The Body08settled(02)
The Body08settled(02)
「駅近くの駐車場で待ってるって」
「ママ、かつらも帽子も、本当に要らなかったの?」
「ウン。アリガト。でも良いの、彼もイイって言ってくれたし」
「もう本当に妬けちゃうな」
あたし達を見ると、貴方は微笑みながら黙ってドアを開けた。
二人が後部シートに乗り込むのを待っていた貴方は、あたしが預けていた荷物を渡すとドアを閉め自分も運転席に乗り込む。
「遠慮しないでいいのに、ママ、ナビに座ったら?!」
ママは笑ってあたしをみる。
「このヒトの運転を知ってたら、言えない科白よ」
貴方が笑って言う。
「今日は大人しくドライブするよ。じゃぁお二人さん、出してもイイかな」
「ウン!」
二人のハーモニーを合図にクルマはスタートした。
ドライブが始まると直ぐにママの言った意味が分かる。合流、追越し、飛ばす。
でも運転が上手いのは、クルマに乗り慣れてないあたしにも分かるわ。揺れないのが、何よりも心地良いもの。
急にペースが落ちる。
「もう直ぐ最初のサービスエリアだ。ちょっと休もうか」
貴方は迷う事無く駐車した。
「そこの木陰で休むとイイ。飲み物とかを買ってこよう。何か欲しいものはあるかな?」
飲み物や食べ物を頼むと、貴方はサッサと買い出しに向かった。
「ウーン」
思わずあたしは唸ってしまった。
SAに入ってきた時も、停める時もさして探し回るような素振りも見せなかったのに、トイレは近いし、休める場所も直ぐ傍にある……。
「どうしたの、愛?黙りこくって」
「ウン?ウン。ちょっとね感心してたの。ママが、あの人に惚れる訳が分かるなぁって」
「ヤーネェ」
ママは頬を赤らめながら、軽く肩をぶつけてくる。一休みして又ドライブが始まると、少し経ってからあたしは尋ねた。
「二人に任せているけど、行き先を聞いてもイイ?」
「伊豆だよ。イイ温泉宿があるんだ。気にいって貰えると思うな」
「うわぁ、年寄りくさぁい!」
「かもしれない」
貴方は笑いながら応えた。
高速を降り、伊豆に入ると、少しペースを落としたようね。相変わらずスムースではあるけれど。
途中で細い道に入るとある店の前でクルマを停めた。
「ここは味噌汁の専門店なんだけど、寄って行こう」
「へぇ!」
店内は平日なのにそこそこお客さんがいるのね。
「フーン。フジツボのみそしるかぁ」
銘々に好みのものを注文し、美味しいみそ汁を堪能した。
店を出て、あたしは気が付く。
ママは途中余り食べなかったわ。
おみそ汁なら、か。
20、30分も走ったかな。
細い山道に入って間も無くクルマが停まる。
「さぁ、着いたよ。此処が今夜の宿だ」
古い民家風の、でも大き目の造りの宿だ。離れの部屋に案内され、そこで貴方が宿帳に記入する。それがチェックインなのね。
「ママとあたしが同室だなんて!遠慮にも程があるわ。意味が無いわよ!」
そう抗議し、無理矢理二人を一緒の部屋に押しやる。
暫くぼーっとしながらまどろむ。1時間も経たないウチにママが呼びにきた。
「あぁいぃ、ねぇ、彼が散歩しないかって言ってるの。来てくれる?」
「どうぞ、どうぞ。お邪魔ムシのあたしは不貞て寝てるわ。二人で行って来ればぁ」
「ウーン。困っちゃったな」
そう言うと、ママはパタパタと隣室に駆け込んだ。直ぐに貴方が入れ替わりに現れた。
「愛ちゃん、気持ちは嬉しいんだが、万が一の事があるといけない。一緒に来て欲しいんだ」
あたしはハッとして彼の顔を見た。
穏やかな中に有無を言わせない表情。
「ゴメンなさい。すぐ支度して行きます。玄関で待っていて下さい」
「ありがとう。じゃぁ」
そうだった。ママは病人なんだ。浮かれているのは、あたしの方よ。
庭を抜け、坂道を下って行く。直ぐに小さな寂れた漁港に出た。
寄り添う二人の後ろを、ジッと見つめながらついて行く。
港をブラブラしながら、二人は話すこともなく見つめ合うこともなかった。
ただ、そこには紛れもなく二人の世界が穏やかにただただあるだけだ。
あたしは為す術も無く、付き従うしかない。
夕焼けが沈もうとする頃、
「さぁ、戻ろうか」
気が付くと傍らにタクシーが停まっていた。
宿に戻り、三人でお膳に載った夕食を頂いた。ママは少し華やいだ表情で話しをして彼の頼んだお酒にちょっとだけ口を付けると、
「オイシイ!」
って。
温泉に浸かり、戻って来るとママが呼びにきた。
「ドライブに行こうって」
「ウン」
今度は二つ返事で応えた。
春先の伊豆とは言っても夜気はまだ肌寒い。ママを気にしながら、クルマの行き先を見つめる。
クルマが停まり、ヘッドライトが消える。
目の前にチラホラと花を咲かせる桜の木が一本。月明かりにぼーっと浮ぶ白い花弁。
二人は寄り添って見ていた。
何気なくあたしもママの脇に立つと腕を回していた。
このまま。時間なんてずーっとこのまま過ぎてしまえばいいのに。
そう願う。
涙が溢れ、頬を伝う。
ママにしがみつく。
あたしの髪をママがそっと撫ぜる。
思わず呟く。
「神様って不公平だな……」
やんわりとママが言う。
「そんなことはないわ、愛。こんなに幸せなんだもの。ありがとうってママは言いたいな」
泣き腫らした眼でママを見ると、ママも泣いていた。でも、微笑んでもいるね。そして貴方も。
なんて二人なんだろう。羨ましくて、憧れてしまう。
ママ、悔しいけれど、貴女のムスメで良かったな。
相も変わらず不定期というより、寧ろ不安定投稿になっております。本当に申し訳ございません。