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彼らはゆっくりたどたどしく

「……ん、う」


茜は眠りから引き剥がされて、ぐずるような声を上げた。

靄がかかった意識のまま、ぼんやりとあたりを見回した。


繋いだ手が、温もりを伝えてくる。

心地いい、けれど違和感に首を傾げた。


「……?」


茜と手をつないで、座ったまま眠る男は、

美しすぎて、あまりに人間味がない。

目をつぶっていると、本当に神が創った彫刻か何かのようだ。

たっぷりした銀色の睫毛が、僅かに震えて、

アイスブルーの光が漏れた。

ああ、目覚める。と


一瞬見蕩れて、けれど茜の思考が次第に透明になっていく、


「リス、ト……?」


どうして彼がここにいる。


「な、なんでっ」


――いや、覚えている。

ご飯を持ってきてくれたことも、帰り際に眠るまでいてと強請ったことも。

そうじゃなく、


もどっていいよと、いったはずなのに、


「……ああ、悪い、眠ってた」


寝起きのリストの声は、若干だが掠れていた。

解かれた手が、名残惜しいと感じた。


「ちが、ごめんっ、謝るのは私だよ、大丈夫?

無理矢理にでも、引き剥がしていって良かったんだよ?

まだこの時期では、寒かったろうに」


申し訳なさもある、けれど、心を占めるのは歓喜だ。

おそらくはつないだ手を解けなくて、朝までいてくれたのだろう。

けれど、どれだけ縋っても、所詮は茜の力だ。

解こうと思えば、いくらだってできたはずなのだ。

その上で、いてくれたのなら、少なからず彼の意思は介在しているだろう。


ああ、うれしい、なんて嬉しい。


もう、ずっとこのままでいれたらいいのに。

世界なんて、救わなくて、あの子にも逢わずに、

全て投げ出してしまえればいいのに。


今更ながら、モニカの語った夢が、茜の胸を締めた。


けれど、茜がそれを選ぶことはない。

希望など、幸福など、とうに捨てたのだから。


だいじょうぶ、

彼らとともにあるなら、私は。


人でいられる。


「別に、護衛なんかについたら、横になって眠るほうが少ないから

ギルド、行くんだろ」


「あ、うん、でももう一回寝なくても平気なの?」


「大丈夫だ」


リストは問題ないと言い張るので、イヴを起こして宿を出た。

ギルドに向かって歩きながら、イヴが話しだした。


「そういえば、アカネは少し顔色が良くなったかの?

良く眠れたようじゃの?」


「ああ、うん、久しぶりによく寝れたよ。

あのあと、リストが食事を持ってきてくれてね」


「そういえば、リストは、調理場と食材を借りておったの」


イヴが話をふると、リストは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ぐ、黙れイヴ」


「えっ、あれ、おまえが作ったの?

てっきり頼んで作ってもらったのだとばかり……

おまえ、料理できたんだね」


「あんなの、料理とは言わないだろ。

誰にだってできる」


「……できなくて悪かったね」


茜は元の世界でなら、そこそこ出来たのだが、

こちらの世界では、食材の組み合わせ方がわからない。

似たものがあるが、味や、調理法が少しずつ違う。

下手に元の世界で料理をそこそこしていたせいで、尚更

昔の食材と今の食材の使い方をごっちゃにしてしまい、どうしてもうまくいかない。


「……」


「まあ、言っても仕方ないことだね

美味しかった、また作ってくれるかな」


「ああ」



「そういえば、アカネは甘いものは食べれるかの?」


「え?うん、好きだけど……?」


イヴは悪戯っぽく微笑んで、水を掬うような形に手を合わせた。

そのまま何かを受け止めようとするように、両手を掲げた。

こつ、と硬質な音がして、イヴは手を下ろした。

そこには透明で小振りな球体が、数個転がっていた。


差し出されたそれを、茜が口に入れると甘さが広がった。

どうやら、元の世界でいう飴のようなものらしい。


「美味しいね、すごい」


「ふふ、じゃろう?」


「神の癖にその程度のことしかできないから

いつまでも最下級なんだろ」


「ぐ、先ほどの意趣返しかの……」


イヴの能力には制限があって、

両手で受け止めることができる、大きさのものしか創造できないらしい。


そんな話をしているうちに、ギルドに着いた。

外装をみたリストが僅かに眉を顰めた。


「あまり柄のいいところじゃなさそうだな」


「やめた方がいいかな?」


「……いや、明日にはこの街もでるだろ。依頼を受けたとしても1,2だ。

なら、下手にでかいところで登録するより、面倒がないかもな」


扉を開くと、リストの言った意味がわかった。

たまり場に近い状態になっているらしい


「嬢ちゃん、なんの用だ?」


「それは揶揄で言っているんだと信じたいね。

とりあえず、登録したいんだけれど」


受付の男性が嘲笑うのと呆れたと、間くらいの表情で引き止めた。

けれど、引き止めながらも手続きを続けていく


「やめといたほうが……」


「別に、魔物を退治したいとかじゃないさ、

薬草の採集やら、運搬やらそこらへんを……

勿論私が戦うんでもないよ」


困惑しながらも後ろのリストを見遣り、


「まあ、それなら……

でもよ、薬草だって見分け方が難しいんだぞ」


「それなら、問題ないよ。

これでも、隣の村で一時期薬師をやっていたからね、

まあ、誰に師事してもらったわけではないけれど」


ざわ、と溜まっていた男たちがざわめいた。


「おいおい、あそこの薬師つったら、

優秀だって評判じゃねえか、

なのに、金にもならん場所から動こうとしなかったって」


「そういや、先代聖女が現れたって噂になってんの

あそこじゃなかったか?」


そんな血の気の引くような会話に混じって、近くで声をかけられた。


「登録すんならよ、俺らと一緒に行こうぜ」


「遠慮しておくよ」


薬師は、いると便利ではあるが、それだけではなく

彼の言葉には多分に下心が混じっていた。

最も、茜はそれを認識できないのだが、そもそも受ける意味がない。

諦めず続けようと、茜の腕を掴んだ瞬間。


ばん、と叩きつけるような音がした。

リストが二人の間から机に手を叩きつけた。

そのまま茜を引き剥がすと、後ろに庇う格好にする。

低く唸るように、リストは声を上げた。


「触るな」


「ああ?やんのか」


「り、おまえ、そこまで怒ること……」


混乱しきった中に、乱入者が現れた。

声をかけた男を庇うように、手を広げている。

獣人の少年だった。


「申し訳ありませんっ!!

あ、謝ります、僕が代わりに謝るからっ」


許してください、と泣きそうに震えた声で頭を下げる。

ちっ、と舌打ちをしたリストは、そのまま茜を引きずって出て行った。


「なにやってんだお前っ」


「それは、こっちの台詞ですよ!

何やってんですかあんたっ馬鹿か!」


「な、」


「どうして、狼になんか喧嘩売ってんですかっ!!!

死にたいんですか!本気で怒ったらっ、ここの人全員殺されてたかもしれないっ!」





「ちょ、ちょっと、リスト、待って、

一体何にそんな怒ってるんだい、ねえったらっ!!」


「そんなのっ、……本当にわからないのか」


「……え、なに、が」


リストの顔がゆがむ、苛立たしげに踵を返した。


「あんた、変わったな」


ふ、と目の前が真っ暗になった。

息ができない、指先が痺れる。


知られてしまった、きづかれた、もう、だめだ。

なんで、

わたし、なにしたの


ぽた、と頬を雫が伝った。


「リストっ、アカネにそこまで怒ることはなかろうっ!!

のう、アカ、ネ……!!?」


呆れたような顔だったイヴが、茜の顔を見た瞬間

真っ青に青ざめた。


「り、リストリストリストっ!!!!」


「はあ?なに……

え、な……、っつ!!?」


「ちょ、と、待て、なんで、

泣いて……っ?あ、アカネ?」


イヴに呼ばれたリストは面倒そうに、振り向いて見事に絶句した。

それから珍しく狼狽えた。


「そ、そん、な、に、駄目、で

なに、を、怒って、分からな」


「っ、怒ってるんじゃ、なく、って

あんたが、あんまり危なっかしい、から」


「……?」


「八つ当たりだ、悪かった、だから、泣くな……」


こくり、と小さく頷いたのをみて、

リストは息をついた。


「あんた、昔より更に危なっかしいんだよ、

見てられない、から、俺から離れるな」


茜の瞳が大きく見開かれる。

こく、ともういちど頷いた。


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