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彼女の“はじまり”に繋がる絶望のおはなし

私は元の世界に戻った。

2年の時を、元の世界で過ごし、けれど、唐突に平穏は破られることになる。


もう一度、神にあの世界へ召喚されたのだ。

今度は、元の姿のままで。


神が私に命じたことは、あまりにも理不尽だった。

曰く、私と入れ替わりに召喚された女は

神達に祝福され、戦闘力以外のありとあらゆる能力を与えられ、聖女として立った。

けれど彼女は、元の世界で満たされ、祝福され愛されてきたが故に

独善で、傲慢だった。


無意識下で発動し続ける魅了の能力で、周りのものは彼女を愛した。

その愛に答えるように、彼女は彼らを愛した。

自らの気に入ったものには、多大な援助をして、

逆に、気に入らないものには、悪と決め付け追放した。


彼女を気に入られる為に褒めるものが前者に、国の為に諫言するものが後者になる。

そんな場合でも、世辞を言えるような人間は大概が自分の利益しか考えていない。

彼女から得た権力を振り翳し、民から搾取することがほとんどだった

彼らの悪事を訴えれば、私はかの人を信じる、と訴えたものを処刑した。


それを見かねた神たちが、彼女を諌めにいった。

だが、彼女に会いに行った神は、堕とされた。


説明しておくべきことがある、あの世界は、神教に似たところがあった。

ピンからキリまで多くの神が存在していて、その中には世界を祟る神もいる

位の高い神が祟れば、世界は壊れる可能性すらある。

世界の崩壊を回避する為に神を、排除する必要が出てくる。

しかし、神は死なない。

だからこそ、最後の手段として、神を堕とす。といった方法が取られる。

堕ちた神は、穢神と呼ばれ、ある種、神への極刑なのだ。

穢神は、悍ましい姿をしている。不老不死の力は失われ、意識が混濁する。

最後には、ただ、暴れまわるだけの、化物になってしまう。



聖女に与えた能力の一つに、神を堕とすものがあった。


そうして、同胞が堕とされて、神たちは、初めて気づく、

与えては、ならない能力を与えてしまったことに。

まさか、彼女があんなにも軽々しく、この能力を使うなどとは、と神は語る。


傲慢に裏打ちされた、独善は、あまりに醜悪だ。と

彼女には、悪意はなく、善だと自らを誤認している。だからこそ、恐ろしい。


早急に、聖女を下ろさなくては。と


慌てた時には、もう手遅れだった。

聖女は、もう能力を使いこなしていたのだから。

常時そばにいる者たちは、聖女に心酔して、ほとんどが彼女に恋をしていた。

神が、聖女を下ろそうとすれば、死に物狂いで抗った

もし、聖女にまでたどり着けたとして、聖女に穢神にされてしまう。

それ以上、神になすすべはなかった。


救いだったのは、穢神が量産され、撃ち漏らしが多く存在したこと

しかし、穢神を浄化することができる神は、すでに堕とされていた。


浄化する能力の加護だけは残っている、しかし加護を他の神が使うことはできない。

誰か、人に与えなくてはならない。

だから――、


私を呼んだのだ、と神は言った。

世界に散らばる穢神を浄化し、聖女を代替わりしろ、と

当然のように、当たり前のように。嬉しいだろう、とでも言うように


彼らが、何を言っているのか、理解できなかった。


アホじゃないのか、と喚きながら

心が死んでいくのを感じた。

ああ、そう、そうだった。これだ。

つたわらないつたわらないつたわらない。

私の言葉が、伝わらないまま聞く価値すらないと、捨てられていく。その絶望感。


前回、最後の方は、歩み寄ってくれた神ばかりを相手にしていたから、

彼らは私が傷つかないように、他の神と接触しないよう、気を払ってくれていたから。

だから、忘れていた。


声を、言葉を踏みにじられるのは、こんなにも辛い。

ここには、優しくしてくれた神は、だれもいない。


そんな私を無視して、今与えられる能力は2つだけだといった。

前回と同じ思考系の能力と、穢神を浄化する能力。


聖女を無力化しろ、という。


――どうやって?

やるとかやらないか、とか、それ以前に、できるわけがない。


私は、どこまでも無力だ。

私には、誰も、いない。

彼さえ、私を見放したのだ。なら、力を貸してくれるひとなど、いるわけがない。


前は、そばにいてくれた彼に、どうにかして報いたかったから。

私がいなくなっても、彼が害されず生きていけるように。

幸いにも、知識は誰よりあった。なにより彼が私の剣に、牙になってくれた。


獣人の迫害を減らし、奴隷制度をやめさせた。

盗賊を取り締まって、腐りきった役人を更迭した。


だけど、それができたのは、彼がいたからだ。

一人じゃなかったから、力になってくれたから。


全てを失った以上、私に出来ることなどないのだ。


そのようなことを訴えたが、私は、心のどこかで諦めてもいた。

彼等が、そんなことを聞いてくれるはずもないのだから

その予想通り、彼らは私の言葉を聞かず、引きずるように連れて行った。


そうして、私は、出会う。彼女に。


「待ちなさいっ!!」


愛らしい、その声には凛とした響きが混ざっている。

腰のあたりまで伸びた、美しい黒髪が風を孕んで靡いた。

大きな瞳には決意が込められている。

見蕩れてしまいそうになるほど、その顔は整っていた。


彼女は、私の絶望だった。


「神にもかかわらず、聖女を代替わりさせて世界を手に入れようとするなんて、

そんな酷いこと、絶対に許さないんだから!

あたしはこの世界を守るって決めたの、この優しくて暖かくて、美しい世界をあなたたちになんか傷つけさせないわ!」


ああ、なるほど。と、私はその時納得してしまった。

彼女にとっては、“そう”、なるのか。


自らを下ろし、挿げ替えようとする神の行為を、彼女はそう受け止めたのか

自分に非がないと思っている故に、彼女は正義で、敵が悪だと。

それは、彼女にとってなんて都合がいい結論だろう。

彼女をして、独善と表現した意味を理解した。


彼女にとって、この世界は優しいのか。ああ、そうだろう。私のときとは違う。

彼女にとっては暖かかったろう。皆が彼女を愛したから。

彼女にとって、この世界は、美しいのか。

差別と餓えが横行する世界を、人が人を殺すことを、当たり前という世界を

こんなにも、歪んだ世界を、彼女は

美しいと、言い切るのか。


私だってわかっている。美しいものも優しいものもたくさんあること。

歪んだ世界をそれでも、美しいものと守っていけるなら、それはとても尊いことだ。

だけど、彼女の断言には、汚いものを受け入れる含みはない。

知らないのだ、彼女は、裏を見ていない。末端をみていない。痛みを苦痛を知らない。

鮮やかに彩られた自分の周りをみて、彼女は世界を美しいと、表現している。

それは、どこか夢見るように。


彼女の姿は、ひどく滑稽だった。

呆れを通り越して、感心してしまった。


ああ、だけど、そうか。彼女は、滑稽で、けれど。

力を持つからこそ、醜悪なのか。


私を置いて、逃げ惑おうとした神を見ながら、

ふと思った。


確かに、彼女には能力ゆえに欠落がある。

だけど、でも、彼女に力を与えたのは、おまえたちじゃないか。

彼女は、きっと美しい精神を持ってはいたのだ。

何の加護もなく、正しく、ひとの痛みを、悲しみをしれていたら。

彼女は、きっと、とても、正しく強いひとになれていたはずなのだから

その頃、私はたしかにそう思ったのだ。


ある意味では、彼女も被害者であるのだろう。

私は、それを知っていた。今も。知っている。

けれど、私は彼女を哀れまない。同情しない。


間接的にとはいえ、私を壊した彼女を、私は絶対に許せないのだから。


そうして、彼らは、神たちをあっという間に堕とすと、倒していった。

十数柱いた神は全て穢神となり、けれど、半分ほどが逃げ出していた。

数人の仲間と、大量の軍を引き連れていた彼女だが、

それでも、戦力は足りなかったのだ。


なったばかりの穢神ならば

一人で全てを屠ることができる可能性すらあった、勇者は、

……リストは、その場にはいなかった。

それは、私への唯一の救いだったかもしれない。


「今ね、たくさんの人が死んだよ?

それは、あたしの力不足のせい、あたしはもっと強くならなくちゃいけない。


あたしは、この世界を守るって、決めたんだよ。

だからね、だから、神の手駒になろうとした、あなたをゆるせない

許しちゃ、いけないの」


――だから。


私は、あなたを殺すよ。


彼女はそう高らかに宣言した。

彼女の選択が、それなら、


もういいや。


もう終わりたい。何も考えたくない。

私を殺すのが、おまえならば、もうなんだっていい。


振り上げた剣が、光を反射してきらりと光った。


「いいえ、聖女さま、あなた様が手を汚すことはありません。

この女は、私が処分致しましょう」


聖女の隣に立つ男が、そういった。

それは、絶望の始まりであることを、私は気づかなかった。


その男は、私を、盗賊に売り払った。盗賊とつながっていたらしい。


苦痛と、屈辱と、薬物が精神を壊した。

人格を、記憶を保ちつづけることさえできないほどに、

私は完膚無きまでに壊された。






私は、唐突に目覚めた。

きっかけはたった一言だった。男たちが言った言葉に彼女への怒りが、再燃した。


憎悪によって、能力が開花した。

性能の上がった、思考、知能系の能力で崩壊した精神を補正した。


そうして、私は、


かれらを、ころしつくした。




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