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上出来の成功


「ミツキ様」


「ジェラル、ド……?」


後方に付けられた馬車から、出てきた青年が彼女の名を呼んだ。

遅れてきたのだろうと頭の何処かで判断すると同時に、

ぞわ、と吐き気が、した。

めまいがする、くらくらと、立っていられないくらいに


足元が崩れていくような感覚に、

自分が、どこにいるのかさえ、わからなくなった。

じゃらりと、足枷の冷たい鉄の感触が、ありありと感じられて

思わず、後時去った。

幻覚だ、と自分に言い聞かせてみるが、溢れた恐怖は増大していく


幻覚?何が、枷が?それとも、むしろ、今が幻覚の可能性は……?

リストともイヴとも、逢えたのは、ただの、幻だったら


じわりじわりと恐怖に蝕まれて、思考が鈍化した。


「ミツキ様、大丈夫ですよ。


もう怖いことなどありません、見てはいけません

私に任せて

目を、背けてしまいなさい」


「まあ、いっか。

うん、そう、だね……」





その青年が、くるりと振り返った。


ああ、あの、目は。


精神の小部屋の外に隔離したものは、膨大な記録だけではない。

憶えていては、平静を保てないものも混ざり込んでいるのだということを、

頭のどこかで思い出した。きい、と扉が開く幻聴がした。

溢れだした粘性のある、赤い液体が、床を つた っ  て 


「アカネっ」


「……りす、と」


縋るように、引き止めるように、リストに名前を呼ばれた。

瞬間、崩れていくようだった足元の感覚が嘘のように戻った。



ひそめられた舌打ちが聞こえた気がした。


思い出してしまえば立っていられないというなら、

思い出してしまえば闘えないというならば


忘れてしまえばいい。

それが逃避であることも

それが彼女と変わらない行為であることも知っていながら。


それを選択した。

こんなところで、負けるわけにはいかないから


もうすでに、記憶を弄られたことのある私には、

計算式に値する、改変前と改変後の値が存在している。

引き出して、応用すればいいだけだ。

祝福とは、この世界に反映させ、変えるための能力で

逆に言うと、世界を変えずに自分の精神面を変えるだけならば

今持っている、能力で事足りる。


勿論、それを外に反映させる出力装置は存在しないため、

自ら以外に、適応させることはできない。


開きかけた扉を、再度押し込むようにして閉めるイメージで、

封印を掛けていく、


けれど、ふと意識に引っかかった疑問があった。

彼らに、捕まっている時の記憶は、自分では全て覚えていると思っていた。

しかし思い出せない記憶があった。欠けがあった。


ならばその欠落は、いつからだろう。いつのものだろう。

人為的な封印は誰が、いや、


そんなのは、決まっている。だってそんなことをできるのは一人だけだ。



私、が――?


記憶を構成しなおす時に、封印して、思い出しそうになるたびに

思い出しかけたその記憶ごと、封印していたとしたら。


パンドラの匣の中身は、一体何だ。


思い出してはいけない記憶。

忘れなくてはいけない記憶。

ああ、そうだ。


必ず存在するはずの、けれど見つからない記憶。


それは、



私が、壊れた瞬間だ。



ああ、ああああ、あの、  め  が―――




きぃ、ぃ――――ばたん。


と音を立てて、扉が閉まった。


ふ、と浮上した瞬間には、もう記憶どころか、今まで何を考えていたのか、

記憶を封印したことすら、覚えていなかった。




私は“何故か”、乱れた息を無理やり整えて、目の前の彼を睨んだ。


「やあ、久しいね、ジェラルド」


たっぷりの皮肉を込めて、名前を呼ぶと彼は、毒気のなさそうな顔で微笑んだ。

金髪碧眼の、優しげな美形ではある。

それも正統派の王子様を思わせる顔立ちで穏やかな笑みだ。

何も知らなければ、見惚れる女が絶えないだろう。

実際、私が聖女だった際にも、そんな噂があった。

もうひとつの、碌でもない噂も。


「はい、お久しぶりですね、タカトオ様。

再びお会いできる日を、お待ちしておりました」


「はっ、君はいつからそんな気味の悪い冗談を言うようになったんだい?

やめてくれないかな、吐き気がする。


よくもまあ、そんなことを言えたものだね。

なんども繰り返し、執拗に命を狙われたことを忘れるつもりはないよ」


あからさまに当てこすっても、困ったように眉を下げ、

わずかに首をかしげるだけだ。


「一体何のことでしょう?


誰かと人違いされていませんか、

まさかそんな恐ろしいことを、私ができるはずがありません」


ねえ、そうでしょう?

そういって、彼は笑みを深めた。


「本当に、証拠消しが上手いことだよ、いっそ尊敬するね。

……今度は、

あの子をとかげの尻尾にするつもりなのかな……?」


「なんのことでしょう


それよりタカトオ様――」


私の質問をあっさりと聞き流して、ジェラルドは一歩進んだ。

無意識的に一歩後じさったところで、

リストに庇われた。ジェラルドの言葉を遮って、唸るように怒鳴った。


「いい加減、黙れ。

これ以上その薄汚い口を開くなよ、ジェラルドッ!」


こちらさえ恐怖を感じるほどの怒りにも、

ジェラルドは不敵に微笑み、けれど後ろに下がった。


「ふ、そうですね。

恐ろしい番犬……、いいえ、忠実な狂犬がいるので、

今日は、これまでに致しましょう」


タカトオ様、ソレは番犬ではなく

忠実であれど、狂犬です。

信頼して噛み付かれないよう、充分お気をつけることをお勧めいたします。


「っ、ジェラルドッ!!――」


言葉を続けようとしたリストの袖口を引いて遮った。

腹が立っているのは、私も同じだ。


「余計なお世話さ。

君如きが、リストを測らないでくれるかな。不愉快だ」


彼は楽しげに唇を歪め、けれど会話はそこまでだった。

ジェラルドは言ったとおり、騎士たちを連れて撤退したからだ。


タカトオ様っ、と途中に声をかけてきたのはカインだった。


「カイン、おまえもアカネでいいよ」


「えっ?は、あー、ええと、はい、アカネ様、

とりあえず、自分の安全を優先させてくださいね!


リストは、あなたの勇者ですけど、世界の勇者ではありませんから」


後半はわずかに声を顰めていった。

その言葉の真意を正そうとしたものの、すぐに呼ばれていなくなってしまった。


騎士の姿が見えなくなるのも、すぐのことだった。


安堵の息を吐いた瞬間、かくん、と力が抜けた。

座り込みそうになった私を、リストが支えた。


「アカネっ、大丈夫か?」


「うん、問題ないよ

とりあえず、これで終わり、かな」


「何がっ」


「タカトオ様、ありがとうございます!」


そう叫んだ老女を皮切りに、皆が声を上げた。


「もう、大丈夫だよ」


ふ、と視界を巡らせた先に、立ち尽くすモニカがいた。


「もう、大丈夫だよ。モニカ」


声をかけるとモニカは、肩がびくりと跳ねた。

狼狽えたように、視線を彷徨わせ、

弾かれるように、逃げ出した。



「モニカっ、なにして」


「いいよ、ヘレナ、モニカだっていろいろあって戸惑ってるんだから」


何もかも上手くいった。

イヴは浄化したし、死人は出なかった。

今、私の力でできる最高の結末だろう、けれど、

どうしてか、今にも泣いてしまいそうだった。


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