表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/46

彼女の偽りの記憶

それらが、何を意味するのか。

すぐに理解した。

これは、過去の出来事を映し出しているものだ

私は知っている。忘れられるはずがない。


だって、


「やめろっ」


彼の静止を嘲笑うかのように

彼女は口を開いた。


これは、あの夜の――。

私が元の世界に還る、前日の夜のことだ。


ならば何故、彼はこんなに怯えているのだろう。

だって、あの夜は何もなかった。

名前を呼ぶことを断られただけ、で――、

あ、れ?


ちがう、そうじゃない。

だって、私は疑ったはずだ。

“ほんとうに彼に伝えられたのか?”と

もちろんそんなものはただの疑念でしかない。

けれど、どうして、その疑った記憶すらすぐには思い出せなかったんだろう

いいや、今だって、少し気を抜けばすぐに零れおちて

霧のように混濁した記憶に紛れ込んで、しまいそうになる。


『あのね、最後におねがいがあるんだ

私、おまえに――、』


そこで、ぶつりと言葉を途切れさせると、

ふら、と過去の自分は、力を失ったように。


意識を失ったような仕草で、よろめいた


そうして――、躯は傾いで、倒れこみ、


けれど、予想と反してたたらを踏んだ足は、体を支えた。


ぞ、と肌が粟立つような違和感を覚えた。

自然と息が荒くなり、指が震えた。


“ちがう”何かが決定的に間違っている。

こんな過去を、私は、しらない。


目の前では、それに一瞬遅れるようにして、

リストが、過去の私をよんだ。


『聖、女、聖女聖女聖女っ!!』


縋るように、引き止めるように

彼は、目の前の少女を抱きしめた。


「やめ……っ!」



『 い く な !!』



頭を殴られたような衝撃とともに、

“与えられた”記憶が、砕け散った。


ああ、そうだった。


彼に伝えることなど、できなかったのだ。

ならば断られたことなど、偽りで

ふらりと、よろめいた時には、私の意識などかき消されていた。


アレが、私ではないとしたら、

アレは、いったい、だれ だろう。

彼は、いつだって、私を見つけてくれていたのに

どうして――。


どうして最後の最後に間違えたの?


記憶に紛れ込んだ、あの金色の瞳は

神のモノだった。


そういう、ことか

結局ほとんどの神共にとって、私は操り人形でしか、なかった


『――いくな』


縋るような彼の言葉に、

少女の瞳が、夢から覚めたように、瞬いた。


「やめてくれ……っ!!」


彼の静止は、殆ど絶叫じみていた。


『元の世界に戻らないでくれ

俺をおいていくな

もう、ひとり、は嫌なんだ


あんたがいなけりゃ、忘れたままでいられたのに

希望も、光も、絶望も、欲求も――

知らなければ、暗闇で生きていけたのに


あんなふうに、救っておいて

いまさら、手を離したりなんか、そんなのはひどい、だって


俺、は、俺はもうあんたがいないと

生き、て、い――』


ぶつん、と“彼”の言葉がひきちぎられた。

“彼”が、切り裂かれた。

肩口から、腰のあたりまで袈裟斬りになった。

血が噴き出すことはなく、

ぐしゃりと崩れ、“彼”の躯は花弁に変わり、舞い散った。


一瞬、何が起こったのか、理解できなかった。

理解できたのは、剣を振り抜いた彼の姿を捉えてからだった。


今の彼が、昔の彼を、殺したのだと

振り抜いた勢いのまま、剣が地面に突き刺さっていた

勢いが余り、剣に振り回されるような、あまりに彼らしくない攻撃だった。


無理やり埋まった剣を引きずりだして

もう一度、乱暴に振りかぶるような動作で、彼は構えた。



そして、今度は、少女へ剣を振りおろし、て――

けれど、彼女の首筋でぴたりと止まった。

葛藤からか、恐怖からか、彼の剣を持つ手が震えていた。

映像だと分かっていたはずだ。それでも

結局、彼の剣は、髪一筋として彼女を傷つけることはできなかった。


彼の瞳から、ぼろ、と涙がこぼれた。


「あ、ああああああああぁぁぁあっ」


あまりに悲痛で、痛々しい慟哭が迸った。


そうして、彼は、“彼女”と向き合う格好になった。

丁度、“彼”がいた場所にいたせいで、

彼は、“彼”と入れ替わったような形になってしまう。


“彼女”の青い瞳は、


恐怖と、嫌悪に歪んだ。


『や――』



あ、


しっている。

その苦痛を、恐怖を、絶望を、

その言葉を。


だってそれは、私の言葉だ。


アレ、は、



“私だ。”



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ