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第一話  運命

『みんなもりあがってるーーーーーーー?!』


『イエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』


唐突に失礼。読者の皆様に置きましては少しの間、茶番に付き合っていただきたい。なに?イヤだ?俺だってイヤだ。だが友人の手前、我慢しているのだ。皆様にも我慢していただきたい。いやホントに。切実に。


「なあ隼人!楽しんでるか?!」


「帰っていいか?」


「まぁたそんな思っても無いこと言って!恥ずかしがるなよ!」


「恥ずかしがってない、心からの言葉だ」


周りの雰囲気と一体化している友人A、叶 猿一(かなえ さるいち)。通称サルが隼人に話しかけてくる。


と言うか俺がこんなところに連れてこられたのはコイツの所為だったな。よし、ここを出たら一発殴らせてもらおう。

ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな。遅ればせながら俺の名前は神々廻 隼人(ししば はやと)。この春、高校に上がる受験生だ。

受験生といってももう受験校には合格が決定しており、ただただ残りの中学生活をグダグダと過ぎ去るのを待つだけだ。今日はその残り僅かな中学生活の怠惰な一日、とあるアニメのイベントだ。

今朝、いきなりサルから電話がかかってきて、行かないかと誘われた。一度は断るも、今度は自宅の方まで押し掛けてきたので仕方なく参じたまでだ。

アニメの名前は『雲のままに』。誠実そうな名前とは裏腹に魔法少女モノというよく分からないアニメ。俺もサルに勧められ一度見たが、ヒロインの声が耳に残ったくらいで特に思ったことはなく、それ以降はさっぱりだった。


「まあまあ、ここは俺の顔に免じて、なっ?」


「その顔に五、六発拳を打ち込んで良いならな」


「こ、怖ぇ事いうなよ。これでも俺いろんな所で顔利くんだぜぇ?じゃ、じゃあさ、あのキャストの皆さんの中で気になる人とかいねぇ?多少のことなら答えられるぜ!」


「とりあえずお前は『多少』の意味を辞書で調べてこい。お前の情報はストーカーレベルのだろうが。・・・・・・そうだな、じゃあ劇中で青い髪の子をやってたのは誰だ?」


「お、そこにいきますか。お前のいう青い髪の子、『アスル・ロサ』つまり『青山 花(あおやま はな)』を演じるのは三咲 華(みさき はな)さんだ」


「『アスル・ロサ』・・・・・・、スペイン語で青い薔薇か。確かに劇中で薔薇を使った攻撃をしていた気がする」


「その通り!ロサの『シャワー・ローズ』は相手を混乱させながら攻撃するスゴい技なのだ!」


「・・・・・・いろいろツッコミ所のある設定だな。名前はスペイン語なのに技は英語だとか、技がポケットな怪物のパクリだとか」


Shut up(シャラップ)!!それは言わない約束だ!」


「そんな約束をした覚えはない。早く三咲さんのプロフィールを言え」


「お?今回はずいぶんグイグイ来るじゃん。もしかしてファンになっちゃった?」


珍しく急かすものだからサルは下らない冷やかしと共に脇に軽く肘をいれる。隼人はその肘をとって握りしめる。


「お前、そんな冗談言ってるともう帰るぞ?」


「ゴメン、ゴメンって!だから放して!痛い!」


「お前が下らない冗談を言うからだ」


「だって~、あんまり人に興味を持たない隼人が随分と気にしてるみたいだったから~」


サルは痛む肘をさすりながら間延びした声で言い返す。


「気色悪い声を出すな。・・・・・・・・・・・・そんなんじゃない。ただ彼女の声が耳に残っただけだ」


「ふうん・・・・・・」


サルはそれでも納得してないようで返事には疑りの色が見えた。


「ま、彼女は十年に一度の天才って言われるくらいだから、アニメ初心者の隼人が聞きほれるのは当然かぁ・・・・・・」


「(十年に一度の天才、ね・・・・・・。俺が感じたのはそんな才能みたいな優しい感情じゃないんだがな。寧ろ――)」


――泣いてるような、悲しい感情だったような・・・・・・。


「えっと、三咲ちゃんのプロフィールは~、ニックネームはハナちゃん、サキちゃん。出身地は千葉、船橋市。現在は東京都在住。生年月日は12月24日。血液型O型。身長154cm。体重45kg。スリーサイズは――」


「そこまでは聞いてない!てか知ってんのか!?」


「ちぇっ!ああ、後三咲ちゃんは今作がデビュー作って所かな」


「それ一番重要なことだろ・・・・・・」


「ついでに今の立ち位置は左から4番目。そしてその右隣は俺の推しメンの兼栄 麻里亜(かねさか まりあ)様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


うおおおお!とスーパーサイヤ人にでもなるのかという気迫で叫ぶ。周囲の声が大きいので注目を浴びるほどのモノではなかったが、超至近距離で叫ばれた隼人の鼓膜は被害甚大である。


「五月蝿い。至極どうでもいい」


「どうでもいいとは何事だ!マリア様はなぁ!その名前の通り、聖母のようなお方なんだぞ!あの癒しボイスを聞いて惚れぬとは何事だぁ!」


「いや、俺あの人知らないし。そもそもアニメ自体そこまで見ねぇし」


「じゃあ何で来た!」


「どこかの類人猿が俺の自宅まで押し掛けてきたからだよ」


「クソォォォォ!何処だその類人猿は!成敗してやる!」


「はぁ・・・・・・付き合ってらんね」


溜息をついて席を立つ。

トイレに行くためだ。もしかしたら出入り口は開いてないかもしれないが、係員に言えばまあ、何とかなるだろう。


「ん?どうした?もしかしてマリア様を崇拝する気に!?」


「ねぇよ。トイレだ。あとは適当にロビーでのんびりしてる。どうせもうすぐ終わんだろ?終わったらケータイに連絡しろ」


「ほいほ~い」


サルは軽く返事をしてまた、マリア様ぁぁぁ!と叫んでいた。何がそこまで楽しいのやら。係員に出入り口を開けてもらい、そのままトイレに向かう。特にしたかったわけでもないが、何となく、行った方が良いような気がした。

すると先約が居たようで、中には赤い髪を腰の辺りまでのばした綺麗な男性(?)が居た。

(?)というのは、その男性(?)が女性と見間違えるほどに美麗だったからである。うっかり目を奪われてしまうほどに。

しかしここは男子トイレ。しかも男性(?)の前には立ってするタイプの便器。女性が間違えて入ってきたという事はないだろう。痴女ならまだしも。

そう断定付けた隼人はその男性(?)の二つ隣で用を足すことにした。


「やあ・・・・・・。君も今回のイベントを見に?」


隼人の存在に気付いた男性(?)が声をかけてくる。男性の声ながらも少しアルトの入ったその不思議な声には多少、嬉しさが籠もっていた。


「ええ、まあ・・・・・・」


「作品が好きで?それとも誰か目当ての声優でもいるのかい?」


「いえ、そのどちらでもないです。今日は友人の付き添いですし、そもそもあまりアニメとか見ないですし」


「そうか。では今日のイベントで気になった声優はいなかったかい?」


「そうですね・・・・・・。ああそうだ、あの『アスル・ロサ』、だったかな。それを演じてる・・・・・・確か名前は――」


「三咲 華、だね」


「ああ、そうです。その人です」


「・・・・・・どうして、かな?やはり彼女が天才だから?」


「・・・・・・いえ、そうじゃないかと。正直、言葉にするのが難しいんですけど俺は彼女の声に世間の言う天才性を感じませんでした。俺が彼女の声に感じたのは、苦しみや悲しみみたいな、負の感情です」


「・・・・・・・・・・・・そうか」


感じたことを素直に口にしたら男性(?)は口を閉ざしてしまった。

トイレの中にイヤな雰囲気が漂う。――イヤ、別に臭いとかそんなんじゃないからな?

男性(?)は用を足し終えたのか、ズボンを履き直し、手を洗う。


「・・・・・・君は彼女のいい理解者になれるかもね」


「はぁ・・・・・・まあ俺にそんな運命はないでしょうけどね」


「さあ、どうだろうね?運命はやって来るものじゃなく、引き寄せるものだから。もしかしたら私とのこの出会いが重要な分岐点になるかもしれないよ?」


「イヤな分岐点ですね」


「おや、彼女のことは嫌いかい?」


「嫌いかどうかはともかく、面倒なことはお断りです」


面倒くさいことはイヤ、人間なら当然の感情だろう。人間は楽をする生き物だ。楽をしたいから科学技術を発展させてきたのだ。

そういうと男性(?)は少しポカンとした後、大声で笑った。


「アハハ!そうだね、確かに面倒事とはなるべく避けたいだろう!」


「人間の心理ですから」


「然り。・・・・・・いやぁ今日はいい時間を過ごさせて貰った。では私はこれで失礼する」


男性(?)は手を拭きながら出口に差し掛かる。隼人も用を足し終えて手を洗いながら彼(?)を引き留める。


「あの」


「ん?」


「俺の質問にも答えて貰って良いですか?」


「?・・・・・・ああ、そうだね。此方だけ質問して帰るというのフェアじゃない」


「フェアかどうかは別にして3つ良いですか?」


「うん、いいよ。どんと来い」


「では1つ目。今日の目的は?」


「私がした質問だね。勿論今回のイベント見るためだよ。身内みたいな存在がいるからね」


「そうですか、つまり貴方はプロダクションの人間ですよね?しかも上の方の人間だ」


「それは2つ目の質問かな?なら正解だ。はい、これ私の名刺」


男性(?)は自分の名刺ホルダーから名刺を取り出し、隼人に渡す。

男性(?)の名前は紅 神夜(くれない こうや)。プロダクション、HOM(ホーム)の社長であるらしい。


「社長さんでしたか。これは失礼しました」


「・・・・・・驚かないんだね?」


「まぁ、そこまで。社長と聞いて頭に浮かんだのが片言の外人に『シャッチョサン、シャッチョサン』と呼ばれてるところですから」


「随分と偏った知識だね。・・・・・・私が言ったのはそう言う事じゃないんだけど」


「では最後の質問です。失礼を承知で聞きますが・・・・・・男、ですよね?」



◆◇◆



「おい、サル。もう一度言ってみろ」


『いやあ、同志(マリア様応援し隊)に誘われてね~。これから緊急会議なんだ』


「だから俺に一人で帰れと?」


『・・・・・・テヘペロッ?』


男性と別れた後、ロビーで水を飲みながら待っていた隼人は会場から人が捌けても尚、連絡のないサルに此方から電話をかけていた。


ん?男性に(?)がない?ああ、さっきその男性から男であると確証を貰ったからな。しかし名刺を貰ったのに男性は失礼か。うむ、今度から紅さんと呼ぼう。呼ぶ機会があったらの話だが。

話が逸れたな。そのサルだが、どうやら下らない仲間に勧誘されて現在カラオケにいるらしい。この俺をおいて。行きたかったとかではない、決して。


「ハァ・・・・・・。サル」


『ん?許してくれる気になった?』


「・・・・・・掘られてしまえ」


『何処を!?何処を掘られるんだぁぁぁぁぁぁぁ!?』


受話器の先で叫ぶサルを無視して電話を切る。

そろそろ隼人もサルに愛想尽かしても良いのではないだろうか。あの我が儘には子供の頃から悩まされている。


俺とサルは腐れ縁だ。小学生の頃に目を付けられてからと言うもの、どんなトリックを使ったのか、毎年のように同じクラスの隣の席になっていた。進学先もサルには自宅付近の学校だと言ってあるが、俺はアイツの進学する先を知らない。もしかしたらと言うこともあり得る。


「そんなことより、この後どうするかな・・・・・・」


帰ろうにも携帯だけ持って出てきたので文無しである。


水?携帯で買ったさ。ついでに缶ジュースも買っとくか。


「徒歩で帰るのも有りだが・・・・・・。いや、面倒とかは言ってられないか。『――!』ん?」


諦めて徒歩で帰ろうと諦めたとき、イベントホールの地下駐車場から喧騒が聞こえた。


「止めて下さい!」


『イイじゃん、ちょっと俺達と遊ぼうぜぇ?』


『悪いようにはしねぇって!』


『ちょっと付き合ってくれればいいからよぉ』


地下駐車場には一人の少女がおり、その少女を囲うように3人のチンピラがいた。


随分とアナログな奴らが居たもんだ、あんな台詞マンガでしか聞いたことねぇぞ。てか何でココにいるんだ?


『ほら、ドライブにでも行こうぜ?俺の車フランス製なんだよ』


『そうだ、海!海に行こう!俺キミの水着姿みたいなぁ』


『ついでに家まで送るぜぇ?いつ帰れるかは分からねぇけどな!』


ギャハハと下品な笑いをあげる度、少女は顔を曇らせる。

見てしまったモノはもう無視できない。

溜息を一つこぼし、先ほど買った缶ジュース(未開封)をチンピラに向かって投げた。


『痛ったぁ!』


『タケシぃ!』


『誰だ!』


缶ジュース(未開封)は手前のチンピラに当たり、地面を這って戻ってくる。隼人はそれを拾いながら謝る。


「ああ、スマン。わざとだ」


『何だわざとか。わざとなら仕方ないな、ってなるかぁ!』


『何だテメェ!ナメてんのか!?』


『ペロペロかぁ!?』


「お前等なんかを舐めるのはアホ面の犬だけだよ。後、“テメェ”は“手前”が訛った言葉だから自分のことを指すんだぞ?」


『『『知るか!』』』


チンピラ3人は一斉に襲いかかってくる。

隼人とチンピラは数の差は当然、身長差もかなりある。その圧力は半端なものではない。しかし――


「統率がとれなすぎ。失格」


『『『グハァ!?』』』


――隼人は飛んできたボールを避けるかのようにチンピラ達をいなす。

少女はその光景に目を丸くした。

隼人がチンピラを避けたことではない。それくらいなら子供でも出来る。そうではなく、チンピラ達を避けた瞬間に柔道の要領だろうか、チンピラの一人を宙に転がしたのだ。当然転がされたチンピラは態勢がとれなくなりそのまま背中から落ちる。そして他の二人はその一人に躓き、転ぶ。

計算されきった一瞬の出来事だったのだ。


『『『ぐうう・・・・・・』』』


チンピラ達は呻きながらも何とか立ち上がる。


「なに、まだやるの?正直さぁ、俺はこれ以上大事にしたくないんだけど。そちらさんも同じじゃないか?」


『何を・・・・・・』


「左胸のバッジ、“八”の紋」


『『『!?』』』


「これ以上はその“八”の紋に傷を付けるんじゃないか?」


『『『・・・・・・』』』


「此方もさっき言ったように大事にする気はない。どうだ、ここいらで手を退いてくれねぇか?」


『・・・・・・クソッ!行くぞ!』


『お、応!』


『覚えてろよ!』


「忘れるまではな」


隼人の説得(脅し?)が効果を成したのか、チンピラ達は見事なまでの三下発言を残し、退散した。

少女は溜息を一つつき、身の危険が去ったことを安堵した。


「・・・・・・もう大丈夫そうだな。じゃあ俺はこれで」


隼人は後ろ手を振り、この場を去ろうとした。しかし――


「・・・・・・まだなにか?」


――体が進まなかった。いや、多少無理に動かせば確かに動くだろう。だがしかし、そうなると隼人のシャツをつかんで離さない人間――少女を引きずって歩くことになる。

隼人も、わざわざ助けた人間を引きずって歩くほど、鬼畜ではない。


「・・・・・・礼を」


「あん?」


「お礼を、させてもらえませんか?」


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