表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4.終わること

  大人になりたかった。

  自分はあまりにも、子供だったのに。



 ふと、(りつ)の足元に猫がやって来ました。少女の膝にいた、真っ黒な猫です。猫は、律の脚に顔を()り寄せます。それがくすぐったくて、でも気持ち良くて、律は思わず笑ってしまいます。しゃがんで頭を撫でると、気持ち良さそうな顔をします。

「ねえ、律ちゃん」

 少女が猫の様子を優しく眺めながら、律に話しかけます。

尚人(なおと)君は、怒ってなんかいないよ。公園にいたのも、君を待っているのも、尚人君の勝手。彼のお母さんもそれを分かっているから」


「違う。勝手は……」

 続きが言えません。


 言え。言え。――ちゃんと言え!


「もう、良いんだよ。――もう、自分を許して良いんだよ。だから、我儘(わがまま)になったって良いんだ」

 降り注ぐ、少女の声が、律の中に沁みわたっていきます。


「良いんだよ、律ちゃん」


 その言葉が皮切りとなったようでした。俯いたままの律から、涙が(こぼ)れました。泣きながら、呟くように言いました。今まで口に出すことも出来なくて、誤魔化し続けてきたことを。

「違う。勝手は、俺なんだ。あいつの隣に居たくなくて、逃げたのに……」

 片手を頭の上に置かれたまま、真っ黒な猫が律を見上げます。律は、猫の顔を見ると、涙を零しながら、猫に、というよりは、まるで独り言を言うかのように呟きました。


「逢いたい……」

 堰が切れました。


「逢いたい。尚に、逢いたい……! 本当は隣に居たかった。来いって言ってくれて、嬉しかった……。だから、逢いに行きたかった。でも……!」


 あの日の女の子たち。彼女達が言ったこと。鵜呑みには、律もしませんでしたが、否定も出来なかったのです。


――自分が尚の負担になっているかも知れない。

 ある時、ふと思った、その不安は消えることなく、律の心の中に残り続けました。

 そんなことはないと、見ないようにしてきたのに。それなのに、あの日、突き付けられた。自分の知らない可愛い女の子と歩く尚。本当は、尚はああいう子と一緒にいた方が良いのではないか。自分みたいに苦労かけてばっかりの奴なんかより、よっぽど。


――いや、そうじゃない。本当は。

 「羨ましかったんだ。可愛い女の子と歩いてる尚が。何だか随分、先を一人で歩いていってるみたいでさ。俺独り、置いてかれてるようで。……だから、追いつきたかった。いつか、隣に立っても釣り合うように。今、隣にいたら、あの子と比べられるんじゃないかって……。――馬鹿みたいだろう?」


 子供じみた悔しさ。それを何と呼ぶのか、律は未だ知りません。


 首を振って続けます。「いや、実際馬鹿だったんだ。どうしようもなくな。意地を張って……会わないって。それで迷って、迷って。その結果……!」

 律は泣き崩れました。猫の頭にあった手がもう片方の手とともに、その顔を覆います。

「遅すぎた。遅すぎたんだ……事故に遭ったのは、そのせい。だから、俺は決めたんだ。背伸びするのは()めるって。それで何も起こらないのなら……」

「そうだね。止めるべきだね」

 少女が、突然口を挟みました。律はびっくりして、顔を上げます。

「背伸びなんかしなくて良い。律ちゃんは律ちゃんで良いんだよ。他の子みたいになるよりも、よっぽどそっちの方が大事なんだ」

 てっきり、責められると思っていた律は、呆気に取られた顔をしていました。少女は、そんな律を見て、微笑み、はっきりとした口調で、告げます。

「尚人君が、それを一番思ってる。だから、あの日、律ちゃんに「これ」をあげようとした」

 少女が、握りしめていた右の手の中にあったものは――。


「キーホルダー……?」


 あの日。尚人が着けていた、律がねだったあのキーホルダー。

 でも、同じものではありません。


「え……? 虹の色……?」石の色、数が違うのです。尚人のは五つ。目の前にあるのは。


「そう。これがどういう意味か。――律ちゃんなら解るよね?」

――尚人。

 一旦は止まっていた涙が、再び、律の両目から溢れ出します。


――律は律のままで。


――尚人。尚人、ごめん。今解った。お前のこと。

 泣きながら、律は理解します。今、すべきことを。


「家に帰る」


 涙で視界が(にじ)みながらも、少女が微笑み、はっきりと頷いたのが、律には見えた気がしました。

 そして、律は走りました。今度は迷いもありません。ただ、真っ直ぐに前を見て走りました。

 少女の声が、その背中に聞こえた気がしました。


「頑張って」


 少女とはそれっきりでした。


――今、行くよ。尚人。

 律は、扉の前で呼吸を整えていました。ちょっと、大変な勇気が必要でした。

 でも、もう律は、逃げるのを止めました。

 「自分」から、逃げることを。

 

「彼女」の名前、出そうと思っていたのに、出せず仕舞いになってしまった。

主人公の名前さえろくに出してないから、まあいいか。

やっと、次回で尚人が出て来るし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ