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彼と彼女を遮る扉




「……クーニャ、……っ!?」


絶句したイヴは、その名を呼んだ。


茜がいなくなったであろう場所までたどり着き、

目撃者から、少女と少年を扉へ蜘蛛が引きずり込んだ。

という話を聞くに至った。

イヴには、穢神が誰なのかわかったらしい。


最悪じゃ、と呻いたイヴは、青ざめていた。


「クーニャは、原初の神の一柱で、大神じゃ、


空間を司る、召喚の能力を持つ神で、

アカネをこちらに呼び出したのも、あやつじゃ

あやつの能力は、神の中でも特殊での、


あやつは扉を使って、空間を繋ぐことができる。

いうならば、あやつの棲家は、どこにもあってどこにもない。

ないものを、いくら主でも斬ることは叶わん。

そもそも、大神のあやつの扉を開けることなど」


忌々しげにつぶやいたイヴは、そこで言葉を止め、囁いた。


「……じゃが、亀裂、ならば……。


我の力は、大きさの上限はあるが、

物に上限はない。小さなものであれば“なんだって”創れる。

いくら弱神といえど、創造。召喚ではない


それは、既存のものである必要はないということじゃ。

創ってしまえばいい。

それこそが我の本領じゃ。


願ったもの全てを溶かす、という指向性を持たせた液体でもの


空間を繋げ、ただ一点だけ、ということならば不可能ではないが、

けれど、それまでじゃ、

茜を連れ戻すほどの、穴を開けることはできん……」


そう言って項垂れたイヴに、リストが檄を飛ばした。


「それで、いい。やれっ! 早く!!」


「っつ、じゃが」


反論しようとしたイヴは、口を閉ざして、目を瞑った。

どこか祈るように、両手をお椀の形に重ねて、掲げた。

ぽた、と透明な雫がイヴの掌に溜まっていった。

時折、イヴの顔が苦痛に歪んだ。


可能といっただけで、相当無理をしていることは間違いなかった。


ゆっくりと、恭しいとさえ見えるような仕草で、

イヴは、手を下ろし、傾けた。

透明な雫が、イヴの指を伝い、こぼれていった。

しかし、地面に吸い込まれることはなく、まるで地面の上に膜があるとでも言うように、

液体が溜まっていく。


みし、と軋む音がした。ぴき、とひび割れる音がした。


最後の一滴が、こぼれ落ちた瞬間。

ぱきん、と砕ける音がした。


「ああ」


イヴの絶望したような声が漏れた。

地面にはひび割れがあった、けれど、宣言したとおり、

せいぜいイヴの手が入るかどうか、人を通すことなどできそうにもなかった。

地面は空間が歪んだようにうねり、その罅さえも飲み込もうとしていた。


「どけ」


低く唸るような、鬼気迫るリストの声に思わずイヴは退いた。

リストは、何の躊躇いもなく、罅に剣を突き立てていた。

ぎし、と剣が軋んだ。空間の抵抗が、リストの腕や顔を引っ掻いて薄く血がにじんだ。


「む、無理じゃっ」


イヴの制止を無視して、

ぐっ、と呻くような声を漏らし、リストは剣を握り直した。

そして、力づくに、一閃。

まるで、湖に張った氷を割るように、剣によって空間は切り裂かれていた。

罅が空間の壁を侵食するように広がり、その負荷に耐え切れず、砕けていった。


「行ってくる。あんたはここで待ってろ」


そう言って、リストは穴に身を躍らせた。

残るのは、呆然と立ち尽くすイヴだけだった。


「あ、あやつ、空間を斬りおった……

本当に人間か……っ!?」










「とりあえず、

今すぐ殺されることはないみたいだね?


まあ、出られそうにもないけれど」


穢神にさらわれた後、増築し続けた城のような棲家の一室に叩き込まれた。

手錠すらない為、よほど空間に自信があるのだろう。

真っ白な空の部屋を、茜は一回りして検分していった。

けれど、なにせ何もない。すぐに暇を持て余し、

ふてくされたように座り込むラウへ話しかけてみた。


「煩いっ、話しかけんなブス!!

……なんでお前そんな平然としてんだよ」


「まあ、ね、多分どうにかして

リストが来てくれるんじゃないかなと思っているし、

割りとこんなのは慣れっこだよ


しかも、目的は私じゃないみたいだ。だいたい予想はつくけれど、

目的と手段を完全に違えているよ、馬鹿馬鹿しい」


とっとと地獄に落ちればいいのにね?

吐き捨てるような言葉に、怒りと嘲笑が込められているのを感じて

ラウは僅かに驚いた。茜が怒っているところなど初めて見た。


「なんだそれ……」


ああ、神は地獄に落ちないのだっけ、と茜は勝手に納得していた。


「……なんで、怒んねえの」


「かなり、怒っていると思うのだけれど?」


「そうじゃなく、俺に。ひどいことばっか、……言ってるのに」


小さく首を傾げて、返事を返した。


「うん?なににだい?

その幼稚な癇癪にかな。


お前が望むならば、叱ってあげたって構わないけれどね。

怒ってもないのに、フリをするというのも

少しばかり難しいかな、何より怒る、というのも疲れるものだよ。

それに、本人が後悔しているのに言い募るのは、

あまり意味があることには思えないよ」


幼稚な癇癪と断じられて、頭に血が上った。

その通りだということが、余りにも情けなかった。


「ガキ扱いしやがってっ!!

お前より、俺のほうが強いんだからな」


「うん、そうだろうね」


さらりと流された。

茜と話していると、ラウはいつも以上に自分が子どもであることを

自覚させられずにはいられない。


「だからっ」


「いや、流しているわけじゃないさ。

本心から言っているんだよ?

そもそも、私より弱いものなんて、そういないと思うよ。

割りと本気で。残念なことにね。


それに、薄々、おまえがなんであるかわかってきたしね」


びく、とラウの体が跳ねた。


「鉄屑で戦おうと考える種族を、私は一つしか知らないよ。


まあ、そんなことはどうでもいいのだけど。

それより、おまえは、可愛いあの子が私に取られてしまったようで

おもしろくないんだろう?

可愛らしい嫉妬じゃないか、別段目くじらを立てる程の事とは思えないね。


ひたむきで純粋な好意は、久々で心地いいし、好感が持てるよ。

まあ、若干羨ましくもあるけれど」


「……あいつは大分歪んでるしな……」


「あいつ?


まあいいや、とりあえずね、そもそも謝るべきは私なんだよ。

もう少し、うまく立ち回れると思っていたんだけどね。


おまえたちの逃げ場になってあげられなくてごめん」


「な、ん」


「おまえを追ってきたのも、謝りたかったからなんだけど、

それに、あの子にもういちど会って、許してあげてくれないかな」


「ゆ、るす……?俺、が?」


「当然だよ。悪いのはあの子と、私だ。

おまえに、悪かったところなんて、一つだってないよ。


強いて挙げるなら、ちょっと鈍いところと、間が悪いくらいかな」


「でも、だけど、おれ、は」


獣人だから……。言葉にならない声を、茜は理解したらしかった。


「だから?なんだっていうんだい?

それは悪ではないよ」


「でも、あいつはっ、俺をきらいだから、っ!


な、んで、あんた、リストを受け入れられたんだ。

だって、あいつだって、狼、なのに

なんで、怖いとか、気持ち悪いとか」


「私の育ったところはね、獣人という存在がいない世界だったよ

忌避感、というのはね、育つ中で、意識に刷り込まれるものだから

価値観が違うんだよ、それはなにも賞賛されることじゃない。

当たり前のことさ。


それに、リストは狼らしくないからね」


最初に覚えたのは反感。けれどボロボロと崩れていって

最後に残ったのは、素直に羨ましいという感情だけだった。


「いいな、あいつも、そうだったらよかったのに

あいつさ、俺のこと嫌いなんだ。

ばれてから、怖がってばかりで


お前にくっついてばかりで」


押し殺した嗚咽が喉から漏れた。


「おまえの、その想いの行方は

そう悲観したものじゃないと思うけれどね、


ところで、やっぱりリストは“狼”なんだね?」


「なんだ、それ?どこからどう見たって狼だろ?

あいつ、純血種だろ?」


たしかに、狼らしくはないけど。

そう、ラウは付け足した。


「そう、狼らしくないんだよ」


「なんだそれ、特別だとでも言いたいのか?」


「そうかな?特別なんていう生半可な言葉で括れるほど。

彼の変異は、平凡なものに見える?


それならいいのだけれど、でも。

リストの、それは、“異常”だよ」


茜はきっぱりと言い切った。


「……」


「私は、彼が彼でよかったと思うけれどね。

でも、だからこそ、


根本から、本当の意味ではきっと、

私は、彼を救えないのさ」






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