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The Body06grudge

The Body06grudge


「お久し振りです」


貴方はちょっと当惑気味に微笑みながら、


「本当に久し振りだね。えぇっと、そこの喫茶店でいいかな」


近くの喫茶店の席に着き、向き合うと注文するのも待てずにあたしはいきなり切り出した。


「ママを愛しているの?」


貴方は姿勢を改めるかのように座り直すと、あたしの目を真っ直ぐにみつめて来た。


「アイシテル。心からそう言える」


嘘のない目には、哀しみの色も浮かんでいる。一言一言、声は低いけれど、ハッキリとしていた。


「ウン」


そう言った時、心なし貴方は微笑んだように見えた。


「信じます。聞いて下さい」


堰を切ったように話すあたしを最初微笑みながら、やがて表情を強張らせそして言った。


「ちょっと待って欲しい……」


そう言い残すと洗面所へ。

戻って来た時、貴方の目は赤味を帯びていた。

オーダーを取りに来たボーイさんに珈琲を頼むと、


「で?」


「えぇ。二人に罰を与えたいの。

ムスメとして!だって裏切ったのよ!貴方たちは、あたしを、パパを!」


貴方は悲しそうに顔を歪め、


「そう……そうだね。君の言うとおりだ」


「えぇ、でもママを苦しめるつもりはないの。幸い薬が強くなって来てて、眠っている時間が多いわ。その時ママに会って、ママを見て、髪の毛のないママを見て苦しんで欲しい。それでも、そんなママを見てもママを愛してるってあたしに言ってみせて!それが貴方への罰」


最後は涙声になっていた。

貴方は真っ白いハンカチを差し出しながら言った。


「分かった。いつ?これから?」


涙を拭いながら、あたしは言った。


「一晩悩んで下さい。それも罰です。明日、今日と同じ頃にメールしますから、隣駅の近くの女子医病院に来ておいて下さい」


「分かった。では明日だね」


言わなくても良い言葉を重ねる。


「約束ですよ。守って呉れなかったら一生恨みます」


貴方は寂しそうな笑顔を見せると伝票をつかみ立ち上がる。


「じゃぁ、明日」


とだけ言った背中は頼りなげだった。

痩せてるという以上に頼りなげ。


ママに対する一抹のうしろめたさ。

良かったのかなという後悔。

思い知ればいいと言う意地の悪さ。

確かにその時、そうした気持ちがあったのは本当だと思う。でも、心の何処かにあったのは、嫉妬、だった様に振り返った今は思える。


複雑な思いが心の中を行き交う。

約束を違える事なく、あなたは来た。

あたしの与えた罰を真正直に受け止めた証の寝不足の顔を隠しもせず、フラつきながら踏みしめるように病室に入って来ると、眠り続けるママの脇に立った。

一瞬だけあたしを振り返ると、


「悪いけど、私の流儀で」


怖い位の微笑みを見せると貴方は屈み込み、ママの頭を抱きしめた。

そのまま眠ってしまうかのように、眼を閉じる。閉じた瞼が光って見える。

泣いてるの?

時が止まってしまった。

ママの寝息とあなたの息遣い、そしてあたしの鼓動だけが頭の中に大きく響く。

悔しいけれど、間違い無く二人は一つになっていた。

暫くして貴方は一旦目を開くと躊躇うような間をおいた後、目を閉じ、唇をママの毛の抜けた頭に寄せた。

もう十分よ。分かったわ。愛しあってるのね、本当に。シアワセよね、ね、ママ。

言葉は声にならない。胸の痛む光景にあたしは、その痛みの根源を悟っていた。


貴方は立ち上がると、


「ありがとう」


そう言って頭を下げた。

しばらくしてから頭を上げると、口を開きかけた。


「ウゥウン、もうイイわ。充分分かったの。ゴメンなさい。本当に愛しあってるのね。そしてママを愛してくれてるのよね。シアワセネだわ。ママ……」


「イヤ違うんだ。君に謝りたい。私の気持ちがどうであれ、君はこのヒトのムスメだ。見るべきではない、見せるべきではない光景だったね。申し訳ない」


もう一度貴方は頭を下げた。

あたしは涙を流しそうになり、思わず後ろを向き、顔を背ける。


「もう最後かもしれないんです。見ないから。外にいるから……」


後は言葉にならなかった。

駆け出すように外に飛び出し、ドアを後ろ手で閉め、そのまま背を預けた。

嫉妬、悲しみ、寂しさ……ありとあらゆる感情が心の中でせめぎ合い、涙が溢れ続ける。

しばらくするとドアに近づく足音。

涙をぬぐいドアから背中を離し、出て来た貴方と向き合う。でも、視線は少しずれていた。


「ありがとう」


貴方はもう溢れ落ちる涙を隠そうともせず、あたしの肩に手をかけ脇を通り過ぎる。

立ち去る貴方の背中に、叫ぶように投げ付ける。


「何かあれば知らせます。来て!それが貴方への罰!貴方への最後の罰です」


「ありがとう」


振り返ることは無かったが、一瞬立ち止まったその背中越しに震える声が確かにそう伝え、歩み去る。

病室に入り、眠ったままのママに呟く。


「ママ、ねぇママ。分かっちゃった。ねぇママ、もしかして。ウゥウン、あたしも好きになっちゃった」


ママが眼をさました。



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