回収
「愛しているんだ。綾子」
返事をしない私に焦れたかのように王子が両肩をひしっと掴みかかってくる。
「だから、君を、護りたい」
真摯な瞳。情熱を感じる口ぶり。
侍女さんたちや、女学校時代のご学友達であれば、ときめきます!なんてこちらも
瞳をうるうるさせてしまうところかも知れませんが、残念ながら、私にとっては残念な案山子と同程度。
「あなたからが一番身を護りたいですわ」
取っておきの方にだけ見せる、極上の猫っかぶり笑顔で、さっと黒い棒を前に突き出す。
王子の脛を全力で遠慮なく狙い、王子が予見していたかのように飛び上がった
さらにその左腰へと打ち込みに掛かる。
あら、この黒い窓を閉めるための棒、なかなか使い勝手がいいですわね。
自分用に伸縮するこの棒をもらおうかと思いながら吹っ飛ぶ王子の後ろ姿につい、小さい声で呟いてしまった。
「たーまやー」
と。
いや、ほら、あまりに綺麗に吹っ飛んだからね。
手足を全部開いたまま。
「くっくっくっ」
角を曲がって続いていくらしいテラスの、角を曲がるか曲がらないかの暗闇の中から、
男性のくぐもった笑い声が聞こえてくる。
どこかで聞いたことがあるようなお声。
小首をかしげて記憶を掘り起こす私が、馬車で一緒だった王子のお付きの男性を検索し終えるのと同時に、再び蛙のごとく地べたへと吹っ飛ばされた王子がその男性へ文句を垂れ流した。
「カイル、笑うな」
「いやー。ジョシュ殿下の綺羅綺羅光線にこうも完全に立ち向かえる方が、あの「旅人」とは」
カイル、という名前に聞き覚えがあり、また今日一日の記憶を遡る。
「ああ。宰相閣下がおっしゃっていた」
「不肖オヤジ殿から既に説明があったかな」
「宰相様の息子であり、ジョシュ王子の友人でもある近衛カイル様。とりあえず困ったときの王子の回収はこの方へ。といわれたような」
かくん、と反対側に首を傾げながら記憶を掘り起こす私に、何故かカイルさんは崩れ落ちてお腹を抱えだした。
「!!!!」
もう、声にもならない、という笑いを全身で表現するカイルさんと変態残念蛙王子を交互に見つめると、私は長かった一日を思い返しながら、冷静にお願いした。
「今日はもう疲れて眠りたいので、王子様を回収お願いします」
ぺこり、と頭を下げて部屋へ引っ込む私に王子とカイルさんから
「おやすみ、僕のファム・ファタル」
「くっくっく!ゆっくりお休み下さい。「旅人」様。王子は責任もって回収しますから」
さあ、長かった一日がようやく終わります。
明日からは家人探しと王子退治、頑張りますよー!
あれ、王子って退治してもいいんでしたっけ。
いいですよね?