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英雄の条件


「あんまり離れすぎて、遠くって

強いところしか、しらないから

聖女様ってすごいんだって、勝手に思っていたの

絵本の主人公みたいにっ、痛いとか悲しいとかこわいとかなくてっ

なにもかも完璧で」


それは、予定調和の世界をくるくると踊る童話の王子様のように。

誰もが愛して、守ってくれるお伽話のお姫様のように


「だから、わたしたちを助けてって、救ってって

すがってもいいんだって

一度も、聖女様のことを考えたことはなかったの


だから、初め、アカネちゃんが聖女様だったって知ったとき。

すごく嬉しかったのっ

こんな近いところに、すごい人がいたんだって

もう、大丈夫だって、もう救ってもらえるんだって

思っちゃったの、浮かれて、喜んで、


でも、みんなに傅かれて、悲しそうな顔をするアカネちゃんをみて、

冷たい水を被ったみたいに、頭が冷えたの、

だって、アカネちゃんは、すごくてやさしくてきれいで


でも普通の人だったからっ!

完璧じゃなくて、少しだけ弱くて、脆くて

ずっと痛い思いをしてて、悲しくなって

わたしと、おんなじっ!


ちゃんと痛いとか、悲しいとか、こわいとか、

アカネちゃんが感じること。

だってだれより知ってるんだものっ」


「わたし、アカネちゃんがこれまで、どんな思いをしてきたのか

全然知らないの、痛みも、傷も、

何一つ知らないし、教えてくれる気もなくて、でも

きっと教えてもらっても、想像することさえできないとおもうの。

わたしはずっと一人じゃなくて、幸せだったもの。


でもっ、時々、薬を飲んで、

それでも眠れなくて、うなされて

わたしじゃ、理解できないくらいに痛いことがあったんだって

そのことくらいは、わたしにだってわかるのっ!


アカネちゃんは、すごくすごく痛くて

だから、ここにいたんでしょ?

もう、辛くて悲しくて、痛くて

もう、立ち上がることも、歩くこともできなくて

だから、だから、ここに、


アカネちゃん、いったよね。

本当はもっと早く行かなきゃいけなかったんだって、

なのに行かなかったのは、行けなかったのは

怖かったからでしょ

つらかったからでしょ

もう、痛いのはやだったからなんでしょっ


なんでっ!!」


なんで、アカネちゃんなのっ!!!


地団駄を踏んでモニカは叫ぶ。

どうにもならない理不尽を嘆いて、


「なんで、これからも辛い思いしなくちゃいけないのっ!

アカネちゃんばっかり傷つかなくちゃいけないのっ!!

アカネちゃんが、犠牲にならなくちゃいけないのっ!

なんでアカネちゃんだけが、

世界なんて、重たいものを背負わなくちゃならないのっ!!?」


「モニカ……」


「大丈夫じゃないでしょっ!!

なんでそんな顔で、大丈夫だなんて言うのっ!

なんで分かってくれないのっ!なんにも

何一つだって、大丈夫なんかじゃないっ!!


もう逃げないからってそんなのっ

そんな悲しいこと言わないで、怖いこと言わないでっ!」



「そん、な、のっ

やだ、アカネちゃんが痛いのも、悲しいのも、

わたしはいやだっ

やだよおっ!


なんで、アカネちゃんじゃ、なきゃだめなの」



どうしてアカネちゃんなのっ!!




「……一緒に、逃げちゃおうよ、

世界なんて背負わなくていいよ

世界なんて救わなくていいよ


みんなみんな見捨てて、逃げちゃおう?


わたしとお姉ちゃんと、キッサと、アカネちゃんで

あと勇者様と、あの神様も一緒に、

旅をするの、いろんなところを見て、いろんなものを食べて

きっとね、絶対楽しいよっ


そ、それでね」


ああ、それは、きっと、いいやとても楽しいだろう。なんて幸福な日々だろう、

私にとって、必要な人たちは傍にいて、

閉じた輪の中は、満ち足りていて、それだけで良くて、


その、逃避行は

なんて優しい。


幼く、甘い、震えた声で語る夢に、瞼を閉じて聞き入った。

想像してしまった。

そこで屈託なく笑う、私のことを。


ありがとう、そう囁いて、

縋るように両手を伸ばし、モニカを抱き込んだ。

体を強ばらせて、それでも安堵の息を零した。


「だけど、ごめんね。

一緒にはいけないよ」


「ど、して」


「私にどれほどのことができるかは、わからないけれど

私が、見捨ててしまったら、たくさんの人が死ぬかも知れない。


ううん、ちゃんとそんなことはわかっていたよね。

モニカは聡い子だから、それがどういう意味か、理解していた、


だから、こんなにもずっと怯えていたんだろう?


かわいそうに


もしも私がおまえの手を取ったなら、

自分が私に世界を見捨てさせたのだと、自責したろうね。

間接的に、世界を滅ぼすことが仕様もなく、

恐ろしかったんだろう?


夜も眠れない位に、

こんなに震えて、こんなに泣いて、


ごめん、

私は、おまえに世界を捨てさせる決断をさせてしまったんだ。

それほどまでに追い詰めてしまったんだね

どれほど、辛かったろう。

どれほど、怖かったろう。


怯えて泣いて


でも、それでも、

伝えに来てくれたんだね。

逃げても、いいんだと

違う道もあるのだと


ありがとう、嬉しかった。

でも、


やっぱり、私は行くよ」


「アカネ、ちゃ……」


涙でぐしゃぐしゃの頬を拭ってやりながら、続ける。


「もう大丈夫だなんて言わないよ


やっぱり怖いし辛いし痛いんだ。

モニカの言うとおり、大丈夫なんかじゃないね


でも、多分これは私がしなくちゃならないことなんだ。

今ここで歩き出さなくちゃ、きっと後悔する。

どちらも、後悔するなら、できることはやってみたい。

守りたいって、感情を思い出せたから。

皆がこの世界にいるから、守りたいと思えるから

手探りだけど、きっと間違えずに歩いていけると思う。


私が、私であるためには、多分戦っていかなくちゃいけないんだ」


ありがとう、モニカたちのおかげだよ。


「でも、でもっ、

わた、しは……」


けれど、口に出す言葉が見つからなかったというように

はくはくと口を開閉させた。


「ふ、うう

うあ、うあああぁぁぁあああっ」


モニカは、声を張り上げて泣いた。

私は、モニカが泣き疲れて眠るまで、ずっとその小さな体を抱きしめていた。


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