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再会

ジュウは角を曲がったところで、また思い切りぶつかった。

よろよろと起き上がったジュウは、

女性を下敷きにしていることに、ようやく気づき絶叫した。


「わあああああっ!ご、ごめんなさいいいいっ」


思い切り飛び退いて、手を伸ばして立たせながら尋ねる。


「だ、だいじょうぶ、ですかっ!!?」


「うん、あなたも?」


「……あ」


その女性の姿を認めたジュウは、絶句し、凍りついた。


可愛らしい整った顔立ち、仕立てのいい服。

この世界での祝福を生まれながらに持ち得ない徴である、


黒色の、瞳。




「ジュウっ、お前、なにしてんだっ!!?」


「大丈夫かい?

……っ、な、なんでっ!?おまえが!」


その光景を見た茜は驚愕し、表情を歪めた。

ジュウと向き合う女性の名を呼んだ。


「美月っ……!?」


「聖女さん、どうし……、あっ、アカネ様!?」





呆然と立ち尽くすジュウを、茜は引っ張って言い放った。


「やめなさい!

おまえはどこかに行っておいで!」


ジュウの表情が泣き出しそうに歪んだ。


「で、でも、わ、」


「でもじゃないっ!!

逃がしてあげるといった私の手を、おまえはとったんだ!

ならば私の言葉に従うべきだよ。


私は、こんな結末を、絶対に認めない!!」


「……っ!!」


「ラウっ!!この子を連れて行くんだ!

イヴも、行って、1、2時間後に戻っておいで」


「わ、わかったよ」


「あ。ああ」


珍しく、激昂する茜に気圧される格好で

ジュウの手を取り、引いた。

立ち尽くしていたジュウは、思ったよりあっけなく動き出した。



「さて、どういうことだか、聞かせてもらおうかな?

ねえ、カイン?」


「え、ええと、それは……」


「あっ!!あれ?ないっ、ない!!

どこいっちゃったの!?」


ぺたぺたと胸のあたりを触った美月が、唐突に悲鳴を上げた。

服が汚れることも気にせずに、地べたに這いつくばるようにして

あたりを見回し始めた、泣き出しそうな表情は引きつっている。


「……聖女さん?どうしたんですか?」


そのとき、

かつん、と偶然茜の足元に当たったのは、


「金平糖……?」


硝子の小瓶に色とりどりの金平糖が詰められている。

たとえば首にかけるような長さの紐が括られており、

何かの拍子に紐がちぎれたように見えた。

おそらくジュウとぶつかった時に。


茜のものではない以上、美月が探している対象であることは

容易に想像がついた。

ちゃり、と音を立てながらかざして見せた。


「これを探しているのかな?」


「あっ!!よ、かった……」


泣き出しそうな顔で、大事そうに両手で受け取ったそれを抱きしめた。

震えている――。と茜は気づいた。


彼女の顔に浮かんだのは、紛れもなく恐怖だ。

最後の拠り所を、失ってしまう、という。


金平糖なんて、こちらの世界にはないものだ。

ならば、その意味は、郷愁だろうか。


けれど、彼女はこの世界を愛しているはずだ。

しあわせで、幸福で、一点の曇すらなく

元の世界など、顧みさえしない。

私とは違う生き物で、ああ、けれど、


もしも、それは違ったとしたら。茜はふとそんなことを思った。


「みつ……」


「アカネ?どうした」


別行動をしていたリストが、騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしかった。

答えようとした瞬間、大きな声に遮られた。


「リストっ!!」


何の躊躇いもなく、美月はリストの胸に飛び込んだ。

その姿はあまりに美しく、まるで絵画の恋人同士のようで、

茜の心をえぐった。


僅かに目を逸らして、心を塞いだ。

彼らの思いが伝わってこないように。

祝福の能力であるそれを、茜はそれほどに自在に扱えるようになってしまっていた。


「な、んで、あんた、ここに」


「会いたかった!!ずっと、ずっとよ

あんな人に、ついて行ってしまうなんて、ひどいって

悲しいって、思って、けれど、


でもね、あたし、あなたのことを信じているの

ちゃんと、いつか帰ってきてくれるって。


だから、あたし、ちっとも悲しくないの

幸せなの、ね、幸せだから、大丈夫なの!待ってるからね」



二人を無理やり引き剥がした、悪役みたいだ、と茜は自嘲した。

あまり、間違っていないところが、また痛い。


「で、なんで、ここにいるんだい?カイン」


「え、ちょ、続けるんですか?

いや、えっと色々あるんですけど……」


そう言いながら、カインは美月に視線をやった。

その意図を的確に受け取った茜はリストに声をかけた。


「リスト、少しの間、美月を連れてどこかに行って」


「はあ?何言ってるんだ」


心をふさいでしまったので、茜にはリストの感情は一切見えなかった。

言葉も、情報として記録されるだけだ。記憶ですらない。


「嬉しい!ね、早く行こう」


「ふざけ、 」


「で?」


真っ青に青ざめたカインに声をかける。

頭を抱えながら殺される、絶対殺される。とうめいていた。


「とりあえず、“魅了”がかかってるなら、

リストに殴ってもらおうか?もしかしたらとけるかも知れないよ?」


「本気でやめてください頭かち割られますからかかってませんから、

まあ、情はありますが、


それが自分の感情じゃないとわかった上で、

勘違いするほど僕は馬鹿じゃありません」


「そう、ならば、どうしてここにいるんだい?」


「なんとなく、ですが。


聖女を神殿にいさせてはいけない。そんな気がするんです。

ですから、娼館への説教なんて口実でつれだすしかなくて」


「神殿に、何かがあるの?」


「わかりません、ですが、

神殿に滞在している神がいるらしく、神に会いに行っているらしいんですが

それに関係あるのか知りませんが


神殿にいる期間が長いほど、悪化していくようで……」


言動が安定しないのだと、カインは語った。

自分の言葉を覚えていなかったり、

一瞬前の自分の言葉を否定してみたり。


怪我を負った騎士のことを泣くほど案じて、次の瞬間にはケロリとしている。

唐突に、リストに逢いたいと泣き叫ぶ。

けれど、頑なに戻ってきてくれるから、大丈夫なのだと


幸せなのだと、囁く。


それは、


「まるで――」


そこまでで、カインは言葉を切って黙り込んだ。

話題を変えようとするように、そういえば、と続けた。


「そういえば、結局あのまま帰ったので、

名簿から娼館の名前を消せなかったんですよね。


なので、代わりに、聖女の名簿をかっぱら、……借りてきました。

騎士の方に伝わるものなので、多分見てないでしょう」


「へえ!助かるよ、ありがとう」


ぱらぱらと、古い紙を捲っていく。

少しずつ、茜の記憶と違うところがあった。

やはり神殿のものは、神の都合のいいように変えられているのだろう。


「ふうん、やっぱり、日本人だね……


あ、れ、……これは?」


何千年も遡ったところで見つけたのは、明らかに神殿のものにはなかった物だ。

名前を塗りつぶされている。


「ああ、それは、禁忌を犯したとかで、落籍された聖女のはずですよ」


「禁忌」


つう、と茜の指がなぞった。

かろうじて、下の名前だけが予想できるくらいに透けていた。


「……サ……、き、


……サ、ツキ……?」










ふらふらと、まるで幽鬼のようにジュウは歩いていた。


「のう、主大丈夫か?」


イヴがどれだけ話しかけようとも、反応しない。

痺れを切らしたラウが叫んだ。


「ジュウっ!!いい加減にっ……!」


怒鳴りつけた瞬間、ジュウの瞳が大きく見開かれた。


「え……?」

呆然と、愕然と、あたりを見廻して、ジュウは後時去った。

がくがくと身体を震わせて、怯えた。

顔を手で覆うようにした、こわばって引きつった指は顔にくい込んだ。


「ひっ、いや、あ、あっ」


えづくように、しゃくり上げるように、


「わっ、あっ、ぼく、ぼくは、あ」


ジュウは、泣き叫んだ。


「いや、いやだっ、やだああっ!!

こんなのやだよ、いや、やなのに、


でも、でも、でもっ、こ、これしかないのに、

ぜんぶ、ぜんぶ、ぼくの 」


――たす、けて。



「たすけて、アカネ、さん」




ラウは、ジュウを抱きしめた。

これまで、ずっとしてきたように、

守ろうとするみたいに、


「もう、いい」


「あ、ごめ、ごめん、なさ、ごめんなさい

らう、くん、ごめ、っ」


「もう、いいんだ」


今までの、いらだちを込めたそれではない。

すべてを諦観してしまったような響きがあった。


「アカネのことが好き?」


こくこくと、ジュウは頷いた。


「そっか、アカネだってそんなに怒ってないぜ、

きっと、大丈夫。

だから、もう、もどろう」


一見、昔通りに戻ったようにも見えるそれは、


けれど、




彼らが、決定的にかけちがってしまった瞬間だった。











ああ、なるほど、とカインはため息を吐いた。


上機嫌になって前を歩く聖女をみた。


なるほど、これは、リストが嫌うはずだ。


「聖女さん、君さ、リストのことなんて、

すこしも好きじゃないですよね」


「なんのこと?」


疑問ではない、あんなものよくよく見れば簡単にわかる。

だって、あれほど、リストに嫌悪を向けられて、

これっぽっちも傷ついていなかった。


けれど、白を切るようではなく、本当に何を言われているのかわからない、と

言うように、美月は首を傾げた。


嘘であることは、間違いがない。

彼女は、逢坂美月は、嘘つきだ。


けれど、誰に対して、嘘をついているのか。

たとえば、


――神に?

――自分に?



「たとえば、運命の人の、ために?」


からん、と美月は表情を失った。


「カイン、みつきはね、しあわせでいたいだけなの」



「しあわせでなくちゃ、いけないの」


そこには、甘く傲慢な気配など微塵もなかった。

追い詰められ、絶望じみた、強迫観念だけが彼女の言葉を創っていた。


「勇者に恋をして、悪い女の人に奪われてしまうの。

けれど、いつかあたしのところに帰ってきてくれるって

信じて、待ってるの。

ほら、おとぎ話みたい、でしょう?


ほら、あたしは、しあわせ、でしょう?


きょうも、あたしは、しあわせなんです」


だから、みつきは、だいじょうぶなの。

囁いて、胸にある硝子瓶を抱きしめた。



カインは、やっと悟った。

逢坂美月は、嘘つきではない。


ただ、演じているだけだ。しあわせで馬鹿で盲目な女を。





「あれ?いまあたし、なんの話をしてたんだっけ?

ねえ、騎士様」



なんの、ため に  ?

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