彼女の“はじまり”に繋がる終わりのおはなし
本物の聖女が無事育つまでに時間がかかるからと、そんなあまりに身勝手な理由で
私は、魂だけで異世界に召喚された。
容姿すら違う、神が用意した器に入れられ、世界のために生きることを強要された。
神の尻拭いをするために呼ばれた、5年間だけの期間限定の聖女に対し
神たちも、人も優しくなかった。
神は、思考、知能系上昇の能力と、仲間の成長補正の能力を
私に貸与え、あとはほとんどが無干渉を貫いた。
ほとんどの能力は、次代の聖女に渡しているから、渡せないのだといった。
人は、世界を救うことができない代わりに私へ、過度な努力と犠牲を強いた。
当時、中学生、12歳だった私に、全く違う世界の律を覚えろと迫った。
世界中を地図から覚えることから始まり、世界情勢、各国の言葉。
いくら知能が上がったといえ。未だ幼さを残す私に、容易に覚えることはできず。
どんどんと教育は、私の時間を削った。
遊ぶことなど、許されなかった。あの世界で嗜好品の類を口にした記憶などない。
それどころか、授業の他。義務的な言葉以外を話す機会などなかったし、
時には、睡眠を削られたし、食事すらぬかれたこともある。
けれど、私には、その世界に愛した人がいた。
初見が良かったわけではない。それどころか、むしろ最悪だった。
期間限定の聖女と、蔑む人々の筆頭だったから。
というか、それを表に出したのは彼くらいなものだ。
慇懃無礼な敬語を使わなかったのも(あれはただの無礼というのだろう)
しかし、彼はたったひとり、私と喧嘩をした。
してくれた。
使えない聖女の私と、同じところに立って。
くだらないことから、人の生き死にまで、
何度も、何度も。
理解し合えるまで
手を取り、共に歩むようになるまで、
きっかけはただそれだけだった。
だが、それが、私にとって、どれほど奇跡のようなものだったか
おそらく、理解できるものなどいないだろう。
私にとって、彼は、この世界に唯一の光だった。救いだったのだ。
いつだって、そばにいて、伸ばした手をとってくれた。
私のために、勇者になってくれた。
全てから、守ると、剣を捧げてくれた。
本当に、あいしていた。今でさえ忘れられない程に
彼のくれた甘い言葉に縋って、彼の瞳を見なかった
だから、私はきっと、彼の思いに気づくことができなかったのだ。
彼さえ、私を疎んでいたことに、気づかなかった。
彼、リストは、奴隷だった。
あの世界で、獣人は、下等な生き物というレッテルを貼られ、
一歩間違えば、簡単に奴隷に落とされてしまうほどに、迫害を受けていた。
彼も、彼の悲劇を経て、奴隷になり、
そうして、私を疎み人材を惜しんだ神殿の人間に買われ、私に付けられた
人よりも平均的に戦闘力が高い獣人の中でも、
さらに強さを誇る狼の特徴をもつ種族であるリストは、
彼自身の見目の良さに加え、基礎の戦闘力が高いため、
本来、彼は戦闘用、護衛用として高値で取引されていた。
しかし、扱いづらさのせいで、値は下がり、最後には捨て値同然で売られていたらしい。
奴隷で重要な特徴は、従順であることだという。
矜持も、生きることも、死ぬことすら望まない彼は、全てを諦めていた。
なんの希望もないものを、絶望で縛ることはできない。
痛みにも、屈辱にも、飢えにも、脅しにも、命令にも、彼は、屈服しなかった。
逃げようとしない代わりに、どれだけ痛みを与えられようと、命令を聞かなかった。
私への嘲笑とともに話された、その会話を立ち聞いたとき
流されて、怯えてばかりだった私は、その姿にひどく憧れた。
当然のように、私にも彼はひどく反発した。
教会の人間に奴隷商と彼と引き合わされ、呆然と立ち尽くす私に
彼が浴びせた罵声は凄まじかった。
言葉をやっと覚えた頃だったので、半分も理解できなかったが。
というか、いまもわからない言葉もある。
けれど、彼は私の言葉も聞いてくれた。
それは正しく、喧嘩だった。
彼の言葉や主張を、私は理解しようと務めたし
彼も言い募れば、わかってくれた。
言葉を交わしてくれる、理解しようとしてくれる、
あの世界でひとりきりだった私にとって
たったそれだけのことが、どれだけ尊かったか。
少しずつ、緩やかに、態度が軟化していくのが、どれほど嬉しかったか。
彼に恋をするようになったのは、当然だったのかもしれない。
剣をとった彼は、誰よりも強くなった。
奴隷の身分を脱し、勇者と呼ばれるようになって、それでも
そばにいると、言ってくれた。
守ると、言ってくれた。
私とともに、歩いてくれた
そのおかげで、私はあの場所で、少しだけ認められて、居場所ができた。
僅かではあるが、私を認めてくれる神たちもいた。力を貸与え、友と呼んでさえくれた。
私に救われたのだと、そう言ってくれた村人もいた。
5年の年期を終え、急かされるように元の世界に還される時に
私は、彼に手を伸ばした。
おまえが望んでくれるならば、ここに残りたいのだと、
けれど彼の答えは、ふざけるな、だった。
私が伸ばした手を払った、憎しみさえこもる瞳をみて、私は絶望した。
そうして、私の物語は、終わった、はず、だった。