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彼の”はじまり”に繋がる喪失のおはなし

その日を境に、彼女は変わった。

蛹が蝶へ孵るように、殻を破り、聖女として立ち上がった。


彼女が覚悟さえ決めてしまえば、あっという間にことは成った。

知識は、彼女の中にあった。

武力なら、俺が持っていた。


魔法の適性もあった上、

彼女の持っていた、成長補正の能力のおかげもあって

すぐに誰よりも強くなった。

勇者の名を冠されて、奴隷の身分を廃した。


獣人の迫害を減らし、奴隷制度をやめさせた。

盗賊を取り締まって、腐りきった役人を更迭した。

好き勝手できなくなった役人や、聖職者共は臍をかんだが

操り人形に仕立てたいのなら、彼女に知識など与えるべきではなかった。


彼女は周りを役人や、聖職者に囲まれていたため、理解していなかったろうが

逆に、市民にはひどく好かれていた。

獣人や、娼婦からは崇拝じみて愛されていた。


会いに来た神を追い返すことはなくなり

以前から、接触を図ろうとしていた神を含め、何柱かと仲良くなった。

神は、彼女に力を貸したし、彼女は神を友と呼んだ。


彼女は、なんのてらいもなく、笑うようになったけれど


でも、俺は、

少しだけ、あの頃が懐かしくなった。


彼女が、ひとりきりで、俺しかいなかった時が。

だって、聖女である彼女は余りに遠すぎて、

綺麗で、眩しくて、触れることすらままならない。


だから、彼女がまた一人になればいいのにと、思ってしまった。





あれは、彼女が還る前の日の、晩だった。

彼女は、俺に背を向け、窓を開けて外を見ていた。


ふわりと、風を孕んで、金の髪が揺れた。


ねえ、と


彼女は、ぽつりとそうこぼした。


「――ねえ、リスト」


月が彼女を見ている気がした。

その視線を遮って、彼女を隠したい衝動にかられた


「二人で話せるのなんか、きっとこれで、最後だね」


明日には、私、元の世界に帰るんだもの。

あんまり実感ないなあ、と彼女はわずかに苦笑した。

嫌な、感じが、する。


「やっと、帰れるの。

でも、でも、私は、ね、

ううん、やっぱ、なんでもない」


言いよどんで、口をつぐんだ彼女に、焦燥感が煽られた


「リスト、あのね、最後に、お願いがあるんだ。

私、おまえに――」


ゆらり、と彼女の体が傾いだ。

瞬間、なくしたはずの感情が爆発した。

ああ、いなくなってしまう。

失ってしまう。

こわい。


いやだ――。


俺はきっと

平穏に生きていけるもしもが、あったとして一生のうちに覚えたであろう

生への渇望も死への憧れも食への飢えも、眠りへの欲求も

愛への切望も


その全てを合わせても、まだ足りないくらい、

俺は、あんたがほしかった


「聖、女っ、聖女聖女聖女!!」

気がつけば、行くな、と叫んでいた。

彼女の細い肩を掴んだ。


でも、その時、抱きとめられたはずの彼女に対して、

間に合わなかった。と思ってしまった。

だけど、それは本当は正しくて、だから

俺は、彼女を失ったのかもしれない


ひどい喪失感を振り払うように、彼女へ叫んだ。


「――いくな。


元の世界に戻らないでくれ

俺をおいていくな

もう、ひとり、は嫌なんだ


あんたがいなけりゃ、忘れたままでいられたのに

希望も、光も、絶望も、欲求も――

知らなければ、暗闇で生きていけたのに


あんなふうに、救っておいて

いまさら、手を離したりなんか、そんなのはひどい、だって


俺、は、俺はもうあんたがいないと

生きていけない。


あんたが、欲しい。俺の聖女、俺の光。

何からも守る。人も神も世界も、指一本あんたに触れさせない。

欲しいものなら、なんだって手に入れさせる

一人にしない」


――だから、どうか


その欲望が、なんの感情からくるものか、ようやく理解した。

彼女の手を望んだ理由も

こみ上げる感情も、ずっとそうだった。


「俺は、あんたが、すき、なんだ。


っあいし、てるっ!

愛してる、愛してる!!


誰よりも、なにより、も


だから、傍に、共に生きてくれ

俺、を、あいしてくれ――」


血を吐くような、叫び。

もう、戻れない。

自覚して、口にしてしまったから。


感情を失ったのは、ある種の自己防衛だったことを理解した。

だって、さみしいとか、苦しいとか、辛い、とか

そんなものを感じていたら、いきてはいられなかったから

彼女をずっと、愛し始めていながら、

気づかない振りをしていた。


だって、自覚してしまえば、彼女を失ったとき、生きていけないから


“けれど”、彼女は、


蒼い瞳に

明確な怯えを宿して


俺の手を、振り払った。


「や――」








ぶつ、と思考が途切れ、


同時に、意識が浮上した。

気がつけば、ベットに転がっていた。


「ここ、は」


「あ、リスト!!起きたか!

お前、何やったか覚えてるか?」


カインにそう話しかけられて、先程までの記憶が蘇る。

気絶するまで思い出して、絶句した。

思わず頭を抱えて呻いた。


「おー、記憶はあるようだな、僕は、あえて何も言わないけど。

で、起きれる?」


「無理、だな。まだ酒が残ってる」


「そっか、僕そろそろ戻んなきゃまずいんだけど、

お前は、もうちょい休んでけよ。

つか、獣人って酒弱かったんだな。知らなかった」


「いや、別にそういうわけじゃない。

獣人全体が弱いんじゃなく、俺自身の体質だ」


獣人は酒の匂いにも鋭いというのはあるが、関係なく飲める奴は飲める。

そう告げると、カインは軽く首をかしげた。


「あれ、じゃあ、なんであの子……、

ま、いいや。じゃあ、僕行くから」


言いかけた言葉を、どうせわかんないし、ととぎれさせると

カインは、扉を開いて出て行った。


瞳を閉じると、瞼の裏に、彼女の姿を思い描いた。

けれど、金色の髪と、蒼い瞳を持つ彼女ではなく

「もう、私に会いに来てはいけないよ」と囁いた黒曜の瞳を持つ女性だった。


一つとして、外見に共通点などないのに、

あんなにも、彼女を重ねたのか、あんなにも離れがたいと思ったのか

理解ができない。


ふ、と空気にわずかに腐臭が混じったのを、リストは気づいた。

穢神の発する特有の匂い。この地に潜んでいた穢神がはいだしてきたのだろう。

生きれば生きるほど、穢神は強くなる。

穢神の期間を推し量って、1柱へ絞ることができた。


ミツキが一番初めにおとした神の打ち逃し。

それは、


彼女と笑い合っていた神の姿と、一番最後にみたあの神の姿を思い出す。


最も親しかった神の変わり果てた姿を見て、彼女はどう思うだろう。


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