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堕ちた神は聖女の夢を見るか

「まるで、メアリー・スーね」


「めありーすー?聞き覚えがないんじゃが、誰かの名前かの?」


首をかしげると、苦笑していた彼女は頬を綻ばせた。


「うぅん、ぼくのかんがえたさいきょうの……、ってこと

あんまりにも子供っぽいよね」


「よくわからんが、幼稚だというのには賛成するぞ!

あの阿呆どもときたら、まったくのう……」



「ああ、でも全て持っているからって、本当に幸福になるものなのかな」


囁くように、どこか哀れむような言葉をこぼした。


「タカトオ……?」


「少し思っただけ、なんでもないよ」


「そ、そうかの?それにしても申し訳ないのう

直談判はしてみたものの、あの怠け者は、動こうともせん、

動けない、意味がないなど、ようわからんことばかり抜かしおって」


そうこぼすと、羽をはためかせる音が聞こえた。

タカトオが少し体をずらすと、膝に白い小鳥が乗っているのに気がついた。

だらりと弛緩した純白の小鳥は、誰かを思い起こした。


「最近迷い込んでくるの、可愛いよね


ねえ、あまり自分を責めないで、あんまり、私は気にしてないから。

おまえも、友達になってくれたし、それに

リストがいる。だからね、もうそんなに辛くないんだ」


そう言って、ふわりと微笑む。

思わず抱きつくと、嬉しそうに笑った


「そういえば、そのリストはどうしたんじゃ?」


「ああ、おつかいに行ってもらってるの

なかなか尻尾を出さない男がいて、

その男との話し合いに私が行くのを、リストに反対されてね」


「ガキの癇癪かの、あやつもしようがな……」


「うるさい」


唐突に不機嫌そうな低い声が遮った。

部屋に入ってきたのは、少年から青年になっていく過渡期の

銀髪を持つ、黒ずくめの服を羽織った獣人、リストだった。


「聖女、帰った」


「うん、無事で良かった。一人で行かせてごめんね。

でも、次は行くよ、おまえ一人を矢面に立たせるつもりはないんだから」


「あんたは来なくていい、何度言ったらわかる

行く度殺されかけておいて、よく言えるな」


「そんなのリストが守ってくれるから、問題ないでしょう?

今まで一度だって、怪我をさせられたことはないじゃない」


タカトオがあっさりと反論すると、リストが絶句した。

聞いてみると、薬物を盛られたり、刺客を差し向けられたりというのが

幾度か繰り返されているとのことだった。


「なんというか、リスト、主も苦労しとるのじゃな」


「……、なんの進展もなかったが、兵士どもから、

盗賊と繋がっている、という噂を聞いたと証言が上がった」


「なるほどね、まず間違いないかも

どうりで、私のことが目障りなはずだよ


でも、相手は、尻尾切りの名人だからね」


「ああ、その程度じゃ……」


言葉を途切れさせたリストは、眉を顰め、思い切り舌打ちした。


「また、それを部屋に入れたのか、聖女」


タカトオの膝で、丸くなる小鳥を腹立たしげに拾い上げた。

タカトオも取り返そうとするも、リスト相手に叶うわけもない。


「リスト、主も鳥相手に嫉妬しておって疲れんかの、

どれ、我が持っておいてやろう」


小鳥はそこでやっと、面倒そうに目を開いた。

艶やかな金の目が、白色によく映えた。


その金の目は、ただの小鳥ではないことを示していた。

というか、よく見覚えがあるこの、眠そうな目は――。


「……おい、何をやっとるんじゃ、主、

怠け癖も大概にせえ」


「どうしたの?」


「……いや、というかリストはよくわかったのぅ、

この小鳥、正体は男神じゃ」


「そうなんだ、ただの小鳥ではないと思っていたけど」


「おい、あんたそこまで分かってたなら、警戒くらいしてくれ」


「これに関しては、警戒は必要ないじゃろうがの

とりあえず元に戻る気はないようじゃて、我が紹介しておくぞ


さっきまで話しておった、怠け者の大神じゃ、

我の腐れ縁での、タカトオの祝福を授けた神でもある」


「そっか、思考、知能上昇系の方かな、仲間の成長補正?」


「しこう?ああ、人に渡るとそこまでなんじゃな、そっちのほうじゃ」


「そう、ありがとうね、おかげでどうにか生きていられる」



そう言って笑った少女は、とても美しかった。

彼女が失われた今も、忘れられない。

ゆっくりと瞼を押し上げた。映るのは彼女のいなくなった神殿。

それと……


「よくもまあ、主が重い腰を上げる気になったものじゃな、

のう、クラウン?タカトオがいなくなった時には動こうともせんかったのに」


タカトオが行った時、動けたのは主だけだったではないか。

皮肉げに呟くと、眠そうに欠伸をして、くすりとわらった。

黄金の瞳、神特有の美麗さがある青年は。


「その通りさ、僕は彼女を見捨てた。けれど、それが必要だったんだよ。

あのどうしようもない馬鹿どもが、くだらない浅知恵を披露した時から


世界はね、崩壊に向かってまっしぐらなのさ」


こんな歪みなんかは、まだまだ、始まりのうちなんだよ。

もっとひどいことになるんじゃないかなあ、と彼は嘯いた。


「崩壊!?主!なぜそれを、黙っておった!?」


「神が介入すれば、するほど悪化するからさ、

だから、世界を救うためには、人の子らに任せるより、ほかになかったんだよ

彼女には犠牲になってもらう以外なかったのさ

だって、この世界を救える可能性を持ったのは、彼女だけだったんだから

そして、始まりのためには、終わらなくちゃならない」


そんなこと、道理じゃないか――


それは、そうだろう。第一に考えるべきは、この世界だ。

少数を切り捨てても、多数を救わなくてはならない。

手を汚してでも世界を守る。そのために情に流されてはならない。

なぜなら、我らは、


神なのだから。


あの子が友と呼んでくれても、結局我は、神以外の何にもなれなかった。

けれど、でも、あの子が泣いている姿が、胸を締め付けた。

異世界から、引き摺ってきたこどもの肩に、世界の命運を託すような真似をして

何が神か。


「じゃが、あの子には、何の義務もない

そんな目にあっていいはずがなかろう!」


激高し叫んだ瞬間、ぷはっと彼は吹き出した。

あははははは、と涙さえ滲ませながら、腹を押さえて笑った。


「うん、うん、君はやっぱりそうだろうね?

馬鹿だね、本当にお人好しが過ぎるんじゃないかな、


そんなだから、いつまでたっても、下層の神なんじゃないかなぁ?

原初の神らの一柱なのにね」


「笑うな!あやつらと

同類になるくらいじゃったら、全く、一向にかまわん」


「はは、潔癖だねえ」


彼は心底楽しそうに、そうつぶやいて、僅かに眉を顰めた。

端正な顔に、嫌悪が滲んだのを見つけた。


「そら、そろそろお出ましだよ」



「初めまして、だよね?

逢坂美月っていうの、よろしく」


にこりと完全無欠に微笑んだ少女は、完璧な聖女だった。


「忙しいところ、すまない。

少し、話したいことがあるんじゃ」


けれど、話し合いは困難を極めた。

話せば話すほど、少しずつすれ違っていく少女の言葉に、

違和感を覚え、その原因を悟って寒気がした。


「そんなの、嘘でしょう?」


彼女が、ぴしゃりとそう断言したのは、この世界の状況を説明した時だった。

一瞬、その意味を判じかねた。


「う、そ……?」


「ひどいよ、そんな嘘をつくなんて!

みんな、幸せだって言ってくれてるのに、あなたが何を知っているって言うの?

前の聖女は、ひどい人で、皆を虐げて、お金をばら撒いたんだよ。

その時皆が感じた悲しみとか、苦痛とか、ひもじさとか、何も知らないでしょう?

この世界をもう二度と、そんな目に合わせたくないの

だから、あたしは聖女で有り続けなくてはダメなの」


真っ先にこみ上げてきた感情は哀れみだった。

言い逃れをしたいというなら、わかる。けれど彼女は自分を信じきっていた。

先代の聖女が虐げていたのは、悪人どもだ。

お金をばら撒いたのは、民衆を餓えから救うためだ。

神殿や、中枢部のひもじさなど、高が知れる。

精々いい物を買えなくなったとか、贅沢できなくなった程度のものだ。


そんな言葉を間にうけ、信じきっている少女は滑稽で哀れだった。


「だって、あたしが間違えるはずないんだから」


少女がぽつりと呟いた言葉に、頭を殴られたような衝撃が走った。

ああ、そうか。そういうことか。

漸くあの子が憐れむように言った言葉の意味を理解した。

奪われた者だけを憐れんでいた時点で、我はあやつ等と大した差はなかった。

目の前にいるのは、あの子から“理不尽に奪っていった”神の共犯者ではない。

本来得るはずではない物を“理不尽に与えられた”被害者だった。


全て与えられるからって、幸せになるのだろうか。


そんな、わけがない。

全てに愛され、すべて成功し、何もかも“偶然”うまくいく人生に、

自らの努力が加味されない成功に、何の価値があるだろう。

苦痛も、悲しみも、絶望も、失敗も、敗北を知らないならば。

だれかの痛みを本当に理解することなど、できるはずがないのだ。

彼女にとって、痛みは、薄っぺらな紙の上のモノでしかなく。

だれかの悲しみによって彼女に生まれる感情は、共感ではなく、同情に過ぎない。


痛みや悲しみを解さない、優しくて強く、完全無欠で最強の聖女さま。


そんなのは、ただの化け物と、一体何が違う。


我らは、その愚かさ、幼稚さ故に、二人の少女の魂を歪めてしまった。

一人は、全てを奪われた少女、タカトオ。

もうひとりは、全てを与えられた少女、ミツキだった。


もしも、ミツキが、神の玩具にされることなく聖女になっていたなら

民の弱さや、過ちを正し、民を悪から守るために戦い、

罪を憎み、民を愛し、悲しみを少しでも取り除こうと、努力する。

強く、正しい女性になっていただろう。


悲しみを、絶望を知らない故に、欠落は彼女の信念を醜いものにしてしまった。

何もかも満たされた世界で、ミツキの魂は歪んでしまった。


「だから、みんなと話して決めたんだ。

皆を守るためなら、私は神にだって抗ってみせる。


私を下ろそうというなら、あなたを倒す」


彼女はそういって、詠唱を始めた。

意外と、反感は湧いてこなかった。

彼女が歪んでしまったのは神らのせい。ならば、我にも十分な罪があるだろう。

けれどそれは、きっと、どれだけ言葉を尽くしても、

彼女とは分かり合えないというあきらめからくるものだった。


「なるほどの、それも、よかろう。

我は、逃げるつもりも隠れるつもりもない。

穢神に成り果て、討たれる程度の罪は我にもあるじゃろう


のう、クラウン、主は無駄だと言いながら、我を止めようとはせんかった。

おそらくは、それが必要だったんじゃろう?

今、ここで我が討たれることで、未来は変わるかの?」


く、と、青年は唇を歪めて笑った。それが何よりもの答えだった。

失望はしない。この青年は“そういうもの”だと知っていたから。

ああ、だけど、気が遠くなるような長いあいだ、腐れ縁などとよんで。

折に触れ、懇懇と眠り続ける青年の世話を焼いたのは、きっと


「そうさ、君が討たれれば、世界は動き出す。未来を覆すための一手になる。

そうするのが、最善策だね、おそらくは彼女にとっても」


「主は逃げんで良いのかの?」


「うん、その通りさ、だけど、僕は、ね」


そう囁くようにいって言葉を途切らせた。

僕は……?一体何だって言うのだろう。

ああ、すこしでもこの結末に彼が、逡巡していてくれればいいと思った。

そんな子供じみた本音に自嘲した。


きっと我は、彼のことが好きだった。


何百年、何千年と、歳を重ねながら、十代の初心な女子のように

怠けグセの強い、けれど、神の中で最も重たい荷を背負った。

いつだって眠ってばかりいる、綺麗な彼を、我は


受け入れるように、瞳を閉じた。

暗闇の中、横からぶつかる様な衝撃を受け、

じゅう、と焼けるような痛みが腕を襲った。

腕?もしも彼女の能力が発動したなら、それだけで済むわけがない。

状況が理解できず、目を見開いた。


「ク、ラウン……!?」


彼は、抱きつくように覆いかぶさるように、

我を庇っていた。


「なに、なにをしとるんじゃ」


「はは、あーあ、間違えてしまったね」


困ったように眉を下げて、苦く笑った。

彼の白かったはずの肌は、グズグズと黒く爛れ、崩れていく。

金色の瞳も、黒く犯されて、爪は鋭く伸びた、

それは、紛れもなく穢神への変貌だった。


「愚か者がっ!なぜ、こんな真似をした!?

我が堕ちれば未来は変わるのじゃろう!?

主がこんなことをする必要などないはずじゃ」


「うん、そのとおりさ。

僕の行動のせいで、最善の未来は消えたよ。

きっと、僕が彼女を本当に見捨てたとしたら今この時なんだろう、ね……」


「なんの、話じゃ」


ふ、と笑い、よろめきながらも立ち上がる。

何が起こるかわからないって事さ、君は知らなくていい。


小さく呻いた彼の背中が裂けて、黒く染まった翼が吹き出した。


「さあ、逃げなよ。後ろを振り返らないように、できるだけ遠くにね」


「クラウン、主、は」


「僕はここで、せいぜい暴れることにするよ。

まあ、戦う能力なんてないようなものだけど、穢神としてなら

少しくらい抑えてられるんじゃないかなぁ、

彼がここにいないのは、不幸中の幸いだね」


知ってたから、こんな賭けに出たわけだけど、

そう言って、顔を寄せて、額を合わせるようにした。

瞬間、流れ込んできたのは、彼女が、彼の手を振り払う瞬間。

それから、その真実。


「これ、は、あ奴ら、なんということを……っ!!」


「これが、君が知らない、神の最大級の過ちだよ

逃げて、さ、本当のことを教えてあげてくれないかな」


「っ……!主も、一緒に謝るのじゃ、

主一人、ここにおいてはいけん!」


ぷは、といつものように吹き出して、

腹を抱えて笑い出す。

「うん、うん、君はいつでもそうだね。

お人好しで、おせっかいで、

本当に馬鹿だよねえ、でも、そういうところが、


僕は、嫌いじゃ、なかったんだよ」


だからさ、そのまま変わらないでよ。

何が起きても、何度裏切られても、何度絶望しても、そのままでいてよ


最善を捨ててまで、君を救ってあげたんだ。

僕の代わりに世界を守ってくれないかな


「クラウン……」


「最後くらい、格好つけさせてよ、

ほら、行きなよ」


とん、と軽く押されただけだった。

それでも、金縛りのように動かなかった体は、

意思とは反して、弾かれるように逃げ出した。


後ろで彼の咆哮が響いた。


「あっ、クラウンっ!」


「振り返るな!!」


彼らしくない、強い叱責に、身を竦めた。

腕に受けた、穢が少しずつ侵食を始め、意識が遠のいていく

忘れてはいけないはずの言葉が、ぼろぼろと手の間をすり抜けるように

記憶から溢れ落ちていく。


謝らないと、教えてあげないと。

でも、なにを、誰に?

なんで、逃げてるんだっけ、逃げてるの?

歩けているのだろうか。進んでる?

ああ、もう、つかれた。

あるきたく、ない。


ずるずると体を壁に縋るようにして、歩く彼女には、

何も見えていなかった。


ちょうど目の前にいた、立ち尽くした青年も。

いいや、目には写っていたのかもしれない。

けれど、それが誰であるかまでは、理解し得なかった。

まさか、謝らなくてはと願い続けた相手であることなど、

彼女には、わからなかった。






ふ、と穢神は、微睡みから浮上した。

薄暗い、洞窟のなか。地面も壁も埋め尽くすようにして

見事な大輪の、赤と黒と白の様々な花が敷き詰められていた。

ぞっとするような甘い匂いと共に、成長し、花開いて、朽ち果てる。

早送りでもしたように、それらが繰り返されているその中心に。

堕ちた神は、胎児のように体を丸めて、蹲っていた。


なんだか、ゆめを見ていた気がする。

なんだろう。やさしいゆめ。こわいゆめ。つらいゆめ。

あのこをうしなったゆめ。かれをみすてたゆめ。しょうねんをみつけられないゆめ

だけど、きっと、いまよりは良かった。

だって、ずっとひとりぼっちだ。


さみしいなあ、あいたいなあ。


けれど会いたい人の名前は忘れてしまった。

名前を呼べないということが、こんなに悲しい。

あのこも、こんなきもちだったのだろうか、と考えて


あれ、あのこって、だれだろう?というところに思考はもどる。

その堂々巡りは、なお一層心を蝕んで。

かれはもうねむったろうから、わたしもねむれば

かれにあえるのかもしれない

ああ、でも、やらなくちゃいけないことがあるはずで


なんだっけ。


そう、あやまらなくちゃ。


だれに。


あのこに?でも、あのこはもういないはずで

なら、


なら?


いつものように、そのまま諦めて、意識を手放そうとした瞬間。

耳障りな雑音に紛れて、その名が聞こえた気がした。


たかとお。


そう、そうだ、タカトオ、そう。教えてあげなくちゃ。


ずるりと花に埋もれた、躯を引き抜き、

ふらふらと、彼女は、花弁を散らしながら洞窟を抜けていった。


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