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間違えてしまった再会

前回、茜がいる場所の表記がぬけ落ちてしまいました。

前話の初めから、娼館の受付にいると思っておいてください

誤字が多く申し訳ありません。


壊れていたときの記憶は、砕けていて、

順番さえ曖昧で、解けた絵本のように散乱している。

狂ったレコードのように同じところばかり繰り返す。

忘れるな、と言うように。


下卑た嗤いが、耳に蘇る。

生ぬるく、節くれた硬い手が躰を弄る感触が思い起こされて、吐き気がした。

触れられたところから、壊死していくような感覚。

熱を持った雫が、頬を伝っていく。




そして、引きつった、狂ったような笑い声。

澱んだ、虚ろな瞳。

骨が浮き出て、透けるようなあお白い手足が覗いた。

赤いボロ布を巻きつけた少女。


少女が歩くたび、粘性のある水音が響く、

その足取りは、今にも踊りだしそうなほどに嬉しげで


地面に散乱した、死体を踏みつけて、少女は笑っていた。

ふわりと舞った髪は、どこまでも闇色。


それは、その少女は、私だった。


私は、あそこから逃げるために……、

いいや、それならば良かった。自らを守るために、ならば。


けれど、あの時私の中にあったのは。

憎悪、それだけだ。

私を壊した彼らへの、強烈な怒り。


憎悪に突き動かされて、


わたしは、かれらを、ころしつくした。


もちろん、私自身が手を下したわけではない。

5年間、前の召喚の際、私の体は植物状態のままだった。

二年間をおいて、数年を囚われて過ごし、衰えた体にそのようなことができたはずがない。

私は能力を使い、たったひとりも手にかけず、彼らを殺した。


彼らの死因に私が関係していることすら、彼らは理解しないまま。

彼らの手にかかって、彼らは死んでいった。


それでも、

彼らを殺したのは、紛れもなく、私だった。

それだけは否定してはいけない。

忘れてはいけない。


ほんとうは、幸せになることなど許されない。

リストも、人を殺したことがある。けれどそうしなければ生きていけなかったからだ。

私とは違う。あまりにも卑怯で、卑劣な方法で復讐した私などとは。




きぃ、とドアが軋む音がした。

瞬時に思考から、引き上げられる。棚の整理をしていたため、ドアに背を向けていた。

慌てることもないだろう、と思い、声をかけながら振り向く。


言葉が、不自然に途切れた。

僅かに息を上げた青年、フードを深くかぶっているため、顔は見えない。

けれど。


けれど、わからないはずがない。見間違えるはずがない。

だって、


リスト、そう呼んでしまいそうになるのを、唇を噛んで止めた。


彼はどこか引きつった動作で、フードを外した。

獣人の特徴である、銀色に近い狼の耳がのぞいた。

彼は、あの頃より少しだけ精悍に大人びた顔をしていて。とても美しかった。


変わらない、何もかも変わってしまった私とは違う。


アイスブルーの瞳が私を写した。

ぞわ、と恐怖が背筋をなぞった、指に力を込めて、握り込んだ。


「な、にを――」


しに来たんだ。と言いかけて気づく。

私の姿がわかるはずがない、なんの共通点もないのだから。

目的などそんなの、ひとつしかない。


「ああ、娼館への説教かな?まさか、女を買いにではないよね、

ご客人、勇者様だろう?買うほど飢えてはいなさそうだよ」


皮肉を踏まえて、そう言うと、彼は僅かに困惑したように視線を彷徨わせ、

それでも、力尽きたように頷いた。

気づかれなくてよかったと思うのに、どこか失望感が広がった。


「は、馬鹿馬鹿しい。

今日日そんなことまでやってるなんて、随分と勇者様はお忙しいみたいだね

娼館を排除して一体どうするつもりだっていうんだい?

あのね、勘違いしているみたいだから言っておいてあげるよ


もちろん、娼婦に同情するのは結構さ、とても人道的だとおもうよ。

同じ女として、女を武器にしなくてはならないというのは、かわいそうなことかもね

でも、君のご主人様はね、思い違いをしているんだよ。

奴隷と、娼婦はちがうよ。娼婦は商売だからね


哀れなのはね、娼婦でいることじゃないよ。

娼婦をやらなくちゃ、生きていけないこと、が哀れなんだよ。


にもかかわらず、生きる手段を奪ってどうするんだい。

お綺麗な言葉で、操を守って飢え死にしろっていうのかな?


本来なら、それ以外で生きていける手段を提示してから、娼館の排除に動くべきさ

そこまで面倒を見れないのだったら、端から触れるべきじゃないんだよ」


言い切って、ふ、と息をついた。

彼の瞳と、視線を合わせると、その奥がわずかに揺らいだ気がした。


「あんた、は?」


「は?待ってくれおまえ、いったいなんの、……はなしをしてるんだい?」


ぎ、と歯の奥を噛み締める音が響く。

アイスブルーの瞳が、怒りと熱に歪んだ。


伸ばされた手が、私の手首を捉えた。無理に引き寄せられて、たたらを踏んだ。


「あんたは、娼婦なのか」


「は?なに、を」


なんで、そんなことおまえに聞かれなくちゃ、いけない。


「っ、だったら、私が娼婦なら、なんだって言うのかな?」


私が何をしようとおまえには関係ないだろうっ!?

手を振り払って、そう叫んだ。

未だ残り続ける怪我は、見れたものじゃない、

だれが、こんな躰好き好んで抱くものか

娼婦は哀れというなら、娼婦にすらなれない、私は




どん、と壁に叩きつけられ、息が詰まった。


「な、なに、を」


見上げて、彼の綺麗な、アイスブルーの瞳とかち合った。

潤んで、どろりとどこか視点の定まらない瞳。


ふと、アルコール濃度の高い酒を割ってしまったことを思い出した。

なるだけ拭き取りはしたけれど、空気に充満していたのだろう。

子供が来るわけでなし、とそのままにして置いたのだが

嗅覚に優れた狼の獣人である、リストにはわずかでもきつかったようだ。


この男、酔っている。


私の身体能力は、一般女性の平均以下だ。

よっているとは言え、世界最強と呼び声高いリストを押しのけることなど叶わない。


「くそ、離せ、離せったら!

この馬鹿リスト!」


「そんなに、おれを」


つぶやいた声は、かすれて震えていた。

泣き出しそうな声に、怒りが交じる。


「誰でもいい、くせに!」


「んぐ、ん、や、あっ!」


かち、と歯がぶつかって、音を立てた

そのまま歯を立てて食らおうとするように、彼はくちづけを貪った。


「すき、すきだ、あいしてる

おれを拒まないでくれ

捨てないで」




「聖女、どこに、も……行かないでくれ」


その言葉を聞いて、もがいていた腕が力を失った。

弛緩して、だらりとぶら下がった。


ひどい、ひどいひどいひどいひどい


ああ、リスト、その言葉を、私は、4年前に聞きたかったんだよ。

その場しのぎの嘘でいいから

たった一言。

のぞんでいるのだと

そうしたら、そうすれば、私はここまで堕ちずに済んだのに


けれど、今の、おまえの聖女は、あの子なんだろう。

愛らしくて、美しい、汚れたものなど、見たこともない。

つよくて、ひとの弱さなど、痛みなど、理解しようともしない、あの、おんな


焼けるような怒りが、胸を焦がした。


そして、探す。

彼の心を、最もえぐることばを。


するりと、撫ぜるように頬を包んだ。

睦言を囁くような、甘い声で、

わたしを、あの女と間違えている男に、毒を注ぐ。


「はは、そう、誰でもいい。でもね

おまえだけは、死んでも嫌だよ、

汚らしい、穢らわしい、汚れた手で髪一筋すら触れてくれるな


わたしの憎らしいけもの、おまえなんて嫌いだ」


ぜつぼうしろ


わたしとおなじだけ、こうかいして、

わたしとおなじだけ、くつうをおもいしれ

じごくにおちろ


「ぁ……」


大きく見開かれた瞳から、ぼろ、と涙が溢れた。

アイスブルーの瞳に、闇が陰った。


ぞくり、と肌が粟立った。溢れるのは歓喜。


ずっと手の中に握りしめていた、小瓶。

それの中身は、先ほど割った酒と同じものが入っていた。

少しだけ、口に含んで、彼にくちづけた。

こく、と嚥下する音が聞こえて、唇を離した

意識を失った彼の体は、くずおれた



くふ、あは、っあははははは


ボロボロと涙がこぼれる。


「馬鹿リスト」


ああ、もう、こんなにも穢れて、醜くて、悍ましい

隣に立つことすら、できない。

確かに、あの頃は、彼は私のものだったはずなのに


彼さえ共にあるならば、もう、なんだって出来る気さえしていたのに


もうこんなにも離れて、名乗ることすらできない






きっと俺は、あんたの幻を追うためだけに、生きていた。



聖女の、神に与えられた器の、まっさらで神聖などこか神に似た、

彼女の匂いが、嫌いだった。


日々を重ねるにつれ、綺麗な匂いに混じって

少しだけした、彼女特有の

どこか甘いような、それが


あの匂いが、たまらなく愛おしかった。


彼女が神だけのものでないと思えたから

彼女がここで生きていた、その証拠だった。


それも、今はこの世界から失われて、だから

あんたが狂うほど愛おしくて、ひどく憎らしい。


すべてがどうだって良くて、感情さえ死んでいて

立ち止まるのも

死ぬことさえ、

何もかも面倒で。


それでも、彼女の面影を探した。

いないことを、知っていながら


聖女の瞳を、髪を、声を、匂いを


俺の手を振り払った手を

俺が振り払った白い手を




雑踏の中、すれ違った女から、ふわりと

あの甘い匂い、が、した気がして


振り返ると、そこにいたのは金色の髪をした婀娜めいた女だった。

違った。けれど失望よりも先に

それが移り香であることに気がついた。


あの女は、どこから出てきたかと、記憶をたどって、ひとつの扉を見つけた。

確認も、ノックもしないで、すがるように扉を開いた。

どろりとした、嫌な匂いがした。頭の奥がぼやけていくような


佇む少女が、振り向いた。

漆黒の髪が、ふわりと空気を孕んで靡いた。

黒曜色の、大きな瞳がこちらをみた。

何ひとつ、似てないのに、なぜか触れたいと、思った。


驚いたように少し瞳を開いた小柄な少女は、どこか幼さを残す顔立ちをしていた。

どうして、とつぶやいて、何かに気づいたように

少しだけ、口の端を歪めて笑った。どこか皮肉げなその笑みに、

彼女の印象が抜け落ちる。

それがひどく、残念な気がした。


今までは、彼女に似たものが許せなかった。

彼女がいないならば、それらはすべて偽物で

だから、探し求めながらも、見つけるたび苛立って

なら、今回は?


思考が、うまく働かない。頭の奥がどこかしびれていて

考える端からバラバラと砕けていくような、感覚に


くらくらと、世界がゆがんで


少女の皮肉げな凛とした声が響く。


「ああ、娼館への説教かな?まさか、女を買いにではないよね、

ご客人、勇者様だろう?買うほど飢えてはいなさそうだよ」


少女の言葉の中の、娼館、という言葉に動揺した。

全く気づいていなかった。

説教という言葉でやっと思い出した。

そういえば、ミツキがそんなようなことをいっていた気がする。

どうでもよくて、全く聞いてなかったけれど

そういえば、そんな口実であの女から離れたんだったか


それより、ここが娼館だと言うならば

この、少女は?


違う、そんなことは俺には関係なくて。

娼館に入ってきた理由などつけられない。

まだ説教の方がマシだろうか、と少女の言葉に頷いた。


馬鹿馬鹿しい、と一掃した少女の言葉に

馬鹿みたい!といった彼女の声が重なる。


“彼女”が紡ぐ言葉がひどく心地よくて

けれど、意味を理解する前に、こぼれ落ちてしまうのが、ひどく残念だと思った。

重たげに瞳に影を作るまつげが、わずかに震えて。

涼やかな黒曜の瞳が、こちらを射抜いた。


気がつけば、あんたは娼婦なのかと尋ねていた。


だったら、なんだって言うんだ、と叫ぶ言葉に、

目の前が怒りに焼かれて、白くなった

なんで、あんた、は

あんなにも、おれは拒絶したくせに。

やだ、とたすけて、と帰りたいと、泣いたくせに

どうして、誰でも、いいと、生きるためならかまわないというなら


どうして、俺は。


俺は、あんたが、


あの、ずっとしている嫌な匂いは、酒であることに気がついたときには。

目の前にいるのは、彼女にしか、見えなくなっていた。


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