優柔不断だった俺の未来は俺の努力次第?
※『私は頑張る女の子を応援したいのです』の季松紫都香の恋人候補・東上潤のお話です。
矛盾がありまくりかと思いますがお許しください
季松紫都香が宮代鈴菜様の側から突然離れた。
理由は不明。
何度俺達が問いただしても「貴方達には関係ない」と、俺達からも距離を置くようになった。
初等部時代から彼女のことを知っている一部の者達は彼女を『裏切り者』と呼び非難した。
また、ある者達は『やっと本来の彼女に会える』と喜んでいた。
そして、彼女が俺達から距離を置くようになったと同時に俺との婚約関係も解消された。
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高等部に入学して数日が過ぎた頃、突然、父に告げられた。
「季松紫都香嬢とお前の婚約は白紙にした」と…
父の突然の発言に驚いたのは俺だけだった。
母も兄も当然という表情をしていた。
「なぜです…なぜ、紫都香との婚約を白紙に…」
「理由はお前の胸によーく聞くことだな」
「どういう意味です?」
首をかしげる俺に両親と兄は盛大なため息をついた。
「お前の今までの行動を顧みろと言っているんだよ。潤」
「兄さん?」
「お前は紫都香姫の何を見ていた?」
「…………」
黙った俺に母が再びため息をついた。
「かなり前から紫都香さんの家の方から打診されていたの」
「え?」
「『婚約を白紙に戻し、紫都香を助けてほしい』と…最初は何を言っているのかわからなかったわ。だけどね、あなたたちを見て彼らが言いたいことが分かったわ。先日、貴方抜きで季松家で話し合った時、紫都香さんが『婚約は白紙にしてください。不名誉なことはすべて自分が被ります。東上家から婚約破棄の申し出をしてください』と全ての原因をご自身のせいにすると紫都香さんはおっしゃったのよ。一度決まった縁組を男性側から破棄するということは女性側にとって不利にしかならないの。破棄されたのは彼女自身に何かあるのではないかと噂されるのよ」
「……………」
紅茶を一口飲んだ母はさらに続けた。
「あなたは『なぜ?』って聞いたけど、逆に聞くわ」
普段はおっとりとしている母だが今の母は氷のように冷たい視線と声を俺に向けている。
こうなった母を止められる人は誰もいない。
「季松紫都香さんと宮代鈴菜さん、あなたはどちらが大切?」
「!?」
「初等部時代、中等部時代、そして現在とあなたは婚約者であった紫都香さんではなく、宮代さんに終始べったり。北宮昴さんや南武朱李さん西櫻琥珀さんたちと一緒になって宮代さんにばかり構って、紫都香さんを蔑にしていたわね」
「それは……」
「周りから、あなたは婚約者を蔑にし、他の女にうつつを抜かしている浮気者と思われているのよ!」
バシッとテーブルを叩く母。
叩いた振動でテーブルの上に置いてあったカップから紅茶が少しこぼれた。
「………紫都香の親友だから…」
ぼそりと答えた俺に3人のため息が重なった。
「もういい。潤」
「はい」
「婚約破棄の話はまだ季松家と東上家の間だけの話だが、来週末の季松家当主の誕生会で正式に発表される。不用意に紫都香嬢のそばに近づくな。紫都香嬢のためにも…」
部屋に戻りベッドに横になって先ほどの両親や兄との会話を振り返る。
「俺が紫都香の為にと思っていた行動がすべて裏目に出たのか?」
俺と紫都香の出会いは3歳の頃。
俺の祖父と紫都香の祖父が仲の良い親友同士でよく家を行き来していたのがきっかけだ。
祖父たちは俺と紫都香が生まれた時、二人を結び付けようと酒の席で冗談半分で言っていたのを一族の者たちが本気にして、俺と紫都香の婚約が3歳の時に決まった。
出会った当時は俺も紫都香も婚約の意味も分からず、ただ『仲良くしなさい』と言われたから、紫都香の兄達と一緒によく遊んでいた。
小学校に入学するまでは兄妹のような関係だった俺と紫都香。
だけど、俺はいつからか紫都香を異性として見ている自分に気付き、紫都香にどう接すればいいかのわからず、距離を置いていた。
1年の終わり頃、親が海外支店に転勤になったのを機にもっと距離を置けば元の関係に戻れるだろうと安直に考えていた。
だが、離れたら余計に愛おしさが増しただけだった。
留学先の友人に紫都香の写真を見られ、からかわれることも多々あった。
初等部5年の夏、兄と一緒に日本に帰ってきた俺は、紫都香と再会してさらに彼女を愛おしいと思っている自分の気持ちに正直になればよかったんだ。
だけど、素直になれなかった。
あまりにも紫都香が変わってしまっていたから…
俺が両親と共に海外に行っていた間にいったい何があったのか…
俺が海外に行く前までは、笑顔がかわいい明るい子だったが、再会した紫都香は常に無表情で影の薄い…宮代鈴菜の影に隠れる存在になっていた。
そして、俺の紫都香に対する想いを知っている幼馴染の昴達の『鈴菜様は紫都香の親友で常に側にいるから、お前もそばにいれば紫都香と一緒にいられる時間が増える』という言葉を鵜呑みにし、昴達が熱を上げている宮代鈴菜の側に俺も常にいるようになっていた。
再会した時の紫都香の変貌に気付いていながら紫都香に直接何も聞かず、周りの声ばかり聞いて紫都香を傷つけていたのは自分だと今更ながらに知った自分を罵りたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺と紫都香の婚約が破棄になったことはあっという間に広まった。
両親が危惧していた紫都香への陰口は少なかった。
むしろ、紫都香のファンからの冷たい視線が刃のように俺に突き刺さっている。
「おい、潤。紫都香と婚約を解消したって本当か!?」
教室に入った途端、昴が俺に詰め寄ってきた。
中等部1年の時から北宮昴、南武朱李、西櫻琥珀、宮代鈴菜とはずっと同じクラス。
高等部に入学してからは紫都香だけが別のクラスになった。
季松家が紫都香と宮代鈴菜を同じクラスにさせないよう学院側に申し入れしていたと知ったのはずっと後の話。
「ああ、本当だ」
「なんでだ?お前は紫都香のこと好きなんだろ?」
「好きだよ。本当は解消なんてしたくなかった」
「だったら…」
「俺は紫都香を諦めるつもりはないよ」
「は!?」
先週末の季松家当主の誕生パーティーには俺も呼ばれていた。
一応、紫都香の婚約者だったからだ。
だが、それも当主のあいさつとともに解消された。
詳しい説明はされなかったが、パーティーに参加していた者達はほとんど納得していた。
俺はその場を早々に辞退し、帰ろうとしていた時に紫都香の兄達に捕まり、パーティー会場から離れた部屋に連れて行かれた。
紫都香の一番上の兄・勝馬さんから俺が日本にいなかった間の話を今更ながらに聞かされた。
俺が日本にいなかった間、紫都香は常に宮代鈴菜に付きまとわれ、友人をつくることさえ許されない環境に追いやられていたという。
幼稚舎時代からの友人たちとも引き離されたという。
日に日に紫都香から明るい表情が消えていったが、俺から届くメールを読む時だけは嬉しそうに微笑んでいたらしい。
俺の帰国が決まったと連絡を入れた時はいつもよりはしゃいでいたという…
勝馬さんたちは俺が帰国すれば、紫都香は宮代鈴菜から解放され、元の明るく元気な子になると思っていたらしい。
だが、俺が昴達の言葉を鵜呑みにして、宮代鈴菜の側にいるようになってから完全に心を閉ざしてしまったと二番目の兄・継春さんと三番目の兄・美弦さんに責められた。
三人から「中途半端に未練を残すなよ」と言われた。
「……といっても未練ありまくりだな、潤」
勝馬さんは苦笑いをしながら俯いていた俺の頭を軽く叩いた。
「…………」
「仕方ない。可愛い弟分のお前に俺達からチャンスをやろう」
「チャンス?」
「高校を卒業するまでに紫都香から信用を取り戻せたら、お祖父様に再びお前が紫都香の婚約者・・・配偶者になれるよう俺達が働きかけてやる」
「え?」
「高校三年間の間で、自分の犯した過ちを悔い、紫都香にふさわしい男になったと俺達が認めたら後押ししてやるって言っているんだよ」
バシッと俺の背を叩いたのは継春さん。
継春さんは中・高校とバレー部に所属していたからか平手打ちが地味に痛い・・・
「潤が、宮代鈴菜よりも紫都香を大切に思っていることは僕達は分かっている。だけど、僕ら以外はそうとは思ってくれない。潤はこれから『宮代鈴菜の取り巻き』というレッテルを自分の力で剥がし、『季松紫都香の相手』だと周囲に認めさせないといけない。僕達の一族には根回ししておくが、『婚約者を蔑にしていた東上家の末息子』という汚名は自分で雪げ」
淡々と感情を込めずに告げたのは美弦さん。
「ただし、3年後、紫都香がお前以外を選んでも俺達を恨むなよ。紫都香を狙っているのはたくさんいるんだからな」
勝馬さんの言葉に学院内にいる紫都香のファンの顔が思い浮かぶ。
思わず顔が引き攣る俺に、美弦さんがクスリと笑って
「せいぜい頑張りなよ。僕達は潤のことを応援してあげるから」
「まずは…そうだな~。剣道部に入部しろ」
「は?剣道部?なんで?継春さん、なんで剣道部に入部しなきゃいけないの?」
いきなり剣道部の話が出て驚く俺に三人はにやりと笑うと
「「「俺(僕)達がお前をしごきたいから」」」
と言ったのだった。
「俺達はお前を応援するけど、邪魔もする」
「それに、剣道は紫都香も小さい頃から嗜んでいるからな。お前より強いよ」
「僕たちを負かすことができるまでは紫都香とのこと認めないからね」
三人は満面の笑みを浮かべながら『応援はするが邪魔もする。自分たちより強くなければ認めない』と宣言したのだった。
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剣道部に入部した俺は宮代たちのグループから離れた。
紫都香がいなくなったグループにいても俺には何のメリットもないからな。
宮代は何度も俺に戻るように説得しに来たが、俺はすべて無視をした。
宮代の目的は俺じゃなくて紫都香だ。
自分から離れていった紫都香を取り戻すために俺を利用しようとしていることくらい誰でもわかる。
俺が宮代たちのグループから完全に離れる知られると、クラスメートや部活仲間たちからいろいろな情報が入ってくるようになった。
意外と宮代を快く思っていない人が多い。
むしろ、宮代を崇拝しているのは少数みたいだな。
一番多かった情報は宮代が紫都香を取り戻すために、紫都香が高等部に入学してから親しくなった八城愛生に信者を使って嫌がらせをしようとしているという情報だった。
もっとも、紫都香が事前にそれを察して、回避をしているらしい。
俺も出来る限り紫都香達にばれないように処理している。
紫都香に恩を売る為じゃない。
紫都香を心身ともに傷つけたくないからだ。
もっとも俺の行動は紫都香のファンによって紫都香に知られていたらしいけどな。
だけど、紫都香も紫都香のファンも何も言わない。
俺が言わない限り、知らない・気づいていないふりをするらしい。
これは勝馬さんからの情報。
週に一度、俺は季松家の道場に通っている。
その時にこちらが聞いてもいないのに話してくれた。
一応情報提供ということらしい。
俺が堂上に通っているのは、勝馬さん達からの特訓を受ける為だ。
勝馬さんたちは小さい頃からお祖父様から指導を受けているから、とても強い。
高校に入ってから始めた俺が太刀打ちできる相手じゃない。
最初は勝馬さん、継春さん、美弦さんの三人が相手だったが、いつの間にか紫都香の父親と祖父までもが俺に特訓をするようになった。
その特訓のおかげで部活内で初心者ながらに大会のレギュラーに選ばれそれなりに結果を残せるほどになっていた。
季松家の道場で特訓を受ける様になって1年が過ぎようとしていた頃
紫都香の方から話しかけてきた。
両親と勝馬さんたちとの約束で俺から近づくことはしなかったから、正直驚いた。
「ねえ、潤」
「ん?」
「どうして鈴菜様の側を離れたの?」
放課後、誰もいない図書室で課題を終わらせようとしていた俺に話しかけてきた紫都香。
「俺が宮代のそばにいたのは紫都香が宮代の側に常にいたからだ。紫都香が宮代の側を離れたから俺も離れた。それだけだ」
「……潤は鈴菜様のこと好きじゃないの?」
「はぁ!?」
紫都香の言葉に俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「え?なに?紫都香は俺が宮代のこと好きだと思っていたの?」
「……だって、潤は私よりも鈴菜様を優先させていたから…」
小さな声でつぶやく紫都香に俺はグサリと胸を突かれたように感じた。
確かに、以前の俺は紫都香よりも宮代を優先させていたと思う。
今思えば、紫都香を優先させても誰にも文句は言われなかったのにな。
「ゴメン……今更、言っても言い訳にしかならないけど、宮代が紫都香の親友だというから大切にしようと思っていたんだ。今思えば紫都香を優先させても誰にも文句言われないのにな…どうかしていたんだな俺」
『親友』という言葉に紫都香の頬が引き攣った。
「………紫都香はいつも俺にSOSを送っていたのに気付いてやれなくてゴメン」
「…え?」
「ずっと、宮代の側を離れたかったんだろ?」
「………」
「紫都香と宮代が『親友』という関係じゃないって気づいたのは八城のおかげかな」
「え?愛生ちゃん?」
突然俺が八城の名前を出したことに驚く紫都香。
「宮代といた頃と今では紫都香の表情が全然違う。今の紫都香は生き生きしている」
宮代といた頃の紫都香は無表情で人形のようだった。
だが、八城と出会ってから紫都香はよく笑うようになった。
「俺の好きな紫都香が戻ってきたって実感しているんだよ」
帰る支度をして席を立つと紫都香が顔を真っ赤にさせて突っ立っていた。
「紫都香?」
紫都香の顔の前で手を振ると我に返った紫都香は俯いてしまった。
「どうした?紫都香。風邪でも引いたか?」
額に触ろうとすると首を大きく横に振った。
「わ、私…愛生ちゃんと一緒に帰る約束しているからもう行くね」
パタパタと図書室を出ていく紫都香に思わず苦笑する。
「気を付けて帰れよ。寄り道するなら勝馬さん達に連絡入れろよ」
多分、俺の声はもう届いていないだろうな。
何年振りかの紫都香と二人っきりの会話。
二人っきりで会話すらしていなかったことを今更ながらに知る。
一体、俺は今まで何をやっていたんだろうな。
婚約破棄されるのは当然だよな。
一番大切にしたかった人を蔑ろにしていたんだからな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの図書室で話して以来、俺は紫都香と再び会話をするようになった。
間に八城や友人を挟んでだけど…
まだ二人っきりでは話す勇気が俺にないからなんだけどな…情けない。
あの図書館での出来事を八城は扉の影に隠れて見聞きしていたらしい。
俺が紫都香のことを好きなことも知られた。
「しーちゃんは東上君のこと嫌いじゃないよ?」
「え?」
「だって、しーちゃんの視線の先にはいつも東上君がいるんだもん」
「たまたまじゃないのか?」
「ううん。しーちゃんはいつも東上君のこと見ているよ。うちのクラスメートなら全員知っているけど静観しているの」
「静観しているって…どうして?」
ちょっと意地の悪い笑みを浮かべる八城に俺は苦笑する。
ちなみに今、紫都香は教師に呼ばれて席をはずしている。
「みんな、しーちゃんの笑顔を守りたいの。クラスの子に聞いたことなんだけど、今の私たちのクラスね、全員、しーちゃんが笑顔を失ってしまった事を知って悔しい思いをした人ばかりなんだって。だから、しーちゃんに笑顔が戻って嬉しいんだって。東上君が留学した時期を境にしーちゃんの笑顔が減ってみんな辛かったんだって。ただ、表立って何も言えなかったから高校に入ってしーちゃんの笑顔を戻ったことをみんな喜んでいるの」
この橘樹学院で宮代と昴達相手に正面から立ち向かえる者はいない。
大財閥の一人娘であり、寄付金が学院一多く、常にトップ3の優秀な成績保持者で一部の教師たちに贔屓されまくりの宮代鈴菜。
季松家や東上家よりも劣るが名家の出身である北宮昴、南武朱李、西櫻琥珀は選民意識が高い。
親の権力を少なからずチラつかせていた彼らの機嫌を損ねて、自分の家族や一族の会社に何かあったらと思うと誰も忠告できなかったのだろう。
「紫都香の笑顔が戻ったのは八城のおかげだな」
「え?」
「俺じゃ紫都香の笑顔を取り戻すことはできなかった」
八城と出会い、共に過ごす時間が多くなるにつれて紫都香の表情が豊かになってきたのは誰の目にも明らかだった。
「ふふ、じゃあ、しーちゃんは私が貰っちゃおうかな~」
「は?」
「私というより隆志がしーちゃんに惚れちゃったみたいなんだよね」
にやにやとニヤつきながら俺の反応を楽しんでいる八城。
「隆志は積極的だよ~この間もデートに誘っていたし…」
八城の双子の弟・八城隆志のことは知っている。
八城と共に数々の国際絵画コンクールで入賞している天才画家と騒がれている人物だ。
むすっとしている俺に気づいた八城は笑いながら俺の背を叩いた。
「まあ、がんばって!私は東上君の味方だよ」
八城の応援を受けつつ、少しずつ俺は紫都香との関係を変えていった。
親しい者たちだけが気づく微かな変化。
高校を卒業する時、俺と紫都香の関係はどうなっているのかはまだ分からない。
ただ、勝馬さんたちの特訓がさらに厳しくなったことだけは確かだ。
お読みいただきありがとうございます。
ジャンルは『恋愛』にしてありますが、恋愛はしてないですね(笑)
人物紹介は活動報告にて