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飢える蛇

唐突にグロ注意です



街を出るために、荷物をもって歩いていると、

唐突に声をかけられ、茜は振り向いた。


「アカネさんっ!!」


ぱたぱたと危なっかしく走るジュウに、茜は嫌な予感がした。

ラウからも叱責が飛んだ。


「ちょっと、おまえ、走らないほうが……」


「ジュウっ、走るな!!」


やはりというか、茜たちの予想通り、手前で小石に躓いた。


「え、っつ」


「わあっ」


倒れ込む前にリストが茜を抱き抱えるようにして、受け止め、

ぶつかってきたジュウの腕を引っ張り上げた。


「またか、なんなんだあんた」


「ちょ、と、重たいっ潰れる!」


リストは流石に苛立たしげに呟いたが、茜はそれどころではない。

両方から挟まれた状態で、ばたばたと足掻きながら叫んだ。

身長差のせいで、完全に潰された格好になった。


「わっ、ご、ごめんなさいっ、

本当にごめんなさいっ、お腹大丈夫ですかっ?

ぼく、思い切り潰しちゃってっ」


「……だけど」


「え?」


小さく呟かれた言葉を聞き取れずに聞き返したジュウに

茜は虚ろな目で、やけに平坦な声で返した


「おまえが手を置いたところって胸だったんだけど」


「……え、うそ……あっ!ご、ごごごめんなさいっ!!!」


「悪かったね、胸と腹をまちがえるほどに何もなくて」


土下座せんばかりに謝りだしたジュウに、冷ややかに続けた茜は、

く、と後ろから低い笑い声が聞こえて、勢いよく振り返った。


「えちょっと待ってリストおまえ今笑った?」


「笑ってない」


「嘘つき! 今吹き出したじゃないっ!!

ちょっと一回思い切りひっぱたいてもいいかなあっ」


「あんたの力じゃ手を痛めるぞ」


苛立ち紛れにリストの胸ぐらを掴んで、揺すってみるが

当然ながらリストにダメージはない。

むしろ、手を伸ばしているせいで茜が疲れる。


「あ、アカネ、そこまで怒ることはなかろうに」


「イヴ、おまえにだけは言われたくないよ」


真顔できっぱり言い切った茜が怖かったらしく、

涙目になったイヴがリストの後ろに隠れた。


「ほ、ほんとにごめんなさいっ」


「もう、いいよ、どうでも……」




ふと視線を巡らせた茜は、ラウと視線があった。


「あ、きのう、は……」


「悪かった」


そう切り出したのは、リストだった。

ぽかん、と惚けたようにラウはリストを見上げた。


「言ったことは謝る。殴ったことは謝らないが」


「あ、っ、俺、も、ごめん……

ラウ、だ」


「リスト」


「なんだい、会わないうちに随分大人になったね、リスト」


唐突にリストの顔色が変わった。

ついで、ラウも青ざめた。


「穢、神」




次の瞬間、茜の視界が赤く染まった。

通行人だった何人かが、何の意味も、何の理由もなく

一瞬で殺された。

吹き出した血が、あたりを染め上げた。

切り口はあまりにも鋭利で、赤い肉に紛れ脂肪と骨の白が浮き出ていた。

ぐじゅっ、と断面にも近い切り痕が黒く染まり、爛れ膿み堕ちていく。


それは、厚手の外套を被った長身の男だった。

深くかぶったフードだが、茜の身長差からは僅かに覗き込めた。

金色の、縦に裂けた、それを見た


「へ、び」


虚ろに、呆然と呟いた自分の声を茜は聞いた。

瞳孔の裂けた瞳は、爬虫類のそれによく似ていた。

ゆらりと揺らめいた視線が、茜のものと交わる。


『見つけた』


蛇は、そうつぶやいた。

途端、爬虫類じみた冷たさを持つ瞳に、熱が過ぎった。

血に塗れた、日本刀によく似た細身で片刃の刀が、光を鈍く反射した。


じゅう、と焼け付くような熱が篭る。

茜は、確かにそれをみた・・・・・・・・


鮮烈で苛烈で痛烈で強烈な



執着・・


「……ぁっ」


伸ばされた手には、一部白く変色し、蛇のものとよく似た細かな鱗が浮いている。

首筋をなぞるように、指先が這う。

触れる肌はひやりと冷たいのに、伝わる熱はやけどをしそうなほどに熱い。

その温度差に、目眩がした。


眩眩と、吐き気が、した。


目蓋に焼き付いた悪夢が、軋む音を立てて開い て  、


「っ、やぁああああぁぁぁぁああぁぁあああああっ」


思考を砕くように、差し込まれたのは悲痛な絶叫だった。

喉も割けんばかりに、声を張り上げ、

叫んだのは、ジュウだった。


歯根が噛み合わないほどに怯えているジュウを見て、

茜は、自分の言葉を思い出していた。

だって、茜はあの子の手と、顔に、穢れをみつけた。


“ならば、何処かで、穢神と接触したのかもしれないね

それも、かなり、長時間”


ラウがジュウを庇うように抱きしめて、叫ぶ。


「違うっ!!ジュウ!!あいつじゃないっ!!」


ラウの言葉を理解するより前に、自分を見ない茜を責めるように穢神が爪をたて、

がり、と茜の肌が削れた。痛みに視界が白く瞬く、

同時に、鈍い光が一閃した。


リストが穢神に斬りかかり、けれど、後ろに引いてかわされてしまう。

何度も斬り結ぶうちに次第と、リストの方が防戦一方になっていく、

少しずつ、リストが傷つき始める


今までの経験から、自分の力量も相手の力量も把握できるリストは

打ち負ける、という危機感を嫌でも感じざるを得なかった。

力でも質でも、手数でも、その全てで上回られている、

単純に、純粋に、力量差で負ける。


いくら、成体の穢神といえど、あまりに異常に強すぎる。

万全の体調のリストでさえ、歯が立たない。

相手は、本気を出していないにも関わらず、だ。

少なくとも、美月が最初に堕としたイヴとは比べ物にならない。

まさか、それ以前となると、


ざり、と後時去った足が地面を削った。

茜の、首筋を彩る赤を見た。

溢れ出す怒りが、リストを塗り替える。


ぎ、と噛み締めた歯が軋む。

熱が目の前を焼いて、目の前が白く染まった。

身が焼け、砕けるような感覚に、なにか取り返しのつかないことをした、という自覚だけがあって、けれど、これ以上引くわけにはいかなかった。


彼は、茜を護ると決めたのだ。

だって、それだけが、“リスト”でいるための全てなのだから。


穢神の刀はリストの頬骨を削って、フードを切り裂いた。

けれど、同時にリストの剣も穢神の肩口に血を滲ませていた。


軽い、おそらくは薄皮一枚でしかないだろう、だが、届いた。


いける、という確信に、リストは強く踏み込んだ。

防御を投げ捨て、心臓を狙った。


今度は穢神が後時去った、そのまま背を向け、撤退しようとした。


ころす。

明確で空虚な殺意に突き動かされ、彼が地面を蹴ろうとした瞬間。

背中に軽い衝撃が走って、蹈鞴を踏んだ。

抱きつかれて、引き止めるように細い腕に縋られた。

少しも強い力ではない、けれどなぜか楔のように彼を止めた。

邪魔されたことに、怒りを感じ、振り払おうとして――。


だめっ・・・


「……え?」


鋭い叱責に、濡れた大きな黒曜の瞳が、ようやくリストの視界に映った。


「アカ、ネ……?」


「リスト、もういい。もういいんだよ

追いかけないで、いっちゃだめ」



「……あ、ぐっ、ぅ」


ふ、とさっきまでの殺意がこぼれ落ちるようになくなって、

代わりに、リストを激痛が襲った。

じゅくじゅくと、穢れによって傷跡は黒く爛れ膿んでいた。


息を詰め、崩れ落ちそうになるリストを茜は抱きしめる。

熱を伴う痛みが、ゆっくりと引いていく


荒くなったリストの息が、元通りになるまでには10分も掛からなかった。

その頃になると、避難していた人たちが遠巻きに集まってきて

フードがはだけたリストの髪を見て、ざわめきだした。


「銀の、狼」


「勇者様、じゃあ」


「タカトオ、様っ」


あとはもう、大騒動だった。

先代聖女が町を救った、と、けれど


「なん、で、止めたのよっ!!?」


そう絶叫したのは、殺された子供の母親だった。


「なんで見逃したのっ!なんでっ

お願いよ、この子の敵を討ってよ!聖女なんでしょっ!!」


何人かが彼女を止めようとするが、叫びは止まらない。

泣き叫ぶ女性が、元の世界に残してきた母に茜には見えた。


「なんでっ、この子がこんな目にあわなくちゃならないのっ!!

あいつを殺してっ!殺してよ!!」


「今は、できません」


明らかに事切れた少年だったものを、かき抱く母親に言える言葉などなかった。

謝罪さえも、あまりに陳腐だ。事実だけを告げるしかない。

いいや、事実、ではない。

リストに追撃させていれば、もしかしたら

倒せる可能性はあったかもしれない。

けれど、あのままリストが戻ってこないような気がしたのだ。


だから、止めた。

自分のために。リストを失わないために。

そんなことのために、とめた。

責められるべきは、自分だという自覚が茜にはあった。


「その子を、渡してください。

今までの穢れとは、違って、人との間でも伝染るようです」


穢れは、子どもの屍体に触れている母親の手をも侵食していた。

相当の痛みに襲われているだろうに、それでも固く抱きしめ続ける

その姿は、あまりに痛々しかった。


「いやよ、いやっ!どうして、

ふざけないでっ!!渡さない!死んでも渡さないからっ!!」


「そのまま、永眠らせる、つもりですか?

その姿の、ままで……」


びく、と表情が凍りついた。

こわばった体から、一瞬だけ力が抜ける。

男たちが、その隙に彼女を子どもから引き剥がした。


「いや、いやああっ!!返してっ!返してよおっ!!!」


泣き叫ぶ母親をみて、私に力があれば、などと茜は思わない。

力があれば、何もかも救えるなんてそんなことを夢見るほど、

茜は悲観主義でも、楽観主義でもない。


もしもなんてことはないし、何度やり直したって救えないものは救えない。

すべてを自分の責任だとするのは、思い上がりで、

いっそ己惚れでさえあるだろう。

おそらく茜の責任は、天秤に掛け、リストの無事を選んだ一点だ。


けれど、茜はそれを理解した上で、


すべては、わたしのせいだ。と茜は言い切る。


だって、すべてを欺いて進んでいくと決めた。

だれもに縋られる聖女の振りをして、すべてを背負うことを決めた。

予定調和の童話に出てくるヒーローのように。

痛みも悲しみも、寂しさも、感じない救済者として。

虚勢を張って、張りぼてで取り繕って。


聖女を演じきる。と、きめたのだから。


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