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あの日の真実

もう何もかも聞きたくないのならば

昔の自分の言葉を遮ったように、斬ってしまえばいいのだと分かっていた。


なのに、目の前にいる彼女が、

ほんとうに、彼女のままで


だから、髪一筋すら傷つけることはできなかった。

それに、

だって、ずっと、あんたの声が聞きたかった。

どうしても、もういちど


たとえ、それが、リストを厭う言葉だったとしても。



ざら、ともぶわ、ともつかない音を立てて、彼女は崩れた。

幾千の花弁となって、舞い散った。


よろよろと視界を巡らせた先に、イヴがいた。


「どう、して、

いまさら、こんなものを見せたっ」


血を吐くような彼の問いには答えず、イヴは口を開いた。


「大神共にとって、タカトオは邪魔じゃった。

祝福は返してもらわねばならんし

民衆からの、支持も厚かったからの

それに、主も離れようとはせんかった。


完璧な次代の為に、タカトオには是が非でも退場させねばならんと

奴らはおろかにも考えおった」


嘲笑と自嘲混じりにイヴは吐き捨てた。

それこそ、どんな手を使おうとも、と


「なに、を」


「そして、もう一つ


主は、有用だと考えた。

史上最高、世界最強の勇者である、リストを

利用しようと考えた。


そのために、タカトオが残りたいと言い出して

リストを連れ去られては堪らなかった。


じゃから、神どもは自らの利のために

主らを、引き離したかった、

その工程の中で、主がタカトオを憎むならなお良い。


そうして、次代の聖女に、勇者をあてがおうとした

最強の勇者は、最高の聖女にこそ相応しいと

くだらん理屈を振り回しての


その結果が今のすべてじゃ」


「なにが、いいたい」




「あの夜、主が逢っていたのは、

主の知る、タカトオではない」


「な、そんな、わけない。

だって、あれは、聖女だった。


間違えるはずがない、おれはっ」


彼女だけは、間違えたりしない。

だって、彼女じゃなければと何度願ったかしれない。


痛いくらいに覚えてる。

声も、瞳も、仕草も、何一つ寸分違わず、彼女のものだった。


「ああ、そうじゃ、あれはタカトオではある

主が、見分けられぬはずがないの

いつだって、神の操り人形になったあの子を

間違えなかった主だ。


じゃが、奴らもそれを知っておった。

主が、聖女を間違えたりしないことを

ならば下手な小細工はむしろ逆効果

必ずやタカトオ自身に、あの子の口から言わせねば、そう考えた。

そして、彼らが選んだ薄汚いやり口じゃ」


そこまで言って一度言葉を切り、

どこか懐かしむように、慈しむような口調で話を変えた。


「のう、主はタカトオに逢って、変わったの?

世界も、自分も、生き方も一変するほどにの


じゃが、それは、主だけではない。

主との出会いによって、タカトオもまた、随分と変わったんじゃ、

主に会う前は、ずうっと泣いてばかりおった

泣いて泣いて、蹲って、呪って、怯えての、とても見てはいられんかった」


「な、」


「“彼女は、世界を呪った。


やだ、と、たすけてと、かえりたいと、こんな世界は、嫌いなのだと、

しんでしまえと、こんな、せかいは、滅んでしまえと


人からも、神からも、傀儡に貶められた少女は、

かえりたいよお、と泣いておった”」


ぞわ、と背筋を何かが通った。

それは……、それ、が、過去の言葉だと言うならば

だってそれじゃ、まるで


あそこに、いたのは――


「あれは、“主の知るタカトオではない”

“主を知ってからのタカトオではない”。


時を繋げる能力を持った神がおる。

あの子は、過去の自分と入れ替えられたのじゃ


あそこにいたのはな、リスト。主に会う前日のタカトオじゃ

一番、追い詰められて、世界を憎んでいた時の

全てのモノに対しての言葉での

“主の居ない世界への言葉”じゃ


決して、主に対する言葉でだけはない、

決して、タカトオが主を疎んでいたなんてことだけは、


ないのじゃ」


頭を打ち付けられたような衝撃に、息が詰まった。


あの言葉も、嫌悪も、恐怖も、

俺を、しらなかったからだと言うならば

あれが、俺へのことばじゃないとするならば


なら、彼女の本当の言葉は、どこにある。


かんがえたくない、

もう、すこしだって

かんがえてはいけない。


だって、それが本当なら

おれ、は――


「すまぬ、どうしても我は伝えるべきだった

そうして、それで主が救われなくとも

余計に、苦しんで、後悔したとしても」



おまえが、ともにいきてよ


どこにもいかないで




おまえが、のぞんでくれるなら


このせかいで、いきてもいいのに



縋るような、その、しろい、てを


おれ、は



「あ」



泣き出しそうに歪んだ表情が蘇った。

それほどまでに憎んだ世界で、残ってもいいと、

俺が望むなら、ここで生きてもいいと

それは、どれほどの覚悟だろう。

どれほどの犠牲だろう。


彼女もまた、変わっていたというなら

あの日々に、何の意味もなかったなんてことはなくて

道具ではなくて、ちゃんと俺の思いに価値があったって


ちゃんと、彼女は、今まで全てに応えてくれていたのに。


俺は、あんたの手をとれなかった

振り払ってしまった。


恐怖に駆られ、信じられずに

あんたを裏切った。


なんだって一人で抱え込もうとする、あんただから

もしも、手を伸ばした時には、

必ず、取るって決めたのに。




どうして、しんじられなかったんだろう

信じるべきは、あんな言葉ではなくて


今までの日々だったはずなのに。




「すまなかった。

主は悪くはない。

何もかも悪かったのは神じゃ、じゃが

すべての罪は、われが背負おう。


主の気が済むよう、我を殺せば良い

今ならば、主ならば簡単にできよう」


受け入れるように、穢神は手を開いた。

剣を、振り上げて――



すべては神のせいだと


信じ込んでしまえば、きっと楽だった。

ああ、だけど


あの手を離さなければ、彼女を失わなかったって

そんなのは


「は、ちがう、ちがうな、そうじゃない

あんたじゃない、悪いのは、死ぬべきなのは


彼女を信じられなかった、俺の方、だ」


剣を自らの首筋に宛がい――


「やめてっ!!」


ぶつかる様な衝撃に、咄嗟に剣を手放した。

細い腕が首に絡んだ、勢いよく抱きつかれたのだと理解した時には、

庇うように抱きしめていた。

目の前が白くなって、倒れ込んだ。


あの、あまい、においが


ああ、初めから

あんたを見間違えるはずがなかった。

酔っていようと、幻を見たとしても


な、ら


あんたは



「聖、女――?」



透明な雫が、零れ落ちた。


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