The Body35The left voice too far
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「いいのよ。もう、いいの……英司さん、傍に居て、ね。私に貴方の顔を見せて」
俺が傍に寄ると彼女は手を掴んだ。
「温かいな……」
目を瞑るもんだから、慌てる俺にそっと目を開き微笑んだ。
「私は両親に愛されたかった。声を掛けて欲しかった。手を握って欲しかった。アタマを撫ぜて欲しかった。ほほ笑みかけて欲しかった。話を聞いて欲しかった。
それだけだったの。
最後まで叶わなかったわ。
貴方がしてくれたの。その願いを全て叶えてくれた。
今なら言えるわ。
愛してる。
ゴメンなさい。死ぬ人間からそんな事言われても迷惑よね。
でも後悔したくないの。言いたい事を言わずに死んで行くなんてしたくないわ。
わがまま、よね。
そう最後のわがまま……でもこれは最初のワガママなの。本当よ。
小さい頃から私は、両親の言う通りにしてきたの。そうすれば両親は褒めてくれる。それが私の喜びであり、生き甲斐だった。
まるで飼い犬みたいなものよね。
でも裕美が生まれると世界は変わってしまったわ。両親が歳を取って産まれた女の子、それが裕美だったの。だからなのかな。裕美は何をしても許され、無条件で愛された。親だけではなかったの……。
周りの誰もが裕美を愛した。
私は満たされない心を抱えて、嫌われないために裕美を愛する振りをした。許す振りをしてきたわ。
康治さんとの婚約のこと話したことはなかったわね。ここにくる前、私にはお見合い話があったの。企業家のウチと金融機関トップの康治さんの家との、時代錯誤もいいとこの政略結婚よ。適齢期だった私に白羽の矢が立ったの。
大人しいって他から見るとお淑やかってことになるのね。康治さんのお母様に気にいられて話はトントン拍子に進んで行った。両親は大喜びで私をチヤホヤし始めた。きれいな着物や身の回りの品々が整えられて行ったの。
そんなモノどうでも良かったの。
喜ぶ両親の顔を見るのは嬉しかったけど、その眼は私を見てはいない。私の話に耳を傾けることもない。
これが私の欲しかったモノ……?
違う!
暫くすると、私が倒れたわ。両親は、それは懸命に介護してくれたわ。
だけど、康治さんが裕美に好意を抱くようになると、それすらおざなりになっていったの。貴方とここで出会った頃には寄り付きもしなくなってた。
まるで私なんか存在してなかったように……、忘れ去るように!
暗闇で膝を抱えるように過ごす元の日々に戻ってしまった。
でも貴方に出会ったの!
あたしは、その笑顔に出逢えた。
あったかそう……。
図書スペースで見かけた貴方はそう感じさせた。今迄見てきた笑顔は裕美にだけ当たってた。でも貴方の笑顔は違っていた。子供達も群がってたわね。
庭に出れば、太陽ですら貴方の笑顔で輝いてるんじゃないかって思ったわ。
大袈裟だって思う?
でも私にはそう見えたのよ。
あ、笑ってくれたわね。
ありがと……。
貴方は私の話に耳を傾けてくれた。手を握り、髪の毛を撫ぜてくれた。化粧することすら忘れてた私に女になる事を思い出させてくれた。
看護師さん達には思い切り筒抜けだったみたい。でも彼女達も見守ってくれたわ。私の変化を良かったって心から言ってくれた。
裕美が見舞いに来るようになったわ。
あの子も女よね。直ぐにあたしの変化に気付いたの。悪気はないんだろうけど、貴方に興味を持ち始めた。
最初は怖かった。またあの暗闇に戻るのかな?って。
でも貴方は違った。
私の妹。その枠の中では限りなく優しく接するのに、それ以上は決して入らせなかった。裕美が戸惑うのを始めて見たわ。
暫くするとフッツリと来なくなったの。代わりに両親に色々ねだったらしいわ。
両親は、そのせいもあったんでしょうね、私がもうダメとなったら、維持装置の継続を止めるって……。私が寝入ってると思って交わした会話を聴いて寂しかった。哀しかった。
だからよ、自分でこんな風にしたの。
でも……。
でもバカよね。
貴方の笑顔が見れなくなるのに。
最後の時迄、ずっとそれだけ見てれば良かったなぁ」
「ねぇ!貴方を愛する事ができて幸せだった。
裕美にも知って欲しいな。こんな愛がある事を……。
うぅうん。貴方にはお願いしない。
あの子にはあの子自身で掴んで欲しい。
貴方にお願いしたら、してくれちゃうわ。
でもなんの努力も、代償もなしに手に入るモノじゃないもの。
バカでゴメンね」
「えっ、なに?」
「愛してるよ」
「聞こえないわ」
大きく口を開こうとした俺を彼女は止めた。
「イイの。その言葉は……ウフッ。未来のどなたかのモノ。
それでイイのよ。この愛は私だけのモノ。
誰にも渡さないわ。貴方にもね。
だからあの世でも探さないで。
お花畠に居るかもしれない私を見掛けても声を掛けないで!
お墓にも来ないで!
でも一つだけ聴いて貰えるなら……貴方の笑顔が見たいな。
ありがと。
あたたかい……わ」
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「それが君のお姉さんの最後の言葉だ。彼女の手から力が抜けて行くのを感じて、漸く我に帰った。
それからだ。医師を呼びにいった。
一緒に部屋に戻り、やっとまともに涼子の顔を見た。
彼女は穏やかに微笑んで居た。
俺も微笑んでしまった。
心の中で、ありがとという彼女の声が響いた気がしたよ」




