今代聖女が犯した過ち
きゃああああっ、と悲鳴が上がった。
「っひ、……いやっどうして、みんな」
あまりの衝撃から放心していた
美月が、後じさって涙を零した。
「ミツキっ!!大丈夫か!!」
「見ちゃダメだ!」
周りの騎士が、美月に駆け寄った。
苦痛に地べたに蹲る、腕を落とされた同僚である騎士には目もくれない。
祝福の凄まじい効果に、
全く以て恐ろしいものだといっそ、感心した。
騎士に囲まれた美月は、
きっ、とこちらを睨みつけると彼女は叫んだ。
「あなたっ!!なんてひどいことをするの!!」
「私のせいになるんだね……まあ、確かにそうだけれど
そうだね、私が悪いよ。
リストが私の命でやったのだから、私の責任さ
だけど、穢神に攫われる子どもを見捨てるのは仕方なくて
殺そうとした相手に、腕を奪われるのは酷いことなんだね。
まあ、確かに、見捨てるという判断も必要な時はあるさ。
統治者の立場にいる以上、取捨選択は必ずある。
それを批判するつもりはない。
だけどおまえのそれは、逃避だよ
仕方ない、を理由にして思考停止しているだけじゃないか。
仕方ないは理由にはなっても、免罪符にはならないさ。
そこを理解していないから、偽善で上っ面だけの正義だと言われる。
けれど、責任ついでに言っておくとね
そもそもこんな問答をする前に、手当に連れてって上げたらどうなんだい?
そっちの方がよっぽど有意義だよ
おまえが泣こうが喚こうが腕は生えてこないんだからね」
そこまで吐き捨てると、呻くようにカインが青ざめた。
「うわあ、辛辣……」
「なんだって私が優しくしてあげなくちゃならないんだい」
悪だろうが正義だろうが
剣を向け殺そうとした時点で、殺されたって、自業自得、因果応報。
命を奪うからには、自分の命だって天秤の上に載せなければ不平等だよ
武力を持つからには、その位の覚悟は持ってもわなくてはね
文句を言うなんて、まったくのお門違いなのさ
まあ、復讐云々の話になるのなら、とやかく言えた立場でもないけれどね、
痛みを覚えれば、怒りを覚えるのは当然のことだよ
ただ、おまえの言い方は気に食わないね
両方が剣をもった以上、
善悪を定めて、まっとうに哀れな被害者面するなっていっているんだよ
命を奪った時点で、完全無欠な正義なんてものは存在しないさ。
「でも、まあ、一つ忠告をしておいてあげよう
穢神をつくるのはもうやめておきなよ
それは、昔から最終手段だ。
なぜかと、考えたことはないのかな
制限には往々にして、理由があるものさ
本来の穢神化の儀を知っているかい?たった1柱の神を、
そうそうたる神がぐるりと囲んでから穢神化して、討つんだ。
なぜなら取りこぼすような事態があってはならないからだよ。
あのね、おまえは認識を間違っているんだよ
この世界は多神教であるし、私たちの国の神と似ているね
でもね、象徴と、司るなら大きな違いさ。
いいや、もっと根本的な話からいこう、
そもそもね、私たちの世界の神は実体としては存在しなくて
ここには、実体を伴って存在する。
その違いを、もう少し考えるべきじゃないかな。
ではなぜ、存在しているか。
そんなの、必要だからにきまっているじゃないか。
存在しなくては、この世界は立ちいかないからだよ。
あれらにも、役割が与えられているんだ
だから、存在している。
まあ、こう言い切ると逆説的になってしまうけれどね、
二つあるのさ、私たち異邦人が与えられる能力の加護と、
それから、この世界に降り注ぐ、世界を安定させるための加護がね
この世界の住人が能力を使えないのは、理由があるんだ。
後者の加護を与えられているからこそ、前者の加護を使えないのさ
補足としては、後者の加護は無形だが、前者の加護は有形で
神籍が存在している限りなくならない。
さて、話を戻そう。何故穢神のままではいけないのか、だったね。
理由は簡単さ、神籍があろうと神が存在しなくては後者の加護が薄れるからなんだよ
穢神になってもこの世界にいる限り、全くの零になるわけではないけれど、
時が経てば経つほど、循環は砕け、律は失われ、世界は歪んでいく
慈悲も、豊穣も、慈愛も、全知も、
ねえ、気づかないかな?
あらゆる加護が世界から、なくなりはじめているよ」
「嘘よ!そんなの……っ!
だってあの方は!!」
「おまえが誰に何を吹き込まれたか、なんて知らないけれどね、
確かに無知は罪ではない、だけどね、知ろうともしないことは
怠惰という、立派な罪に分類されるよ。
まあ、あまり無知云々については、今だに人のことは言えないのだけれど。
常識知らずと言われたばかりだしね」
「だ、って……、わ、わかんないよあたしっ」
泣き出しそうな声に、また周りが騒ぎ出す。
「貴様、ミツキになんということを!!」
「ミツキ、あんな奴の言うこと、聞かなくていいからな」
「ああ、こんなに泣いて、かわいそうに」
「黙りなよ、
一応、忠告してあげただけだからね。
聞きいれるも、反発するも自由だろうさ
何を信じるかは、自分で決めなよ。自らの責任でね。
ただ、耳障りのいい言葉ばかりが味方とは限らないよ
それと、忠告ついでに、おまえがなんて聞いているかは知らないけれど
確かに穢神を討てば、代替わりする。けれどそれは
同じ力と性質を持った、別人格が生まれると言うこと。
神に対して、人格というのもおかしな話だけれどね。
討った時点で、穢神になった神の人格に値するものはそこでお仕舞いだよ。
それは、人の死となんの違いがあるんだい?
痛みを伴うし、記憶は継承されない、意識はそこで分断する。
失ったものは、もう取り返せない。
ならば私は、それを死と定義するし、誰にも否定はさせないよ。
そして、その死の責任はおまえが背負うべきじゃないかな?
彼らは、間違いなくおまえたちに殺されたんだからね、
部下の責任は、上司も背負うのは当然のことだろうさ」
「うそ、嘘よ!絶対、そんな、のっ
だって……、
……ほん、と、に
あのひとたち、しんじゃったの……?」
呆然と、どこか迷子の子供のように
彼女は、病んだ月のように
ぽつりと、頼りない声を零した。
その急激な変化に、驚いて絶句した瞬間、