彼女は、僕の操りロボット
この小説は、大晦日に実際に起きた、ある事件をベースにして、作られています。ただし、この作品中に出てくる、登場人物は、全員、創作したものです。ですので、実際の同姓同名の人とは、何ら、関係ありませんので、あしからくご了承ください
ある年の12月31日、ここからこの物語はスタートする。
その日は、大晦日で、人々は、年越しそばを食べ、こたつに入って、みかんを食べて、紅白歌合戦を見て、年越しを待つ。と、言うのが、一般的な大晦日ではないだろうか?
僕も、その前年まではそうだった。しかし、その年だけは、少し、例年と様子が変わっていた。その年の大晦日、僕は、仕事だった。朝、起きて、勤め先の介護施設に車で向かった。その時、見送ってくれる人はなかった。と、言っても、本当は、見送ってくれる人がいるのだが、その時は、事情があって、一人だった。それは、良いとして、何しろ、僕は、仕事先に向かった。仕事場について、一日の業務(その日は、大晦日で、ほとんど掃除ばかりしていた。)をこなし、僕は、帰途に就いた。家に着くと、そこには、一人確実にいるはずなのに、その一人の気配は感じられなかった。僕は、『ただいま~。』と、言った。しかし、返事はなかった。僕は、急に不安になり、彼女がいるはずの二階に向かった。そこには、寝たきりの彼女がいた。《昨日まで、普通に、立って、食べて、飲むこともできた》彼女がいた。
僕は、『大丈夫?』と、言うと、彼女は、眠っていた。僕が起こすと、こっちを見て、かすかに笑った。
そして、『ごめんなさい。』と、言った。『何を。』と、僕が聞くと、『こんな事になってしまって、許して。』と、言った。僕は、『君が悪いわけじゃない。病気が悪いんだ。』と、言った。すると、彼女は少し涙ぐんで、また、『ごめんなさい。』と、言った。『何も泣かなくても良いよ。君が悪いわけじゃない。何度も言うけど、病気が悪いんだ。だから、泣かなくても良いよ。』と、言った。彼女は、少し笑って、軽く頷いた。僕は、何か食べた?それとも、何も、食べてないの?』と、聞いた。『朝から、何も食べてない。』と、彼女が答えた。僕は、『それは、不味いね。何か食べないと、体に悪いよ。』と、言って、僕は、二人分の食事を作って、彼女の分を二階に持ってきた。それを見て、彼女は、必死に起き上がろうとするが、体に力が入らないようで、立ち上がる事は出来なかった。また、座る事も出来なかったので、体の後方に回り、後ろから、体を支えて、食事を摂ってもらおうと試みた。しかし、食べ物を噛砕く事ができず、少し食べては、吐き出してしまう有様だった。また、同時に、飲み物も与えたが、噛む力のみならず、飲む物を吸うも弱く、飲み物のストローを刺して、与えても、飲む事ができなかった。僕は、絶望した。このまま、飲まず、喰わずの状態が続けば、その先に有るのは、《死》なので、それだけは、何んとしても避けたかった。だから、どうしようかと考えた。・・・・・このまま、飲まず、喰わずの状態が続けば、ミイラ化してしまう。そうさせない為には、病院に行って、点滴で栄養を与えてもらうしかない。・・・・・と、考え付き、知り合いの診療所に電話した。しかし、12月31日にやっている訳もなく、途方に暮れた。しかし、そうしてる間にも、彼女は、衰退して行く一方なので、僕は、近所の病院に片っ端から電話をかけて、事情を説明して、『何とか受け入れてもらえないか?』と、頼み込んだんだ。すると、ある病院が『受け入れましょう。』と、言ってくれたので、早速、そこに彼女を連れて行った。そして、点滴をしてもらった。すると、彼女の表情が、少し、赤みを帯びたような気がした。僕は、ほっとした。そして、『ありがとうございます。』と、礼を言った。そして、その日は、病院で過ごすことになった。僕は、年越しそばも食べず、紅白歌合戦を見る事もなく、一年の最後を迎えていた。ふと気付くと、除夜の鐘が、遠くの方から、ゴ~ン、ゴ~ン、と、鳴り響いてきた。その音を聞いて、眠っていた彼女が、目を覚ました。そして、『ここどこ?』、言った。僕は、事情を説明して、今、ここにいる、と、いう事を言った。そして、その後に、『あけまして、おめでとうございます。』、彼女に挨拶をした。すると、彼女は、少し恥ずかしそうに、『あけまして、おめでとうございます。』と、返してくれた。その後、『何かおかしいね。こんな病院で年明けを迎えるなんて、何か、不思議な感じがする。』と、言ってくれた。そして、『今年は、初詣は行けないね。』と、寂しそうに言った。『そうだね、君の晴れ着姿を見れないのは、残念だけど、来年、必ず行けるようになるから、二人で頑張ろう。』と、励ました。彼女は、少し、涙ぐんで、『ありがとう。けど、もし、私、このまま、寝たきりになったらどうしよう。』と、呟いた。僕は、即座に、『大丈夫、決して、そうはならない。何故なら、僕が付いているから。そして、もし、君が、寝たきりになったら、僕も、一緒に君の隣で、寝たきりになるから。』と、返した。彼女は、『二人で、寝たきりになるの?』『そう、二人で寝たきりだ。そして、死ぬまでずっと一緒だよ。大丈夫、だから、もう少し眠ったら。僕は、そう薦めた。すると、彼女は、安心して、目を閉じた。僕は、彼女の横顔をずっと見つめていた。そして、『お休み!』と、言って、明かりを消した。気が付けば、もう、辺りは、静寂の闇に包まれていた。僕は、心の中で。彼女の無事を祈った。そして、彼女が寝ているうちに、自分も寝ようと思い。『家に帰って、少し、眠ってから、今度は、着替えを持ってくる。』と、書置きをして、病室を出た。僕は、家路を急いだ。しかし、道は、多くの初詣の客と重なり、大渋滞だった。それでも、僕は、何とか,ようやく家に辿り着いた。僕は、昨日の晩から、一睡もしていなかったので、クタクタだった。そして、そう言えば、昨日の晩から、食事もまともに摂っていない事に気が付いた。僕は、作り置きしていた、晩飯を温めて食べた。そして、一定の満腹感が得られると、今度は、急激な眠気に襲われた。彼女の着替えを用意して、眠りに就こうと思ったが、眠たさに負けた。僕は、深い、深い眠りに落ちていった。・・・・・・・目を覚ますと、僕は、走っていた。ただ、ただ、走っていた。ある時は、街中を、ある時は、農村を、そして、ある時は、海岸を、ただ、ひたすら、走っていた。しかし、なぜか、不思議と息はきれなかった。ふと、気付くと、僕のいでたち格好は、マラソン選手の《それ》になっていた。即ち、どこかで見た事のあるユニフォームを着て、ゼッケンをつけていた。そして、沿道の声援に軽く会釈して、ただ、走っていた。給水所で、ペットボトルの水を取り、また、延々と走り続けていた。ふと、沿道に目をやると、そこには、見た事のある顔あった。昔の彼女だった。彼女は、僕と一緒に走って、『ファイト!』と、声をかけてくれた。僕は、彼女と目が合って、軽く頷いた。そして、今度は、前を向いた。前の選手との差を詰め、抜き去った時、その相手の顔を見た。昔の会社の先輩だった。軽く会釈すると、先輩も軽く頷いていた。僕は、淡々と走り続けていた。僕は、その中で、今まであった多くの人々に出会った。ある時は、会釈するだけの人もいたが、ある人とは、給水所で重なったりした。そうこうしているうちに、遠くにゴールらしき建物が見えてきた。僕は、『やっと、ゴールできるんだ。』と、思った。と、同時に、『これは、一体、どこでやっているレース何だろう?』と、思った。また、『僕は、一体、何時間くらい走り続けているんだろう?』とも、思った。また、僕は、『一体、何位くらいなんだろうか?また、果たして、メダル圏内なんだろうか?』とも、思った。そんなことを思っているうちに、ゴールらしき建物《競技場》が、真近に差し掛かって来た。僕の前には、数名しかいない事が分かった。何故なら、みんな、レースのペースについていけず、ずるずると後退してきたからである。その人達を追い越して、前を向いた時、前には、二人しかいなかった。と、いうか、見えなかった。僕は、頭の中で、『これって、もしかしたら、メダル圏内?』と、思った。僕は、これが夢と思わず、一生懸命走った。そして、競技場に入った時、競技場では、大観衆が僕を迎えてくれた。そして、僕は、ラストスパートで、残り二人に追いつこうとして、あらんかぎりの力を結集して走った。最後、後、もう少しのところまで追い詰めたが、そこがゴールだった。僕は、ゴールを超えるなり、地面に倒れこんだ。ハァー、ハァーと、息切れした。そして、仰向けになり、大の字でひっくり返っていると、そこに、一人の女性が駆け寄ってきた。そして、『よく頑張ったね。』と、声をかけてくれた。僕は、その人の顔を見た。すると、病院に残してきた《彼女》だった。・・・・・・・・・僕は、そこで、ハァッと、我に返り、目覚めた。すると、部屋は、真っ暗だった。そう、僕は、疲れのあまり、寝込んでしまっていた。僕は、『しまった。』と、思い、彼女の着替えを鞄に詰めて、取るものも取らず、また、病院に向かった。夜は明けていた。今度の道中は、渋滞に巻き込まれる事もなく、比較的スムーズに病院に着いた。僕は、病室に急いだ。そして、彼女の顔を見るなり、『ごめん、眠り込んでしまったんだ。』と、釈明をした。そして、夢の事を彼女に話してあげた。彼女は、怒る訳でもなく、むしろ嬉しそうに、僕の話を聞いていた。そして、最後に、『メダルもらい損ねたね。』と、言った。僕は、『そうかぁ、そうだった。』と、言ったが、その後、『けど、大丈夫、今日の晩が表彰式だから。』と、また、言った。すると、彼女が、『また、同じ夢見るの?』と、聞いてきたので、僕は、『そうだよ。もちろんじゃないか。』と、言うと、彼女は、笑っていた。彼女が、少し元気になった気がして、僕は、嬉しかった。ただ、ここで、一つ大きな問題が残った。それは、彼女の世話を、一体、誰がするのかという事である。確かに、ある程度は、看護師さんにお任せするとしても、後のプライベートの世話は、どうしても、自分でしなければならなくなる。そうなると、今の僕だけでは、とてもではないが、対応できないと思い、彼女の了承を得て、彼女の家族に連絡を取る事にした。ここで、彼女の説明をしよう。彼女は、早くして、父親を亡くし、母親と二人暮らしだったが、その母親も、3年前に、認知症を患い、施設に入っていたのだが、それから、1年後の秋、食事を咽喉に詰まらせて、この世を去った。僕は、お葬式に参列した。彼女は、末っ子で、彼女には、お兄さんと、お姉さんがいた。僕は、その時、初めて、彼女の親族と対面した。と、言うのも、彼女が、今まで、引き合わせてくれなかったからだ。僕は、その時、『はじめまして。』と、挨拶を交わした。だから、今回、彼女の事を連絡する時、面識は、一応あった。しかし、彼女が、今、こんな状態になっている事は、当然、知る由もなく、一体、どうして、話を切り出そうかと思ったが、正直に、ありのままの現状を話す事にした。と、同時に、僕の現状も話す事にした。僕は、連絡先に電話した。相手は、彼女のお姉さんだ。何故なら、お兄さんも、面識が有ったが、お兄さんは、遠方に住んで居て、連絡してもすぐに来れないからだ。そして、電話で、事情を一通り説明して、『今日は、もう、遅いので、明日、お会いしましょう。』と、言った。僕は、時間と、時刻を指定して、そこで、会う事にした。次の日、仕事が終わって、約束の場所に行くと、もうすでに、お姉さんは来ていた。僕は、軽く会釈をして、席に着いた。僕は、『もう、何か、注文しましたか?』と、聞いた。すると、『まだ、何も。』と、言う答えだったので、何品か注文して、食事をしながら、今の現状をお姉さんに話した。そして、『とてもでは無いですが、僕一人では、彼女の世話を見きれないので、お姉さんも手伝ってもらえませんか?』と、言った。すると、お姉さんは、『分かりました。私にとっても、大事な妹なので、二人で、面倒見ていきましょう。』と、言って、僕の提案に同意してくれた。僕は、思わず、握手を求めていた。そして、握手した。僕が、初めて、お姉さんの手を触った瞬間である。僕は、『それじゃあ、食事が終わったら、二人で、彼女の病室に行きましょう。』と、言った。『分かりました。』と、そう言って、また、食事に戻った。一通り食べ終えてから、僕ら二人は、彼女の病室に向かった。面会時間ぎりぎりだったが、何とか間に合った。病室に着くと、彼女は、眠っていた。僕が、持って来たパジャマに着替えていた。僕ら、二人が、彼女を見つめていると、やがて、その視線を感じたのか、気がついて、目を覚ました。そして、二人がじっと覗き込んでいるのを見て、少し驚いた表情をして、『来たの!』と、言った。僕は、『よく、寝てたね。』と、言うと、少しはにかんで、『うん。』と、言った。そして、『夢を見てたの。』と、言った。それは、こんな話だった。・・・・・・それは、海の中が舞台で、彼女は、一匹の魚に姿を変えていた。そう《スジブダイ》になっていた。彼女は、海の中で周囲の魚たちから、羨望の眼差しで見られていた。何故なら、その極彩色のボディーは他の魚達の、まさに、憧れだった。『私も、ああなりたい。』とか、『何故、彼女だけあんな綺麗な色なの。』と、羨ましがられていた。彼女は、有頂天だった。『この海の中では、私が一番綺麗だわ。私よりきれいな魚は、否、生き物は、この世の中には存在しない。』と、心の中で、そう思っていた。しかし、ある時、釣り糸にぶら下がった餌に引かかって、陸に吊り上げられてしまった。釣り人は、その綺麗なボディーに見とれたようで、しきりに写真を撮っていた。そして、小さいプールで、泳がされていた。私は、心の中で、『きっと、食べられんだわ。』と、思った。しかし、釣り人は、写真を撮った後、何と、私を海に帰してくれた。『この魚は、観賞用だから、食べるにはもったいない。今日の晩飯は、また、違う魚にしよう。』と、言っていた。彼女は、また、みんないる海に帰ってくる事が出来た。ほっとしたのと同時に、もう二度と、あんな目には会いたくない。と、強く思った。そして、『一寸先は闇だな。』と、思った。また、『どれだけきれいな姿を持っていても、人に捕えられて食べられてしまえば、その容姿は関係無いんだな。』と、思った。そして、それから、彼女は、今まで以上に、周りの魚たちに優しくなった。今までは、少し、周りにも、居丈高な態度だったが、それからは、《低姿勢で、しかも、美しい、誰からも好くかれるスジブダイ》になった。そんな、彼女を、オスのスジブダイが見初めた。二人は、結婚を誓い合った。そして、祝言の日、誓いのキスの時、相手の顔を見た。それは、《彼》だった。・・・・・・そこで、ハッと目が覚めた。すると、そこに、見慣れた顔が見えたので、『ほっとしたの。』と、言った。彼女は笑っていた。僕は、何故、お姉さんを連れてきたのかを説明して、『今後は、僕と、お姉さんの二人で君の世話をする。』と、言った。『僕も、お姉さんも働いているから、僕が、昼間に来て、夜は、お姉さんに来てもらうようにする。』と、言った。僕は、仕事先に相談して、夜勤中心のシフトに変えてもらうように願い出ていた。『そして、休みの日は、極力、彼女の元にいるようにする。』と、言った。それから、二人体制の介護に日々が続いた。彼女は、日に日によくなっているように見えた。最初、《何も、飲む事も、食べる事も、歩く事すら出来なかった》が、まず、飲み物を飲む事ができるようになった。そうなると、徐々にではあるが、食べる事も出来るようになって行った。もちろん、最初から、硬い物は、食べれなかったので、柔らかい食事(お粥さん等)中心で、食事していたが、やがて、普通のご飯を食べれるようになった。しかも、最初は、介助無しでは、食事出来なかったが、遂には、一人で、食事も摂れるようになって行った。そうなると、本当にガリガリだった体は、徐々にではあるが、体重が増え始め、ベッドから立ち上がる事が出来るようになった。最初は、介護士の介助無しでは、立ち上がる事も出来なかったが、遂には、ベッドの手すりを使い、一人で立ち上がる事は、出来るようになった。ただ、歩く事は、まだ、フラフラして、安定感に欠けるので、大半を車椅子に頼っているが、手すりを持ちながらでなら、歩く事も出来るようになった。凄い進歩だと思った。ずっと、寝たきりになってしまうと、褥ソウ(じゅくそう)と、言って、赤痣ができて、大変、痛い思いをしなければならないのだが、その褥ソウにもならずに済んだので、本当に良かったと思った。と、このように、彼女は、日に日に、着実に、回復に向かい、立ち直っていった。では、彼女は、何故、そんな事になってしまったのだろうか?それは、2年前の10月末に話が遡る。彼女は、その時、最愛のお母さんを失くしてしまうのである。その時点で、元々、彼女には、お父さんがいなかったので、独りぼっちになってしまったのである。今までは、二人で暮らしていた家に、独りぼっちで、住む事になった。彼女には、前述のお姉さんがいたが、離れて暮らしていた為、家では、彼女一人になってしまった。僕は、それでは、余りにも、寂しいだろうと思い、折に触れて、彼女の家に寝泊まりしていたが、お互い仕事が忙しくて、すれ違う事が、しばしばあった。僕が、寝泊りに来た時、彼女は、寝言で、良く、『お母さん、何故、死んでしまったの。』と、言っていた。僕は、知っていても、あえて、その事には触れなかった。そんな日が、幾日か続いて、ある時、彼女は、『手が動かない。』と、言い始めた。最初、僕は、一体、どういう事なのか?と、思っていたが、どうやら、手が自分の思うようにうまく動かない、と、言う事らしいのである。その事で、物を書くのも遅くなるし、字も自分の思い通り書けないらしいのである。だから、仕事でも、ミスが続いて、『その事で、良く、上司から怒られる。』と、言っていた。僕は、いつも、彼女の傍にいて、彼女を励ましてあげたい。と、思っていたが、自分の仕事が忙しくて、中々、思うように、事が運ばなかった。そんな中、彼女は、必死に頑張っていたのではあるが、今度は、ある時、電話していた時、急に、『夜、眠れない。』と、言い出した。『一日、何時間ぐらい寝てるの?』と、僕が聞くと、『毎日、1~2時間くらいしか寝てない。』と、言った。では、『一体、何時に床に着くの?』と、聞くと、『床に就くのは、大体、12時くらいだけど、1~2時間くらいすると、すぐ、目が覚めて、そこから先は、眠れないの。』と、言った。僕は、『そうなったら、精神科を受診して、睡眠薬をもらうしか方法はないんじゃない。』と、言った。彼女は、『分かった。明日、会社が終わったら、近所の病院に行って見るわ。』と、言って、その日は、電話を切った。次の日、僕は、いつも通り、会社に出かけて、帰りに彼女の家に行ってみた。明日、久しぶりの休日だったからだ。彼女は、まだ、帰ってきてないようだった。僕は、合鍵で、彼女の家に入った。そして、彼女の帰宅を待った。約一時間くらいして、彼女は、帰ってきた。僕は、『お帰り。』と、言うと、彼女は、嬉しそうに、『来てたの。』と、言った。僕が、『病院どうだった。薬もらった?』と、聞くと、『うん、もらったよ。』『それで、一体、どんな病気だったの?』『何か、お医者さんが言うには、軽度の《パーキンソン病》かもしれない。って、そう言われたの。』『何、それ。』『いや、何でも、まだ、世界でも、完全に治せる薬は見つかってない難病らしいの。』『えっ、それは、やばいんじゃないの?』『そうね、このまま、進行するとやばいかも。』『けど、薬もらったんでしょう。確かに、それは、効かないのかもしれないけど、それでも、それを飲み続けていけば、今より、マシになるんでしょう。』『それは、分からない。さっきも言ったように、もし、私が本当に、この《パーキンソン病に》になっていたら、それを完治する薬は、まだ、この世には無いんだから、これを飲み続けても、効かないかもしれない。』『けど、まだ本当に《パーキンソン病》と、決まった訳じゃないんでしょう。もしかしたら、ほかの病気かもしれないんでしょう。』『確かに、まだ、その《パーキンソン病》と、決まった訳じゃないけど、今の症状では、その《パーキンソン病》に一番近いみたいなの。ただ、今は、この医者にもらった薬を飲むしか、他に方法は無いんだけどね。』『大丈夫。それは、きっと効くよ。そして、君は、元気になる。僕が応援しているから心配ないよ。』『そうね、あなたがいるもんね。今日も、こうして来てくれたし、もし、出来るなら、毎日来て欲しいけど、それは、無理でも、休日の前の日は絶対来てくれるから、少し、安心だわ。』と、彼女は微笑んだ。僕は、それを聞いて、『少しだけ?』と、聞き返すと、『そう、少しだけ、けど、毎日、電話してくれるし、電話が無理な場合は、メールしてくれるから、もうチョット安心かな。』と、彼女が言った。『そうかぁ、仕方ないよね、二人とも、仕事有るし、忙しいしね。もし、二人で、一緒に住めたら、さらに、もうチョット、安心させられるのにね。』と、僕が言った。『そうね。』と、言って、僕達は、遅い食事を摂った。そして、二人で風呂に入って、一緒の布団に入った。僕は、彼女が、こんな状態なのに、抱いてよいものなのかを、逡巡したが、彼女が、僕に抱き付いてきて、『抱いて欲しい。』と、言ったので、僕は、彼女に向き直り、彼女との濃密な時間を楽しんだ。そして、二人して、眠りに落ちていった。僕は、彼女が寝付くまで、じっと、見ていた。そして、彼女が、寝たのを確認すると、僕も眠りに落ちていった。翌朝、僕が、起きると、彼女は、僕の横で、スヤスヤと眠っていた。僕が、起こすと、彼女は、『薬が効いたみたい、久しぶりに良く寝たわ。』と、言った。そして、起きて、朝食の準備をした。彼女が、食事を作っている間、僕は、シャワーを浴びた。そして、着替えて、TVを付けた。食卓にコーヒーの良い匂いが充満した。朝は、二人とも、パンとコーヒーと決めている。それに、少しのサラダと目玉焼き、決して、豪華ではないが、二人には、十分な朝食だった。彼女は、朝食を済ますと、化粧し、着替えた。二人とも、今日は、休みなので、僕は、TVを見ながら、『今日、どこに行こうか?』と、彼女に聞いた。『映画見に行かない?』と、彼女が言った。『何か、見たい作品でもあるの?』と聞くと、『別にないけど、映画、久しぶりに見に行ってみたいんだ。』と、言った。そういえば、映画なんて、ここ何か月も行ってないなぁ、と、僕は思った。そして、『そうしよう。映画にしよう。そういえば、新しく出来た映画館あったよね。あそこに行こうか?』『あっ、それ良い、そうしましょう。』と、話が決まって、二人して、お出かけすることにした。二人で話しながら、駅を目指した。電車に乗って、目的地に向かった。映画館に着くと、映画館は、超満員だった。新しく出来た映画館なので、その噂を聞きつけてやってきた人達で、場内はごった返していた。僕は、『何、見る?』と、聞くと、『私、よく分からないから、あなたが決めて。』と、言われたので、とりあえず、上映時間が、一番近い作品を選ぼうと思った。しかし、上映時間が近い作品は、どれもこれも満席だった。一番近い物でも、約30分待ちの状態だった。しかも、その作品は、タイトルからして、《ホラー映画》だった。僕は、怖い映画は苦手なので、これは避けたかった。すると、その次に近い作品までは、一時間待ちだった。僕は、彼女に、事情を説明した。僕が、《ホラー映画》が苦手なのと、同様に、彼女も《ホラー映画》は、苦手だったので、状況を説明すると、彼女は、『分かったわ。それなら、どうせなら、一番面白そうなのを見ましょうよ。チョット、待って、各作品の説明を書いた看板があったから、見てくるわ。』と、言って、列を離れた。そして、行列の中で、僕だけが取り残されて、順番を待った。僕の番が近づいてきた時、彼女が戻ってきて、『〇〇作品を見たい。』と、言った。僕は、『分かった。』と、言って、窓口で、その作品の券を2枚買った。これで、何とか席は確保できたが、上映まで時間があるので、一体、どうしようかな?と、思っていると、彼女が、『喫茶店でも行きましょうか?』と、言ったので、『そうだ、そうしよう。』と、答えて、映画館を離れた。しかし、喫茶店は、どこも満席だった。僕らは、仕方ないので、テイクアウトのコーヒーショップで、コーヒーを買って、屋上の広場に向かった。そこには、休憩スペースがあり、しかも、都会のビルでありながら、緑があった。そして、素晴らしい景色もあった。僕達は、そこで、時間をつぶした。彼女は、『コーヒーを持つ。』と、言ったが、手が震えて持ちにくそうだった。そして、『やっぱり、手がうまく動かないの。』と、言った。僕は、『そうかぁ、けど、大丈夫、きっと治るよ。』と、励ました。すると、彼女は、『そうね。』と、言って、微笑んだ。その姿は、広場の緑とマッチして、凄く絵になった。僕は、咄嗟に、『もし、僕が写真家なら、この光景を写真にして、個展でも出したいな。』と、思った。そう思うと、どうしても、この光景を記録に残したいと言う衝動に駆られた。だから、彼女に、『写真撮ろうか?』と、言った。僕は、スマホで写真を撮った。彼女の写真と、と通りがかりの人に頼んで、僕ら二人の写真も撮った。凄く、楽しかった。そして、ホッとした。この時間が永久に続けばよいのになぁ。と、思った。しかし、そうこうしているうちに、映画の上映時間が近づいて来た。僕達は、また、映画館に戻った。映画館に着くと、もう、入場が始まっていた。僕達は、入場し、自分達の席に着いた。場内が暗くなり、上映作品が始まる前のCMが始まり、程なくすると、本編の上映が始まった。それは、こんな作品だった。・・・・・・・有る金持ちの男が、ある時、パラグライダーに乗っていた。しかし、悪い事に、この日は、風が強くて、逆風に煽られるて、男のパラグライダーは、墜落してしまう。男は、一命をとりとめるが、全身麻痺の体になってしまう。即ち、ヘルパーの介護無しでは、生きていかれない体になってしまったのだった。本来であれば、そういう場合、どこかの施設に入らなければならないのだが、男は、大枚をはたいて、自宅を24時間看護できる施設に変えてしまう。そして、最初は、奥さんが看護していたのだが、看護疲れから、病気で倒れてしまい、そのまま亡くなってしまう。男は、娘と二人きりになってしまうのだった。だから、その娘に愛情を注ごうとするが、中々、意思疎通がうまくいかない。それと、相まって、中々、うまく動かない自分の体に苛立って、その鬱憤を、いつもヘルパーにぶつけるもんだから、ヘルパーの定着率も悪く、それも、うまくいかなかった。しかし、娘のほうは、ころころ変えるわけにはいかないので、我慢したが、ヘルパーのほうは、毎日のようにヘルパーの面接が行われていた。そこに、ある1人の黒人男性が面接にやってくる。彼は、他の面接者と違い、いきなり、こう言う。『俺を不採用にしてくれ。そして、それを証明する書類にサインしてくれ。そうすれば、失業保険が受け取れるから。』この少し変わった。黒人の男性を男は気に入る。そして、『もし、君が望むなら、明日、もう一度、テストをするから、ここに来てくれないか?』と、提案する。次の日、黒人の男性は、言われた通り、男の屋敷にやって来る。そして、テストを受ける事になる。本当に、彼に、ヘルパーが務まるかどうかを確認するためだ。そして、結果は、《合格》という事になる。今まで、ヘルパーなぞやった事も無かった彼が、当然、資格も持たなかったが、それでも、《合格》になった。そこから、黒人の男性は、屋敷に住み込みで、24時間体制で男の看護をするようになる。では、何故、男は、この黒人の彼を採用したのだろうか?それは、彼が、男を特別な人間ではなくて、一人の男として、接してくれた事が、男としては、もの凄く嬉しかったからに他ならなかった。この黒人の彼が、住み込みで働きだすと、男のみならず、今まで、ずっと、閉鎖的だった周りの人間をも開放的に変えていく。そして、男に夢を見る事の大事さを伝えていく。それは、男が、日頃、文通している女性に会うのを拒んでいるのを見て、『何故、会おうとしないのか?』と、彼が言った事から始まった。男は、『文通では、お互い好感を持っていたとしても、実際に会って、自分のこの姿を見れば、きっと、失望して、彼女は、自分の前からいなくなる。それなら、たとえ、多少の偽りがあっても、自分の正体は晒さず、文通はつづけたほうが良い。』と、思っていた。しかし、彼は違っていた。『文通でお互い好感を持っているのなら、会えば、きっと、二人は、うまくいくはずだ。』と、思っていた。だから、『相手に、『一度、デートしてくれ。』と、書いて送って見てはどうか?』と、提案した。男は、最初断っていたが、遂に、強引な彼に押し切られ、実際に会うことになる。デート当日、待ち合わせ場所で、彼女を待っていたが、列車の到着が遅れ、彼女が、定時に待ち合わせ場所に来なかったので、男は、『やっぱり、自分には無理だった。』と、思い、そこを立ち去ってしまう。その直後、彼女が、待ち合わせ場所にやって来るが、その時には、もう、男は、そこにはいなかった。男は、家に帰り、黒人の彼を呼び出した。そして、二人で、自分が、こう言う姿になる元凶になった、パラグライダーに出かける。そして、二人で、パラグライダーを楽しんで帰ってくる。すると、そこに、この黒人の彼を訪ねて、一人の客が来ていた。それは、彼の弟だった。黒人の彼は、住み込みで働く際、家族には、一切、行き先を告げて無かった。だから、本当は、来るはずの無い《弟》が来ている事に、少し、驚きを感じたが、弟は、『苦労して、やっと捕まえたよ。』と、言った。彼と弟が話すのを見て、男は、『いよいよ、彼を解雇する時が来たな。』と、思った。そして、彼に、『最初の望み通り、君を解雇する。不採用になった証明書を出すから、それを持ってここを立ち去ってくれ。』と、言った。次の日、彼は、弟と一緒に、その家を出ていく。それから、また、男は、新しいヘルパーを探さなければならなくなった。面接をするが、前回同様、やっぱりうまくいかなかった。それは、みんな、黒人の彼と違い、男を腫れ物扱いしたからだった。それが、男には、我慢できず、雇っては、辞め、また、雇っては、辞めの繰り返しだった。それを見かねた、筆頭執事の女性が、もう一度、黒人の彼の所に行って、戻ってくれるよう要請する。すると、彼は、『分かった。』と、二つ返事で了承する。そして、次の日、彼は、また、屋敷に戻ることになった。久しぶりに、彼が、男に会うと、男は、髭が伸び放題だった。それを、彼が見かねて、真っ先に髭を剃る。そして、ドライブに出かける。夜中、猛スピードで夜の街を疾走する。そこで、ちょっとしたハプニングもあるが、それを、難なく切り抜け、二人は屋敷に戻ってくる。それから、また、以前のような平穏で、楽しい時間が戻ってくる。そんなある日、黒人の彼が、男をドライブに誘う。そして、ある海辺のレストランにやって来る。彼は、『いつもは、俺が世話になってるから、今日は、お返しさせてくれ。』と、言って、席を立った。そして、席を立ち去る際、『今日のゲストは俺じゃない。他にいるんだ。期待しておいてくれよ。そのゲストはすぐ現れるから。』と、言って、店を出ていった。すると、それと入れ替わりに、ある一人の女性が入ってくる。そして、その女性は、男の前の席に座る。そして、『初めまして、あなたの文通相手の〇〇です。先日は、時間に遅れてしまってごめんなさい。きっと、気を悪くされたでしょう。』と、言った。そう、今日のサプライズゲストは、文通相手の彼女だった。男は、前回、待ち合わせ場所に来なかったので、もう、てっきり、付き合いは無理だと思っていた。しかし、その後、黒人の彼が、こっそり、その文通相手の彼女と接触して、実は、男が、全身麻痺で車いす生活である事や、その他、男が、文通では、決して語らなかった事を、正直に彼女に伝えていった。それを聞いて、それらの事を全て承知して、彼女は、今日、会いに来てくれていたのだった。まさに、男の夢がかなった瞬間だった。絶対、無理だと思っていた事が、また、こうなったら、良いのになぁ、と、思っていた事が本当になったのである。男は、彼女から、全ての経緯を聞いて、彼女に感謝するのと、同様に、黒人の彼にも感謝した。そして、その後、男は、その彼女と結婚した。そして、黒人の彼も結婚した。しかし、男と彼の、友情と信頼は、今も壊れることなく幸せに暮らしている。と、言うテロップが出て映画が終了した・・・・・・・以上映画【最強のふたり】より・・・・・・僕は、しばらく、感動で、席を立てなかった。それは、彼女も、同じようで、二人とも、場内が明るくなるまで、その余韻を楽しんでいた。そして、場内が明るくなると、僕たちは、また、緑の広場に行った。そして、そこで座って、映画の余韻に浸りながら、あれこれ話した。ふと、時計を見ると、昼の1時を過ぎていた。僕は、『お腹空かない?』、聞くと、『そうね、お腹すいたわね。どこかに行きましょうか?』と、彼女が言ったので、席を立って、レストラン街に向かった。しかし、どのレストランも一杯で、すぐには入れそうには無かったので、そのビルを出て、その近くのファミレスに向かった。店内は、やはり混んでいたが、席に着くのに、待たされる事はなかった。僕らは、注文して、料理が来るのを待った。余り、待つ事なく料理が運ばれてきた。僕達は、お腹が減っていたので、すぐ食べ終わってしまった。そして、『次、どこ行こうか?』と、相談していると、大きい家電量販店が見えたので、『家電見に行かない?』って聞いた。すると、彼女は、『それより、この近くで、美術展をやってるんだけど、それ見に行かない?』って、答えたので、僕は、それも悪くないな。と、独り言ちて、彼女の意見に乗る事にした。『分かった。そうしよう。』と、言ってそのファミレスを後にした。その美術展は、そのファミレスから、ほんの数十分位の所で開催されていた。人気の展示会のためか、場内は、満員だった。僕も彼女も絵画や、美術品を見るのは大好きだ。みると、何故か、心が落ち着くし、いろんな歴史が分かって、勉強になるし、凄く満足した気分に浸れる。ここにやって来る人たちも、きっと、同じような心境なんだろうなと思った。僕は、作品によっては、じーっと見る物もあれば、さらっと流す作品も有ったが、彼女は、一作品、一作品、真剣に眺めていた。だから、僕より進む速度が遅く、ある時、振り向くと、彼女がいなかったので、わざわざ、もう一度、逆戻りして、彼女を探しに行ったりした。そんな風に、観賞する速度は違うが、何とか、全部、見終わった頃、美術館の終了の時間が近づいて来ていた。僕らは、外に出て、『少し、休もうか?』と、言って、また、喫茶店を探した。そして、ある喫茶店に入った。僕らは、展示物の事を、あれこれ話し合った。そして、『今度は、また、違う美術館に行ってみたいわね。』と、言って、お互い納得しあった。ふと、時計を見ると、もう、夕方の5時を過ぎていた。『お腹空かない?』と、僕が聞くと、『まだ、すいてない。』と、彼女が言ったので、『じゃあ、前から、行きたいと思っていた店があるんだ。ここから、そう遠くないから、散歩がてら、歩いて行ってみる?』と、言うと、『分かったわ。そうしましょう。』と、言う事になり、店を後にした。この時、僕が行きたかったのは、今度、新しく出来たイタリアンレストランだった。その外装と、店内の雰囲気から、『ここは、おそらく、きっと、美味しいはずだ。』と、前から目を付けていた店だった。僕らは、その店を目指した。そして、店に到着した。まだ、夕方の6時を少し過ぎたところだったので、店内は、比較的空いていた。本来なら、何時でも行列ができて、中々、入れないような店だったが、この日は、現在の所、比較的空いていた。どうせ、すぐ、また、一杯になるだろうが、今の所は空いている。『ヤッター、ラッキー!】』、思った。僕達は、店に入ると、案内係の女性が、気を利かせて、窓際の景色の美しい場所に案内してくれた。僕達は、料理を注文し、最後に、お薦めのワインを一本頼んだ。しばらくすると、料理が運ばれてきた。そして、ワインもアイスボックスに入って出てきた。僕は、日頃から、いつもワインを飲んでいるので、凄く楽しみだった。僕達は、料理に舌鼓を打ち、ワインの芳醇な香りを嗜んだ。満足だった。今日は、パーフェクトな一日だと思った。そう、彼女のあの一言を聞くまでは、・・・・・彼女の姿を見ると、彼女も満足そうだったが、手がうまく動かないので、料理を食べるにも苦労を要するみたいだった。彼女は、食事をしながら、ボソッ言った。『私、仕事辞めるのよ。実は、もう、手が思うように動かなくて、仕事に支障をきたしてるので、上司からは、『もう、仕事辞めたほうが良いんじゃない。』と、言われたのよ。だから、もう、辞める事にしたの。』『えっ、そんな、辞めてどうするの?次に働く場所は有るの?』『無い。と、言うより、この状態なら、探しても、おそらく、無いでしょうね。』と、悲しげな表情で彼女は言った。『なら、どうするの?』と、僕が聞くと、彼女は、今度は、微笑んで、『私を養ってくれない?今のマンションを引き払って、あなたのマンションに行くから、それなら、家賃も助かるでしょう。後は、食事だけなら、私、食べるのを我慢するから、切り詰めれば、二人で何とかやってい来るんじゃない。』と、言った。僕は、突然の申し出で、少し戸惑ったが、少し、間をおいて、『分かった。そうしよう。けど、僕の部屋は、狭いから、君のマンションに僕が引っ越したほうが良いんじゃ無い?』と、言うと、『そうなると、今より、家賃上がっちゃうよ。それでもいいの?』と、言ったので、『そうかぁ、それは、困るな。』と、言った。ただでさえ、安給料で、ギリギリの生活をしているのに、このうえ、彼女の面倒まで見なければならなくなって、しかも、家賃が上がったら、とてもではないが、生活出来なくなるので、『正直、困ったなぁ。』と、思った。すると、彼女が、僕の心を察したのか、『ごめんね。勝手な事ばかり言って、やっぱり、今の状態じゃ、ちょっと、無理があるみたいね。私、もう一度、考え直してみるわ。』と、言って、この話の結論は、一時棚上げにして、今すぐにではなくて、近い将来そうするという事で、結論付けた。そして、二人で、彼女の家まで帰った。僕は、彼女を送り届けた後、自分のマンションに戻った。次の日、僕は、いつものように仕事に出かけた。彼女も同じように仕事に出かけた。うまくいかない手と悪戦苦闘し、嫌な上司からも悪口や陰口を叩かれても、彼女は、じっと耐えていた。それは、彼の支えがあったからだった。彼は、毎日電話して、休みの前の日には、彼女の元へ向かった。そんな生活が何か月か続いた時、彼に、ある朗報がもたらせれた。それは、彼の両親が、彼の将来の為にと、という事で、中古の一軒家を購入してくれたのだった。彼は、一介のマンション暮らしから、一気に家持ちに変わった。しかし、とはいえ、所有権は、両親にあるのだが、そこに住んでも良い、という事だったので、早速、引っ越しの手筈を整えた。そして、引っ越しが完了し、そこでの一人住まいが始まった。しかし、今まで、同様、休みの前日は、彼女のマンションで過ごした。ある時、彼女が、僕の家に来て、『ここなら、二人で住んでも大丈夫ね。』と、言ったので、『そうだね。』と、僕が言った。今は、両親の所有物だが、行く行くは、自分のものになるのだから、別に、二人で住んでも良いだろうと思った。そして、ある日、彼女が、僕と電話している時、『私、もう、限界、会社辞めたいわ。手もうまく動かないし、上司からは、『動きが遅い、遅い。』と、どなられるし、もう、ホトホトいやになったわ。もう、辞めても良いでしょう。今のあなたの住まいなら、二人で暮らしていけるし、収入も何か、役所に聞いたら、私が、本当に、《パーキンソン病》だと認定されたら、補助金も出るみたいだから、それで、何とかなるんじゃない?』と、言った。僕は、『今の会社に未練はないの?』と、聞くと、『特にないわ。確かに、会社の友達はいるけど、みんな、自分の事で精一杯で、誰も、他人の事なんか干渉して来ないのよ。だから、親友じゃなくて、ただの友達って感じなの。だから、そんなただの友達より、あなたの方が、私にとっては、数千倍大事なのよ。』『そうかぁ、僕も、一緒だよ。確かに、会社で、話しする人はいるけど、それは、うわべだけの話で、本当に、腹を割って話しできるのは、君しかいないよ。』と、言った。彼女は、それを聞いて、『ねぇ、愛してる?』と、言ったので、『もちろん。』と、答えると、『じゃあ、どれくらい?』って、聞いてきたので、『もし、明日、世界が終わるとして、その忌まわの際に、もし、一人だけ、一緒にいる事が許されるなら、その傍らには、必ず、僕がいるし、君にもいて欲しいと願うよ。』と、言った。すると、彼女は、『素敵ね。もし、そうなったら、死ね事も怖いと思わないわね。』と、言った。僕は、その言葉を聞いて、昔、見た、ある映画の事を思い出していた。それは、こんな映画だった。・・・・・・・まず、冒頭、ある老人ホームが映し出される。その一室で、あるおばあさんが立っている。そこに、一人のおじいさんが現れる。おじいさんは、一冊の本を抱えていて、実は、そのおばあさんに、その本の読み聞かせをする為に、ここに来たのだった。彼女は、最初、おじいさんの事を警戒したが、看護師さんが、『大丈夫、何もしないから。』と、言ったので、安心して、おじいさんの言う事を聞いた。おじいさんは、おばあさんに、『一冊の本を、君に読み聞かせる為にここに来た。』と、言い、『話しても良いかい?』と、再度聞いた。すると、おばあさんは、『えぇ、聞かせてもらうわ。』と、言って、二人で椅子に腰かけた。・・・・・・・それは、ある若い二人の話だった。ある夏の夜。街では、お祭りが開かれていた。そこに、主人公の彼【ノア】と、その友達が、二人でやって来る。彼の友達には、彼女がいて、その祭りで待ち合わせする事になっていた。その彼女は、ちょうど、夏休みで帰省していた彼女の友達【アリー】と、一緒に来ていた。ノアは、そのアリーに一瞬で恋に落ちる。いわゆる、一目惚れである。ノアは、何とか、アリーに近づきたいと思い、アリーが観覧車に乗り込んだ時、アリーに男の連れがいるにも関わらず、一緒に席に割り込む。しかし、それを見た観覧車を動かしている係員が、違反行為として、観覧車を止めてしまう。それを機に、ノアは、観覧車の棒に捕まって、『もし、俺とデートしてくれなかったら、ここから飛び降りる。』と、言って、アリーに迫る。アリーは、慌てて、『分かった。デートするから、そこから、席に戻って。』と、お願いして、何とか、事態は収まる。しかし、アリーは、無理矢理、デートの約束をさせられた腹いせに、ノアが、まだ、棒にぶら下がっている時、ズボンを下ろしてしまう。ノアは、遊園地中の人々にパンツを見られる事になってしまう。とんだ、赤っ恥をかく事になったノアだが、彼は、パンツを見られた事よりも、彼は、デートの約束を取り付ける事が出来た事で、満足していた。その後、地上に降りてきた。二人は、また、別々に、それぞれの友達に合流していった。そして、この日から、数日後、偶然、ノアは、街で、アリーに出会う。彼は、即座に、『デートはいつにする?』と、聞くと、彼女は、『何の話?』と、言って、全く、取り合わなかった。それで、ノアは、きっと、振られたんだろうと思っていたが、ある時、ノアの友達と、その彼女が、二人を引っ付けようとして、自分達のデートしている所に、お互い、ノアとアリーを誘い出し、ダブルデートを目論む。そんな事とは、露知らず、ノアとアリーは、お互いの友達に誘われて、そのデート場所(映画館)に行ってみると、偶然、(本当は、計画)二人は出会う。そこで、不本意ではあるが、デートとする格好になったノアとアリー。二人は、映画館の中で、お互いの事を話した。そして、帰り際、友達が、4人で、どこかにに行こうという誘いを断って、ノアは、アリーに『歩いて帰ろうと。』と、誘う。友達も、そこは、気をきかせて、この提案を呑む。そして、二人は、歩いて、家まで帰る事にする。その道中で、ノアは、アリーに、『肝試しをしないか?』と、持ちかける。それは、誰も通らない田舎のこの道の真ん中に寝転がって、夜空を眺める。と、言う事だった。彼女は、最初、驚くが、ノアの誘いに乗って、道路に寝転がる。そして、お互いの事を、さらに、突っ込んで、話し始める.そんな中、一台の車が、現れ、二人は、轢かれそうになるが、難を逃れる。そして、その後、二人で、誰も通らない路上で、ダンスに興じる。そして、夜が更けていった。それから、そんな事があってから、二人の距離は急激に近づき、二人は、恋に落ちていった。二人は、《一分、一秒でも離れたくない。》と、お互いが、そう思うようになっていった。そんな2人を見て、アリーの両親が、『一度、その彼を、食事に連れてきなさい。』と、誘う。そして、ある、アリーの親戚一同が集まった食事会に、ノアを連れてくる。その席上で、ノアの年収の話が出て、ノアと、アリーでは、住む世界が違うという事が分かってしまう。所謂、アリーの両親は、大金持ちで、ノアは、一般庶民という事だった。アリーの両親は、余りにも身分の差のある結婚は、上手く行く筈がない。と、思い込み、その日を境に、二人を引き裂こうとする。しかし、アリーは、ノアと別れたくないので、両親の目を結んで、逢瀬を重ねていた。。ある夜の出来事、二人は、今は、誰も住んでない空家に忍び込む。そして、そこで、アリーは、ノアに処女を捧げようとするが、途中で止めてしまう。そして、逡巡している所に、ノアの友達が入って来て、《彼女の両親が二人を探してる。警察に通報して、大騒ぎになっているぞ。』と、告げる。二人は、慌てて、服を着て、彼女の家に戻る。すると、両親は、カンカンで、アリーにノアと別れるように言う。それを、待合室で聞いていたノアは、アリーに『もう、帰る。』と、告げて、『もう、別れよう。君と僕では、住む世界が違いすぎる。どうせ、このまま付き合っていても、うまくいきっこない。』と、言った。アリーは、『そんな事ない。絶対、二人なら、うまくやっていけるわよ。愛さえあれば大丈夫。』と、言う。しかし、ノアは、アリーの言葉に耳を貸さず、自分の家へと戻っていく。翌朝、アリーが目を覚ますと、今回の騒動に怒った両親が、とんでもない事を考え、それを実行しようとしていた。それは、別荘から、本宅への早期帰還だった。そう、実は、この今の家は、あくまでも、別荘で、夏休みの間だけ、来ているに過ぎなかった。だから、まだ、夏休みは続いていたが、早々に、本宅に戻ろうとしたのである。アリーは、当然、反対するが、1も2もなく、車に押し込められ、本宅に帰還する事になる。その道中、アリーは、両親に一つお願いをする。それは、『わかったわ。帰るけど、その前に、もう一度だけ、彼に合わせて欲しいの。』と、言う事だった。両親は、渋ったが、それでも、了承した。アリーは、早速、彼のいる職場に向かったが、彼は、不在だった。しかし、彼の友達がいたので、伝言した。『必ず、手紙書くから、あなたも出してね。』と、いう内容だった。そして、その後、その場を立ち去ったのと、入れ替わりで、ノアが、戻って来た。友達は、アリーからの要件を告げて、後を追うように言うが、車は、もう遠く立ち去った後だった。彼は、残念がったが、それでも、アリーの移転先の住所は、メモに書いてあったので、その日から、毎日、一通ずつ、ノアは、アリーに手紙を送った。しかし、アリーからの返事は、一向になかった。それでも、彼は、決して、諦める事なく、毎日、手紙を出し続けた。しかし、それでも、彼女からの返事は帰って来る事はなかった。ノアは、365通手紙を出したが、返事が無かったので、そこで、出すのを止めた。そして、引っ越しをし、住所を変えて、仕事も変えた。新しい生活が始まっていた。しかし、その新しい生活が始まって、数か月後、彼に一通の手紙が届く、それは、軍への召集令状だった。その時、時代は、戦争に突入していた。若い男誰もが、軍に召集され、戦場に送られた。それは、ノアも、その友達も、決して、例外ではなかった。彼ら2人は、戦場で、必死に戦った。しかし、ノアの友達は、名誉の戦死を遂げてしまう事になる。失意のどん底の状態で、実家に戻ると、そこには、お父さんがいて、彼を暖かく迎えてくれた。実は、ノアのお母さんは、彼が幼い時に亡くなっていて、彼は、元々、お父さんと二人暮らしだった。そのお父さんが、戦場から戻ってきたばかりのノアに向かい、驚きの報告をする。それは、こういう事だった。『ノア、よく聞いてくれ、実は、この今住んでいる家は、もう売ってしまったんだよ。そして、銀行からお金を借りて、あの二人が忍び込んだ空家を買ったんだ。だから、二人で、あそこを修理して、あそこに住もう。帰ってきて、いきなり、大工仕事をさせてすまないが、もう、決めた事なので、力を貸してほしい。』ノアは、唖然とするが、お父さんのいう事に従う。そして、次の日から、二人で、力を合わせて、家を建てて行く。その家が完成して、間もなくして、ノアのお父さんが、以前から悪くしていた持病を悪化させて、病に倒れる。そして、そのまま、お父さんは、この世を去る事になった。その事で、ノアは、独りぼっちになってしまった。そんな彼に、近所の戦争未亡人の女性が世話をしてくれるようになった。それは、お互いに、傷を持つ者同士、少しでも、労わりあおうという気持ちからだった。2人は、もう、はたから見れば、結婚しているように見えたが、ノアは、決して、結婚には同意しなかった。それは、もしかしたら、アリーがまた帰って来るんじゃないかという、淡い期待があったからだった。しかし、もし、そのアリーが、この戦争で、または、何か、事故や病気で、もし、死んでいたりしたら、彼女と結婚するつもりだった。そして、そのことは、彼女にも告げていた。そんな毎日を送っていたノアとは、対照的に、アリーは、充実した毎日を送っていた。彼女は、ノアと別れた後、手紙を書くが、彼からの返事は、一向になく、彼とは、ひと夏の出来事だったのかなぁ。と、漠然と感じていた。そんなある日、戦争が始まり、大学生だった彼女も、また、戦場に看護師として駆り出される。そして、ある野戦病院に配属される。そこには、戦場で傷ついた多くの兵士がいた。その中で、ある一人の兵士と、彼女は、仲良くなる。その兵士は、体中、至る所に傷が有り、顔も包帯で、グルグル巻きにされていた。だから、この時点で、彼の顔は分からなかった。その兵士から、アリーは、『もし、戦争が終わって、僕が、無事だったら、デートしてくれますか?』と、言われる。アリーは、ニコニコしながら、『分かったわ。けど、今は、少しでも休んで、早く傷を治しましょうね。』と、言う。そして、間もなくして、戦争が終了して、大学に復学する。すると、ある日、大学からの帰り道、一台の車が止まってるのが目に入る。しかも、その横には、今まで見た事の無いような男前が花束を抱えて立っていた。しかも、コチラを見て、微笑んでいるように見えた。『一体、誰?』と、思った瞬間、彼は、コチラに向かって、駆け寄ってきて、『やぁ、僕の事、覚えてない?』と、聞く。アリーは、訳が分からず、唖然として、彼を見ていると、その男が、『病院では、ありがとう。助かったよ。』と、言った。その瞬間、アリーは、その彼が、あの野戦病院で、『もし、僕が、助かったら、デートしてくれる?』と、言った、彼だと気付く。彼女は、咄嗟に、『あ~、あの時の、包帯グルグル巻きの兵隊さん。助かったんですね。あの時は、顔も包帯でよく分からなかったけど、助かって良かったですね。』と、言った。そして、『あの時は、どんな顔かもわからなかったし、また、助かるかどうかも分からなかったから、軽い気持ちで、OKしたけど、約束は約束だから、分かったわ。デートしましょう。』と、言った。そして、二人は、デートした。その事がきっかけになり、二人は付き合うようになった。やがて、2人は、結婚を意識するようになって行った。付き合ってみると、彼は、ハンサムなばかりでなく、仕事も順調で、安定していた。そして、何より金持ちだった。そんな彼を、アリー以上に、アリーの両親が気に入った。だから、そこからは、トントン拍子に話が進み、二人は、婚約する事になった。そして、式も決まり、新居も決まり、全てが順調に進んでいった。そんな、ある日、アリーが、ウエディングドレスを選んでいた時、ある新聞の広告に目が止まる。アリーは、それを見て、卒倒して倒れこんでしまう。その広告には、ノアの顔が大写しで映っていた。それは、ノアとお父さんが建てた家を売りに出す広告だった。アリーは、『まさか、こんな形で出会うなんてね。戦争で、死んだとばかり、思っていたけど、まだ、生きていたのね。』と、思った。そう思うと、どうしても、ノアに会って、あの手紙の真相を聞きたくて仕方がなくなった。だから、アリーは、婚約者に、『あなたとの結婚は、楽しみだけど、結婚する前に、どうしても、終わせておきたい事があるから、私を、ほんの少しだけ、小旅行に行かせてほしいの。2,3日で帰るから。お願い行かせて。』と、懇願する。すると、婚約者も、『分かったよ。僕との結婚に、まだ、蟠りがあるなら、それは、きっちりと方を付けておいたほうが良いよ。行ってきなよ。』と、了承する。アリーは、自分が訪れる街の名前だけを告げて、彼の元を後にする。現地について、アリーは、ホテルに宿をとり、ノアの元に向かう。一方、ノアは、そんな事とは、露知らず、戦争未亡人の彼女と、家で寛いでいた。アリーが、家について、まず、思ったのは、ここは、あの2人で忍び込んだ家だという事だった。そして、懐かしい思い出に浸りながら、ノアの家のチャイムを押すと、出てきたのは、あの、戦争未亡人の彼女だった。彼女は、今、目の前にいるのが、きっと、以前から話していたアリーだと気付く。彼女は、それを悟り、もう、自分の居場所は無くなったと、思う。そして、ノアに、『お客様よ。』と、告げる。ノアは、『一体、誰だろう。』と、思って、外に出ると、そこに、アリーが、居た。あの、夢にまで見たアリーが、目の前に立っていた。ノアは、突然、現れたアリーに戸惑いを感じた。しかし、話してみると、やはり、そこにいるのは、以前のアリーそのものだった。ノアは、【もう二度と、彼女を離さずにおこう。】と、思った。しかし、話の中で、彼女が、実は、今、婚約中で、もうすぐ結婚する。と、言う事を知る。ノアは、【このまま離したくない。】と、言う思いと、【彼女は、人妻だ。】と、言う思いに揺れ、葛藤する。そうこうしているうちに、外が暗くなってきて、アリーは、ホテルに帰ると言い出す。ノアは、『そうか。』と、言って、『明日、もう一度、会えるかい、どうしても君に見せたい物があるんだ。』と、言う。アリーは、【もうこれまでにしようか?】とも、思ったが、まだ、あの手紙の真相を聞き出せていなかったので、『分かったわ。』と、言って、その場を立ち去る。ホテルに帰ると、婚約者の彼が、ホテルの電話番号を、アリーが言った訪問地から、割り出し、電話をかけてきていた。彼は、電話に出るなり、『今日、何してたの?』と、尋ねる。彼は、何回も電話したけど、出なかったから、心配したよ。』と、言う。アリーは、『ごめんね。用事で出かけていたの。もう少し、時間がかかりそうだけど、必ず、帰るから心配しないで。』と、言って、電話を切ってしまう。その翌日、アリーは、また、ノアの元に向かう。ノアは、会っていきなり、『もうすぐ、嵐が来そうだから急ごう。』と、言って、彼女を一艘のボートの乗せて、沖に漕ぎ出した。そこには、多くのハクチョウが屯していた。まさしく、【白鳥の湖】だった。多くの白鳥に囲まれて、その中をボートがゆっくりと進んで行く。その白鳥達に餌をあげていた、まさに、その時、空から、雨が、ポツポツと降り出してくる。二人は、大急ぎで、陸に上がろうとするが、二人とも、びしょ濡れになってしまう。そんな中、アリーは、ずっと、聞こうとしていた一言を口にする。『どうして、どうして、手紙をくれなかったのよ。』それに対して、ノアが反論する。『出したよ。毎日一通ずつ、365日出したよ。』『嘘よ、嘘よ。そんな手紙、一回も見た事がないわ。』『出したよ、確かに出した。君こそ、何故、返事を一通もよこしてくれなかったんだ。』『私も出したのよ。けど、あなたからの返事が無いので、もう諦めたのよ。』と、アリーが言った時、彼女は、はっと、気付く。『もしかしたら、ママが、私と、ノアの事を引き裂こうとして、どこかに隠したのかも?』と。そう思うと、ノアへのあの時の思いがどっと溢れ出して、アリーは、ノアと抱き合ってしまう。自分が、婚約している事など、その時は、すっかり忘れしまっていた。あの夏の日、二人で、空き家【今のノアの家】に忍び込んで、一線を越えようとして、あの時は、未遂に終わったが、今回は、ほとばしる情熱を抑えきれなくて、越えてしまう。そして、二人は、ノアの家で、ただ、何もせず、抱き合いながら、過ごす。そこに、婚約者から、連絡を受けた母親が現れる。彼女の母は、『あなた、こんな所で、何しているの。あなたは、婚約しているのよ。』と、諭す。しかし、アリーは、その言葉には動じず。かわりに言い返す。『お母さん、私に何か隠している事ない。ノアに聞いたら、ノアは、毎日、一通ずつ、私に手紙を書いたそうよ。もし、私が、その手紙を受け取っていたら、私は、婚約者の彼と出会っていたとしても、心は動かされなかったと思うわ。』と、言った。お母さんは、『バカ。』と、言って、彼女を罵る。そして、彼女の頬を叩いた。そして、『ちょっと、私について来なさい。』と、言って、お母さんは車で、街の外れの採掘場に向かった。そこで、お母さんは、ある一人の男の人を指さして、衝撃の告白をする。それは、こういう事だった。『あの、あそこに男の人がいるでしょう。私ね、実は、あなたと、同じ位の年の頃、あの人と恋に落ちて、結婚を考えたのよ。けど、私の両親に結婚を反対されたので、そこで、私たち、駆け落ちしたのよ。けど、街の外れで捕まってしまって、二人は、引き離されたのよ。そして、その後、私は、あなたのお父さんとお見合いをして、結婚して、あなたが、生まれたのよ。私、あなたのお父さんと結婚してよかった。と、思っているし、決して、後悔もしていない。もし、あのまま、二人が捕まらず、逃げおおせたとしても、いつか、必ず、捕まる日がやって来たと思うし、二人は、若かったから、きっと、経済的にも、行き詰まっていたと思うわ。だから、今のお父さんと、結婚して、正解だったのよ。だから、あなたにも、正解して欲しいのよ。このまま、婚約者の彼と結婚すれば、あなたは、経済的にも、困る事はないだろうし、思い通りの人生が送れるのよ。その権利をあなたは、不意にするつもりなの。どうなの。もし、あなたが、私がこれだけ言っても分からないなら、その結論は、あなたで出しなさい。ただ、どういう結果になるにしろ、あなたは、一度、婚約者に会って、ちゃんと彼と話をするべきよ。今、婚約者が、ホテルに来てるから、戻ってきなさいよ。』と、言った。そして、また、ノアの家に戻ってきた。そして、お母さんは、トランクを開けて、ノアから届いた、365通の手紙と、アリーが書いた手紙を手渡した。そして、『あとは、あなたの問題よ。あなたが、後悔しないように決めなさい。』と、言って、立ち去って行った。彼女は、その手紙を持って、ノアの所に行った。そして、今の状況を打ち明けた。それは、彼女の母が来て、母の体験談を聞いた事、そして、婚約者ががホテルに来ている事などである。ノアは、それを黙って聞いていた。そして、彼女が話し終えると、『また、同じなのか、また、振出しに戻るのか?』と、言った。重ねて、『この二日間は、一体、何だったんだ。君は、僕の元に戻ってきたんじゃなかったのか?』と、言った。アリーは、『分かってる。あなたが、嘘をついてなかった事も、二人の愛が、まだ終わっていなかった事も。けど、だからこそ、悩むのよ。だって、私には、婚約者がいるのよ。しかも、その人は、私を迎えに、ホテルまで来ているのよ。私は、一体、どうしたらいいの?』と、言って、泣き崩れた。ノアは、そんなアリーに、『分かったなら、もう、僕の事は、考えなくて言い。けど、その婚約者も、両親の事も考えなくていいよ。後は、君が、一体、これから、どうしたいかを考えればいいんだよ。一体、これから、誰と、一緒に住み、そして、年をとり、一緒に人生を終わりたいと望むかを考えればよいんだよ。この答えは、僕でも、婚約者の彼でも、両親でも出せないんだよ。君にしかできないんだよ。』と、言った。アリーは、少し、考えて、『分かった。』と、言って、車に乗り込んだ。そして、そこを立ち去った。ホテルに向かう道中、引き返そうと思うが、そうはせず、ホテルに戻って来た。ホテルでは、婚約者の彼が、彼女を待っていた。彼は、アリーの両親から、状況を聞いて、全て、分かっていた。分かったうえで、彼女を引き留めようとするが、結局、彼女は、婚約者の彼ではなく、ノアを選ぶ。ホテルで、荷物をまとめて、もう一度、ノアの所に戻っていく。ノアは、【きっと、アリーは、僕の元に戻ってくるだろう。】と、信じて、二階から、外を眺めていた。そこに、アリーが返って来る。二人は、抱き合い、再会を喜び合った。・・・・・・・と、そこで、この本は終わりを告げていた。・・・・・・・・・・そして、また、あの、老人ホームのおじいさんが現れて、おじいさんが、本を閉じようとした時、この本の最後に著者の名前が書かれていた。そこには、なんと、おばあさんの名前が書かれていた。そう、実は、この本は、このおばあさんが書いた本で、彼女こそ、【アリー】その人だった。そして、では、おじいさんはというと、【ノア】その人だった。ある時、この本の読み聞かせをしているとき、おばあさんの記憶が蘇る。おばあさんは、自分が誰で、おじいさんが、誰なのかを認識する。しかし、それも、束の間、また、おばあさんは、意識を消失してしまう。そうなると、おじいさんは、おばあさんにとっては、見知らぬ他人という事になり、突然、発狂したように暴れだす。医者が鎮痛剤を打って、事なきを得るが、おじいさんは、自分が拒絶されたことにショックを受ける。そして、その夜、元々、心臓が悪かったおじいさんは、この事がキッカケで、心臓発作を起こす。そして、一時、心停止になって、非常に危険な状態になる。しかし、医者の懸命な処置によって、一命をとりとめる。しかし、絶対安静の状況になる。そうなると、おじいさんとおばあさんは、別々の病棟に引き離される。毎日のように、おばあさんに会っていたおじいさんにとっては、一日足りと、おばあさんと離れている事は、とても耐えがたく、絶対安静にもかかわらず、おばあさんに会いに行く。すると、それを、ある看護師に見つかって、『おばあさんには、会えませんよ。』と、釘を刺されるが、それでも、おじいさんが、『会わせてくれ。』と、懇願するのを見て、『病院の規則では、あなたと彼女を会わす事は出来ません。しかし、私は、今から、休憩の為、ここを離れるから、それから、先、何が起きても規則違反にはならないから、後は、あなた次第よ。』と、言われる。そして、おじいさんは、看護師が居なくなってから、おばあさんに会いに行く。すると、不思議な事に、おばあさんの意識が戻っていて、おじいさんの事をしっかり認識できるようだった。おばあさんは、『あなた、来てくれたの。良かったわ。私、なんだか、寂しいの。凄く不安だったのよ。』と、言った。すると、おじいさんが、『大丈夫だよ。僕が、付いているから。今でも、これからもずっとね。』と、言う。すると、おばあさんは、『私たち一緒に死ねるかしら。』と、言う。『大丈夫。二人なら、何でも出来るよ。』と、おじいさんは答える。そして、次の日、あの看護師がおばあさんの様子を見に来ると、案の定、そこには、おじいさんの姿があった。しかし、二人とも、目をつむって、動かない。・・・・看護師は、口に手を当ててみる。・・・・呼吸してない。・・・・・看護師は、慌てて、医者を呼びに行く。この時、二人は、永遠の眠りについていたのだった。それは、二人が望んだように。・・・・・・・・・・映画『きみに読む物語』より・・・・・・・・僕は、フッと、我に返った。すると、僕は、彼女と話している最中だった。僕は、彼女に、『今日は、もう、遅いから、もう、寝よう。明日、仕事があるし、君も嫌かもしれないけど、仕事に行かなくちゃいけないだろう。』と、言った。『そうね。確かに、どれだけ嫌でも、仕事は待ってくれないものね。分かったわ。今日は、もう寝ましょう。また、明日、話しましょう。』と、彼女は、そう言って、最後に、『お休み。』と、言って、電話を切った。僕は、これからの事、どうしようかなぁと思いながら、眠りに就いた。そこで、また、夢を見た。・・・・・・僕は、夢の中で、医者になっていた。僕が、ある病室を訪れると、そこにいたのは、さっきまで、電話で話していた彼女だった。僕は、彼女に優しく、声をかけて、『大丈夫ですか?具合はどうですか?』と、聞いた。彼女は、『今日は、何故か、凄く、気分が良いんです。先生に会ったからかな。』と、言った。僕は、微笑んで、『うまく言いますね。じゃあ、今日は、おまけで、もう一本、大目に、注射をうっときますか。』と、返した。彼女は、笑っていた。僕は、いけない事だとは思っていたが、『かわいいなぁ。』と、思ってしまった。僕は、彼女に、医者と患者という間柄でありながら、恋心を覚えていた。それを、看護師は、気付いている様で、診察が終わる毎に、ちょっかいを出してきた。例えば、『先生が往診に来た直後は、彼女は、機嫌が良いんですよ。』とか、『彼女は、先生に恋しているみたいですよ。』と、言う風にである。僕は、それを聞いて、まんざらでもない気分だった。何故なら、僕も彼女に好意を抱いていたからだった。『医者と患者の関係で、だめだ、だめだ。』と、分かっていても、彼女の事が気になって仕方なかった。僕は、彼女の往診の時間が楽しみで仕方なかった。『もし、出来るなら、彼女の傍に一日中いたい。』と、思っていた。ある時、彼女の病室に行くと、彼女のご家族がお見舞いに来ていた。彼女は、僕を見ると、嬉しそうに、僕を迎えてくれた。そして、僕は、ご家族に近況を報告した。『だいぶ良くなってきましたよ。何とか、物を握れるようになりましたし、けど、字は、まだ、うまく書けないみたいです。この病気は、決定的な治療法はありませんが、今後の医療技術の進歩によって、革新的な治療法も発見されるかもしれませんし、それを期待して待ちましょう。あなたの娘さんは、若くして、この病気を発症しましたが、それは、先ほども言ったように、今後の医療技術の進歩によっては、完治する可能性もありますので、温かく見守って行きたいと思います。』と、言った。その後、ご家族の方は、安心して、何度も、僕に、『よろしくお願いします。』と、言って、病室を後にした。僕は、『良かったね。大丈夫。あれだけ優しいご家族がいれば、いつか必ず治るから、それを信じて、僕と一緒に頑張りましょう。』と、言った。彼女は、少し、頷いて、『分かりました。』と、言った。そして、震える手で、一枚の絵をプレゼントしてくれた。僕の似顔絵だった。決して、うまいとは言えないが、と、言うより、『これは、一体、顔なのか?』と、言う出来栄えだったが、僕は、『ありがとう。』と、言って、思わず、泣いてしまった。それを見た看護師が、ハンカチを差し出した。そして、『私、他の患者さんを見てきます。』と、言って、その場を後にした。僕は、自分が医者だと言う立場を忘れて、思わず、彼女にキスしてしまう。そして、『ごめん。』と、言って、口を離した時、彼女は、少し、はにかんで、『ありがとう。』と、言った。そして、僕は、『お大事に。』と、言って、その場を立ち去った。僕は、罪悪感と達成感に浸っていた。即ち、『しまった。患者にキスしてしまった。』と、言う罪悪感と、『ヤッター。遂にキスしたぞ。』と、言う達成感の両方を味わっていた。僕は、医務室に戻った。小一時間して、さっきの看護士が戻ってきた。そして、『どうでした?』と聞いて来た。僕は、『何の事?』と、惚けた。しかし、その看護師は、『彼女に聞きましたよ。キスしたらしいじゃ無いですか。』と、言った。僕は、『何で、それを知ってるんだ。』と、言うと、『彼女が教えてくれたんです。』と、嬉しそうに言った。僕は、『医務局長にばれたらヤバイから、黙っておいてくれ。』と、言った。その看護師は、『分かりました。二人の雰囲気から、いつか、こうなると思っていたので、決して、驚きはしません。また、他人に告げ口もしませんから安心して下さい。けど、先生は、どうするんですか?彼女は、不治の病ですよ。一生、彼女の面倒を見るおつもりですか?それとも、一時の気の迷いですか?』と、言った。僕は、『一時の気の迷いだなんて、そんな事はない。僕は、彼女を愛してしまったんだ。僕が、彼女に会う事をどれだけ楽しみにしているか、君には分からないだろう。もう、僕にも、自分の気持ちを抑えきれないんだ。彼女が愛しいんだ。この気持ちは、どうしようもないんだ。確かに、彼女は、患者で、僕は、彼女の主治医だ。この関係で、恋に落ちるのは、いけないと思う。けど、この気持ちは抑えようが無いんだ。彼女が、たとえ、もし、不治の病でなかったとしても、また、あったとしても、きっと、僕は、彼女に恋をしたし、病気の事は、関係ないんだよ。これは、決して、同情ではなく、間違いなく、愛情なんだよ。』と、言った。すると、その看護師は、『分かりました。私、先生を応援します。決して、医務局長にも言いませんし、誰にも言いません。だから、先生頑張って下さい。』と、言った。しかし、噂というものは、恐ろしいもので、僕が、彼女とキスしたという話は、医務局全体に拡がり、遂に、医務局長の耳にも届く事になった。僕は、医務局長から、呼び出しをうけた。そして、事の経緯を報告させられた。それを聞いて、医務局長は、『困るよ。困るよ。スキャンダルは、君は、一体、どういうつもりなんだ。医師が、患者に手を出すなんて、このままだったら、君は、ここに居られなくなるよ。』と、言った。そして、続けて、『実は、〇〇県の病院で、医師を必要としていてね。日頃から、良い医師がいたら紹介して欲しい。と、言われていたんだよ。このまま、君が、彼女と付き合うという事になるなら、そっちに行って貰うかもしれないよ。』とも、言った。僕は、『分かりました。けど、それは、もしかして、僕を脅かしているんですか?もし、そうなら、ここで、はっきり言いますが、僕が、彼女を愛しているのは事実ですし、その気持ちに、一切の揺らぎはありません。ですから、もし、僕を処分するというなら、そうして下さい。僕は、甘んじて、お受けする所存です。』と、言って、そこを立ち去った。廊下に出ると、例の看護士が、申し訳なさそうに立っていた。『こんな事になって、ごめんなさい。けど、私、誓って、誰にも言ってませんから、信じて下さい。』と、言った。『じゃあ、一体、誰が、言ったんだ。』と、聞くと、この看護師曰く、『どうも、私と先生が話していた所を、他の看護士が、聞いていて、それを回りに言いふらしたらしいんです。』と、言った。僕は、『どうせ、こういう事は、いずれ、どっかから漏れるから、仕方ないけど、僕と彼女の間だけは、他の誰にも邪魔させない。』と、言って、彼女のいる病室に向かった。彼女は、眠っていた。僕は、もう一度、その寝顔にキスをした。彼女は、目を覚まして、『先生。』と、言った。『ごめんね。起こしてしまったね。けど、どうしても、君に伝えたいことがあるんだ。それを聞いて欲しいんだ。いいかな。』と、僕が言うと、『分かりました。』と、言って、彼女は起き上がった。僕は、彼女に、『僕は、君が好きだ。もうこの気持ちは、抑えきれないんだ。だから、はっきり言う。君が好きだと。しかし、その事は、本当は、好ましい事ではないんだよ。何故なら、君と僕は、医師と患者の立場だからね。だから、その事で、さっき、医務局長に呼ばれて、『もし、君が、このまま、この関係を維持するなら、地方の病院に行ってもらう事になるかもしれないよ。』と、言われたんだよ。僕は、この事自体は、ショックではあるが、構わないと思っているんだ。なぜなら、君を愛した事を、僕は、決して、後悔してないからね。けど、もし、そうなってしまうと、君は、また、独りぼっちになってしまうんだよ。君を連れていきたいけど、地方の病院なら、きっと、まともな治療を受けられないだろうし、そうすれば、少しずつ良くなって行ってる君の病気も後退する事になるんだよ。だから、もし、本当にそうなったら、君とは、お別れしなければならなくなるかもしれないんだよ。折角、僕の気持ちを打ち明ける事が出来たのに、こんな事になるなんて、けど、僕は、決して、後悔してないよ。だから、君も、自分の思いを僕に聞かせてほしんだ。もし、僕が、地方の病院に飛ばされたら、君は、一体、どうしたい?』『分かりました。けど、もし、私、先生が、地方の病院に飛ばされたら、私もついて行きます。その事で、私の状態が、今より悪くなっても構いません。どうせ、不治の病だし、いつ完治するかも分からないなら、私、先生との愛を選んで、一緒に行きます。』。『分かった。じゃあ、その事を、今度、ご家族が来た時、君の意思を伝えてほしいんだ。僕も、ご家族に同じ事を言うつもりだから。けど、今日は、もう、寝よう。起こして、ごめんね。お休み。』と、言って、そこを立ち去った。そして、数日後、彼女のご家族がやってきた。僕は、非難されるのを承知で、彼女のご家族に、自分の思いを打ち明けた。そして、これから、もしかしたら、地方の病院に移動させられるかもしれない。という事を話しした。すると、ご家族は、少し、驚いた表情をしたが、僕が、彼女を好きな事を、薄々、感じていたらしく、『分かりました。けど、娘は、何といってるんですか?やっぱり、娘の意思が一番大事ですから。』と、言った。僕は、彼女に、この事を伝えましたが、彼女は、『もし、僕が、地方に行くなら、私もついていくわ。そして、その事で、自分の状態が今よりも悪くなっても構わない。どうせ、不治の病だし、いつ完治するかも分からないなら、先生との愛を選ぶわ。』と、言ってくれました。と、告げた。だから、僕は、『もし、僕が、地方に飛ばされたら、彼女を連れて行きたいんです。そして、死ぬまで、面倒を見続けていきたいんです。』と、言った。すると、彼女のお母さんは、『分かりました。娘に話して、その事をどうするかを聞いてみますが、先生が、その様にお考えなら、きっと、娘も『そうするわ。』と、言うと、思います。私は、娘が幸せになる事を願ってますから、娘の意思を尊重します。』と、言ってくれた。そして、お母さんは、『私と娘の二人きりにしてくれますか?』と、言った。そして、数十分後、僕は、また、病室に入っていった。すると、お母さんは、微笑みながら、『先生、この子の事、よろしくお願い致します。』と、言った。僕は、即座に、手を取って、『分かりました。』と、言った。そして、彼女のご家族は帰っていった。それから、数日後、今度は、医務局長の部屋に呼び出しを受けた。当然、話は、前回の続きで、移動の話だった。医務局長は、こう切り出した。『実はね、今日来てもらったのは、前回、話した、君の移動の話なんだよ。先方に話すと、甚く、君の事を気に入ってくれたみたいで、『是非とも、君に来てほしい。』と、言われたんだが、君は、どうしたいと思う。』と、言ってきたので、僕は、『どうと言われても、どうせ、僕が、『行きたくありません。』と、言っても、もう無理なんでしょう。』と、聞き返すと、『否、そんな事は無いよ。嫌なら、断って貰っても良いが、そうなると、局内で、あらぬ噂を立てられて、君が辛い思いをすると、思ってね。それなら、いっそ、新天地で、君の実力を、思う存分試してみてはどうかと思ってね。それのほうが、私は良いと思うがね。人に必要とされて仕事するのか、人から、白い目で見られて、仕事するのか?君なら、一体、どっちを選ぶ。』と、また聞いてきたので、やはり、医務局長は、うまい事言うな。と、独り言ちて、僕は、腹をくくった。『そうですか、どうせ、その話、ほぼ、決りなんでしょうし、医務局長の顔も、ありますもんね。だったら、甘んじて、お受けする事にします。』と、言った。『そうかぁ、受けてくれるのか、なんか、僕が、無理矢理、『うん。』と、言わせたみたいに、もし、君が考えていたら困るけど、これは、君の意思と考えてよいんだね。』と、念押ししてきたので、『そうです。僕から志願して行く。という事です。決して、左遷ではなく、栄転だ。と、こう言いたいんでしょう。医務局長?』『なんか、棘があるねぇ。けど、まぁ、いいだろう。先方にはそう伝えておくからね。ついては、君にも、色々と転勤の準備があるだろうから、ちょうど、年度末で、都合良いから、3月末で、移動という事でどうだろうか?』と、聞いてきたので、ぼくは、『分かりました。』と、言った。『なら、後の事は、僕がやっておくから、もう君は、医務局に戻って良いよ。』と、言われたので、そこを出た。年の瀬も押し迫った、ある冬の一日だった。僕は、医務局に戻った。すると、例の看護士が、私に擦り寄ってきて、『何の話でした。もしかして、先生の移動の話ですか?』と、聞いて来たので、僕は、『あ~、そうだよ。何か不都合でもあるのか?』と、聞き返した。その看護師は、『やっぱり転勤するんですか?もう、決まったんですか?』と、聞いて来た。僕は、『それは、今は、僕の口からは言わない。しかし、いずれ、みんなに通達が来るだろう。それを見れば、全て分かるよ。』と、言った。彼女は、『先生、怒ってます?こんな事になって、けど、本当に、私、何も言ってませんから。それだけは、信じて下さい。』『別に怒ってなんかいないよ。否、むしろ、感謝している位だよ。だって、もし、今回、こんな事にならなければ、僕は、多分、彼女に僕の本当の気持ちを伝えられなかったからね。だから、今は、むしろ、それが出来て、清々しい気持ちだよ。』と、答えた。彼女は、『本当ですか?嬉しいわ。きっと、先生、違う職場に移動されると思いますけど、そこでも頑張って下さいね。私、応援しています。』『ありがとう、じゃ、また。』と、そう言って、僕は、そこを後にした。そして、彼女の所に向かった。彼女は、ベッドで寝ていた。僕は、何も言わず、ただ、彼女を見つめていた。《本当に、僕の都合で、彼女を地方に連れて行ってよいんだろうか?》そう思うと、凄く、切ない気持ちになった。そんな風に彼女を見つめていると、彼女は、その視線に気付いたのか、目を覚ました。彼女は、眠たそうに、『先生、来てたんですか?』と、言った。僕は、『ごめんね、起こしちゃったみたいで。』と、言うと、『そんなの良いですよ。丁度、目を覚まそうかなぁ。と、思っていたんです。』『そうか、それなら、良かった。ところでね、早速なんだけど、実は、僕の転勤日が決まったんだ。それを真っ先に伝えたくて、君の所にやって来たんだよ。』と、僕が、告げると、彼女は、事もなげに、『あ~、そうなんだ。で、いつまでこの病院にいられるんですか?』と、聞いてきた。『実は、例年の3月末迄で、ここを辞める事になったんだよ。それで、場所は、まだ、具体的に聞かなかったけど、また、正式な通達があるから、その時に詳しいことを話すよ。けど、僕が、ここにいるのも3月末まで、という事は決まったんだから、今日は、それだけ言いに来たんだよ。』と、答えた。彼女は、『そうかぁ、なら、私も、ここにいるのは、3月末までか、何か、寂しい気もするけど、出会いがあれば、必ず、別れはつきものだから、仕方ないですよね。』『そうだね。それで、もう一度効くけど、本当に、君はそれで良い?後悔しない?僕で、良いの?大丈夫?』と、僕が言うと、彼女は、少し、怒ったように、『また、それですか。私は、先生について行くって決めたのに。お母さんも、それで良いって言ってくれたのに。先生は、また、その話を蒸し返すんですか?』『ごめん、悪かった。君が、気を悪くしたのなら、謝るよ。けど、本当に、僕の一存で、君の将来を決めても良いのかなぁって、思ってしまったんだよ。だって、もし、ここに残って、治療に専念して居れば、今より、もっと、良くなるかもしれないけど、地方の病院では、おそらく、ここ以上の設備があるとは思えないので、そうなると、君の病気は、今より、悪くなるかもしれないんだよ。それでも、良いの?』『確かに、先生の言うように、これから、私に何が起こるか分かりません。けど、前にも言ったけど、私、どうせ、完治しないなら、本当に好きな人と一緒にいたいんです。そして、、これから先、今はまだない《痛み》を伴った時なんかは、特に、その好きな人に傍にいて欲しいんです。』『ごめん、悪かったね。君の思いに、僕は、水を差してしまったんだね。分かったよ。僕は、君が死ぬまで、君の傍にいて、君を支え続けるよ。』と、言い、二人は、抱き合った。・・・・・・・その時を破るように、ドアが開き、『検診の時間です。』と、言って、看護師が入って来た。僕は、彼女から離れ、彼女の部屋を後にした。そして、医務室に戻った。それから、数日して、正式に、僕の移動の発表があった。僕の移動日は、あらかじめ告知されたように、3月末日だった。そして、注目の僕の移動先は、《福岡》だった。僕は、自分の移動先が決まった事で、少し、気持ちが楽になった。これから先、色々と慌ただしくなるだろうが、今は、まだ、平静が保たれていた。この僕の移動が発表されたのは、ある寒い冬の一日だった。年の瀬を迎えて、年明けまで、あと数日と言う一日だった。僕は、彼女の部屋を訪れた。実は、今日、彼女のお母さんが来る日になっていた。そして、部屋に入ると、お母さんは、もうすでに来ていた。僕は、お母さんに、自分の移動の事を告げた。すると、お母さんは、『分かりました。私たちも、先生の移動に合わせて、福岡に引越しします。』と、言った。僕は、『すいません。』と、言った。しかし、お母さんは、『先生、謝らないで下さい。娘も、引っ越しの事、決して、悲観してません。それよりも、むしろ、新しい街に行くことが楽しみなんです。だから、余り、気にしないで下さい。』と、言った。僕は、『分かりました。なら、僕は、この後、他の患者さんに診察がありますんで、失礼します。』と、言って、そこを立ち去った。そんな風にして、年が暮れていった。そして、年が明けた。運命の一年の始まりだ。僕は、新年早々、バタバタと慌ただしい日々を送っていた。彼女も、僕と、一緒に移動する事になったので、お互い、慌ただしい日々を送っていた。そして、いよいよ、僕の移動の日が近づいてきた。ある日、まず、先に、彼女が、僕の、次の勤務先の病院に旅立っていった。『後日、会いましょう。』と、言って、しばしの別れを告げた。それから、数日して、いよいよ、今度は、僕の移動の日がやってきた。僕は、仲間から花束をもらって、感極まっていた。今までの思い出が、走馬灯のように蘇ってきた。僕は、感傷に浸りながらも、みんなに、感謝の言葉を送り、深々と頭を下げて、一礼をして、そこを立ち去ろうとした。すると、後ろから、『先生~。』と、叫びながら、誰かが、追いかけてきた。あの看護師だった。彼女は、僕に追いつくと、『私、今回の事、凄く、反省しているんです。決して、告げ口はしてないけど、こんな事になってしまって、先生、本当にごめんなさい。』と、謝ってきた。僕は、『君が謝る必要はないよ。むしろ、感謝しているんだ。僕と、彼女の絆が、今回の事で、強まったような気がするんだ。そのパイプ役を担ってくれたんだから、本当にありがとう。そして、元気でな。』と、言った。その看護師は、泣きながら、『先生も、お元気で。』と、言って、手を振ってくれた。僕は、思い残す事無く、その場を立ち去った。そして、彼女の待つ、次の勤務先へと向かった。僕は、車中、これから先の事を、色々と考えているうち、眠り込んでしまった。・・・・・・・・そして、目を覚ますと、僕は、自分の部屋にいた。『あれ、あれは、夢だったのか?』と、思った。そして、時間を見ると、もう、仕事に行かなければならない時間だったので、準備をした。そして、仕事に行き、仕事が終わり、家に帰ってきた。僕は、着替えて、食事を摂り、風呂に入って、その後、彼女に電話した。僕は、昨日の夢の話を言って聞かせてあげた。『よく出来た話ね。本当に、あなたが、医者に思えてきたわ。』『そうだろう。本当にそうなんだよ。何か、凄く、リアルで、あれは、もしかして、現実なんじゃないかって思う位だったんだよ。』『けど、このまま行くと、近い将来、私もそうなるかもしれないわよ。そうなったら、あなたどうする?私の面倒見てくれる?』『当たり前だよ。僕は、君が死ぬ、その忌わの際まで、君の傍にいて、君を守り続けて行くよ。』『ありがとう。早くあなたに会いたいわ。』『そうだね。今度の休みは、7日後だから、後、7日の辛抱だよ。我慢できる?』『分かったわ。頑張るわ。手の動きも遅くて、睡眠剤のせいで、朝起きるのは、凄く、だるくて、辛いけど、後、7日、頑張る。』『そう、頑張れよ。そして、食事は、大丈夫、ちゃんと摂れてる?』『極力、3食摂るようにはしてるけど、余り、食欲がないの。味も、だんだん、しなくなっているような気がするの。だから、以前より、3キログラムも痩せちゃったわ。』『あっ、そうなのか、だめだよ。しっかり食べなくちゃ。ただでさえ、君は、手が動かないというハンデが有るんだから、しかも、食べないと、頭は早く回らないよ。』『そうなのよ。だから、私、ミスばっかりしてて、毎日、怒られてばっかり、もう、だんだん、それが堪えられなくなってきているの。以前、言ってたでしょう。仕事を辞めたくて仕方ないのよ。』『あっ、そうか、けど、それ、職場の友達か、上司に言った。』『いえ、友達には話したけど、上司には、まだ、言ってない。』『そうかぁ、辛いだろうけど、今は、頑張るしかないよ。いつか、きっと、良くなるよ。大丈夫、僕が付いてるから。』『本当に、そうかしら、もしかしたら、私が、あなたの夢で見たように、入院するようになるかもしれないわ。そうなったら、あなた、どうする、私を見捨てる?』『バカだな、そんな事はないよ。僕は、さっきも言ったように、君を、最後の最後まで見届けたいんだ。だから、心配ないよ。見捨てるなんて事は、一切ないよ。』『あっ、そう、心強いわ。信用していいのよね。』『なんだ、信用してなかったのか?ショックだな。』『ごめんなさい、気分悪くしたら、謝るわ。けどね、毎日、こんな状態じゃ、マイナス志向にもなるわよ。』『だめ、だめ、そんな弱気でどうするの。何度も言うけど、僕が付いてる。けど、何より、君がしっかりしなくちゃいけないよ。』『分かったわ。じゃあ、今日は、もう、寝るわ。明日も仕事だしね。』『そうだね。今日は、もう、遅いから、眠る事にしよう。お休み。明日、また、電話するよ。仕事頑張ってね。』と、言って、僕達は、お互い、電話を切った。そして、眠りに就いた。その日は良く寝た。と、言うか、熟睡できた。いつもよく見る夢も見なかった。そして、起きて、仕事に向かった。仕事をして、帰ってきて、また、彼女の愚痴を聞いてあげた。また、休日の前日には、彼女の部屋に泊まって、休日を一緒に過ごす。と、言うパターンが、何か月か続いたある日、その事件は起こった。彼女は、ある日、無断で欠勤した。その事で、会社から彼女のお姉さんに連絡が行き、お姉さんを通じて、僕の元に伝わってきた。僕が、仕事場にいた時、電話で呼び出しがかかり、電話に出てみると、彼女のお姉さんだった。お姉さんは、僕に、『裕美(彼女の名前)、知りませんか?どこに行ったか分からないんです。何か、携帯電話も繋がらないんです。どこに行ったか、ご存じないですか?』と、聞いてきたので、僕は、『彼女とは、昨日、電話しましたけど、いつもと同じ様子でしたよ。けど、一つ気になる事があって、彼女、《最近、よく道を間違えるのよ。この前も家への帰り道が分からなくなって、迷ってしまって、家に着くまでに、何時間もかかったのよ。》って、言ってました。だから、もしかしたら、どっかで、迷子になっているかもしれませんね。そういう事なら、分かりました。今日は、会社に無理を言って、早退させてもらいます。そして、家に帰って、彼女を探します。そして、見つけたら、真っ先に、お姉さんにご報告させて頂きますから、安心して下さい。』と、言って、電話を切った。僕は、会社に事情を説明して、その日は、早退させてもらった。そして、家について、彼女の携帯に電話してみた。やはり、応答が無い。そして、彼女の家にかけても、応答はなかった。『どうしよう。』と、思ったが、とりあえず、彼女の家に行ってみようと思い、彼女の家に向かった。彼女の家に付いて、ドアのチャイムを何回か押したが、返答はなかった。僕は、ドアの外から、家に電話を鳴らしてみたが、やはり、部屋の中で、電話は鳴っているが、誰もいる気配はなかった。僕は、彼女の家の合鍵で、中に入ってみる事にした。すると、やはり、彼女は、不在だった。僕が入れた、留守電を知らす点滅信号だけがチカチカ光っていた。僕は、彼女の家から今度は、彼女の携帯電話に連絡を取ってみた。当然、1,2回のコールで出るはずはない、と、思ったので、普通より長めにコールしてみた。そして、15回くらいコールした時、だれかが、『はい。』と、言って、電話に出た。それは、聞き覚えのない男の人の声だった。僕は、『もしもし、あなたは誰ですか?僕は、彼女の彼氏で、三枝と言います。彼女と連絡が取れなくて、ずっと、探していたんです。』と、言った。すると、その謎の男が、『こちらは、〇〇署の三上と言います。あなたの彼女を、今、コチラの交番で保護しています。お引き取りに来ていただけますか?』と、言った。僕は、『えっ。』と、思って、『彼女何かしたんですか?』と、聞いた。すると、警官の三上さんは、『いえ、そうではありません。彼女、駅のベンチで、ず~っと座って居て、駅員が、職務質問をしたんですが、まともな回答が出来なかったので、警察に通報して、ここで、保護している。と、言う訳です。』と、言った。『あ~、そうですか、分かりました。なら、良かった。では、彼女を引き取りに行きますから、そこの場所を教えてください。今すぐ、行きます。』と、僕が言うと、『何が、良いんですか、彼女、一体、自分が誰で、ここが、どこで、今、何時で、何をしたいのかが、分かってなかったんですよ。こんな人を一人で放置しておいたら危ないじゃないですか。あなたが、保護者なら、責任もって、今後、こういう事の無い様にしてもらわないと困りますよ。』と、こっぴどく、叱られた。僕は、『すいませんでした。今後、気を付けます。とりあえず、今日の所は、お許し下さい。今すぐ、彼女を引き取りに行きますから、待っていて下さい。』と、言って、場所を聞いて、電話を切った。僕は、彼女の家を後にして、その交番に向かった。交番に着くと、彼女は、そこに、一人でいた。彼女は、僕を見ると、嬉しそうに微笑みかけてきた。僕は、『すいません、この度は、大変、ご迷惑をおかけしました。』と、言って、謝った。そして、彼女を引き取る旨の書類にサインをして、彼女を連れて帰ることにした。彼女は、一体、自分が何をしたのか、余り、分かってない様子だった。僕は、彼女の家に戻る道すがら、彼女に、『一体、どうしたの?』と、聞いてみた。すると、彼女は、『朝起きて、会社に行こうとしたんだけど、会社への行道が分からなくなって、困ってしまって、途方に暮れて、駅のベンチで座っていたら、駅員さんに職務質問されて、その後、駅長室に連れて行かれて、そこから、警察に通報されたのよ。そしたら、しばらくして、さっきあのお巡りさんがやって来て、交番に連れていかれて、また、職務質問されたのよ。私、その時、パニック状態になってしまっていて、訳の分からない事、べらべら喋ってしまったのよ。そうしたら、まるで、私が、凄い、重病人であるかのように扱われて、交番で保護されたのよ。そしたら、今度は、あなたから、電話がかかってきて、今に至るって感じね。』と、言った。『あ~、そうか、それは、大変だったね。けど、僕も心配したよ。会社に、突然、君のお姉さんから電話があって、《君が行方不明だから、どこに行ったか心当たりはない?》って言われて、びっくりしたよ。昨日、普通に話していたのに、今日になって、急にそんな事言われてもね。僕は、心配になって、会社を早退して、君の家に行ったんだ。すると、案の定、君は、居なかった。僕は、そこから、君の電話を借りて、君の携帯電話に、しつこく電話したら、さっきのお巡りさんが出て、後は、交番の場所を聞いて、君を引き取りに来た。と、こんなところだよ。』と、言った。その後、お姉さんに電話した。お姉さんは、『あ~、良かった。無事で、何か、事件でも巻き込まれていたらどうしよう。と、思っていたのよ。本当に無事でよかったわ。あなたの会社には、私のほうから、謝っておくから、今日は、二人で、ゆっくりしたらどう。それが良いと思うわ。けど、その前に、あの子の元気な声を聞かせてくれない。』僕は、彼女に電話を替わってあげた。彼女と、お姉さんは、しばしの間、話し込んでいたが、話し終わると、僕に、もう一度、電話を差し出して、もう一度、お姉さんと繋いでもらった。僕は、お姉さんと、軽く話して、電話を切った。二人は、彼女の家に戻った。2人は、『まず、お茶でも飲みながら話しましょうか?』と、言うことで、お茶を入れて、今後のことを話しあった。今後、もし、こんな事があったら、どうするかを考えた。彼女は、『今回、こういう事になったのは、初めてだが、2回目がないとは否定できない。』と、言った。僕は、『そうだね。』と、話を聞いていたが、《やはり、ここは、男らしく、彼女を引き取るしかないのではないか?》と、思った。だから、こう言った。『もし、僕と、一緒に住んだら、君も安心できるだろう。だったら、僕と、一緒に住まないか?』彼女は、少し、驚いて、その後、はにかんだ顔をして、『それって、もしかして、プロポーズしてくれてるの?』と、聞いてきたので、僕は、『いや、そうじゃないんだ。いや、本当は、そうかもしれないけど、何しか、君の安全を考えたら、今よりも、一緒に住んだほうが良いと思うんだ。君の家賃も支払わなくてよくなるしね。そして、何より、二人のほうが安心だろ。』『そうね、本当にそうしようかしら。会社からは、少し、遠くなるけど、独りぼっちの家に帰るよりも、2人の家のほうが楽しそうだもんね。』『よし、じゃあ、決りだ。今度の休みの日に引っ越ししよう。けど、いっぺんにはできないから、少しずつ、君の部屋から、僕の部屋に荷物を持ってこよう。そしたら、引っ越し費用も浮くしね。』『分かったわ。そうしましょう。ところで、お腹空かない?私、朝から、何も食べて無いの。』と、彼女が突然言い出して、時計を見ると、もう、午後2時過ぎだった。『そうだね。お腹空いたね。どっかに食事に行くかい?』『そうね。そうしましょう。何か、イタリアンが食べたいなぁ。』『そうか、じゃあ、ここに戻ってくるまでの道にあった、あそこにしよう。』『あ~、あそこ、あそこにしましょう。』と、そう言って、二人は、イタリアンレストランに向かった。そして、食事をした。店は、ランチタイムを過ぎていた事もあり、比較的空いていた。僕達は、食事を済ました。ふと見ると、午後3時過ぎだった。時間が余ったので、また、映画を見に行く事にした。その日は、平日で、映画館は空いていた。僕たちは、ある映画を見ることにした。それは、こんな内容の映画だった。・・・・・・・ある時、あるところに、一人の少年がいた。その少年は、野球が好きで、ピッチャーをしていたので、五日、プロ野球で投げてみたいと漠然と思っていた。彼は、リトルリーグに所属していたが、お父さんが陸軍の士官だった為、その影響で、色んな所を転々としていた。その為、どのチームでも、これといった成績を上げることなく、大人へと成長して行った。そして、流れ流れて、今住む町に移ってきていた。ふと、気付くと、その少年は、大人になり、そして、家庭も持っていた。そして、ある高校の職員になっていた。彼は、今も野球が大好きだった。その事もあってか。今は、野球部の顧問として、野球に携わっていた。彼は、自分では、もう、プロでは無理だと思いながら、折に触れて、投げ込みをしていた。ある時、その姿を見かけたチームのキャッチャーの子が、『先生の球を受けさせてほしい。』と、直談判してきた。彼は、仕方なく、その子の言うがまま、何球か投げてみる。すると、それは、想像以上の凄い球だった。そのキャッチャーの子は、驚きを隠せず、先生なら、プロで通用するんじゃ無いかと、その時、ふと思う。そして、そんな事があった次の日、チームが練習場に集まってくると、ちょうど、ピッチャーの子だけが、病気でお休みだった。これでは、練習にならないので、先生が、バッティングピッチャーをかって出る。すると、最初、生徒たちは、馬鹿にして、『ホームラン連発だな。』と、言って茶化しているが、打席に立って見て、先生が投げた一投にびっくりする。『えっ、まさか。』と、思っているうちに、たちまち、三振を喫してしまう。そして、練習が終わった時、チームの一人が、こういう事を言い出す。『先生、先生ならプロに行けるんじゃない?もし、俺達がリーグ優勝できたら、先生もトライアウトを受けてみてよ。』それを聞いて、先生は、『いやいや、俺なんか、到底無理だよ。』と、言うが、その子は、引き下がらず、『俺達も挑戦するんだから、先生も挑戦して見てよ。』と、言う。そこで、先生は、『よし、分かった。もし、本当に君達が優勝できたら、俺もトライアウトに挑戦する。』と、安請け合いをしてしまう。先生としては、『どうせ、彼らが、今から頑張った所で、優勝なんかできる訳無い。』と、高を括っていたのだが、何と、その予想を裏切って、彼らは、今までは、リーグの最下位に低迷していたが、あれよあれよと勝ち進み、最後には、本当に、リーグ制覇を果たしてしまう。そして、歓喜でわくロッカールームで、一人の選手が、先生に向かって、こう言う。『先生、俺達はやった。次は、先生の番だよ。』『よし、分かった。男の約束だから、きっと、守るよ。』と、言って、先生は、その場を去る。数日後、先生は、迷いながらも、奥さんには内緒で、トライアウトを受けに行く。しかし、本当は、合格する訳はないと思っていたので、登録は、するにはしたが、途中で帰るつもりだった。しかし、彼の順番が意外に早く回ってきたので、彼は、投げざるを得なくなった。すると、彼が左投手(このチームでは、左投手が不足していた。)である事と、スピードボール(150キロメートル以上)を投げれるという事で、テストに合格してしまう。しかし、それでも、彼は、この話を断る気でいた。なぜなら、彼には、嫁も子供もいて、しかも、家のローンも残っていたからである。しかし、奥さんは、彼がプロに行く事を賛成する。『後のことは、私に任せて。』と、言う、奥さんの一言で、彼は、プロ入りを決断する。しかし、現実は甘くなかった。30歳を超えたロートルのピッチャーが、いかに、期待の新人だからと言って、最初から、即、メジャーで活躍すると言う訳にはいかず、やはり1Aからのスタートになる。そうなると、今までの安定した収入はなくなり、奥さんは、貯金を崩して、急場を凌がないといけなくなった。そして、遂に、月々の支払いが滞りがちになり、彼に、今の窮状を訴える事になる。彼は、その状態を電話で聞き、何とかしたいと思うが、今のままではどうしようもできない現状を逆に訴える。ところが、そんな彼に朗報がもたらされる。何と、彼は、遂に、メジャーの昇格が決まるのである。喜び勇んで、メジャーのベンチに入るが、一向に、自分の出番はなかった。そんな時、自分の地元で試合が開催されることを知る。彼は、早速、奥さんにこの事を伝え、『見に来てくれ。』と、言う。奥さんは、もちろん、承諾するが、この事は、奥さん以外にも拡がって行く。昔の教え子だった彼らが、率先して、ポスターを貼ったり、勧誘したりして、観客を集めた。そして、当日、先生の顔馴染の人々が多く集まったスタジアムは、超満員に膨れ上がっていた。しかし、先生の出番は、中々、やって来なかった。ところが、遂に、ゲーム終盤を迎えた重要な局面で、その時がやってきた。彼の名前が、アナウンスでコールされると、場内からは、割れんばかりの歓声が上がった。その中を、リリーフカーに乗った彼が、マウンドに向かう。彼は、マウンドに立ち、そして、見事、バッターを抑える。この時、場内の興奮は最高潮に達していた。この彼の活躍により、チームは、見事勝利する。その後のヒーローインタビューで、彼は、『地元のみんなに見てもらえて最高でした。』と、感想を述べる。そして、球場外に出ると、そこには、多くの知人達が彼を待ち受けていた。その人達の輪の中に身を埋めて、その日は、終わっていった。それから、彼は、何年かは、中継ぎとして頑張ったが、やがて、引退して、また、あの高校に戻った。その高校には、あの初登板の夜の写真が貼られていた。・・・・・・・映画【オールドルーキー】より・・・・・・・・そして。映画が終了した。僕が、『良い映画だったね。』と、言ったら、彼女も同調していた。僕らは、休憩所の椅子に座って、お互い、映画の感想を語り合った。『お腹空かない?】』、彼女が聞いてきたが、僕は、まだ、お腹は空いてなかったので、『この近くにスタバ(スターバックススカフェ)があったから、そこ行こうか?』と、言った。彼女も納得して、スタバに行った。僕らは、そこで、景色を見ながら、これからの事を話し合っていた。『これからは、二人一緒だから寂しくないわ。』と、彼女が呟いた。僕は、『僕も、二人なら安心できる。』と、同調した。僕らは、時の経つのを忘れて話し込んでいた。辺りが、暗くなり始めた頃、どちらかともなく、『もう出ましょうか?』と、言った。僕らは、夜景を見る為に、外に出た。そこは、海に面した複合施設で、海風が、凄く心地よかった。『今日は、ありがとう。本当に助かったわ。あなたが来てくれて、けど、明日から、私、大丈夫かしら、また、同じ症状が出たらどうしよう?』と、聞いてきた。『大丈夫だよ。後、少しすれば一緒に住めるんだから、そう思って頑張ってみて、何か、あったら、僕が、必ず、駆け付けるから。』『そうね。あなたがいるもんね。今回も来てくれたし、大丈夫よね。』『そう、そうだよ。何も、問題ないよ。安心していいよ。』『ありがとう。』と、言って、彼女は、僕の頬にキスをした。僕は、キスマークを付けて、『これじゃ、格好悪くて帰れないよ。』と、言った。彼女は、笑っていた。僕は、急いで、トイレで、それを落とし、夕食に出かけた。昼は、イタリアンだったので、夕食は、彼女の家の近所のファミレスに行った。そして、その日は、彼女の家に泊まった。次の日、僕と彼女は、お互い仕事に出かけた。僕は、遠回りだったが、彼女の仕事場の近所まで送ってから、自分の職場に向かうつもりだった。『大丈夫?』と、彼女に問いかけると、『うん、いけると思う。心配かけたから、仲間や、上司にも謝らないといけないわね。』『頑張って、後で、また、電話するから。』僕は、職場について、昨日、早退したことを謝って、事情を説明して、また、いつもの仕事に戻った。昼休みに、彼女に電話をかけてみた。彼女は、明るい声で電話に出たので、【これは、大丈夫だな。】と、思った。『それじゃあ、また、晩、電話するから。』と、言って、電話を切った。そして、一日の業務が終わり、家に帰った。僕は、彼女に、早速、電話してみた。すると、今度は、また、電話に出ないので、『仕事中かな。』と、思って、30分くらいしてから、また、電話してみた。すると、今度は、留守電になったので、『電話下さい。』と、伝言して、電話を切った。しかし、それから、彼女のからの電話は一向になかった。僕は、不安になり、彼女の会社に問い合わせてみた。すると、『彼女は、定時に帰りましたよ。』と、言われたので、びっくりして、とりあえず、彼女の部屋に行ってみた。しかし、彼女は、まだ、家に帰ってきて無い様だった。そこで、この前の交番に行ってみた。【また、もしかしたら、交番に保護されてるんじゃないか?】と、思ったからだ。しかし、そうでは無かった。それより、むしろ、冷たく『またですか、彼女?知りませんよ。』と、あしらわれた。僕は、【一体、どこに行ってしまったんだ。】と、思い、手当たり次第に、知り合いに電話し、彼女の行きそうな所を虱潰しに捜したが、彼女は、いなかった。僕が、途方に暮れて帰ってくると、そこに、彼女が立っていた。『お帰り~。』と、ニコニコしながら僕に言った。僕が、『どうしたの、一体、どこに行っていたの?』と、聞くと『海、見に行ったんだ。』と。言った。【えっ。】と、思った。そして、『なら、何故、僕の電話に出なかったの?』と、言うと、『あっ、ごめん。電源切ってたわ。』と、言った。僕は、『心配して、色んな所探したんだよ。この前の交番にも行ってみたら、冷たく、『ここにはいませんよ。』って言われたから、途方に暮れて帰ってきたら、君が立っていたから、びっくりしたよ。』『本当にごめんね。どうしても、海が見たくなって、そして、誰とも話したくなかったんだけど、急に、あなたの事思い出して、会いに来たのよ。』『あ~、そうか、良かったよ。無事で、僕は、てっきり、また、前みたいに、パニックになって、どこかに保護されているんだと思っていたからね。』『そうじゃ無いのよ。安心した?』『そうだね、少し、安心したよ。お茶でも入れるから、中に入りなよ。あっそうか、それか、何か食べた?もし、食べてないなら、食事に行こうか?』『あ~そう言えば、私、何も食べてなかったから、お腹空いちゃったわ。』『そうだろ、僕も、お腹空いたから、ちょうど、良かったんだよ。なら、また、この前のファミレス行こうか?』『いいよ、いいよ、別に無理しなくても、昨日もファミレス行ったから、吉野家でいいよ。』『あっそう、なら、この近所の吉野家に行こう。』そして、二人で、そこに行って、家に帰ってきた。彼女は、『今日は、あなたの家に泊まる。』『分かった。けど、明日の仕事が大変だよ。』『大丈夫、朝早く起きていくから。』『そうか、それなら、そうしよう。』そして、二人は、夜を共にした。実は、この時、彼女は、ある決断をしていた。それを、次の日、彼は、彼女から知らされる事になった。その次の日、二人は、僕の家から、お互い、別々の仕事場に出て行った。そして、僕は、仕事をこなし、家に帰ってきた。すると、また、彼女が、家の前で待っていた。僕は、『どうしたの、仕事は?』と、聞くと、すると、彼女は、『仕事、もう、辞めたの。もう、無理、限界だわ。手もうまく動かないし、毎日、怒られてばかりで、しかも、この前、急に頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、警察に保護されたりしたでしょう。だから、余計に、社内での私の評価が下がって、正直、居場所が無いのよ。だから、針の筵状態だったのよ。私、耐えられなくなって、今日、辞表を提出したの。』そうしたら、上司も、社内で、厄介払いが出来て、嬉しかったのか、ほくそ笑んでいたわ。だから、私、『お世話になりました。また、後日、荷物は取りに来ますんで、今日は、帰らせて頂けますか?』って、言ったら、了承してくれたので、一旦、家に帰って、着替えて、ここに来たの。と、彼女が説明してくれた。僕は、唖然として、ポカーンと口を開けていた。僕は、彼女の説明が終わると、すかさず、『なら、生活は、一体、どうするの?』と、聞いてみた。『あなたの給料で、二人で暮らすのは、どうかしら?もちろん、私、料理も掃除もするから、そして、あなたの家から医者に通って、治すように努力するわ。お願いそうして、頼むから。』と、彼女は、言った。僕は、いずれ、彼女と二人で暮らしたいとは思っていたが、こんな形で、それが実現するとは、夢にも思わなかった。僕は、『よし、分かった。そうしよう。けど、僕の給料だけで、二人で暮らして行くのは大変だから、しばらくは、事情を話して、僕の両親や、君のお姉さんに援助してもらわないとやっていけないんじゃない?』と、言った。『そうね、その通りね。確かに、大変かもね。けど、あなた、この家、家賃払って無いんでしょう。だったら、ほとんど、丸々、給料使えるんでしょう?それなら、何とかやっていけるんじゃない?』『まぁ、確かにそうだけど、それでも、色々と支払いがあるからな。けど、何とかして、やっていくしかないね。分かった。そういう事なら、その方向で行こう。』『やった、それなら、決まりね。そしたら、私、電車で、少しずつ、自分の荷物を持ってくるわ。そして、あなたが休みの日に、あなたの車で、私の部屋まで行って、引っ越ししましょう。』『OK、そうしよう。そうしたら、今日は、君の退職祝いと、2人の同居祝いで、乾杯しよう。』『えぇ、そうしましょう。』二人は、その日、ささやかな祝杯を挙げた。これから、大変な事が待ち受けてはいるが、何はともあれ、これで、良かったんだと、二人とも、そう思っていた。そして、次の日、彼は、いつものように仕事に出かけた。そして、彼女も、仕事場に向かった。それは、残務整理と、荷物の片付けの為だった。その日一日が終わりを告げ、二人は、今までは、別々の部屋に戻っていたが、その日から、同じ場所に帰宅するようになった。それから、彼女の荷物が少しずつ増え始め、彼女と僕の同居生活も、徐々に軌道に乗り始めてきた。最初の頃は、本当の新婚の夫婦みたいで良かったが、それは続かなかった。彼女の病は、時を経れば経る程、進行していった。最初は、普通に料理もしていたが、やがて、手が上手く動かなくなり、遂には、料理もしなくなった。と、同時に、掃除も、洗濯もしなくなり、彼女は、生きる《塊》になってしまった。僕は、一人暮らし時代に逆戻りした。それどころか、彼女の世話まで、自分がしなければならなくなった。彼女は、昼間、何をする訳でも無く、家で、じーっとTVを見ているだけ、と、言う日々が多くなった。僕は、『健康に悪いから、外に出たほうが良いよ。』と、言ったが、彼女は、『私のこんな体を見られるのが嫌だから、外に出たくない。』と、言って、頑なに、外出を拒んだ。そんな状態だったので、当然、食欲が減り、彼女の体形は、以前にもまして、ガリガリになっていった。普通、こういう場合、家に閉じ籠ってしまったら、太ると思うのだが、彼女は、逆で、ガリガリに痩せて行った。『食欲もあまりない。』と、言って、いつも、小食だった。しかも、味覚障害を引き起こしたみたいで、何を食べても、『味がしない。』と、呟いていた。僕が、一緒にいる時は、多少、無理をしてでも、料理を食べさせていたが、昼間、働いている時は、ただ、眠るか、TVを見るかで、水分も余り摂らなかったので、痩せる一方だった。僕が、休みの日、彼女は、嫌がったが、多少、無理をさせても外に出たほうが良いと思ったので、二人で、公園に出かけた。緑の中で、一日過ごせば、気分も晴れるだろう。と、思ったのだが、彼女は、終始『もう、帰りましょう。』を繰り返していた。彼女の歩く姿は、まるで、柳が風に棚引いているかのような感じで、あっちにフラフラ、こっちにフラフラという感じだった。僕は、後ろで見ていて、《何か、歩いているというよりは、漂っている。》と、言う表現が合うような、まるで、力感を感じない、そんな歩き方だった。その姿は、そう、あのジャッキー・チェンの出世作の《酔拳》の主人公が、酒を飲んで戦う、あの姿と瓜二つだった。まさに、あっちにフラフラ、こっちにフラフラという感じである。何か、糸でも付けておかなければ、どこかに飛んで行ってしまうかのような、儚さまで漂っていた。そう、それは、春の日、タンポポの胞子が宙に舞うあの姿にも、何か、似てるような気がした。凄く脆くて、小さくて、ちょっと触っただけで、弾けてしまう、あの危うさに似ていた。僕は、何か、急に悲しくなって、泣いてしまった。彼女は、そんな僕を見て、『どうしたの?』と、聞いてきた。僕は、咄嗟に、『いや、景色が美しくて、目に染みたんだ。』と、言った。彼女は、『ごめんなさい、私のせいでしょう。こんな姿になってしまって、これなら、まだ、愚痴を言われながらでも仕事してたほうが良かったわ。これじゃあ、ただの病人だもんね。自分で、自分の病気を悪くしてしまったわ。けど、それでも信じてほしいのよ。決して、あなたを困らせたい訳じゃないのよ。と、言うより、平日、昼間、居間、一人で部屋にいると、何か、全て、やる気がなくなって、ただ、ボーっと、してしまうのよ。そして、ただ、TVを見ているだけで、一日が終わってしまうのよ。別に、運動もしないから、お腹も空かないのよ。それで、食べなかったら、段々、痩せてしまって、遂には、もう、外に出るのさえ、嫌になってしまったのよ。けど、今日は、あなたに、無理に誘われて、ここに来たけど、良かったわ。ありがとう。感謝してるわ。』『ありがとうなんて、別にいいよ。僕が来たかったから、ここに来たんだよ。この景色を君にも見て欲しかったんだよ。これを見て、美味しい空気を吸えば、少しでも、お腹も空いて、食欲が湧くかなって思ったんだよ。』『あっ、そうね、確かに、本当に良い景色ね。しかも、空気もおいしいわ。私、何だか、お腹も空いてきたわ。』『そうだろ。そうなると思って、僕は、実は、自分で、二人分のお弁当を作ったんだよ。一緒に食べようか?』『えっ、あなたが、お弁当作ったの。どんなんだろう。楽しみね。早速食べましょう。』僕は、ランチBOXを取り出した。3重に重ねられたランチBOXには、ご飯とおかずが、所狭しと入っていた。『和ぁ、凄い、どうしたの。こんなに、あなたが、作ったの?』『あ~、そうだよ。もちろんだよ。君のために、ここに来る前に、朝早く起きて、一人で作ったんだよ。僕の自信作だよ。さぁ、食べてみて、』『それじゃあ、遠慮なく、いただきます。』と、彼女は、一口、おかずを頬ばった。彼女は、もぐもぐと、味を確かめているようだった。日頃、『食べ物の味がしないとか。』とか、『美味しくない。』とかを、繰り返し言っていたので、僕は、一体、彼女が、どんな感想を言ってくれるのか、興味津々で見ていた。すると、彼女は、『あ~。美味しいわ。こんなに料理って美味しかったのね。私が今まで食べてたのは、一体、何だったんだ。と、思うぐらいよ。やっぱり、外の空気が、料理を美味しくさせるのかしらね。』『ありがとう。良かった。今朝、早く起きて、君の為を思って、一生懸命作ったからね。これで、『味がしない。』とか、『美味しくない。』とか、言われたら、ショックだったけど、そうじゃなくて良かったよ。』『そうね、本当にそう言われたら、あなたの立つ瀬がないものね。けど、本当に美味しかったわ。』『そうかぁ、良かった。喜んでくれて、ここに来たかいがあったよ。』『今度、また、あなたが休みの時に、ここに来ましょうよ。私、楽しみだわ。』『そうだね。そうしよう。また、来よう。そして、今度は。もっと、凄いお弁当を作るから、楽しみにしといてよ。』『分かったわ。ごちそうさま、美味しかったわ。』僕は、彼女を見た。以前に比べて、痩せこけていたが、ニコッと笑った笑顔は、昔のそれと、何ら変わりはなかった。僕は、良かった。と、内心、独り言ちて、そして、二人で、池に行った。僕は、持参した釣り道具をカバンから取り出し、そこで、釣り糸を垂れた。釣り糸は、一向にひく気配がなかった。しかし、それで良かった。他愛も無い話に、二人は花を咲かせた。彼女は、嬉しそうだった。そして、キラキラ輝いていた。僕は、【この時間が永遠に続けば良いのになぁ。】と、思った。しかし、それは、儚い夢でしかなかった。日が暮れて、辺りは、だんだん、暗くなって行った。僕らは、釣り道具を仕舞い、帰り支度をした。本日の釣果は、残念ながら、ゼロだった。何回か、釣り糸に反応があったが、それは、流木だったり、ガラクタだったりした。しかし、僕らは、別に、それで良かった。ここで、二人でいた時間が大事なのであって、釣果は、別に、どうでも良い事だった。僕達は、大満足して、そこを後にした。駐車場に戻ると、辺りは、もう、すっかり、漆黒の闇に包まれていた。『これから、どうしようか?』と、僕が尋ねると、『あの、前、あなたが連れて行ってくれたイタリアンレストランに行きましょうよ。久しぶりだし。』と、彼女が言った。僕は、『そうだね。そうしよう。』と、言って、二人は、そこを立ち去った。店に着くと、店は、もう、少し、混み始めていたが、まだ、満員と言う訳ではなかった。僕らは、席に着き、料理を注文した。そして、料理が運ばれてきた。美味しい料理と、ワインに舌鼓を打ちながら、今日の感想を彼女に聞いてみた。『最高に、良かったわ。いつも、家に閉じこもっているから、こんなに、外の空気が美味しいと思ったのは、久しぶりよ。』と、言って、喜んでくれた。僕は、『じゃあ、また、行こう。それと、君の病気が治れば、もっと、どこにでも行けるよ。だから、もう少し、僕がいない時でも、今より、意識して外出するようにしてはどうかな。それのほうが良いと思うよ。』『そうね。勇気を出して、やって見るわ。だって、今まで、私、普通に働いていたんですもんね。出来ない訳無いと思うわ。』『そうだよ。その通りだよ。誰も君の事を、じーっと見てる訳じゃない。みんな、自分の事で、精一杯なんだよ。だから、君は、『外に出たら、こんな私、恥ずかしい。』とか、言うけど、そこまで、人は、君の事を見てないよ。その証拠に、今日、誰も、君の事を指さしたり、陰口を叩いている人なんかいなかっただろう。大丈夫だよ。』『そうね。分かったわ。私、頑張ってみるわ。明日、あなたの為に、料理に挑戦するわ。』『良かった。その調子だよ。頑張ってみて、期待してるからね。』と、そういってる内に、一通り、料理も出てきて、食事も済んだので、僕達は、家に帰る事にした。年の瀬も押し迫った、ある、冬の割には、温かい一日だった。彼女が、ポツリと言った。『もうすぐ、クリスマスね。休みとれる?』『クリスマスは無理だけど、その前後で、一日休みが取れると思うよ。』『じゃあ、頑張って、ケーキ作りに挑戦してみようかしら。なんだか、少し、やる気になって来たわ。』『そうだよ。頑張ってみて。楽しみにしてるからね。』と、そんな会話をして、家に戻った。そして、次の日、いつものように、僕は、会社に出かけた。彼女を残して。彼女は、いつもだったら、そこから、ダラダラと、また、寝て、TVを見て、一日を過ごすのだが、その日は、違った。昨日、言ってた料理に挑戦してみようとして、料理本を漁り、本日のレシピを考えた。そして、料理に取りかかったのは良かったが、自分の思い通りに動かない指と、味覚のおかしい舌で、悪戦苦闘しながら、一品を作り出した。しかし、果たして、この料理が美味しいかどうかが、判別できないので、ラップして、冷まして、彼が返ってきたら、レンジで温めてもらおうと考えた。そして、自分は、スーパーの惣菜を食べた。すると、いつもより、動いたせいか、急に眠くなって、眠り込んでしまった。ふと、気付くと、晩になっていた。彼が、『ただいま~。』と、言って、帰ってきた。彼女は、その声で、目が覚めて、『お帰り~。』と、言って、迎えに出た。彼は、『疲れたわ。』と、言って、ビールを飲もうと、冷蔵庫を開けた。すると、そこに、ラップした料理を発見し、『あれ、これ、もしかして、君が料理したの?』と、聞いた。『そうなのよ。食べてみて、。』と、彼女は、答えた。僕は、迷わず、電子レンジで、温めて、ビールのおつまみとして、食べる事にした。では、その味はというと、決して、美味しいとは言えなかったが、彼女が、悪戦苦闘しながら、料理している姿を思い浮かべると、急に、涙が出てきて、その涙が、料理に落ちた。『どう、美味しい?私、一生懸命作ったのよ。時間はかかったけど、あなたのために頑張ったのよ。ねぇ。どう、美味しい?』『あぁ、もちろん、美味しいよ。美味しくない訳無いじゃないか?ちょっと、しょっぱい味はするけど、それも慣れたら、どうって事ないよ。ありがとう。』『そう、良かったわ。けど、チョット、しょっぱかった?私、余り、塩入れなかったと思うけど。』『いや、そうじゃないんだ。僕の涙の味だと思うよ。』『えっ、どういう事?』『君に感動したんだよ。今まで、家で、ただ、TVだけ見て、一日を過ごしていた君が、僕のために、料理を作ってくれたなんて、もう、味なんかどうでもいいよ。君の努力に感動して、泣いてしまったんだ。それが、料理に落ちて、混じって、しょっぱくなったんだと思うよ。』『そうなんだ。そうか良かった。なら、私の料理が不味い訳じゃないのね。明日も頑張ってみるわ。』『ありがとう。けど、余り、無理はしなくてよいよ。』『分かったわ。』と、言って、彼女は、僕を見つめていた。そして、僕が食べ終わると、ホッとしたような顔になって、『美味しかった?』と、再度、聞いてきたので、『ごちそうさまでした。美味しく頂きました。』と、言った。僕らは、その後、居間で、二人で、TVを見た。そして、風呂に入って、寝る事にした。彼女は、僕と、一緒に寝ると安心するのか、スヤスヤと良く眠っていた。以前、一人暮らしの時は、『夜中眠れないの。』と、言っていたが、今はよく寝むれるみたいだった。そして、次の日、朝起きて、僕は、恒例の散歩に行く事にした。そこにも、彼女は、『一緒に行く。』と言い出した。僕は、【これは、良い兆候だ。きっと、このまま、順調に行って、来年、また、元通りの彼女に戻るんだ。】と、思い込んでいた。しかし、事は、そううまくは運ばなかった。彼女は、料理を作ってくれるようになったが、前にも増して、外に出るのを嫌がった。だから、買い出しの役は、僕の役目だった。クリスマスが、後、数日と迫った、ある日、彼女は、ケーキの材料を、僕に頼んできた。僕は、『大丈夫、本当にできるのかい?』と、言ったが、『私、作って見るわ。否、作ってみたいのよ。味は、保証できないけど、今の私が、どれだけできるかを知ってみたいのよ。』と、彼女が言った。『じゃあ、食材を、今日、揃えてくるから、帰りは、いつもより、遅くなるけど、かまわない?』『大丈夫、いつまでも待ってるから、少しでも、手が動くように、ストレッチをしておくわ。』『そうだね。頑張って!』『ありがとう。』と、僕は、そう言って、仕事に向かった。そして、仕事が終わって、帰りに食材を用意して、家に帰った。すると、彼女は、まだ、料理中だった。『今日、ちょっと、頑張って、難しい料理に挑戦したんだけど、料理の仕込みに時間がかかってしまって、まだ、出来てないの。』『あっ、そうなの。それなら、僕にもできる事何かある?』『いえ、ないわ。TVでも見て、待ってて。』『あっ、そう、じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらう事にするよ。』僕は、TVで、僕のお気に入りの映画を地上波で流していたので、それを見た。僕が、集中して、TVを見ていると、『ご飯出来たよ。』と、言う、彼女の声がしたので、食卓に行ってみると、そこには、何品もの料理が、所狭しと並べられていた。『時間はかかったけど、何とかできたわ。』と、彼女が言った。僕は、席について、一口食べてみた。『う~ん、美味しいよ。』と、言った。僕は、その時、素直に美味しいと思った。僕は、彼女に、『腕を上げたね。本当に美味しいよ。』と、言った。『ありがとう。私も食べてみるわ。』と、そう言って、彼女は、自分の料理を一口頬ばった。しばらく間があって、『うん、本当に美味しいわ。我ながら、よく作ったわ。』『そうだね。よく頑張ったね。これなら、クリスマスのご馳走も楽しみだな。』『そうね。期待しといてね。時間はかかると思うけど、何とかやってみるから。』と、そう言って、二人は、料理を頬ばった。それから、しばらくして、クリスマスがやって来た。その当日、僕は、仕事だった。けど、次の日が休みだったので、多少、今日は、夜更かししても良いな。と、独り言ちて、いそいそと、仕事が終わると、帰ってきた。家に帰ると、彼女は、料理中だった。『ただいま~。』と、言うと、『お帰り~。今、ちょっと、手が離さないから、また、TVでも見といて。』と、言われたので、TVを付けた。TVでは、くだらないバラエティー番組しかやっていなかったので、僕は、お気に入りの過去のドラマを再生してみていた。何分かすると、『料理出来たよ。』と、言われたので、食卓のほうを見やると、そこには、クリスマスケーキと、ローストビーフと、ワインが置かれていた。僕は、びっくりして、『どうしたの。これ、こんな、ローストビーフとか、ワインとか、食材買ってなかったよね?』と、言うと、『私、今日、1人で、思い切って、外に出てみたのよ。そして、買い物してみたのよ。思ったより、簡単だったわ。』と、言った。『そうかぁ、良かったね。よく頑張ったね。』『うん、今日で、一応、買い物できる事が分かったから、また、食材が切れたら、一人で買い物に行ってみるわ。』『そうかぁ、それなら、僕も、食材買いに行かなくて済むから、助かるよ。けど、車には気を付けないといけないよ。』『大丈夫。スーパー近いし、この距離なら、帰り道を忘れる訳無いもの。』『そうかぁ、じゃあ、頑張ってみて。』と、言って、二人は、二人だけのクリスマスを祝った。次の日、僕と彼女は、また、買い出しに出かけた。もう、当分、買い物にいかなくてもいけるほどの食材を買ってきた。街は、年の瀬を迎えて、慌ただしかった。僕も、彼女も、人の多さに、辟易として、家に帰ってきた。休日なのに、疲れをとるどころか、逆に、疲れてしまった。これが、いけなかった。僕も、クタクタだったが、彼女は、僕以上にクタクタになってしまったようで、『疲れた、もう寝るわ。』と、言って、先に寝てしまった。いつもなら、二人一緒に寝るのだが、『今日は、疲れたから、もう寝る。』と、言って、二階に上がっていった。僕は、一人で、床に就いた。次の日の朝、恒例の朝のお散歩に彼女を誘ったが、彼女は、起きてこなかった。僕は、『もう、仕事に行くから、後で、何か食べないとだめだよ。』と、言って、家を出た。そして、仕事に行き、家に帰ってきた。今までであれば、料理の美味しいそうな匂いがして、彼女の料理をしている音が溢れてきていたが、その日、家は、し~んとして、静けさに包まれていた。『ただいま~。』と、言うと、彼女が二階から、『お帰り~。』と、返事をした。僕は、二階に駆け上がって行き、『何か、食べた?僕が出かけた後に。』と、聞くと、『実は、何も食べてないのよ。何か、起きる気がしなくて、まぁ、いいかぁって感じ。』『それは、体に悪いよ。何か食べなきゃ。なら、僕が、作るから、少し、待っといて。』と、言って、僕は、下に降りて言った。そして、しばらくして、『料理が出来たら、下に降りて来て~。』と、言うと、彼女は、面倒くさそうに、起き上がり、ガウンを来て、降りてきた。そして、僕が、調理した料理を食べた。彼女は、『あ~、美味しかった。』と、言った。そして、『今日は、ごめんね。昨日、歩き疲れて、何もする気がしなかったのよ。』と、さらに言った。僕は、『ごめんね。昨日は、疲れたもんね。仕方ないよ。僕も、今日、仕事してて、しんどかったから。君が疲れたのも、無理ないよ。』と、言った。彼女は、『明日から、また、調理するようにするから、許してね。』と、言った。僕は、『大丈夫、問題ないよ。』と、答えた。そして、二人で、お風呂に入って、彼女を綺麗にしてあげた。その後、床に就こうとした時、『今日は、僕と一緒に寝る?』と、聞いたら、彼女は、『今日も止めとくわ。二階で寝るわ。』と、答えた。僕は、この時、少し、寂しい気がした。けど、本当は、もっと、違う事に気付くべきだった。彼女の病が進行している事に。僕は、彼女の病気が進行している事に、気付いてなかった。僕は、そうとは知らずに、『じゃあ、お休み、よく眠れよ。』と、言った。彼女は、『睡眠薬飲んで眠るから大丈夫よ。』と、言った。今、思えば、これが間違いだったのかもしれない。この睡眠剤に頼ってしまったのが、結局、彼女を、この後、寝たきり状態にさせたのかもしれないと思った。次の日、彼女は、案の定、散歩の時間に起きてこなかった。僕は、『薬が良く効いているんだな。別に、無理に起こす必要はないな。』と、思った。だから、自分一人で、朝食を摂って、昨日と同じように、彼女に、『仕事に行くから、後で起きて、食事しなくちゃいけないよ。』と、言って、家を後にした。そして、仕事場に向かった。そして、一日、働いて、また、家に戻って来た。しかし、状況は、昨日と一緒だった。僕が、『ただいま~。』と、言うと、彼女は、『お帰り~。』と、返して来た。そして、僕が二階に上がって行って、『今日、何か、食べた?』と、聞くと、『今日は、何とか立ち上がって、下まで行って、冷凍食品をレンジでチンして、食べたわ。』と、答えた。そして、さらに、『けど、その後、薬を飲んで、眠って、起きたら、真っ暗だったから、ぼ~っとしてたら、あなたの『ただいま~。』と、言う声がしたから、『お帰り~。って返したのよ。』と、言った。『そうか、それは、良かった。今日は、昼間、食べたんだね。安心したよ。じゃあ、今から、晩飯作るから、それも食べてよ。そして、一緒にお風呂に入ろう。』『分かったわ。じゃあ、下に降りていくわ。手を貸してくれる。』僕は、彼女が起き上がるのを補助し、一階の食堂に誘導した。そして、椅子に座って待ってもらっている間、僕が、調理して、彼女に出した。彼女は、『美味しい。』とか、『不味い。』とか、言うでも無く、その料理を、ただ、食べていた。そして、食べ終わると、『ごちそうさま。』と、言って、手を合わせた。皿を見ると、料理が、半分以上残っていた。『あれ、美味しくなかった?』と、聞くと、『私、料理の味がしないのよ。だから、これが、美味しいかどうかも分からないのよ。それと、ずっと、寝てるばかりだから、お腹も空かないよ。』と、彼女は、答えた。僕は、『ごめんね。少し、作りすぎたようだね。ラップしておいとくから、明日、また、食べてね。』と、言うと、『分かった。】と、言って、彼女は、居間に行ってしまった。そして、彼女は、ただ、ぼ~っと、TVを見ていた。僕は、横から、ちゃちゃを入れて、『これ、面白いね~。』とか、『これ、凄いね~。』とか、言ってみるが、彼女の反応は、全然、なかった。彼女は、『風呂に入って寝る。』と、言ったので、僕は、彼女を風呂に入れて、眠る事にした。僕は、二人で、寝るつもりだったが、彼女は、また、二階に上がっていってしまった。仕方がないので、僕も寝ることにした。そして、次の日、僕は、仕事に出かけていった。このような感じの日々が、何日か続いていった。そして、大晦日の一日前(晦日)の日がやって来た。僕は、その日、休日だったので、彼女を、また、外に連れ出そうとして、『公園でも行かない?』と、言ってみた。彼女は、外に出るのを嫌がったが、僕が、『気分転換になるから、僕が、付いているかだ大丈夫だよ。』と、言って、半ば、強引に、外に連れ出した。その時、彼女は、以前より、はるかに体力がなく、後ろから見ると、操り人形?否、操りロボットみたいだった。昔、漫画で、〇人〇〇号というのがあったが、彼女が、〇人〇〇号で、僕が、〇人を操る〇太郎君みたいに思えた。彼女は、自分の意思で、立てるには立てるのだが、何か、フラフラして、その姿は、まるで、〇人そっくりだった。一歩、一歩を確認して、手足が、同時に動くロボット、まさに、〇人〇〇号だった。その〇人を倒れないように、後ろから支えて、前進させる、僕は、まさに、〇太郎君だった。しかも、彼女は、薬のせいだとは、思うが、顔の表情が乏しく、僕が、冗談を言って、笑わそうとしても、くすっと笑うだけで、それ以外は、ほとんど、反応しなかった。彼女に『楽しい?』って聞いたら、『寒いから、もう帰りましょう。』と、言われた。僕は、『もう、少しだけ。』と、言って、帰るのを引き延ばした。そして、また、前に行った、池に行ってみた。人は、不思議と、海や池を見ると、心が落ち着く事が有るからだ。しかし、今の彼女には、逆効果のようだった。池から吹きつける風が頬に当たって、『寒いわ。もう、行きましょう。』と、拒絶された。僕は、仕方なく、ベンチのある場所に行った。そして、コンビニで買ってきたパンと、水筒のコーヒーを取り出して、彼女に差し出した。彼女は、パンを一口、コーヒーも一口飲んで、『もう、いらない。』と、言った。そして、再度、『寒いから帰りましょう。』と、言った。僕は、正直、『ここに連れてきたのは、間違いだったな。』と、思った。仕方がないので、諦めて、帰り支度をした。その帰り道、体が冷えたので、『お風呂に行かない?』と、誘ったが、『風呂の中で、離れ離れになるから、嫌だ。』と、言われた。僕は、『じゃあ、どうする?』と、聞くと、『家に帰りましょう。』と、言われたので、『分かった。だったら、以前、言ってた、僕の一番好きな映画のDVDを借りて、家に帰って、家で、それを見るというのはどうかな?』と、聞くと、彼女は、渋々、『分かったわ。』と、言って、了承してくれた。僕らは、ツタヤに行った。そして、自分の一番好きな映画のほかに、何本か借りて、家に帰った。家に帰って、冷えた体を温めようと、強めに暖房を入れた。そして、借りてきた映画を見た。僕は、大満足だったが、彼女は、その映画を見て、良かったのか、悪かったのか、その表情からは、読み取る事は、出来なかった。僕は、その後、料理を作って、彼女と、一緒に食べた。その時、彼女は、少ししか、食べなかったが、まだ、《食べる事も、飲む事も出来た。》そして、『お風呂に一緒に入ろうか?』と、僕が、言ったが、彼女は、『今日は、入りたくない。疲れたから、もう、寝る。』と、言って、二階に上がって行った。僕は、『ちぇ、つまんないな。』と、思った。そして、、僕も、もう、すぐ寝た。次の日、僕は、朝、恒例の散歩に出かけるために、起きて、準備をした。その際、もしかしたら、彼女も、『一緒に行く。』と、言うかな。と、思い、二階に上がって行って、声をかけたが、彼女は、よく眠っていた。僕は、わざわざ、起こすのもなんだな。と、思い、散歩には、一人で行く事にした。散歩から帰って来てから、再度、二階に上がって行き、彼女に声をかけた。彼女は、『おはよー。』、言った。僕は、『お腹空かない?』と、聞いた。『別に空いてない。』と、彼女は、言った。しかし、僕は、『食べなきゃ体に悪いから、下で一緒に食べようよ。』と、言うと、彼女は、『いらない。』と、言った。僕は、少し、意地になって、『じゃあ、ここまで食事を持ってくるから、食べてくれる?』と、聞いてみた。彼女は、『分かった。』と、言った。そこで、僕は、下に降りて行き、食パンとバナナと牛乳を用意して、再度、二階に上がって言った。そこで、まず、彼女にコップを入れた牛乳を与えた。僕は、コップにストローを刺して、飲んでもらおうとした。しかし、どうしたことか、彼女は、その牛乳を飲めなくなっていた。と、言うのも、彼女は、必死で、ストローを吸って、牛乳を飲もうとするのだが、吸う力が弱くて、ストローを通して、口まで、飲み物が上がって行かなかった。僕は、唖然とした。じゃあ、飲み物は諦めて、食パンを食べてもらおうとしたが、これも、噛む力が弱くて、食べれなかった。僕は、茫然として、最後の望みのバナナを食べてもらおうとしたが、これも、やはり、一緒で、歯型はつける事はできるのだが、噛み切る事は出来なかった。また、飲み込む事も無理だった。僕は、それでも何とかしようとして、彼女の背後から、体を支えて、食べるのを促したが、起き上がる事も、難しいようで、僕が、気を許すと、すぐ、また、横倒しになってしまっていた。彼女は、見事に昨日まで、出来ていた《立ち上がって、食べて、飲む事》が出来なくなっていた。僕は、その時、【しまった。】と、思った。【昨日、彼女を連れださなければ良かった。】と、心から悔やんだ。しかし、もう、後の祭りである。彼女は、寝たきり状態になってしまった。この大晦日の日にである。しかも、僕は、この日は、仕事だった。僕は、ある、介護施設に勤めていて、そこは、24時間介護なので、シフト性で、僕は、昨日が休みで、今日が仕事と、いう事になっていた。僕は、彼女の事が心配であったが、仕方ないので、仕事に出かけた。仕事場では、彼女の事が気になって、気もそぞろ状態だった。しかし、幸い、その日は、大晦日で、掃除が仕事みたいな状況だったので、四六時中、仕事よりも彼女の事を考えていた。この時、これほど、時間が経つのが遅いのかと思った。しかし、それでも、終了時間はやってくるもので、僕は、その時が来ると、そそくさとロッカーで着替えて、仕事場を出た。僕は、家路を急いだ。幸い、道は、空いていた。家に着くと、家は、ガラッとしていた。そこには、一人、確実にいるはずなのに、まるで、誰も、存在しないかのような佇まいだった。 第Ⅰ部終了
【恋するロボット】ご堪能いただけたでしょうか?この作品は、まだまだ、続きます。これから、第二部では、物語は、予想外の展開を見せます。どうぞ、そちらの方も、合わせて、お楽しみ下さい。