Daily 26 〜試練〜
「松野君!…そんな所で何してるの!?…うわーそこ何か凄い…うわー」
「ちょっと危ないから無理して来ないでね、それにここは特等席だから」
「えー!……でも大丈夫かも…よし!」
「危ないからそこにいて、仕方ない……よっ!…っと、んで西園寺どうしたの?」
「どうしたじゃないよ!…みんな松野君が元気ないなーって心配してたよ」
「……そうかなー?…ほら!ほら!ほーら!……いつも通りでしょ!?……何だよその顔は…」
「……無理してる、もしかして…この間の試合のこと?…」
「…西園寺見に来てた?だとしたらとんでもないとこ、見せたかもなー…」
「私とふみかが着いた時は、海堂先輩が投げてたから…松野君じゃないのかなーって…」
「マジか…ふー、なら良かったわ…ダサいとこ見られてなかったわけか…まあ先輩の前は俺がね、それであのスコアって感じ…」
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「そっかー……やっぱそう思っちゃうよねー、実際の場面ならそう感じるだろうし」
「まあ先輩の言う通りだよ…少しずつなのかなーとか、目指すの無理なのかなーとか…」
「まあね……確かに海堂先輩から注目されなかったら、今の自分はいないかもしれないもんね……違う?」
美愛はちょっと変わった目つきで英輔に言った、少し驚きながら首を縦に振った。
「でも…本当にそれだけかな、今の松野君がいるのって」
「えっ……そりゃー他の先輩や一年生とか、もちろん隼人にも感謝してるけど…」
「松野君は野球そのものが好きで入部して、何かの縁でここまで頑張ってきたのかもしれないけど…周りから見たら、松野君がいたから楽しい野球が出来ると思ったはず、辛い事も互いに乗り越える事も必要だし、それを松野君がわかっていたのならなおさら…そう思われるって凄い嬉しいことじゃない?私だったら嬉しいって思うし、何より松野君に期待しているって事だとも思っちゃうし…」
英輔は美愛の言葉一つ一つを真剣に聞いていた、ここまで真剣に話を聞けるとは…。
「それにその期待に応えること、松野君の場合だと立ち向かうことかな…それって何か…楽しいことじゃない?」
「た、楽しいこと?……それが楽しい?…」
「皆でするスポーツなら絶対そう思うけどなあ……あっごめんね!…何か余計な事言ったかな…」
(……俺は…一人で野球してるわけじゃない、なのに……ふっバカだなー俺って…練習一つ一つからみんながいる、その期待も示せないでどーするよ!…)
「…あれっ!どこ行くのー!?昼休み終わっちゃうよー?」
「サンキュ!ただ教室に戻るだけだよ」
(もう……でもあの顔は…いつもの、ちょっと元気出してくれたかな…)
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放課後の部活が始まるころ、ここからもう一つ大きな壁が待っていた…。
「ここの所、松野の投球が安定していないようだが…海堂、何か知ってるか?」
「……彼なら大丈夫です、一時的だと思いますし、あれでバッターと勝負出来ないと、投手の資格はありません」
「しかしだな海堂…最初に言ったのはお前のはずだ…私からは何も言うことは出来ん」
「……ではバッター立たせましょう…後は彼らに任せて」
「海堂……わかった、よし……松野のとこに誰か立ってくれ!右でも左でもいい」
そうして打席に部員を立たせ、投げる英輔だが……隼人は薄々気付き始めていた。
「英輔、さっきからアウトコースばっかりだな、しかもボール半個外れてる……何だ…お前まさか……」
「…自分でもいうこときかないんだよ…何か変だ…」
再びピッチングに入ると、隼人があえてインコースに構えた、ところが…。
「……おい、逆球だぞ!……しっかり投げろ」
(わかってる、わかってるけど……くそー!何でなんだよー!)
その後も英輔は苦しんだ、本当の逃げ球の投手になってしまっていた。
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「…見る限り、っぽいな龍悟…さすがに制御出来ないのは辛いな…」
「下手すれば重症かもしれない、でも…ここを乗り越えられると僕は信じている…(しかし、君次第なんだ…)」
(思ったところにいかない…アウトコースはギリギリ良くても、インコースにいかない…俺どうしたんだろ…)
そのまま部活が終了したが、英輔は居残りしていた…。
「松野ー、まだやるのかー?交代でやってもらったけど、二回目の俺が立ってるのはさすがに疲れたぞー…」
「英輔…もう終わろう、これ以上やっても意味ない」
「…もうちょっと…もうちょっとだけ…頼むよ…」
「何だーまだ投げてたのかー、まあ同じ一年投手として頑張ってほしいけど…こんな状態じゃ、俺と争う事もなさそうだなー」
「おい館山!…まあお前の言うことも確かだが、あいつは今何かを乗り越えようとしてる…だからこそ見守るべきじゃないのか…」
「…正直嫌だね…あの時まで堂々としてた奴が、逃げ腰の制御不能ピッチャーなんざ、同じ部員でも一番興味ないね」
「…ははっその通りだよ隼人、館山の言う通り…まさか自分が自分でこうなるって思わなかったけど…何か鮮明に身体に染みついたんだろうな…はは」
「……とりあえずあとちょっとな…」
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その後も数球投げたが変わらず、特別にグラウンドのマウンドに移動しても、ますます悪化したかのようにも見えた。
「くそっ!…くそおー!!…」
思わずグローブを叩きつけてしまった英輔、すると…。
「ったく俺が打席代わってあげたのによ…もう駄目だな、帰るわ…お疲れさん」
「英輔………お前、やる気あるのか?…こんな球捕ってた俺が恥だわ」
「隼人…何言ってんだ…俺は少しずつ何か…」
「お前の状態は技術どうのこうのの問題じゃねーんだよ!……てか…他の部員だって、頑張って練習して、効率よく必死にやってんだ…なのにな……あの程度打たれただけで逃げてんじゃねーよ!」
英輔は必死に訴えてくる初めて見た隼人の姿に、何も返す言葉がなかった、そして隼人は持っていたボールを英輔に投げた。
「…!?…イテッ…いきなりなにすんだよ!…」
「…そりゃー素手じゃ痛いよな!でもな、いつも厳しくインコース攻められて、デッドボール何回もくらってる一流のバッターのほうがな、もっと痛いんだよ!…それでもそういう風に投げてこられるほど、自分を凄いバッターだと思ってくれている、周りからもそのコースに投げてくる凄いピッチャーに思われているって感じるんだ……その瀬戸際の真剣勝負が、また自分をさらに強くさせてるんだ…それを投げることができないなんて凄いとも感じない、勝負してみたいとも思わねーんだよ!……わかるか英輔…それがな、海堂さんとの一番の違いでもあるんだぞ…」
「そうだな、そのままじゃクソつまんねーピッチャーのままだぜ?…それが嫌で悔しかったらな…インハイにズバッと!おもいっきり投げてみろや!この逃げ腰野郎が!!」
英輔は思った、たくさんの事を思った、でも決して怒りなどではない。
「__送りバントがどうしたの、嫌ならさせなければいい!外野フライ?なら打たせなければいい!__」
「__何も凄いと感じない、それが海堂さんとの一番の違いだ__」
(俺は…俺はそんなんじゃ……あっ!?)
「__でもその期待に応えること、立ち向かうこと…それって何か楽しいことじゃない?__」
「ほら来いや!…その程度の奴かてめーわよ!!」
「(……くっ!…俺はな……)楽しまなきゃ終われないんだよー!!」
そして何かを噛み締め、堪えながら……おもいっきり投げた…。
「………英輔…お前…」
「………いい球だぜ松野、それだよ」
(英輔……治ったのかこれって……ふふっ本当の勝負はこれからだぞ!)
偶然にも遠くから帰路の海堂と高峰が見ていた。
「松野のやつ、いい球投げたように見えたけど…」
「まあそうかもね、それに…あの顔はまさしく…(松野君、もう大丈夫なようだね…)」
英輔は晴々とした表情を浮かべていた、様々な想いとともに…。
(みんな……ありがとう!…俺、強くなって、また一歩前進したよ…)
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後日の部活には、またあの時の英輔が見えていた。
「どうやら…あの様子だと松野はいつもの姿になったようだな」
「ええ、これで第二段階に進めますよ、監督もお願いしますね」
「………ボール、おいおいどうしたー?」
「おい隼人!今のは入ってるでしょ!…いいインコースに…」
「だから高校野球の規定、球児の平均身長を計算するとボール半個高い、まだ後遺症でもあるんじゃねーのかあー?」
「なっ!変な事言うなよなー!…審判ならストライクとるって……まあどんな球でもストライクと言わせるのも、凄い投手なんだよな?」
「そういうこと、よし!変化球も混ぜてやるぞ」
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次の日の朝、クラスにて。
「いやー諸君おはよう!すっかり寒くなったが、まだまだ熱いぞー!はっはっはー!」
「英輔のやつ、何か昨日らへんから元気になったよね…何か逆にうるさいくらいだしさ…」
「さあ何でだろーね、美愛がイイ事でも言ったんじゃないのー?」
「私は特に何も…これから頑張ろうって感じで…」
「じゃあただ単純な奴なのか、まあ男子は嬉しそうだけど」
「英輔ー、そんな元気な中、朗報だー!…きたぞーくるぞーもう少しで……冬休みだぞー!」
「んっ?…そうかーもう十二月に突入してたのかー…今年も一ヶ月きったんだなー…」
「まだ終わりじゃねーぞ!…その前にあるだろほら、あれだよあれ!…」
康之が指を示している方向にはあの女子三人、でもどういう事なのか。
「あいつらがどうかしたのか?……おーい三人ともー」
「ちょっ…呼ばなくていいっての!……どうせならみんなでパーっとしようぜって事だよ」
「英輔なにー?…ずいぶんと元気になった様で、オホホホ」
「そうかー?アハハハ、康之がみんなでパーっとしようぜだって…だよな?」
「そのまま言うなよ…まあそうだけどよ…(言うなっての…)…冬休み入ったら、そのクリスマスとかあるだろ?だから…パーティーでもしたいなーなんて…」
「……いいじゃーん!しよしよー!…だって二日あるし、その片方でも十分出来るっしょ!」
「おーさすが!…西園寺とふみかはどうだー?」
「ふみかは前島君とデートあったとしても、もう一日は大丈夫でしょー…美愛は…大丈夫でしょー!」
二人は同時に言い返す。
「勝手に言うなー!…(まあ大概当たってるけどさー…)」
「という訳だ英輔、修一、よろしく頼むぞー!…クリスマスだし、色々あるかもしれないぞーグフフッ」
「お前何考えてんだ…まあせっかくやるなら、ホームパーティーだなー!」
「よし、人数多いほうが楽しいだろうから、誰か誘おう」
「はいはーい!じゃあ女子も招待しときまーす!」
「クリスマスパーティーか…よーし、楽しまなきゃ損だぜい!」




