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【挿話】 道化は、自らの最期に微笑む

黄金の瞳と、月のような金糸を持つこの世のものとも思えない

麗しい青年は、眠たげな瞳を目の前にある、姿見のような鏡に向けた。

青年を写していたはずの鏡は、歪み、全く別のものを映し出す。



分岐経路 優先順位 候補第一位:逢坂 美月

選択肢、聖女アイサカミツキ。


試算開始…



聖女アイサカミツキ

『断罪の乙女』『導き手の聖女』『守護女王』などの二つ名を後世まで残す

優秀な聖女となる。

幼少の頃遊びに出ていた際、両親と兄を、一度に失った過去を持つ。

家族写真をロケットペンダントに入れ、肌身離さず持ち歩く。

召喚の直後、重圧に反発し、宰相役となった青年と喧嘩をして脱走。

友人を作るが、魔物に殺されてしまう。宰相の説得を聞き入れ

聖女として努力することを決める。

過去のトラウマから親しい人が死んでしまうことを、ひどく恐れながらも

世界を守るため、騎士達に戦う命を下し、その責を背負うことを自らに架した。




分岐経路 優先順位 候補第二位:高遠 茜

選択肢、聖女タカトオアカネ。


試算開始…




聖女タカトオアカネ

『赦しの乙女』『救い手の聖女』『憂いの姫君』などの二つ名が後世まで残る、

優秀な聖女になる。

平穏な幼少期を過ごし、唐突に召喚される。

身分を隠して出会った、奴隷である獣人の少年に惹かれていくが、

反聖女団体の襲撃からタカトオを庇った少年は、命を落としてしまう。

ひどく嘆き悲しんだ聖女は、

奴隷制度の撤廃。獣人差別の軽減へ尽力することになる。

彼女一代きりの制度として、円卓の騎士と称される12人が存在。

その中にも、聖女に思いを寄せるものもいたが、彼女は

数度の逢瀬しかない、獣人の少年を想い続けた。




分岐経路 優先順位 候補第3位 朝比奈 時雨

選択肢、アサヒ……。



映りかけた未来が、外部からの妨害によって思考を乱され、

がらがらと崩れていく、クラウンは僅かに眉を顰めた。

クラウンが眠っている間に、入り込めるというより

入ろうと思うものなど、限られている。


意識を浮上させていくにつれ、世界が歪み、

入れ替わるようにして、元の世界に戻った。


「クラウンっ!!」


「騒がしいよ、なんだっていうんだい?

僕は君に、聖女候補の先を視るから、絶対起こすな。

そう言っておいたはずだけれどね」


しかも丁度、今忌み子の、

それ相応の覚悟はあるのかな?ねえ、イヴ


「そんなこと言っている場合ではないのじゃ!

さっさと起きんか!!」


度を越えたイヴの狼狽え方に、

尋常なことではないと、クラウンも気づき始めたが、

ひとまずはイヴを落ち着かせなくては、会話にすらならない。


「大丈夫だから、落ち着きなよ」


「なにが大丈夫だというのじゃ!」


「僕は君に落ち着けって言っているんだよ。

君がそのままで、僕に一切合切、理路整然と話を伝えられるなら

構わないけれど、君にできるのかい?

どうせ、支離滅裂になるに決まってるけれどね」


ぐ、と呻いたイヴは、それでも胸に手を当てて、

落ち着こうと息を整えた。


「聖女が、殺されたのじゃ」


「は?」


一瞬イヴが何を言っているのか分からず、頭の中が真っ白になった。


「な、どうして、誰にっ」


「やはり視えておらんかったか、

部下として、付いていた男が乱心し聖女を刺し殺したそうじゃ、

ひどい有様だった、何度も何度も切りつけられ

体中傷だらけで、血の海に浮かんでおった」


「その馬鹿は――」


「無理じゃ、直後喉を掻ききって自害しおった」


ぎ、と噛み締めた、この世界に遡及性はない。

全ては、不可逆で、終わってしまったことからはなにも読み取れない。


死者からは、行動パターンを読み取ることはできない。

何故、こんなことを起こしたかも、知ることはできない。


「“予知外の異常”か。まさか、こんな大規模な事変が……、

なんだって、この時期に……!」


100年に一度、大小関わらずひとつ、

視切れない“予知外の異常”によって、事変が起きる。

だが、こんな大規模なものは、初めてだ。


「クラウン!!」


死を悼むより、世界を案じたクラウンに、イヴが責めるように名前を呼んだ。

クラウンも勿論、哀れんでもいるが、それでも思わずにいられない。

どうして今なのかと。もう数年、5年、いいや3年でもよかった。

そもそも、聖女は先が長くなく8年後に、命を落とすはずだった。

だが、今は、


あまりに早すぎる。


召喚の能力は、異世界のどの時代とでも繋げるわけではない。

無作為に定まっている、そして定められた時代では

8年後に聖女として立つはずだった、第一候補は、今現在、

たった10才だ。

第二候補は12才、第三候補に至っては、8才だ。

こちらに喚ぶには、あまりにも幼い。


どうする――。


けれど、事変は、それだけでは止まらなかった。

100年に一度しか起きないはずの、事変は起き続けた。


何故か、


予知の能力が、狂い始めたとしか、考えられなかった。

あまりに永い時を生きた弊害か、この世界の歪か、

理由は分からなかった。



そして、あの時が訪れた。


「今、ここで我が討たれることで、未来は変わるかの」


イヴは、どこか諦観した風にそう聞いた。


ああ。その通りさ。

イヴが討たれれば、停滞した神の意見は、一気に聖女討伐へと傾くだろう。

そうして、彼女が召喚される。

アカネ一人での、生存が難しいと言うならば

クラウンが積極的に介入し、未来を歪めればいい。

今代の聖女から引き離し、リストだけが出る場面を作り出し、


リストの元に、アカネを召喚してしまえばいい。


神共のせいで、彼らには確執があるようだが、

リストも、戻ってきたアカネを前にいつまでも意地をはれるほど、

強情ではないだろう。


それが、何よりもの最善策だ。


わかっている。そうするべきだという事くらい。


だって今更だ。この世界の存続の為に、クラウンはなんだってしてきた。

友を見捨てさえした。

自分の意思などなく、全ての行動は、世界のために。


まるで、くるくると無様に踊る、道化か何かのように。





ああ、けれど、

いつだって、世界の為に酷いことを強いる僕を、怒ってくれることが

予知の眠りから目を覚ました時に、待っていてくれる、彼女のことが、

ほんとうは、

僕、は――。

自分が、此処に在るようで



気がつけば、勝手に体が動いてイヴを庇っていた。


狼狽え、泣きじゃくるイヴに告げた。


お人好しで、おせっかいで、

本当に馬鹿だよねえ、でも、そういうところが、


僕は、嫌いじゃ、なかったんだよ


だからさ、そのまま変わらないでよ。

何が起きても、何度裏切られても、何度絶望しても、そのままでいてよ


最善を捨ててまで、君を救ってあげたんだ。

僕の代わりに世界を守ってくれないかな





ぱきん、と黒く染まった肌が欠落した。

それは、落ちる前に、黒い羽根に変質し、ひらひらと舞った。


剣を突きつけた、騎士を見つめる。

時間稼ぎの為に、暴れまわった惨状が背景を赤く彩っていた。


体は、所々欠け、もう治ることはない。

もう、これまでか。とクラウンは無感情に嘆息した。


穢神は、二つの状態がある。

幼生期とは、なったばかりを指し、意識は混濁し、殆どの能力を持たない。

言ってしまえば、繭のような状態だ。体は黒く染まっている。

成体すれば、固有の能力を持ち、黒く染まった体は剥落し、

一見元通りに映る。


幼生期の内に倒せなくては、まともな方法では倒せなくなる。

クラウンは今その狭間にいたが、それをまってくれはしないだろう。


混濁していた意識が、少しづつ透明になっていた。


イヴは、最初から異端だった。

原初の神らの一柱にも関わらず、いつまでたっても下層の神で、

だが、その中にあってさえ、イヴは特別だった。

クラウン以外には、誰も考えすらしなかったことだ。

イヴ自身も、気づいていないだろう。


けれど、あんな系統の能力を持っているのはイヴだけだ。

能力が弱くとも、“零から、一を創り出す”力など、

イヴの他には、誰も持ち得なかった。


それに、正確に言えば、イヴの能力も弱いというより、

巨大な水槽の中が、枯渇しているような。


明度を増し、暴走とは言え、能力は拡大し続けた。

クラウンは、唐突に、無意識に、記憶の底をひっ掻いた。


一番最初の記憶。

原初の記憶

始まりの始まりのはじまりのはじまりのはじまり


忘却の、彼方。


唐突に、満ち満ちた万全の至福が失われた。

喪失感、怒り、絶望、悲しみ、


どうして、と僕たちは嘆いた。

けれど、知っていた。

やるべきことを、あの頃の僕らは知っていた。


彼女の為に、僕たちは存在しているのだと。

全ては彼女を目覚めさせるためにだけに。


けれど、それは最悪の形で失敗し――。


ああ、“繋がった”!



く、とクラウンは苦笑した。

道化のように、世界を留め続けて、

ああ、だけど、それにちゃんと意味があったなら。


「なんだいなんだい、そう悪い気分でもないね……」


どうか、と願う。


イヴ、君の先に、幸福がありますように。


だって、身を挺して庇うくらいには、

僕は、君のことが好きだったんだから。


ふ、と微笑んで――。






……あ?


ふと、疑問が引っかかった。

事変がたくさん起きたことが、

予知の能力が狂っているのだと、そこで思考停止してしまった。

だけど、そうじゃないのなら。


たとえば、聖女が殺されたことがはじまりじゃないとしたら。

――加害者が死んだのは、クラウン用の対策だったとしたら。

それ以前に、僕が認識していない事変があったとして、

それが、全てに起因しているとしたら。

たとえば、誰かが、画策し、裏で全てを操っているとしたら。

それは、クラウンと同等の神以外ではありえない。


聖女の後ろに立った、彼、が、

にい、と釣り上がるゆがんだ笑みを見た。


「っ君、が……!!」


とん、と、衝撃が体を走った。

切られたということが、遅れて理解した。

立つこともできずに、這いつくばって手を伸ばした。

ちくしょう、と呻き、けれど、怒りよりも想ったのは、



「……イ、ヴ 」



どうか僕が好きな君のままで変わらないで

これから先、どれほどの絶望があっても。


どうかどうか、いっそ笑えるほどに、生きて。


きらりと、剣が光を反射し、なめらかに振り下ろされた。



ぶつん、とクラウンの意識は、なくなった。


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