ふたりの過去
「俺たちは、穢神に襲われて壊滅した村の生き残りなんだ」
ラウがそう語ったのは、隣の町まで移動し、借りた宿でのことだった。
ジュウとイヴは、自分に割り当てられた部屋で眠っていた。
生き残ったのは森に行っていたジュウと、それを追いかけたラウだけ。
どうにか二人は、木の虚に潜り込みやり過ごすことができた。
それ以外は、ラウの母を含め、全員殺されてしまった。
けれど、それで終わりではなかった。
屍体を全て埋める事さえ出来ずに、村を後にした二人を穢神は追ってきた。
あとは、もう逃亡の日々だったのだという。
一箇所に留まる事さえ出来ずに、各地を転々として……。
「なるほど、あの時おまえが言っていた言葉は、そういう意味だったんだね。
たしかに“蛇”の穢神では、なかったかい?」
ラウは、念押しの質問に顔を歪めた。
「ない。あんな桁外れの化物じゃなかった。
それに、蛇じゃない。多分、あれは……“蜘蛛”だと、おもう」
「蜘蛛……。わかった、ありがとう。
もう聞きたいことはないかな、悪かったね、辛いことを聞いてしまって」
「別に、
それより、あいつはなんで獣人と一緒にいるんだ?」
口ごもるような様子のラウの言葉に、
茜は少し首を傾げた。
「あいつ?ああ、イヴのことかな?」
「そいつ。神なのに、獣人とまともに話すのかよ?」
「それは、それほどおかしなことかな?」
「おかしいだろ。
あいつら獣人を毛嫌いしてるんだからな、人間どもの差別だって、
元はといえば、神の嫌悪から来てんだ。
親が嫌うからガキが嫌うってのと、なにも変わりゃしねえよ
獣人だって、神のことが嫌いで、獣人だけの神を祀ってるって聞いたぜ」
苛立たしげに呟いたラウは、神が嫌いなようだった。
「たし、かに、鬱陶しいことを言ってくる連中もいたね。
神殿の資料が、一切触れてなかった時点で思っていたけれど、
名を知ることができないのは、魔法が使えるからってのも
いよいよもって胡散臭いね」
神にとって後ろめたいことがあったんだろうさ。
出来事を隠したいのは、間違いを認めている、ということにほかならないよ。
対し、ラウはいっそ呆れたような口調で、断言する。
「そんなもん捏造に決まってるだろ。
名前を使う魔法なんざ使える種族は、ひと握りしかいねえし」
「だろうね、本当の理由は?知ってる?
それに、獣人の神、というのも興味深いよ
リストは、知ってる?」
「……知らない。俺は奴隷上がりだからな」
「っなんで、そんなこと俺が知ってるんだよ、
獣人のことなんか、俺が知るか」
「そう」
「でも、どうせ、くだらない理由だぜ
自分たちの堕ちた姿と似てるから許せないとか、
そんなもんだろうよ」
「たしかに、別の生き物を身に取り込んだ姿、という意味では、
似ていると言えるかもしれないね……
彼ら、くだらない矜持が高いのが多いし、ありえない話ではないよ」
彼を取り巻く環境がそうさせたのだろうが、
ラウは年の割に、聡明で大人びていた。
言葉の乱暴さでわかりづらいが、優しい子でもあった。
十分に信頼に足りる、と茜は判断した。
けれど、茜の期待通りに事は運ばず、すぐに頭を抱えることになった。
ジュウが、ラウを一層避けるようになったからだ。
常に茜とともにいようとする。茜も時折注意はしたものの、
逃がしてあげる、そう断言した以上、強く非難することもできない。
怯えるジュウに、今すぐ全てと向き合えと、強制するのはあまりに酷だ。
しかし、ラウにとっても、それは辛いだろう。
ラウが語ったとおり、兄弟のように育った相手に、
掌を返したように、怯え逃げられれば、当然深く傷つく。
しかもそのきっかけの、穢神襲撃は、彼の母をも奪っている。
ましてや、ラウはまだ幼い。
随分と、耐えてくれていると茜も感心するほどだった。
それでも、平常でいることはできなかったらしく、
次第に、茜に対し癇癪を起こすようになった。
とは言っても、文句を言う程度なので茜にとってはなんてことないのだが、
黙っていられないのはリストのほう。完全な悪循環だ。
普段は、割りと仲がいいのは救いか。
薄氷の上を歩く様な、緊張感がついてまわった。
たとえば薄氷を叩き割るように、
その均衡が崩れてしまったのは、彼女との再会がきっかけだった。