彼女が犯した間違い
「アカネっ、アカネ!!」
「……、ぇ……?」
ぼんやりとした視界にヘレナが映った。
今までのことが一気に自覚し、頭の奥が冷えていく
慌てて飛び起きた瞬間、頭に鋭い痛みが走った。
視界が歪み、吐き気がした。
「あっ……!?つぅっ!」
「アカネちゃんっ!」
「アカネっ、頭を打ったんだから動いたらダメ!」
悲鳴に近い声で制止され、やっと自分の状況を自覚した。
土砂の一部が、頭にぶつかった衝撃で脳震盪を起こしたらしい。
よくあれだけの土砂崩れに巻き込まれて、これだけで済んだものだ。
シミュレーターは意識の喪失でも、それ以降の予想ができなくなることを初めて知った。
ヘレナとモニカ、キッサまでいる。モニカに至っては泣きじゃくって喋れることができないようだ。
「何を無茶してんの!バカ!!
今回は運が良かったけど、一歩間違えたらアンタだってっ……」
「ごめ、ん……、穢神、は……?」
「あ、ああ大丈夫、穢神は土砂崩れの下敷きになったんだ
騎士どもが掻き出してっから」
よろよろと、視界を横に向けた。
引きずり出され、くったりとした彼女の
胸が僅かに、上下した。
冷たいものが背筋を走り、ぞわり、と肌が粟立つのを感じた。
痛みにも構わず、飛び起きて絶叫した。
「っ!あ、だめ、だめだっ!」
「アカネっ!?」
「やめてくれっ!!まだ、彼女は死んでないんだ!!
起こしたりなんかしたらっ……!」
ああ、私のせいだ。
さようなら、と呟いた自分の声が思考を過ぎった
その言葉に反応した彼女は、一歩だけ予測より前に進み
致命傷を免れた。
あれだけ緻密に練り上げた予測は、あの言葉一つで容易く覆ってしまった
「アカネちゃんっ、どうしたの?!」
その叫びを合図に、穢神は、ゆるゆると、顔を上げた。
僅かに開いた唇から、花弁が溢れた。
『見ツケタ』
ずるり、と
蔦が蠕動する音が聞こえた。
ころされる。
なんの策もなく、本能的に固く目を閉じて、腕で顔を庇った。
それが間違いであることに、気がついたのは
悲鳴が、鼓膜を打った時だった
「きゃあああああぁっ」
「モニカぁあっ!!」
蔦に絡め取られ、引きずり上げられたモニカが悲鳴を上げた。
穢神は大きく腕を開いて、気を失ったモニカを抱きしめた。
ほかの誰にも目もくれず、1人の少女だけを
「な、なんで」
こんなことが起こるはずがない。
穢神は、私をまっさきに狙うはずだったのに、
どうして
予測を――
「まち、がえ、た……?」
どこで、なにを、どこから
私はなにかを、見落としていた?
「だめだ、離してくれっ!」
その子はっ――、
シミュレーションを稼働させながら、穢神を追った。
初めて穢神が、明確な殺意を発露させた。
蔦がムチのようにしなり、避けることも庇うことも出来ないまま
もろに腹部に叩きつけられた。
「ぁぐっ、げほ、っごほ」
地面を何度か転がって、激痛のあまり腹を押さえてうずくまるしか出来なかった。
視界を巡らせば、皆も攻撃されたらしく転がっていた。
ヘレナと、キッサも、皆、生きてはいるようだが、今度攻撃されれば逃げることはできないだろう。
『邪魔』
思考に挟み込むように聞こえた言葉は、目覚めかけた浄化の能力を通じて
穢神の思考が流れ込んできているのだと悟った。
蔦がとどめを刺すためにもう1度振り上げられる。
ああ、だめだだめだだめだだめだ
デリートとコンテニューが目まぐるしく繰り返される。
けれど何度繰り返しても、助けられる予測が一つもない。
もう、助からない
たすけられない。
ああ、やっぱりこの手で、誰かを守るなんて出来るはずがなかった。
こんなにも無力で、愚かで、血に汚れた、手で、
変わることなど出来やしなかった。
救うことなど出来やしなかった。
どうして、助けられるかもしれないなどど自惚れたのだろう。
何も、しなければ、まだ、死ぬ人は少なかったものを。
絶望に心が押しつぶされる。
いたい、いたい、苦しい。辛い。寂しい。怖い。
ああ、だってわたしはひとりだ。
ぼろぼろと涙が頬を伝った。
引きつった喉が焼け付くように痛んだ。
震える指が空を掻いた。
たすけて、と叫びそうになった。
かれが、来てくれるはずもないのに。
一瞬、蔦が動きを止めた。
流れてくる感情は、驚愕、……困惑?
けれど、それもすぐに澱んだ闇に覆い尽くされて、蔦が動き出す。
死を覚悟した瞬間。
とん、と視界が黒く染まった。
「……え?」
私の身の丈ほどの大剣を持って、黒のコートを身に纏いフードをふかく被った、
彼が視界を遮っていた。
まるで私を、庇うように。
もう、あえないはずで、もう、助けてなどくれないはずで
なのにどうして、おまえがここにいるの、
「なん、で、」
――リスト