The Body19It could happen to me(02)
The Body19It could happen to me(02)
彼が入って来た。
あたしが口を開こうとし掛けたその時、
後ろに舞と舞ママが居るのに気が付き、思わず口を噤んでしまった。
彼はそんなあたしを見て一瞬閉じた眼を腹を括ったように開き、あたしの手を取るとあたしを見詰めて話を始めた。
「愛クン、一緒に暮らさないか、いや暮らそう。今言えるのはそれだけだ。それでも良ければ一緒に暮らして欲しい」
何が起こったのか分からなかった。
「愛!ヤったね!」
舞がにこやかに言う。
「えっ、えっ?良いの?あたしで?」
「君だから一緒に暮らすんだ。ただし、何も約束はできない。それは分かって欲しい。
若い君を何の約束もなく独占する。
昔大奥や後宮には、一生殿様や皇帝に抱かれる事もなく一生飼い殺しの女性が居たと聞く。君をそんな目に合わせる事になるのかもしれない。私にも分からないんだ。ただ君をそんな目に合わせる以上、私も同等の義務を持とう。それでイーブンと認められるなら、一緒にくらそう。
直ぐに答えなくていい。一晩でも二晩でも考えて呉れていい。今夜はゆっくりお休み」
そう言い終えると貴方は階下におりていった。
暫くして舞ママが、
「ハァ……」
ため息をついた。
「愛ちゃん、あたしもまだまだね。愛ちゃんから打ち明けてしまった後は、慰めるか、おめでとうって云うか二つに一つだと思い込んでいた。
今はどちらでもないわよね。勿論、今までと比べれば一歩も二歩も進む事ができた筈よ。
貴方が開けたかったドア、そのドアの向うに居る筈だった彼が脇に立って居て一緒に入ろうと誘っているの。地獄をみるのか、天国に至るのか、はたまた別々の出口に向かうのか、とにかく一緒に始めてみようってね。
虎口に入る以上は、貴女を守ると宣言したのも同じだわ。自分がどんなに傷ついたとしてもよ。私達が証人になるんですもの。
どうする?」
あたしは拍子抜けした気がしてた。でも、舞ママが言う通りだ。
「あたしがママの子じゃなければもっと簡単に超えられたのかな?」
「そうね。そしてもっとあっけなかったわね。でも、それだけで終わり。きっと」
「ウン。一緒に行くわ。一緒なんだもんね」
「そう。そうね、貴女のお母さまにお会いしたかったな。いえ、話をしたかった……」
会いたかった、話しをしたかった、その微妙な違いにその時のあたしは気が付かなかった。
「うん。気が有ったと思う」
ニッコリと笑い舞ママは降りていった。一人残された舞はあたしを見て言った。
「愛、スゴイよ。あたしはそんなに強くなれない」
「強くないよ。イッパイイッパイなんだから」
「うぅうん。強いよ。そこまで真剣に愛せないもん」
「そうなのかなぁ」
「そうだよ。ウン。そう!」
舞は独りで合点して頻りに頷く。
「今日は泊まってくね。下でママ達と話をしてくる。欲しいもの何かある?」
「うーん。喉が乾いたな」
「分かった。何か飲むもの持ってくるね」
舞が出て行くと、ホッとして眠ってしまった。夢を見てた。
木の枝に座るママが歌っているその下であたしの膝枕で彼が寝ている夢……。
ママの歌声が懐かしかった。涙ぐんでいるあたしは、だけど幸せそうだった。
「英司さん、本当に良いの?いえ、そういう言い方は失礼ね。愛ちゃんに言わせない為に自分から仰ったのよね。
そして私達を証人にして自分を縛ったのね」
「そんな格好の良いもんじゃないよ。ただの優柔不断な中年親父だな。思うヒトのムスメだってだけの事で手が出せず、突き放せもせず手をこまねいてウジウジしてるだけのね」
「そんなに自分を苛めなくても……と思うけれど、まぁ、いいわ。
さ、今夜は舞を残していくわ。本音は一緒に飲みたいんだけど……今日は止めておくわね。帰るわ。舞!二人を宜しくね」
「ウン。さっき上にいったら、愛、寝てたわ。吉見さん、上で愛と一緒に寝てイイ?」
「あ、じゃぁゲストベッドになるけど直ぐに用意しよう」
朝になり、眼を覚ますと舞がオハヨウと声を掛けて来た。
「舞……居て呉れたんだ」
「うん。感謝しなさい!」
「ハイハイ」
二人で声を合わせて笑った。
「どうする?ご飯にしてからお風呂する?」
「そうする」
「ここで食べる?」
「うん」
「だよねぇ」
やっぱ鋭いな。
「じゃぁ食事運んで来るから」
「ゴメンね」
「つけとくわよ」
舞は、下に降りて食事を持って来た。
「吉見さんも流石に寝不足だって。起きたのが遅くなって トーストになったけどイイかなって」
「うん」
スクランブルエッグ、サラダ、バター、ジャム、ベーコン、生ハム、チーズ、ヨーグルト、オレンジジュース、珈琲……。
「すごい量ね」
「若いから食べれるかなって言ってた。愛は病み上がりだし、好みもあるだろうから、残すなら残してイイからって」
「この緑っぽいのは何かしら?」
「あぁ、トーストに付けるんだって、オリーブオイルに塩とバジルを混ぜたものだって」
「ふーん……」
二人して試してみた。
「おっ!」
二人共顔を見合わせた。
「美味しい!」
「うん」
「売ってるのかな?」
「吉見さん、作ったらしいよ」
「へェ!」
「そうだ。ニンニクも入ってるんだった。ヤバ、今日は外に出られないわ」
「あら、病み上がりのあたしを置いて出掛けちゃうつもりだったのかしら?」
「だってぇ、元気そうだしぃ、大学もいかないとさぁ」
「彼氏も待ってるしねェ」
「そっ。愛には愛しいヒトがついてるしさぁ」
「えっ、仕事は?」
「今日は居るって!」
「何よぉ、ニヤニヤしてぇ!」
「ふふーん。お邪魔よねぇ!?」
「そんなぁ……コワイよ……」
「ウソッ!恥ずかしいの間違いでしょ!」
「うん。そうなんだけどさぁ」
「分かったわよ。居てあげる。その代わり、吉見先生独占しちゃうからね。色々教わりたいこともあるしさ。役得っていった所かな」
「うーん。ショウガナイナァ……」
「ふふ、ウソウソ。愛の側に居るわよ。そのかわりに教わる時には来てもらうからね、覚悟しときなさいよね。声は出さなくてイイから、せいぜい横顔を眺めながらぼーっとしてなさい」
「うん、イジワルね」
「べぇーだ」
「舞」
「うん?」
「ありがと」
「うん」
チャイムが鳴った。
彼の声が聞こえ、ドアが開くと、聞き覚えのある声、山中さんだ。
「ちょっと見て来るね」
舞は出て行ったが、直ぐに戻って来てその後ろから山中さんが顔を出した。
「コラぁ、無茶しないって約束した筈よぉ」
笑顔で叱られた。
「ゴメンなさい」
「まぁね、色々ありすぎたわよね。で、聞いたわよ。ここに住むんだって?」
「うん。まだハッキリとは……」
「ハイハイ。贅沢な悩みだけど、病人を弄っても詰まらないわね。まぁ、せいぜい悩めばいいわ。ハイ、お見舞いよ」
「キレイ、ありがと」
「早く元気になってよね。所長を独占されっ放しじゃ、こちとらおマンマの食い上げで干からびちゃうんだからさ」
「ハイ、今日はお見舞いに来て下さったの?」
「な訳無いでしょ、仕事よシゴト。ちょっと所長借りるわよ。一、二時間位かな。決裁貰って、クライアントの打ち合わせをして、指示貰う事も山程あるから」
「ハイ、ありがと」
「ウン。でも大事が無くて良かったわ」
優しく微笑みながら、私を見て出て行った。
「良いヒトだね」
「うん。山中さんっていって、彼の事務所のヒトよ。素敵よね」
「うーん。やっぱ感心するわ」
「何を?」
「だって見る限り、強力なライバルだらけじゃない。娘がいうのもなんだけど、ママだってヤバかったんだよ。ママ、結構、モテるし、飲み友達も何人かいるのよね。それ以上の付き合いは無いみたいだけどさ。昔やばくなり掛けた事が有ったのよ。何となくオンナの勘だったのかな。あたしがぐれ掛けちゃったの。それ以来ピタリと深入りはしなくなったみたい。
周りから聞こえてくるんだけど、そん時のヒトに吉見さんは似てるらしいんだ」
「へェ、そんな事有ったんだ」
「そんな中、思いを通すなんてさ、やっぱ愛は強いんだって思うな」
「ソッカナァ。ママが最大のライバルだったし、うぅうん、ライバルどころか、全くかなわなかったもん。
ただ訳わからないウチに惹かれて夢中になって進むしかなかったのよ……」
「かなわなかったんじゃ無いと思うよ。愛のママ見た事もあるけど、似てるようで、似てない感じだわ。だからじゃ無い。愛を、愛のママとは違う人格と認めていけるかもしれない、そう感じて、吉見さんも踏み込むつもりになれたんじゃ無いかな?」
「そうなのかなぁ」
「きっとそうよ」
舞も色々有ったんだな。あの明るさはその裏返しなのかもしれない。だとすると舞は強いよ。
トントンと上がって来る足音がした。
ノックの音がしてドアが開くと山中さんが顔を出して言った。
「じゃぁ帰るわ。早く元気になるのよ!」
「はい。はやく吉見さんを釈放するようにします」
「その調子!じゃ!」
ドアが閉まりおりて行く足音。
「お見送りして来るね」
そう言って舞も降りて行った。
暫くして上がって来るとクスクス笑いながら言った。
「お昼はお粥だって!順番が逆だねって、吉見さん、自分で言って笑ってた。
どうする?もうそろそろ顔を見せて上げたら?」
『うん』
自分の中で一度勢いを付けて言う。
「うん。そうする」
降り立つとまだふらつき気味だったので舞に支えられ降りて行った。
彼はキッチンで料理の最中だったが、気配に振り返ると優しげに笑い掛けた。
「もう良いのかい?」
「えぇ、心配させちゃってゴメンなさい」
苦笑しながら、料理の続きを始めた。
「居間で待っててくれるかな?」
「お手伝いしなくてもいいですか?」
「あぁ、もう直ぐ出来るよ。舞君、すまないが、そこに置いてある茶碗とかを居間の方に運んで貰えるかな?」
「はーい!」
やがて食事が始まった。
また舞と顔を見合わせ、頷きあった。
「美味しい!」
「口にあってよかったよ」
「お料理、上手なんですね」
「イヤぁ、独り身の外食に飽きてしまって何となく始めただけさ。レシピなんかなくて味付けはいい加減なんだよ」
「ママも……ママも食べた事あるんですか?」
ちょっと黙ってしまったが、直ぐに続けた。
「あぁ、食べて呉れたよ。ここは私の家だから、ヒトには作らせない事にしてたしね。
美味しいって言いながら結構食べるんだけどいつも少しだけ残す癖があったな」
「ママだなぁ。いつもそうだった。自分の作る物は残すなっていう癖に、外や人の家で食事するとほんの少しだけ残すんだよね」
少しだけしんみり。
空気を破ったのは、やっぱり舞だった。
「ね、ね、吉見さん!この味付けを教えて下さい!」
「適当なんだ、教えるなんてとんでもない」
「でも、おいしいもん!」
「分かった。でも薄めの味付けから初めてくれよ」
「わっかりました!ママのレパートリーにないから、そのうち驚かせてやろうっと!
あ、時々遊びに来て教わってもいいですか?愛!試食頼むわね!」
「分かったわ。それでツケのお返しにさせて貰おうっと!」
「あぁ!それってズル~い!」
やっと、場が明るくなった。




