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一瞬の邂逅

よかった、そう茜は嘆息した。

黒曜のような深みのある、髪と瞳。

幼さを僅かに残す顔は、けれど、達観したような表情で押しつぶされ

顔立ちと、雰囲気がひどくかけ離れている。


「なんとか日が暮れるまでに、次の町に着けたね。

いざとなれば構わないけれど、

やっぱり野宿は、避けられるものなら避けたいよ」


「そうじゃな、我も、当分嫌だの。

洞窟で、棲家にしたとは言え、野宿とそう変わらんかったしの」


死んだ魚のような目で、遠くを見つめながら肯定したイヴは

幼い姿ながら、哀愁が漂っており、茜が思わず謝ってしまうほどだった。

彼女の容姿は幼いながらも、ひどく美しかった。

金の髪と瞳、所々残ってしまった穢れを、隠すように包帯を巻いている。


「あ、うん、なんか……、ごめん」


「そ、それでっ、ええと、

まずは、宿を決めてから、ご飯かな?

あ、でも私、あんまりよくわからないのだけど」


「いい、俺がやっておく、

あんたに任せたら、ぼったくられそうだ」


そう辛辣に答えたのは、

人とは思えないほどに端正な顔立ちを持つ、獣人のリストだった。

しかし、銀の髪と、アイスブルーの瞳は、深くかぶったフードに隠されている。


「ちょっとひどくないかな、

……いや、あんまり、否定はできないけれど……」


「そもそも、あんた、金の数え方わかるのか?」


「わ、わかるよっ、絶対馬鹿にしてるよねおまえ!!

ちゃんとモニカに教えてもらったもん!」


「……つい最近だの」


ぽつりとイヴがつぶやいた。

それを聞いた茜はショックを受けた顔をした。


「イヴまで、そんなこと言うんだっ」


「す、すまぬ、だが、

構わんじゃろう、今から覚えていけば良いことじゃ」


「そ、そうだよね、

まったく、リストは会わないうちに冷たいことばっかり

言うようになっ――、


てもないか、昔からそんな感じだったねおまえ……」


冷たくて、辛辣で、だけどやさしくて。

なんにも変わっていない。

ふ、と茜は微笑み、ふと思いついた。


「そうだ、ギルドっていうのがあるらしいね?

冒険者の集まり、とか、依頼がうけられたり、とか?

そういう認識で構わないかな?」


こくりと首をかしげ、聞いてみる。


「大体合ってるが、やってみたいのか?

名乗る気はないから、碌な依頼は受けられないぞ」


「お金も、薬草も大半はおいてきてしまったしね、

流石に、勝手に薬草なんかを売り捌くわけにもいかないだろうさ、


少しは稼げるかなと、思ったのだけれど……」


「いいんじゃないか?生活費くらいなら稼げるだろ。

それに俺だってそこそこ持ってるんだから、泡食って受けるほどでもない」


「うん、まあ、おまえのそこそこって、多分かなり……。

まあいいや、じゃあ明日いってみようか」


そう言って歩き出した茜をみて、リストは小さく笑った。


「アカネ、楽しそうだな」


「た、楽しんで、ない、よ……」


「楽しそうに見えるがの?」


「あんた珍しく、うかれてる」


珍しく、狼狽える茜は視線を泳がせた。


「前回は、仕事以外に町に降りる機会なんかなかったし

ヘレナのところに来てからも、あの村から出なかったしね

こんなふうに、町をみるのははじめてさ」


まるで、本当に何の目的もなく、

何の期限も、なんの使命も、なにもなくて

3人で世界を見て回る旅をしているみたいで、


「なんだか、楽しくなってしまうよね」


ふ、と微笑んだ表情は柔らかく、昔の面影を残していた。

前から来る“それ”に、リストが気づくのが遅れたのは、

茜の笑みに見蕩れていたせいだ。


「アカネっ」


気づいたときには、もう遅かった。

慌てたリストの声に、茜は一瞬反応できなかった。

丁度、角を曲がって走ってきた人と思い切りぶつかってしまう。

相手は、こげ茶の髪の、ぶかついた簡素な服をまとっていた、

年齢は18才くらいだろうか。

厚ぼったく伸ばされた前髪が、その衝撃によってはためいて、


――目が、あった。


茜の瞳が大きく見開かれる。


「え、あっ!」


「う、わあっ」


そのまま二人で、もつれ合う様に倒れ込んだ。

茜が押し倒される格好になっていた。

一番最初に青ざめたのは、イヴだった。

あの少年、殺されかねん、と


「い、たた」


「うわ、わ、ご、ごめ、なさ、

ぼ、ぼくっ、あああの怪我はっ!!?」


仰け反るように飛び退いたところを、リストは押しのけて、

茜を立たせた。


「アカネ、怪我は?」


「うん、なんともないよ、平気さ

おまえも悪かったね、前を見ていなかったよ

怪我は?無事?」


かあ、と長い前髪から覗く顔が真っ赤になった。


「あ、ああの、ご、ごめんなさいっ

だ、大丈夫、です、あ、あの」


「おいっ!!何やってんだよ!ジュウっ!!」


鋭い叱責にびく、と体が跳ねた。

叫んだのは、薄茶の髪と瞳を持つ、14才位の少年だった。


「ら、ラウく、ん、あ、あの、ぶつかっ、ちゃって、それで」


「怪我は!?だから離れるなって言ったのに!馬鹿っ!!」


ラウは、少し乱暴に腕を取った。

ジュウと呼ばれた方は、怯えてびくりと、体が跳ねさせた。

ラウは、一瞬泣き出しそうな気色を浮かべ、

けれど、それは本当に一瞬で、すぐに怒りの表情で塗りつぶした。


「悪か、っ!?」


ラウはリストの方をみて、絶句した。

すぐにわれにかえって睨むと、リストも茜を庇って前へ出た。

お互いに睨み合うようにして、ラウはジュウの腕を引いた。


「……行くぞ」


「えっ!?え、で、でも、あの、ら、ラウ君」


「煩いっいいから!」


でも、と続けようとしたジュウを遮り、怒鳴りつけた。

ずるずると引きずられて行く、ジュウは最後に

茜を縋るようにみた。


二人の姿は、すぐに見えなくなってしまった。


「な、なんだったんじゃ、あれ

兄弟、とも違うかの」


「……」


見えなくなっても、いなくなった場所を見つめ続ける茜に、

不審がったリストが声をかけた。


「え……? あ、ああ、そうだね、

あの子……、こげ茶の髪の、背の高いほうだけど、


あの子、……顔と、手に、“穢れ”があったよ」


つつ、と自らの手をなぞった。

黒く、爛れたような悍ましいそれは、見間違うはずはなく。


「人が、穢れることはない。

ならば、何処かで、穢神と接触したのかもしれないね」


それも、かなり、長時間。

あそこまで来ると、治すのにも時間がかかりそうだよ。


「それは……、追って話を聞いてみるかの?」


「ううん、必要ないよ。

もしも、縁があるならば、また会うだろうさ」


縁がないならば、それまで。きっとそのほうがいいよ


「じゃが、治してやれるんじゃろ?」


「うん、それでも、だよ」


そう呟いて、それから気を入れ替えるように話しだした。


「さて、それじゃあ、宿をとりにいこうか」


茜は、感傷を振り払うように、笑った。

それから三室分の宿をとって、食事を取りに行った。





「アカネ、まさか本当にそれだけか?」


リストが驚愕の声を上げたのは、あまりに茜の食事が少なかったからだ。

確かにリストは、普通よりも多く食べるほうだが

それにしたって、軽く五倍は違う。

副食とサラダしか頼んでないにも関わらず、殆どを残している。


「うん、あんまり最近、多く食べられないんだよ」


「じゃが、それだけでは体をこわしてしまうぞ」


「ありがとう、でも大丈夫だよ」


「食べないから、こんなに痩せてるんだろ」


そう言って、リストは無造作に茜の腕を掴んだ。

茜は一瞬理解が追いつかずに、呆然として、それから青ざめた。

掴まれたせいで、捩れた袖口から、僅かに手首の痕が覗いていたからだ。

茜の瞳に、恐怖が浮かんだ。


「ぃ、やっ」


思わず、リストの手を振り払ってしまった。

手首を覆うように握り締めて、後時去った。


大丈夫、みられ、て、ない。

心の中だけで、何度もつぶやいた。


「あ、あの、ごめん、なんでも、ないよ」


「何でもないはずがなかろうっ」


「なんでもないったら!」


リストも、最初から気づいてはいた。

昔の茜と、今の茜の、僅かな差異に。


本当にわずかで、けれど、確実にそれはあった。

違和感として、不和として、

その差異の、間に、何があるか。

知りたいと、ねがって、けれどリストは聞くことはできなかった。

だって、もしも無理に暴いてしまったが最後、


茜は、もう戻ってこない気がしたから。

それが、何よりも恐ろしいから。

だって、知ってしまった。失うことの恐ろしさを。

触れることは、できなかった。


だから、昔とよく似た、けれど少しだけ

歪なこの関係を続けるより他に、臆病な彼らには選択肢などなかったのだ。









「ら、ラウ、君っ、ご、ごごめん、ね、あ、の、ぼく」


「なんで、謝るんだよっ」


ラウに手を引かれながらも、謝り続けるジュウに

頭に血が上ったラウは、激高した。

けれど、びくっ、と体を震わせて、俯いて謝り続けるだけだった。


「ご、ごめん、なさ、ごめんなさいいっ」


「――っ、な、んでっ……!」


ラウは、痛みを堪えるように、唇を噛んで

低く、震えてかすれた声を吐き出した。

――もう、いい。



「……お前、

ああいうやつが好きなのかよ」


「え、え? あ、ご、ごめ……あああの、いま」


小さく呻いた言葉は、ジュウには届かない。

うるせえっ、もういいっ! と叫ぶと

ラウは歩調を早めて歩いてしまった。


「あっ、ら、ラウくん、

まって」



ここから二章となります

一章は一人称で二章からは三人称になっています。

これからもよろしくお願いします

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