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6.ただ一つの言葉

――理由は知らない。だって自分も分からないんだから。


「おい、おい? (りつ)?――どうした?」

「え、え、えーと。何か、やっぱりこういうカッコって、似合わねえなあって」

 尚人(なおと)の呼びかける声で我に返った律は、あははと笑い、慌てて誤魔化します。


――これじゃあ、まるで七五三レベル……。


 そんなことを考えているなんて、何だか、律は尚人に知られたくは、ありませんでした。


――だって、笑い話にでもしなければ、本当に笑われそうなんだもん。今更、こういうカッコして、似合う人間になりたいなんて。


「……」

 しかも、尚人は何も喋ってくれません。ちょっと考えているように見えます。


――ああ、やっぱ言うんじゃなかった……。

 律が余計に落ち込んだ時、


「でも、それって制服だろ?」尚人が口を開きました。

――ああ、そうだよ! 似合う、似合わない前に、着なきゃいけん代物(しろもの)だよ! 毎日な!

 今から、それを考えると、それだけで憂鬱になってきます。


「それは、慣れないだけだろ。今はさ、未だ違和感あってもよ。その内」

 思いがけない一言でした。顔を上げた律に、尚人はぶっきらぼうに続けます。


「慣れていくって」


 兄と同じようなことを言われたのに、何だか、律は恥ずかしくて、また、下を向いてしまいました。

「……そうかな」

「……ああ。卒業式ん時、みんな言ってたぜ。――意外に似合うって」


 律は、思わず吹き出してしまいました。「意外って失礼だよなあ」未だ恥ずかしくて、自分の顔がきっと真っ赤になっていて、思わず片手で自分の顔を覆っていました。

「そういえば」と話を変えます。「お前、今までどこに居たんだ?」

「ああ、暇だったから、雑誌買いに」

 尚人の答えに、律はガクッと崩れます。

「雑誌かよ!」

「暇だったんだ。退院も近いのに、ずっと独りだったんだから」

 先ほど突っ込んだ勢いはどこへやら、律は項垂(うなだ)れてしまいます。長い付き合いです。ぶっきらぼうに言った、尚人の言葉に皮肉が混じっていることくらい判ります。――ある意味、話を変えた甲斐はありました。恥ずかしさを誤魔化したい律の思いは。


「……」

「何か言ったか?」

――聞こえたくせに!

 律は尚人を(にら)みますが、尚人は、律とは反対側の窓の方を見ています。律は尚人に気付かれないように溜息をつきます。

――こういう奴なんだよ。むかつくくらいに。

 仕方なく、律は言い直します。


「ごめんなさい」

「……ああ」


 未だ尚人は、窓の外を眺めています。律には尚人の顔は見えません。

「……馬鹿だなぁ」

 呟いた言葉も表情も、その意味は律には分かりません。

 

「尚……」

「何だ?」

 律の呼び掛けに答えた尚人の表情は、いつもの見慣れたものでした。

「いや、別に?」

「おい!」

 怒る尚人を尻目に、律は笑いました。それは吹っ切れた笑いでした。


――うん。もう大丈夫か。


 周りを、自分を、心から。


 律は、尚人を見ました。むくれたような表情。でも、それは心配させた時ので。だから、言うと怒るけど、心から安心する表情。


――誰が、何と言おうと、大好きな表情。


「じゃあ、帰るわ」律は、満面の笑顔のまま、言いました。

「そうか。――また、来いよ」

 尚人の声に、律は振り向き、答えます。

「ああ。当たり前だ」


――当たり前ではない、君の傍を、この位置を。手放したくないのは、自分だけでも。

――それでも、せめてこの願いを、自分の中にあることを許してほしい。


          *          *


「別にさ、必要なかったんじゃないか、俺ら。もうすぐ退院っていうならよ」

「え! ……やっぱり、そうですかねえ……」

「こーらー」

 

 律と尚人の様子を、変わった「三人」が見ていました。まるで、宙に浮いているかのように立っていたので、もし、この三人が見える人がいたら、さぞや驚いたことでしょう。でも、姿を消している時に、見える人はそういませんでした。


「全く、余計なことを……」

 髪の長い少女が、傍らの真っ黒な猫を睨みます。もう一人、鮮やかなワンピースがとても似合っている少女は、服に反して、青ざめてしまっています。


「だってよ、もうすぐ退院なら、その後で会いに行けば良いだけの話じゃん」と、黒猫(・・)が言い返します。

 言い返された少女は――こちらは全体的に白い洋服を着ています――、ふいに呟きます。「まあ、確かにそれだけの話なんだけどね」

 そして、前を見て言います。


「でも、尚人君は逢いに行かないと思う」


「「――え?」」黒猫も、もう一人の少女の方も、そのはっきりとした言い方に、虚をつかれたようです。でも、その反応を無視して、白い服の少女は溜息をつき、微かに微笑みながら続けます。

「別に、律ちゃんの方が、尚人君の所に、いずれ行ったと思うし。近所なんだし、同じ中学に行くんだろうしね。別に、退院前じゃなきゃいけないってわけじゃない」

「ちょ、おい、今のどういう意味――?」黒猫が自分たちに背を向けて話す少女に、慌てて言います。

「逢いに……行かないって……?」おずおずと訊く、自分よりも年上に見える、高校生ぐらいの少女に向かって、彼女は答えます。


「君と同じだよ」

あの子の名前、出さなくても良いかな、って思ったら、今回、解りづらくなってしまいました。すみません。ごめんなさい。判別つきます……よね……? 鮮やかな色のワンピースを着た高校生ぐらいの少女と、白系統の洋服を着た、髪の長い、幼く見える――小学生か中学生くらいの――少女。それに、真っ黒な猫。「三人」とは言えませんね、本当は。

それなのに、律ちゃんと尚人君編は終了し、次回はこの三人の話となります。そして、最終回となります! 多分……。

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