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【挿話】 世界一幸せな少女の日記

リスト、どうして、と今代聖女は泣いていた。

神殿に戻った後、目を覚ましたミツキは、ずっと泣きじゃくっていた。

取り巻きの上級騎士や、上級神官や、貴族達が、

必死に声を掛け慰めているが、一向に成果は実を結ばない。


可哀想に、と思いながらもカインは冷ややかな目線を向けていた。

確かに、哀れっぽく泣きじゃくる彼女に同情はする。

滾滾と、湧き出るそれは、なにも知らなければ確かに勘違いをしてしまうだろう。


昨日まで、呆れ果てて見ていたカインには、

うすうすだが、それが神の力であることを理解していた。

その上で、勘違いしてしまうほど、カインは愚かではない。

おそらく、今まで取り巻きにならなかったのは、リストの傍にいたからだろう。

異常状態無効化になっていたのではないかと、カインは推測した。


自分の感情と、その他のもの。

取り違えるほど、カインは鈍くなかった。

リストに対し、普通通りに接するために、

周りからは、命知らず、鈍い、と言われているが

それは全くの勘違いである。

――怖いもの知らず、というのは間違っていない。


カインは、リストを一度も本気で怒らせたことがない。

鈍いどころか、むしろ彼は、ひどく感情に鋭かった。


アカネすら、把握していないことだが、

リストはアカネの関わっていないことに対しては、

とても冷静で、正の方向にも、負の方向にも感情の起伏が少ない。

例外を除きあまり何があっても、怒ることは少ない。

――怒る、ということと、苛立つということを別にしてだが、基本的に、全てに対して、彼は嫌っている。怒るほどの関心を周囲に寄せていない。


そこを理解している為に、カインがリストに普通に接するのは

当然のことだった。

むしろ、鈍いのも、命知らずもそっちだろうと、カインは思っていた。


よくも、リストの前で、アカネのことを貶せる。

そんなのは、もはや命知らずではない、ただの自殺志願者だ。


リストは感情が平坦な代わりに、アカネが関わることとなると

どんな些細なことでも、爆発的に苛烈に怒り狂う。

絶対に触れてはいけない、逆鱗なのだ。

その分、カインは徹底していて、

名前を知らないリストの前で、アカネの名前を呼ばないと決めていた。

ようやっと、彼は名前を教えてもらえたようで、一安心だ。


「なんで、どうして、あんな人のところに行っちゃったのっ」


叫ぶ声が聞こえて、思考が中断された。


「ミツキ、あいつのことは忘れろよ、俺が傍にいるからな」


「そうです、あんな奴、ミツキのそばにいる資格はありませんよ」


仕事をサボっているお前らに資格はあんのか、とカインは心の中で突っ込むが、

頭がお花畑の連中との間に会話が成り立つとは思えないので、

とりあえず、黙っておく。

補足しておくと、カインがここにいるのは仕事だ。

何故か、護衛役に任命された。なぜだ。


「いやっ、だめ、あの人じゃないとダメなのっ!!

あたしの運命の人なのっ、

あの人がいなくちゃ、あたし、みつきはもう一秒だって生きて、いけないの、に」


ばっかだなあ、と僅かな哀れみとともに考えた。

ふ、とそこで僅かな違和感が、引っかかった。

ミツキは、腕を切られた騎士たちの心配などせず、

リストに去られた自分を、哀れんでいる馬鹿女だ。


でも、そうだ。

リストに去られた瞬間は?

一度も、“引き止める言葉を吐いていない”

勿論、攻撃を受けた騎士たちに気を取られたからだが、


だが、それがおかしい。

あの時はリストの行方を、二の次にする程に

騎士たちを心配していたと言うことじゃないか。


なのに今は気にも止めていない。

パフォーマンス?いいや、それならば今とあの時、反応が逆になるはずだ。


確かに、アカネの言ったとおり、

自分たちを正義と定義し、被害者とする言い方は間違っている。

ひどく幼稚で、無知で、愚かな反応ではある。


けれど、あの反応は、自分の利よりも騎士の怪我に激昂する言葉は

方向性はともかく、根本としては、間違えていない。

それに、アカネの言葉にも耳を傾けていた。

だからこそ、アカネもあそこまで忠告して上げたのだろう。


しかし、今は、騎士の無事など一切考えずに、

自分の悲しみにだけ、心を奪われている。

これではほんとうに、ただの馬鹿女だ。

アカネのことも、あんな人、と切り捨ててしまっている。


この、些細で、けれど、決定的な差異は、なんだ。


「聖女さん、あいつは運命の人なんかじゃ」


「……うんめい、って?なに、それ」


こくりと小さく首をかしげ、ミツキは尋ねた。

自分の発した言葉を、覚えていないとでも言うように

もういちど確かめるように口の中だけで、その言葉を繰り返して

――あれ?と疑問符を零した。



「あ、あれ、あれ?あれ?

うん、めいの、え?あ、あいたい、あいたい人がいて?あれ?

かえりた、え?どこ、に、あれ……えっ?」



首をかしげ、つぶやく言葉に整合性が失われていく

先程まで完璧な微笑を浮かべていた聖女は、そこには存在しない。

呆然と怯える彼女は、まるで病んだ月のようだった。


「聖女、さん……?」


「ミツキ様」


思わず問いかけた言葉を遮るように、後ろから声がかけられた。

そこにいたのは、あまり人を嫌わないカインをして

虫酸が走る、と言わせる男だった。


「ジェ、ラルドっ……」


「ミツキ様、どうなさいました?

あの方が、お呼びですよ?」


「あ、だいじょぶ、だよ、ね?え?えっ?

だって、あれ?かみさま死ぬ、ことない?の?

だって、え?」


「そんなことを間に受けているんですか?

大丈夫ですよ、あの方に教えられたでしょう?」


「だよ、ね?“まあ、いっか”」


そうして彼女は、完全無欠な微笑みを取り戻し、


「あの方が呼んでるんだっけ、早く行かなきゃ」


ぱたた、と小走りで扉を出て行ってしまう。

取り巻きも何の違和感がないようで、ミツキが行ってしまったことを

残念がっている。


なんだ、これ、

気持ち悪ぃ、とカインは本気で嫌悪した。


「ジェラルドっ!おま、え、“なにを、した”?」


「いいえ?これは、私ではありませんよ?」


つう、と唇を歪める笑い方を、彼はした。

そうだ。いま、ミツキは、




――誰に会いに行った?






□月○日


きょうは、ぱぱにおかしをかってもらった。

うれしい!きょうもとってもしあわせ!


□月△日


さくぶんで、しょうをとった!

ぱぱとままにほめられた!しあわせだった


○月☆日


おにいちゃんと、こうえんにあそびに行った

ちょうをつかまえた、たのしい、今日もしあわせ


△月○日

ふたりのおとこの子から、こくはくされた

はずかしい、けど、しあわせ





X月X日


だれもいないまっかなゆめをみたこわいこわいこわいたすけて

いくなって、だれかのこえが、きこえた





△月☆日


みんなでうみに行った、たのしい、きょうもしあわせでした!



あれえっ?と今日のページを書くために自らの日記を手繰っていた、少女の幼いこえがきこえた。

それは、丁度一昨日のページを手繰った時だった。


「なにこれっ?またらくがきされてる!

こわいことかいてある、きもちわるいよ!」


ぐりぐりと荒くかけられた、消しゴムの上から、少女は書き直した。




きょうも、しあわせでした。






……あれ?


次から、二章突入です!これからもよろしくお願いします。


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