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私達に与えられた救い

「いっちゃ、た……」


立っていることすらできなくなって、座り込んだ。

焦燥感と、絶望と、怒りがグチャグチャで

頭が真っ白になった。


また――


「またあたし、うしなうの?

モニカも、アカネも……」


父さんと、母さんみたいに?

何にもできないまま、死んじゃったみたいに?


ああ、だけど、

今度は、あたし一人ぼっちだ。


そう言葉にした瞬間、悲しくて悲しくてたまらなくなった。

視界がゆがんで、目眩がした。



「な、んでえ……っ、なんでよおおっ!!!

なんで、みんなあたしをおいてくのっ


ひどいひどい、こんな、世界っ


嫌い、だいきらい」


ひどい世界だって、どうしようもない歪んだ世界だって

だれも助けてくれないし、すくってくれない

誰もが、自分のことで精一杯で

そんなこと、とうの昔に知っていたはずだった。


父さんと母さんが死んで、初めて躯を売った日。

モニカを養うほどのお金をもらえなくて

私は、死のうとした。

モニカを殺して、自分も、と……。

けれど、彼女に、奇跡のように救われた。


たったひとり、この世界であたしたちを救ってくれた人



「たすけて、

誰か……、おねがい


タカトオ様っ」



「やめろっ!!今この世界にいない人にすがったって意味ねえ!!

薬屋が大丈夫って言ってんだ、俺たちはここでできることをやるしかないんだ!!」


「で、でも」


「モニカを連れ戻すって行ったんだ

なら、信じて待つしか、ないだろ!」


「キッサ……」



なに、言ってるの、

どうして、あんな子をそんな風に盲目的に信頼できるっていうのさ


あれ、なんだろ、気持ち、悪い?

強烈な違和感に、寒気がした。


あんな脆くて弱い子(・・・・・・)にそんな風に縋れるの

だって、そんなことしたら



あの傷だらけの細い躰が、折れちゃう、よ


「あいつらが来るぞ!!

向こうにいかないように引き止めなきゃっ!」



「あ、あいつ等……」


そう、だ、



「っ、来た」



「良かった。

みんな無事みたいだね、安心して、助けに来たよ」


もう、大丈夫よ。

そう言って、1点の陰りなく、

綺麗に完璧に、完全無欠に微笑んだのは、


今代聖女の、アイサカミツキだった。



「みんな、急いで避難して!

これ以上被害が出ないように、今すぐ

魔法で、凶悪な穢神が潜んでいる場所を焼き尽くすから!」


「な、何言ってるんだ!あんた!?

そんなことしたらっ!!」


モニカも、それどころか私たちが住んでいる場所まで

焼き尽くされる。


この世界では魔法なんてのは便利なものじゃない、使い勝手が悪いのだ。

火力も少なく、コントロールができない。

ひどく昔には、扱う術もあったと聞くが、今は失われて久しい。

あんな広範囲を、穢神が死ぬまで焼くとしたら

10人以上の魔術師を投入してやっとだろう。

そんなことをすれば、個々のコントロールは更に失われ


間違いなく、暴走する。


その後、魔術師が水で消火したとしても

そのタイムラグは、容赦なく家を、店を、畑を何もかも焼き尽くすだろう。




「まって、待ってくださいっ!!

もう少し、今、モニカが……

あたしの妹が攫われてしまったんです!!

いま、アカネが連れ戻しに、だ、だからっ!!」



「そんな……、ねえ、可哀想だよ、助けてあげられないかな」


後ろに付いている男がゆっくりと首を振った。


「聖女、穢神と対峙して戻って来れる人間がいるとは思えません。

我々には、乗り込む戦力がありません。

仕方ないことなのです。お聞き分けください」


「……うん、そう、だね、

ごめんね、ダメだよ。

可哀想だけど、もう一刻の猶予もないんだって」


そういって進んでいこうとする彼女の裾にすがって、

必死に頭を擦りつけて土下座した。


「おねがい、します

おねがいします、おねがいしますっ!!」


「ごめん、ダメなの!

一刻も早くあの穢神を退治しないと、

世界が大変なことになるかも知れないんだって


それに、リストが……勇者が見つからないの

突入することなんてできないよ」


「ほんの少し、待つだけでいいんです!

だから――っ」


唐突な衝撃に、言葉が詰まった。

蹴り飛ばされたのだと、気づいた時には何度か地面を転がっていた。


「ヘレナっ!!」


「ごほ、げほっ!!」


「薄汚い手で、聖女に触るな、娼婦め」


くすくすと、彼らから失笑が漏れた。


「やめてあげて、

そう、あなた娼婦だったのね

好きでもない男の人に、躯を売るなんて辛いよね、可哀想……

だいじょうぶ、あたしが助けてあげる。


すぐに娼婦なんて制度、壊してあげるから!!」


「じゃあ、あたし達、どうやって生きれば、いいんですか」


そう尋ねれば、聖女は可愛らしく首を傾げた。


「何言ってるの!

どんな風にだって生きれるのよ!

あなたたちは、なんだってできるんだから!

そんな風に自分を蔑まないで


酷い先代聖女のせいで、希望をなくしてしまったのね」


「は?」


「本当に冷たくて酷い人だったって聞いてる

あなたたちを見捨てるような人だったって


でも、だいじょうぶ!あたしが――」


「ふざ、けるな……っ」


ふざけるなふざけるなふざけるなっ!!

今代は、言われた意味がわからない、とでも言う様に

夢見るように、首をかしげた。


脳裏に、タカトオ様に言われた言葉が蘇る。



『申し訳ありません、

私には、貴女たちを助けられません。

私には、そんな力はないから

助けてあげられない』


そうだ、タカトオ様は何のためらいもなく頭を下げて、

こういったんだ。


『謝罪と、感謝を……

私が、守るべき人を代わりに守ってくださって有難うございます』


意味が分からず立ち尽くす、あたし達に、彼女は続けた。


『貴女たちを――』



嬉しかったの。

勿論、あたし一人のために言ってくれた訳じゃないことくらいわかってて

でも、それでも、

あたしたちは


だから、


「たすけてくれるとか、見捨てるとか、

難しいことは、どうだっていいのよ!!


あの方は、あたし達が生きるための矜持を取り返してくださった!!

がらんどうで、地を這うように生きてきたあたし達に!!

娼婦をして生きていかなければならないあたし達を哀れんで

蔑むでも、同情するでもなく!見下さずに共感してくださった!


あたし達が躯を売るのは、金を貰うためではなく

生きる為なんだって、言ってくださったのよ!!

命を、守るためなんだって

生きてきてくれて、ありがとうって!!

すべてを投げ打って、命を守ってきた私達は、

どこまでも強い人なんだって、だれよりも綺麗だって

だから、あたし達は胸を張って生きてこれた!

それが、どれだけ……っ!!



どれだけあたし達を救ったか、あんたには分からないでしょう!!」


この世界のどこかで、

どんなに泥にまみれても、苦痛に泣いても

それでも、あたし達が、生きていくことを望んでくれる人がいる。


それが、どれだけ、あたし達の支えになったか。


あんたには、わからないでしょう?


「だから、あたし達はっ!!

絶対にあの方への侮辱を許さない!!」


立ち上がり、そう叫んだ。


「貴様っ!!」


騎士の怒鳴り声が聞こえた。

ああ、これは殺されるな、と思った。

ならもう、全部、叫んでしまおうとも


「あんたは、何もわかってないっ!

なにも、見ようとしてないのよ!


あんたの目には、何がうつってるの――、ぇ?」


唐突に、今代聖女の完璧な微笑みに罅が入った。


ああ、これは、瑕だ。


誰が、いったんだ、1点の陰りもない、なんて。

こんなにも大きな、瑕疵が、彼女には。


完璧な微笑みが、崩れた後には

どこか、病んだ月を彷彿とさせる、迷子の子どもの、ような――


けれど、そこまで考えた瞬間、思考が遮られた。


「お姉ちゃんっ!!」


勢いよく抱きつかれて、転ばずに支えるのに手一杯だった。

そこにいたのは、


「モニ、カ……?」


目の前の光景が信じられずに、ぺたぺたと小さな体を触った。

うそ、ほんとに?ゆめじゃ、なく?



「けが、怪我は、良かったよおおっ、モニカっ!!

あっ、アカネはっ!?」


抱きついて、慌ててこの場にいないアカネのことを尋ねると

モニカは、満面の笑みでよくわからないことを言った。


「うん、アカネ様も無事だよ!!」


「あ、あかね、さま……?」


「あのね、あのねっ!!

聖女様がわたしたちを助けに来てくださったんだよ!!」


「何言ってんだお前!聖女が俺たちなんか助けてくれる訳無いだろ!」


そもそも聖女はここにいる。

だけど、そうだ、何かがない限り、こんなふうに戻って来れるはずがなくて

誰かが……?

アカネに語った言葉が蘇った。



「聖女、様……?


ま、さか、……タカトオ様、が?」


「まあ、いっか」


ぽつりと今代聖女がそう零した。

そう呟いた瞬間、彼女は、また完璧に微笑んだ。

それは、とても恐ろしい言葉に聞こえた。


「ね、この人たち、どうしたらいいかな?」


「私どもに任せて頂ければ、如何様にでも」


「うん、お願いするね」


瞬間、剣が突きつけられ、



「待ちなよ」


聞き覚えのある、凛とした涼やかな声が響いた。



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