能力の発動
ぐちゃ、と目の前で私が、潰れた。
その瞬間、画面がぷつんと入れ替わる。
シミュレーターは自身の死以降の、未来は予測できない為、強制終了したのだ。
それは一つの、未来の予測が、失敗に終わったことを意味する。
コンテニューという文字が浮き出て、
また初めの穢神と相対した場面に戻る。
もう一度同じことを、少しだけ行動を変えて繰り返す。
次はもっと酷かった。キッサも殺され、私も腕をもがれて死んだ。
もう一度。
次は、キッサの死は回避したが、私は、死んでしまった。
もう一度、
次は、穢神が攻撃性の発露を見せず、誰も死ななかったが、
少女は連れ去られてしまった。
どうにもならない。
デリート。
もういちど。
何万、何千と繰り返す。
すこしでも、マシな結果が出るとそれをモデルタイプにして
細部を補強して。
それでもダメなら、削除して。
また一から始める。
どうにか成功率を高めることができるようになった頃。
軽い足音が、扉の奥から聞こえた。
タイムリミットが近づいてきているのを悟った。
この能力は、長時間の使用はできない。
酷使すればするほど、作った境界線が薄れていくからだ。
ぽた、と粘ついた水音がした。
ああ、きた。恐ろしいものが、追いついてきた。
慌てて、能力の稼働を停止させる。
景色が白く入れ替わり、浮上するような感覚に眩暈がした。
くるん、と、ドアノブが回った光景が、最後に目に焼き付いた。
次の瞬間、元の世界に立っていた。
正確に言えば、ずっとここにいたのだが。
あの“小部屋”にこもっていた時間は、実際にはたった一瞬だ。
あとは通常の状態で微調整を加えていく。
正確率も低下するが仕方ない。
ゆっくりと歩み出て、用意した言葉を吐き出した。
「“ねえ、カミサマ、話をしようじゃないか?”」
震える指を握りこんで、できる限り不遜に言い放った。
穢神はこちらを見ることすらしない、キッサが抱き抱える少女に手を伸ばした。
「馬鹿っ、何やってんだ!?いいから隠れてろ!!」
「アカネ!戻って!!」
驚いたキッサとヘレナが叫ぶ声が聞こえる。
「“ねえ、カミサマ、そのこどもはね、君が探すひとでは、ないよ”」
一言づつを区切りながら、幼子に言い聞かせるように囁くと、
やっと穢神は、ゆるゆるとこちらを一瞥した。
小さい仕草ながらも、先ほどとは全く違う、予測に近い反応を引き出せたことに
やはり、と僅かな安堵が広がった。
穢神は、何かを探している。
穢神にしては、悪意や敵意が少ない。
蔦も殺すためというより、捕獲を優先している。
ゆっくりとした動作ながらも、視線を彷徨わせる。
という仕草から予想した全くの当て推測だったが、あたりのようだ。
もちろん、違った結果を織り込んだルートも予測済みだが、
ここが正解かどうかで、成功率が全く違う。
彼女が、探しているものはなんだろう。
仲間の神か、それとも人か、赦しを請うために聖女を探しているのか。
そこまで考えて、苦笑した、たとえわかったって一体どうするっていうのだろう。
何もかも、救い上げることなんて出来るわけがないのだから。
力が足りないなら、選ばなくちゃいけない。
そして私はもう選んだ。寄り道などしている暇はない。
「“君は、探してるんだろう?”
“しなくてはならないことがあるんだろう?”
“そんなことをしてていいのかな”
“そんな時間があるのかな”」
なんども同じ意味の言葉を、少しずつ変えて、繰り返す。
精神に深く刻み込まれるように。
加えて否定形ではなく、疑問形で問うことによって、
自分で考える余地を与え、自分で考えたという意識を持たせる効果がある。
心神喪失状態の穢神には、効果は覿面だろう。
「“それは、君の探してるものではないよ。”
“そのこどもは君の探す人ではないよ”
“よく見てごらん?わすれてしまったのかな”
“君まで間違ってしまうのかな”
“顔は?名前は?姿は?声は?性別は?”
“何か一つでも当てはまっているかな”
“それは、君の愛しいものではないよ。”
“ここにはいないんだ、わかるだろう?”」
穢神は、力を失ったように、へたりこんでしまった。
何かを訴えるように開かれた赤い唇から、毒々しい色の花弁が零れ落ちる。
彼女の爛れた頬を、涙が伝う。絶望じみたその姿に、情に心が揺れそうになった。
あれは敵だと自分に言い聞かせ、動きかけた感情をねじ伏せる。
「私は……
“僕は、君が探すものがどこにあるか知っているよ”」
罪悪感を無視して、彼女の心を踏みにじる真っ赤な嘘をついた。
彼女は、ゆるゆると顔を上げる
「“僕は知っている。君の大切なものを。”
“思い出したいかい?忘れたくないんだろう?”
“あいたいんだろう?”
“言いたい言葉があるんだろう”
“ならば追いかけておいで”
“さあ、おいで。追いかけっこをしようか”
“僕を捕まえられたなら、教えてあげよう”」
腕を大きく広げ、くるり、と踵を返した。
ゆらりと幽鬼のように立ち上がった穢神には、もう、一人しか見えていなかった。
ここまでは、成功した。あとはあそこまで逃げ切らなくては。
実は、なんども失敗し続けたのはここからだ。
基本的に彼女は、あまり攻撃性を見せない。
けれど、ここからは、死に物狂いで追いかけてくる。
加減等しないからか、捕まった瞬間死に至ることも多い。
他の人には目もくれない程に、関心は惹いた。
あとはもう、走り出すだけだ。
不格好に転がるように走り出すと、彼女もついてくるのが見えた。
このまま走り続けても、私の足ではいつか捕まってしまう。
だから小さな細工をする。
シミュレーション通りに、小さい石を、落とす。
それを踏みつけた彼女は、予測通り僅かに体勢を崩した。
“バタフライエフェクト”
カオス原理の講演、予測可能性―ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスにトルネードを引き起こすか、というタイトルを由来とする。
転じて、些細な出来事が、予測を大きく変えることを指す。
八割の確率で、私は予測を変えることができる。
たった一秒にも満たないタイムロスだ、けれど、
同じような現象を繰り返せば、彼女との一定の位置を保つことくらいはできる。
ギシギシと体が軋む、傷跡が痛み始める。
息が上がる。肺が痛い。
それでも、どうにか目指した場所にたどり着き、安堵の息を吐いた。
ヘレナの家への帰路。地肌が覗く崖。
先程と同じように、木の根が引きちぎられる音がした。
振り返り、大きく腕を開いた。
「“さあ、おいで”」
彼女を囲う花畑が広がった、瞬間
みしり、と大きく軋んで、
崖が崩れ落ちた。
「……さようなら」
すがるように、伸ばされた手が、潰された。
七日後に崩れるはずだった崖は、彼女の“地を割る根”の負荷に耐え切れず、
予測が早まり、土砂崩れが起きた。
しかし、この至近距離では、私も無事では済まない。
とはいえ、最初からそれ込みでの予測ではあるのだ。
土砂崩れに巻き込まれて、意識が飛ぶのをどこか冷静に受け止めていた。
これで、守れただろうか。
茜の能力にわかりづらいところがあると思いますので補足です。
茜は、自己流に自分の能力を判断しているため
本文中に誤りというか、茜自身も勘違いしている部分があります。
茜の能力は、目に映るもの、聞こえるもの、理解したもの
その全てを、数値化し、データとして記憶することができ、
貯蓄した膨大なデータを使い、架空の箱庭を創造し、
あらゆる動向をシミュレートすることができる。
ただ、データ自体は膨大すぎて、整理されず、探すことができない状態なので
人のスペックで見れるものではなく、
データを箱庭に落とし込むことで、どうにか扱えるものになる。といった感じ
クラウンの能力も補足です。
予知ではあるのですが、完全ではなく100年に一度、大小かかわらず
予知外の出来事が起きるので、その度に修正が必要になります。