新しい武器についての質問。魔法の修練方法についての質問も聞こえてくる。続いて熱烈なパーティーへの勧誘、逆に自分をパーティーに入れて欲しいという売り込み。
抜け駆けするなと言い合う、乱闘一歩手前の騒ぎすら。
「訓練所では中々見かけないドワーフが近くに居れば、武器製作者だと気付かれもするか」
そんな訳で店主の方にも、エリックほどではないにしろ人が集まっていた。けれど、エリックが囲まれて困った様子なのに対し、こちらはむしろ得意げに武器のことを語っている。生き生きとしている。
「発動までに時間が必要だったにしろ、威力も精度も上級の域にあったんじゃないか、アレは?」
「上級魔法使いで俺が実力を知っているのはフランくらいだけど、確かに発動までの時間を除けばそこに迫るものがあるな」
「比較対象があの【大瀑布】か……。そうか……」
色々と察した様子の男性冒険者が、しみじみと呟いている。
「やっぱりアンタの知り合いはおかしいのばっかだよ、【黒疾風】」
「ロロさん……ロレーヌ・ローランさんとか、普通の友人もちゃんと居るからな? 問題のエリックの仲間であるジャック・ベルニエとか、アンヌ・デファンとか、ステラ・リーネさんとかも居る。最近はかなりまともになってきた、アレックス・ケンドールだって知り合いだ」
俺の知り合いがおかしいのばかりだなんて、風評被害が過ぎる。
本当はフランの名も出したかったけれど、【大瀑布】の二つ名持ちを普通の枠に入れた発言なんかすれば、いよいよもって異常だ。止む無く断念した。
「いや、率がおかしいんだよ、率が。【鋼刃】とか【大瀑布】とか、白のラインハルトとか紅紫のエクスナーとか。そもそもとしてアンタ自身が──」
「野郎、まだ言いやがるか」
軽くヘッドロックしてやってその男性冒険者を物理的に大人しくさせていると、人だかりを抜けたエリックが草臥れた様子でこちらにやって来た。
「まさかこんな騒ぎになるなんて、思ってもみなかったよ」
「俺はちょっと予想してたけどな」
先日のダンジョンでエリックのレベルが上がったことも、原因の一つではあるだろう。
ただやっぱり、元々の素質がな。それを土台に、素養が乗っかってしまってな。
とりあえず、さっさとエリックの星の数を増やすべきだと思う。実際の実力との乖離が激しい。
ジャックやアンヌだって、ギリギリ三つ星になれる程度には実力を伸ばしている。優秀なヒーラーであるリーネさんも仮とはいえ加わったことだし、パーティーとしては三つ星以上に相当するといえるだろう。
その辺り一度、フランに話をしてみようか。案外あっさり解消できるかもしれない。
「ところでその人は大丈夫?」
俺にヘッドロックされて悲鳴を上げ続けている男性冒険者を見ながら、エリックが問い掛けてきた。
「大丈夫だ。彼は頑丈だから」
「俺の何を知ってんだよ! そろそろ解放してくれや! 頭蓋骨が悲鳴を上げそうなんだよ!」
俺は彼の可能性を信じたかったのだけれど、本人が自分の限界をここまでと言ってしまった。仕方が無いので解放しよう。
俺に解放されるや否や、素晴らしく素早い動きで俺から離れ、あっという間に見えなくなった。別に逃げなくても、追撃はしないというのに。
いや、或いはこちらの狩猟本能を刺激するため、いわゆる押すな押すなだったのだろうか。
「今、とっても悪い顔してるよ」
気付けばエリックが俺を、不快指数高めのじっとりした視線で見ていた。
「俺は元々悪い奴だ」
「胸を張って言うことじゃないよね、それ」
そもそも何処が、とエリックが小さく呟いた。
スルーしておこう。
「ところで試運転はもう良いのか?」
「うん、大体の感覚は掴めたから。あとは実戦とか模擬戦とかで馴染ませていくよ」
ほんの一瞬、見間違いかと思うほど僅かな間、エリックの目が視線だけで人を殺せそうな程に鋭い眼光を放った。
「……相当、本気で怒ってるんだな」
「まあ、ね。状況次第では、もっと怒るかもしれないけど」
普段温厚な人間が、キレたとき一番怖いってのは本当だな。今のエリックを見てると、良く分かるよ。
初級魔法使い()