Daily 10 〜勝敗〜
野球部はいよいよ県予選を迎え、順当に勝ち進めば決勝までは申し分ない。
そして思い通りに事は進み、甲子園まであと一歩のところまできていた。
「みんな良くやってくれた、明日で決まる、悔いのないように、私達らしい野球をするだけだと思っている、各自存分に力を発揮してほしい!…では安達から何かあるか?」
「はい、ここまでやってこれたのはみんなのおかげだよ、本当にありがとう…まだ終わってないけどいろいろあるんだが…」
「キャプテンしっかりー!」「安達ーそうーほらー」
「すまんな…とにかく行こう!俺らなら行けるぞ!甲子園にみんなを、亜星の期待を背負って一緒に行こう!」
いい音頭がとれた所で、その中後輩はどう思うのか…。
「…俺まで緊張してきたー、大丈夫かなー…」
「お前が緊張してどうすんだ、先輩方ならやってくれるさ」
そして…
・
・
・
・
決勝戦開始前、
「大岸さーん!いよいよですな、今日は宜しくお願いしますよ」
「こちらこそ川越さん、正々堂々、チャレンジャーとして挑みますよ!」
応援スタンドも一杯であり、雰囲気は最高潮。
「それにしても、両校とも全校応援なんだなー、すげー人の数」
「決勝は中継もあるらしいな、いい試合になるといいなー」
両校が一進一退で応援、これぞ高校野球の醍醐味である。
「プレイボール!!」
ライバル校であり、県内ナンバーワンの打撃陣で迎え撃つ、川越監督率いる天智学園との、甲子園への切符を掛けた大一番が幕を開けた。
ところが試合は緊迫した投手戦になり、両先発投手の好投が続いていた。
しかし、試合が動いたのは四回裏、安達がピンチを迎える。
「失投だ…甘い所を打たれた…すまん高峰」
「ここ抑えましょう、大丈夫です」
二ボール一ストライクの四球目、吉と出るか凶と出るか、バッティングカウント。
「おおーっと三遊間抜けたー!!三塁ランナーホームイン!天智学園、先制のタイムリーヒットが出ました!」
「…安達先輩まだイケますよー!踏ん張ってください!」
(踏ん張れ…みんなが点数取ってくれる…俺が抑えないと、誰が抑える!…)
渾身のストレートは…
「空振り三振!安達、最少失点で抑えました!さあ亜星打線の反撃なるか!」
・
・
・
しかし、天智の投手の前に手が出ず、1対0のまま七回裏へ。
「そろそろ定着したムードを変えていこう!まずはここを抑え、残りの二回に全力を出すんだ!」
大岸監督の言葉で、亜星ナインにも気持ちが入る。
「ここまでナイスピッチですよ安達さん、何とか反撃するので辛抱してください」
「高峰のリードが助かってる、よしいくぞ!」
ここで思わぬアクシデントが起きる、それはあの男の登場を余儀無くすることになる。
「うわっ!!…くそっ!」
「おおーっとピッチャー強襲ー!…内野安打になりましたが…安達、大丈夫でしょうか…」
「安達さん!大丈夫ですか!…膝ですか?」
打球が直撃、さすがに痛みは隠しきれない、スタンド席も困惑模様、一旦ベンチに下がっていくが…自分で歩くのも難しそうだ。
「まさか当たるとは…こんなんじゃ俺は厳しい……えっ!?準備するのか…」
スタンドのあの二人は、
「安達先輩、無理なのかなー…もろに当たったもんなー…」
「だな…だとすると…もう海堂さんしかないな」
「えっ海堂先輩投げるのか!?…あっ!あれ!」
「海堂…いけるか?まあお前しかいないとは思っていたが…」
「僕は…大丈夫です、いつも通りいきます」
「海堂!俺の代わりとか思うなよー!…おもいっきりいけ!…エース」
「エースナンバーは安達さんですよ、でも僕が打たれたら…責任は僕です…」
「今は気にするな!…やり切る事が三年は望んでいる、さあ…」
「……ピッチャー海堂!…任せたぞ、私も信じている」
・
・
・
「えっ!ちょっと海堂先輩じゃん!わーすごい!楽しみー!」
球場の三塁側スタンドは黄色い声援と、暖かい応援が入り交じっている。
「先輩、緊張してるよなー…こんな急にマウンド上がるって」
「海堂さんは…本人も思っている通り、いつも通りだよ」
急なピッチャーの登場に天智のナインは、そして川越監督は納得の顔が浮かんでいる。
「ほーあれが噂の海堂君か…大岸さんの…秘密兵器…見ものだなー」
・
・
・
「まさか出番が来るとはな、久しぶりのバッテリーで少し心配だよ、龍悟の球受けるの」
「僕は直隆を信じるだけ、安達さんの分も背負って、いつも通り投げる」
「…心配なさそうだな、打たれたら俺も重荷を背負うよ」
海堂はボールを受け取ると、自分の野球帽を見つめて一呼吸、そして表情が変わった、試合モードの海堂の姿に英輔は何を思うのだろうか…。
試合が再開、セットポジションからの初球、外角に140キロのストレート、一ストライク。
(スピードはそこそこか、まだ出てないのか、それとも…)
二球目、またも外角に145キロのストレート、二ストライク。
「ほーいい真っ直ぐだなー、お前らよく見ていけー!」
三球目、外角低めに148キロのストレート、一ボール二ストライク。
「先輩走ってるなー!さすがだー、受けたことある隼人もそう思うだろ!」
「いや、海堂さんはまだまだここからかな、そして天智のバッターも様子を見てる」
「えっ充分凄いと思うけど…」
(落とすか…?コースは龍悟の好きでいい)
サインに首を振る海堂。
(じゃあ流すか…?内側でもいいけど…)
それにも首を振る海堂、そして合図を送った、それに高峰は少々驚いたが…。
(ふー…じゃあおもいっきりこい!)
(僕は僕なりにいくよー僕らしく……)
渾身の真っ直ぐがミットに吸い込まれる。
「……見逃し三振ー!…最後もストレート!153キロが出ました!」
一気に歓声が湧く、さすがにこれは凄い。
「先輩すげー…153って…」
「球威もコースも完璧、あれはさすがに打てないよ、打てるようになりたいけどな」
「きゃー!海堂先輩すっごい!やばいねー!」
美愛は遠いスタンドからずーっとぽけーっとしているだけである。
「ほーさすが秘密兵器……だか…天智の野球、甘く見てもらっては困る」
この回は三者連続三振、全球ストレートで抑え、代役をしっかり果たした海堂。
「よーし今度は海堂の援護点だ!よく粘っていけー!」
・
・
・
すると亜星ナインが意地を見せる、ランナー一塁二塁の場面となり…。
「頼むぞ高峰ー!繋げろー!」
「俺は繋げるよりも……返したいんですよ!」
打球はセカンドの頭上を越え長打になる。
「よっしゃー!二人返ってこれるぞー!」
「さあ二塁ランナーが返ってきて同点!…一塁ランナーも回った回ったー!……クロスプレーは…」
「あーアウトかー惜しかったー!」
「うそーセーフじゃないのー!?」
しかしながら亜星は同点に追いつき1対1、投手戦となった決勝戦はそのまま九回へと突入した。
「甲子園をかけた決勝戦、大変素晴らしい試合となっております!」
・
・
・
「さあ最終回、最後の攻撃だ!なんとしてもやってやるぞー!」
エンジンが亜星ベンチ、ホームを盛り上げる。
そして、天智も投手を代えてくる、これが強豪校の象徴、人材も豊富だ。
何とか塁に出たいところだが、その投手の変化球に手が出ないナイン。
「セカンドゴロ、亜星は裏の攻撃、守り切りって延長戦に持ち込むことになります」
「ごめん…出れなくて…」
「…亜星の野球を最後まで見せよう!…海堂踏ん張ってくれ…」
研究が早い天智のバッターは、海堂の球に反応が良くなり始める。
「皆、この回で決めようじゃないか、うちも応援の皆さんに感謝せねばならん」
天智の全校応援も気合が入っている、二番から始まるこの回に勝負を決めたいようだ。
・
・
・
初球からスイングするバッター、名将川越監督はタダでは終わらない策士だ。
「んっ!セーフティーバント!?」
思わぬ形で対応が遅れるバッテリー。
「これは仕掛けてきました!……さあ内野安打となり、サヨナラのランナーが出ました!」
そして三番打者への二球目、賭けを見せた天智の野球。
「おっとランナースタート!……高峰の強肩との勝負は…セーフ!さあ天智は絶好のチャンスです!」
すかさず内野陣が集まって様子を見る。
「バッターに集中して、三盗はないだろ、勝負するぞ!」
このピンチどうするか…そして天智のサインは…。
「えっ三番でもやっぱバントかー……うまく転がしたなー…」
(これは参ったな…どうするんだ龍悟…)
「僕は大丈夫、大丈夫だ、必ず抑える」
甲子園への道のり、どんな形でも一点の重圧はとてつもなく影響する、四番打者への初球もそうであった…。
「おっフライだかー!……これは狙った打球でしょうかー!?」
「…やられた…レフト!」
「おい、まさか海堂さんから…いや…距離はそんなに…」
数々の声がこだまする中で、只々、自分達の野球が通用した方が勝つこと、その凄さを知った英輔は改めて、高校野球は何が起こるかわからないことを思い知った。
・
・
・
「これが…天智の野球だ、申し訳ないな…海堂君」
「こんな結末…これでゲームセットなのか…アウトでこんな単純なこと、あるのかよ…」




