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穢神は誰だったのか

いくら濃度の濃いお酒といっても、一口飲んだ程度なのに

彼は、本当にお酒に弱い。

前を歩く彼の足取りは、躊躇いはないが、時折身体が傾いだ。

まだお酒が残っているのだろう。


まさかこんなことになるとは、予測できなかった。

たとえ、彼が戦えないと断られていたとしても、

飲ませたのは私なので、結構自業自得だったりする。泣くに泣けない。


やりすぎた気もするが、やっぱり私を彼女と見間違えて

私を押し倒したりした、彼も悪い気がする。と一通り言い訳したところで

きまずい沈黙に耐えかねて、とりあえず声を上げた。


「ね、ねえ、さっき言った言葉は

どういう意味なんだい?」


モニカは、無事だっておまえいったよね?

どうか、無事でいてと願うように問うた、

気休めではなく、彼には何か確信があるような口ぶりだった。


「アレが人違いをしている間はな

傷一つ付けようとはしないだろ」


あっさりと、それが当然のことであるように、

不愉快そうに彼は言った。

見つけた、と切望と歓喜の入り混じった声が、蘇る。


「やっぱりモニカは、間違われたのだね」


「あんな格好で穢神にあえば、当然だろうな

忠告しておいてやるが、あの子どもを連れ戻すのは並大抵の事じゃない。

存在理由の全てが、今は取り違えられてあの子どもに集約してる。


アレは、あの子どもを守ろうとする。

取り返そうとするなら、穢神にとって敵だ。

子どもを害そうとしていると認識されるだろうな」


死に物狂いで掛かってくる、しかもあいつの住処だ。

勝ち目なんか、あると思うな。


淡々と、事実を言及するように彼は言った。

それでも、と言い返そうとして、口を閉ざした。


「なら、どうして、

そこまで分かって、ついてきてくれたんだい……?」


浮かんだ疑問が口をついた。


「俺も、アレと同じだ、

命よりも、大切なものを無くしたくせに、のうのうと生きながらえて、

なくしたものばかり、求めている

いい加減、終わらせるべきだ、これがいい機会だろ」


「それ、どういう――」


自嘲じみたその言葉に、違和感を覚えて、尋ねようとしたが

答える気はないようで、遮られてしまった。


「もういい、着いた」



『すまない』


薄暗い洞窟を進むと、天井のひび割れから、光が溢れていた。

ちょうどその場所に穢神は、うずくまっていた。


それは、ある種とても幻想的な光景でもあった。

彼女の周りを、放射状に天井まで花々は埋め尽くしていた。

大輪であるのも、急速に腐り落ちて行くのも変わらない。

けれど、先ほど見たのとは違い、ひどく美しかった。

泣きたくなるくらいに。

ひらひらと、はらはらと、花弁がふる。

水中のように、ゆらゆらと浮遊する。


赤と黒と、そして、ここ以外では咲かなかった白い花。

艶然というよりは、儚く見えた。

毒々しさは薄れ、どこか、祈るように、悼む、よう な


彼女は、幼い金髪の少女を撫ぜている。

あやす様に、慈しむように、

それが、なぜか、どうしてだろう。

すこしだけ、羨ましく思った。


ゆらりと、揺らめくように、夢見るように

彼女はこちらをみた。

花は、私たちを排除するために蠢きだした。


「は、いいぜ。

俺も、お前と死んでやる」


ああ、そうか、彼はここに死ぬために。

どうしようもないくらいにわかってしまった。

その事実だけが、理解できて理由がひとつも掴めない。


昔は、きっとなんだって理解できているつもりだったのに。

今は、もう何もわからない。

彼に、何があったんだろう。

それとも、最初から、勘違いで、うぬぼれで、

彼を理解できたことなど一度もなかったんだろうか。


自然な動作で、彼が前に出た。

押しのけるように、肩を押されて蹈鞴を踏んだ。

その時だった。


『タカトオ』


悔恨と後悔にまみれた声が、耳朶を打った。


うそ


だって、しっている。

それは、

その呼び声を、私は


真っ白になった頭に、なんども浮かんでその度に掴み損ねてきた

イメージが、今度こそ、蹲る穢神に重なった。


がくん、と体の力が抜けた、思わずへたりこんだ私に、

何やってるんだ、と怒鳴る声がする。

リストの声が、膜を張ったように遠い。


こんなのうそだ

どうしていままでわからなかった

なんで、きこえなかったの


いや、いやだやめて、なんで、どうして――


「な、んで、彼女が――っ!!」


「彼女?

当たり前だろ、最初に堕とされた神は、

初めに説得に行った神だ」


当たり前と一蹴されて、ようやく思い至った。

どうして今までわからなかったかと思う程に、簡単で単純で救いようがない結論。

そうだ、彼女はとても優しい神だった。


再召喚されたとき、

どうして、仲のいい神たちは来てくれなかったのかと

裏切られたような気さえしていた。


だけど、それこそ当たり前だ。

私を助けてくれたような、優しい神たちが

この惨状を、見過ごせるわけなど、なかったのだ。

もう、私が呼ばれた時には


みんな、聖女に逆らって堕とされていた。


どうして、わからなかったのか、理由はきっと

気づきたくなかったから。

知りたくなどなかったから

これ以上、この世界を憎みたくなんかなかったから。


ひどい、ひどいひどいひどいひどいっ


ああ、けれど、なによりひどいのは

堕とされ、傷つき、孤独に耐えた彼女に

私は、彼女に何をした。


伸ばされた、白い指を思い出す。

縋るような、指はすぐに叩き潰された。


さようなら、そう呟いた自分の言葉が――


「――――――っ!!」


私は、彼女を殺そうとした。






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