先代聖女の帰還と、宣戦布告
叫ぶヘレナを見た途端、モニカが走り出した。
少し遅れてたどり着いたときには、
彼らに剣が向けられていた。
「間に合ったようだね、ヘレナ
安心したよ」
「あ、アカネ……?」
モニカを抱きしめるヘレナが呆然と、私の名を呼んだ。
蹴り飛ばされたらしき痕を見咎めて、顔を顰めた。
「そうでも、ないみたいだね。
遅れてごめん、もう、逃げたりしないよ」
打ち付けたのか、口の端に血が滲んでいる。
その痕を出来るだけ、優しくなぞった。
ごめん、私のせいだ。と口の中だけで呟いた。
「さあ、聖女サマ、少し話をしようか
おまえと話がしたくてね、彼には遠回りをしてもらった。
平気さ、あと数分は彼の耳でも会話は聞き取れないよ」
「な、なにを」
困惑しきったような、彼女の言葉を嘲笑った。
「ひどいね、私のことを忘れてしまうなんて、
あんまりにも薄情だよ、
私は、おまえを忘れたことなんか、一瞬だってなかったっていうのに」
そう、一瞬だって、なかった。
だって、私が、あそこまでしてあの場所を這い出たのは
彼女への、恨みに突き動かされたから。
つまりは彼女がいたから、ここにいるということで、とそこまで考えて
それは随分と、ぞっとしない想像だと苦笑した。
「さて、時間がないからね
本題からいくよ?
ここに穢神はもう、存在しない。
大袈裟で、張りぼてのような騎士共を連れて
とっとと、尻尾を巻いて帰りなよ、ね?
無意味に居残っても、無様に恥をさらすだけだよ?」
挑発の為に、意図して嘲笑うように、首をかしげた。
「な、貴様!!」
騎士が激昂する声が聞こえたが、とりあえずは無視しておく。
「さて、
これだけは言っておきたかったんだ。
そのために、彼がここに居合わせないようにしたんだから
結構大変だったんだよ?
ありもしない理由をこじつけるのは」
そのせいか彼の機嫌も悪くなってしまったし
それでも、どうしてもこれは必要だった。
私がこれからも、歩き続けていくために
彼女に告げる以上に、自らの心に刻む。
昔とは、もう違うから、
もう、こんなことを拠り所にしなければ、立っていられないほどに
どうしようもないくらいに、歪んでしまって、脆くなってしまって
もう、どこにも戻れないから
だから、
破滅に続く道を、おまえへの憎しみを抱えて進もう。
世界を救うために
おまえをすくうために
私は堕ちよう。
「私を壊した一因であるおまえを、
ねえ、私は君を、赦さない。
赦さない、許さない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない
何よりもだれよりも憎い君を、何があっても永久に憎み続けるよ。
絶対に、絶対に何があろうとも
許してなどあげない」
――例え、おまえの命を救うことになったとしても
たとえ、おまえを幸せにすることになっても
一生、赦さない。
「まあ、そういうことだよ、次は忘れないようにしてくれるかい」
「貴様、ミツキになんということを!!」
「うるさい、おまえたちと話しているわけじゃないんだよ
そもそもの話、私はおまえに一度負けたけれどね、
こちらに来たばかりの、丸腰の相手に対して
万全装備……でもないかな?とりあえず
あんな大袈裟な武装をしてきて、一度勝ったからといって
それで、すべてを終わらせてしまおうとするのは
あんまりにも大人げないし、それこそ傲慢というものだよ
リベンジの機会くらい寄越しなよ
次は、きっと勝ってみせるから、さ」
呆然と立ち尽くす彼らに、言葉を続けた。
「おや、なんだいなんだい、
言葉が通じてないのかな?
私はね、おまえに、宣戦布告しているんだよ?
聖女の座から、おまえを蹴り落としてあげる、ってね」
「反逆者だ、殺せ!!」
「やめろ!!剣を下ろせ!死にたいのか!!」
私が言い切った瞬間、二つの叫び声が聞こえた。
一つは、聖女の隣にいた騎士。
もう一つは、カイン。
ああ、ばれたかな、とも思うが、
どうせ、彼を呼べば、ばれるのだから構わないだろう。
ありがたいことに、信頼度が違うのか大半の騎士が剣を下ろした。
「ふふ、本当に何から何まで陳腐な掛け声だね?
それに酷いよ、カイン。私はそんなことを彼に頼んだことはないじゃないか
さて、これが私にできる唯一の復讐だよ
強くて、綺麗な、聖女サマ?
私の牙は、私の剣は、
返してもらうよ
おいで、リスト」
名を呼んで、手を伸ばした、
とん、と彼が降り立つ音がした。
次の瞬間、あたりが血まみれになった。
「は?」
「え?」
「なっ」
悲鳴よりも先に、周囲から疑問符が零れた。
実はその中に、私の声も入っていたりするのだが。
一拍置いて、絶叫が響いた。
剣を向けていた数人の腕を切り落としたようだ
「リスト?!
私はここまでやってなんて言った覚えないんだけれど!
剣を向けている騎士を、拘束するだけでいいって……」
「あんたが言ったとおり殺してはいないだろ」
慌てて制止すると、リストは顔を背けてそっけなく言った。
見張りを拘束するついでに、遠回りして来いと置いて行ったのが、
腹に据え兼ねていたのか、リストはひどく機嫌が悪い。
「あ、あのねえ」
しかし、その後二の句が継げない。
あれ、私が悪かったのかとさえ思い始めた頃に、
カインに声をかけられた。
「最初から気づくべきでした。
勇者が望むのは、たった一人。
傅くなら、それは、偽物なんかではありえない。
あなたは先代聖女様、タカトオ様だ」
「とうの昔に捨てた称号なんだけれどね
あんまりにも、おまえたちが情けないから
戻ってこなくてはならなくなったんだよ?
少しは反省してくれないかな」
その瞬間、地を轟かすような歓声が響いた。
聖女様が、
タカトオ様が戻ってきてくださった!
この地に、
この世界に!
彼らの顔に浮かぶのは歓喜、
敬うような、縋るような目に
ああ、知られたくなかったな、と思った。
視界の端で、モニカが目を瞠ったのをわずかに捉えていた。
「そういえば、前のお姿は器でしたね」
「うん、そうさ
残念だけれどね、この貧相な体が私の本当の姿だよ」
「ええと、肯定しても否定しても
殺されるような謙遜やめてもらえませんか。
返答に困るんで」
「……?」
青ざめて、カインはそんなことを言ったが意味は分からなかった。
首を傾げると、目を逸らされた。




