The Body12settled(06)
The Body12settled(06)
それから時々会い、ママの様子、そして学校の話しや友達とのことなんかを話しながら、貴方の仕事のことも少しづつ訊く。余り詳しくではないけれど、分かり易く噛み砕くように少しづつ聴かせてくれた。
そうこうしているうち勉強も教えて貰うようになっていく。貴方は驚く位にいろんなことを知ってた。時々面白い雑学も交えるので、教わった事は記憶にしっかりととどまっていき、自然と成績も伸びていった。
美術の話しから開催中の展覧会に行くことになった。見終えて、近くのレストランで食事をしていた時だった。
「吉見、さん!?」
テーブル脇に素敵な女性が立ち、貴方にほほ笑みかけていた。
「広田さん!」
「えぇ、その節は……」
心なしか、その女性はほんの少しの間を置いて応えた。
「お世話になりました」
「いえ、こちらこそ。その後は順調ですか?」
「お陰さまで。木崎さんのサポートで上手くいってるようですわ。私はよくわからないのですが、報告は上がってます」
「そうですか。何かありましたら、いつでも私に御連絡下さい」
「えぇ、そうさせて頂きますわ」
と、そのとき女性の後ろから顔を覗かせた人が居た。
「愛!」
「えっ?」
見れば同じクラスの舞子だ。
「あっ!えっ!えぇっ?広田って……そっか舞んちの?」
「そっ、母で~す!」
軽い調子で紹介すると、
「こちらは?」
と訊いて来た。
「うーん、知り合いのおじさまよ。吉見さんっていうの。舞のママはご存知みたいだけど……」
貴方は苦笑いをして言った。
「立ち話のままでは……如何です。差し支えなければご一緒に」
宜しいのかしら、と迷いつつ、ムスメの舞がサッサと座ってしまったのに釣られて舞子のママは、優雅な仕草で腰を下ろした。
お互いの紹介をし、大人同士、高校生同士の会話が始まったが、あたしは気が気ではなかった。
舞子ママは、キレイだし洗練されているもの。オンナのあたしだって惹かれちゃう。ママ!ヤバイよ!
テーブルの端に置いていた教科書と問題集を目敏く見つけた舞子が訊いて来た。
「最近愛が賢くなってきて、良い先生が見つかったって言ってたけど、その先生って、ひょっとして吉見さん?」
「うーん、まぁね」
「うわぁ、イイなぁー、私も教わりたいなぁ!」
「こーれ、舞!」
「だってぇ、ママ、今の塾、何時もテストばっかしで、詰め込みでさ」
「貴女が行きたいって決めたんじゃないの」
「だってぇ、有名だったし、友達に誘われたんだもん。なのにさぁ、その子直ぐに辞めちゃって、結局あたし、一人になっちゃったのよ!詰まんないのよぉ……」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「でもぉ」
その時あたしは頭の中でいろんな計算をしてた。勿論オンナの。
今のままだと彼はあたしを通してママを見てるだけ。あたしはただの霊媒、恐山のイタコよね。物理的な距離は縮まりはしても、心の距離は、多分永遠に限りないグレーゾーンが間に横たわるだけ……いつかは諦めざるをえないわ。
舞がいれば後少なくとも二年間は、彼なら大学に行っても……それに彼にしても若い子が2人になれば、あたしを牽制するという心理的負担が減って警戒心が薄らぐかもしれない……。そんな計算、悪だくらみを超高速で済ませると、にこやかに三人に向けて笑いかける。
「そうね、舞が居てくれたら、励みにもなるし、楽しいだろうな。あたしはいいわ。吉見さん、どうかなぁ、いいでしょ!?」
彼は一瞬オヤッという顔をしたが、あたしへの牽制をしなくて済むという誘惑に勝てなかった、のかな。
「そうだね、実は愛君と話しをしてると仕事上のアイデアとかも浮かんできて結構仕事の役にたってるんだよ。数学は、頭の体操にもなるしね。広田さん、如何でしょう、こんなオヤジにお嬢さんをお預け頂くというのは不安でしょうし、正直言って学力向上にそれほど貢献できるとも思えません。今日だって、実は勉強そっちのけで美術館に行ってきた所なんですよ。ですが、まぁ、塾をサボったりするよりはマシ、かな」
舞子ママは、ちょっと逡巡して言った。
「分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます。ただ、あたしからもお願いがありますわ。まず、こうして食事とかをされる場合は、こちらで負担をさせて頂きます。いい!舞ちゃん、貴方がお支払をして領収証をちゃんと貰って来るのよ。美術館とかに行く時も同じようにして頂戴ね。吉見先生のコンサル料って、決して安くないの」
チラッと彼を見る眼は、悔しいけど、色っぽくてやっぱ大人の女性だなぁ。
舞は、眼を輝かせながらコクコクと頷く。
「ははっ。これは専門外ですよ」
「いいえっ。コンサルって時間単価でしたわよね。貴方を拘束するなら同じ事です。
それから、今日みたいな休みの日には、ウチに来て食事をされて下さいね。
これは勉強の状態や話をママも聞きたいからよ。ツンボ桟敷にはなりたくないわ。
今迄の塾の方は、舞ちゃん、貴女がちゃんと処理をしなさい。それならイイわ」
「はーい!やったね!そうね、ウチに来て貰うというのは大賛成!ママの手料理、結構いけてるんだ!」
うーん、ヤバイなぁ、手料理かぁ、強力だな。ウン?そうだ!
「すごいなぁー!じゃぁ、舞のお母さん、お料理を教えて下さいね!」
舞ママは、笑いながらも快く承知してくれた。
「舞ちゃん、今日はこれでお暇しましょ」
舞はしぶしぶ立ち上がり、
「じゃぁ、愛、明日学校でね!」
と言い、
「では吉見先生、宜しくお願いします」
と頭を下げて言った。
卒の無いこと!
貴方も舞ママも苦笑し、顔を見合わせた。
2人が立ち去る。
「舞子ママ、キレイね!」
それとなく牽制球?意地悪を言ってみた。
「そうだね。それに仕草がスマートで素敵な女性だよ」
堪えた様子もない。
「どういう関係?」
「仕事でね、その顧客先の会社で社長をしてらっしゃるんだ」
「ふーん、そうなんだ。ママとどっちが魅力的?」
貴方は怒ったようにたった一言。
「比較にならない!」
怖かった。
「ゴメンなさい」
「君のママは大事なヒト。大切なヒト。可愛らしいヒトなんだ。その娘の君に言うべき事ではないが、それが本心だ。茶化さないで欲しい。君もそういう積もりはないだろうが、そうなってしまう」
「ウン。ゴメンなさい」
冷たい空気。黙って俯くあたしを見兼ねたのだろう、
「言い過ぎたね。済まなかった」
あたしは何も言わず俯いていた。
貴方は気遣うように、
「今日は家迄送って行こう」
やったぁ!心の中で密かにガッツポーズしながらも、しおらしく俯いたまま頷く。ホント、ここまでは期待通りの反応をして呉れるのに、ここから先なんだよなぁ。難しいのは。
貴方にピッタリ寄り添うように俯いたまま一緒に歩く。ママだったら、腕位は回すのだろうけれど、その気配すらない。
見た事のないクルマで送って貰う途中訊いてみる。
「これ、なんていうクルマ?」
「ウン?あぁ、117」
「イチイチナナ?変わった名前ね。どこのクルマなの?」
「国産だよ。今はないいすゞというメーカーが昔作ったクルマなんだ。
もっとも、いすゞの会社自体はまだあるが、乗用車の製造・販売からは撤退してるんだよ」
「ふーん、それじゃぁ壊れたりしたら、大変なの?」
「うーん。まぁ部品とかないからね、困ると言えば困るかな。ただ、昔のクルマだから、中身は単純で自分でも弄れることが幾らでもある。知ってるクルマ屋もあるから、余り困ったことはないな」
「クルマ、好きなんだね」
「そうだね。でもクルマの嫌いなオトコって少ないんじゃないか」
「そうかな?パパは運転しないよ」
「運転しないで済むなら、その方がイイさ。事故や違反、ドライバーを取り巻く環境は決して優しくはない」
「ふーん、鷹揚なんだ。パパは、毛嫌いしてるわ」
「うーん。お父さんを悪く言う気は無いけれど、私は、クルマの嫌いなオトコって信用していない」
「なんで?」
「クルマって、どう言ったらイイかなぁー、そう、乗り手を試して来るんだ。試される必要が無いと言うような自信家なら鼻持ちならないヤツだし、自分を試されたく無いと云うならバカか臆病もんだし、試される必要など無いと思ってるのなら、頭が堅いだけの融通が利かないガンコモンだ。
無論他に試されるものがあるって場合もある。それならいう事はないんだがね」
「試されるの?」
「そう。過信したり、怯懦を感じてると、必ずしっぺ返しがある。かといって自分を知ってその上を目指さないと運転は進歩しない。時にはムリを承知で無茶しないと縮こまる。そう、いい先生だよ」
「で、このクルマって、いいクルマ?」
「いや」
笑いながら、言う。
「ヒドイ奴さ。重い遅い停まらず曲がらず錆びる。クルマとしては、苦渋の多重奏って所だな」
「でも?」
「そう、でも好きだ」
知らない貴方の一面を知る事が出来たのが、嬉しかった。
「家でイイのかな?」
「ウン」
今日はママに会いたくないな。独り占めしたいこの思いをママに会ったら喋ってしまいそうだもん。一人は寂しいけれど、思いを独り占めするには、不思議と心地良い寂しさだった。
ただその間にも、公平な神は確かに時を進め、「その時」は近付いていたわ。




