試練
気合を入れて客間に足を踏み入れたものの五分も経たない内に
既に私は打ちひしがれていた。
ナンデコウナッタ・・・。
宰相だという恰幅のいい紳士的な男性に、財閥を引きいる物腰は柔らかいけど油断できない父の姿を重ね合わせ少し懐かしい気分で挨拶を交わし、向かい合うソファに腰掛けようとした。
そう、ただそれだけだったはずなのに。
「?!」
さっと横から腰に手を回され、気が付いたら足の下には何だか筋肉質な、男性の足が。
慌てて飛び降りようとするも細く見えたその腕はがっちりと私の腰を固定して離さない。
「離しなさい」
射る様な眼でにらむものの、何も気づかない振りをして宰相と私が来る前から話していた話題の続きをにこやかに話す腹黒王子。
気づいているのは分かっているのに。
というか、初対面の男性の前で、王子の膝に座るなんて私がどう思われるのか!
必死に左腕を両腕で引き剥がそうとするが、本当にびくともしない。。。
にこやかに右手で持ち上げた紅茶をすすられ、
「あ、動くと熱い紅茶が掛かるかもしれないから危ないよ」
なんて悪びれもせず声をかけられると、私は一気に怒りと不機嫌の階段を駆け上がることに。
淑女にあるまじき行いです、とお母様が見ていたら怒られるかもしれなが、今ここにいない母より今ここにある危機だ。
叩いたり抓ったり、思いつく方法を端から試して左腕を外そうともがいていると宰相様が苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「殿下、仲睦まじいのも結構ですが、嫌がる淑女を腕に閉じ込めるのは」
全力で宰相様の言葉に首を縦に振る私。
「寝室の中だけにされた方が」
助けになってない!!!慌てて今度は首を横に振る私。
縦に振っていた時の二倍速で振っていたせいでぜいぜいと息があがってきた。
やっぱりこの国の男達、本当にろくでもない。
寝室でも嫌がる女性を閉じ込めるのは完全に犯罪です!!
「ああ、ごめんね」
とはいえ、人の目の前だということを思い出してくれたのか、王子殿下がいい笑顔をこちらに向けてくる。
期待した目線を上に向ける。
「貴方も喉が渇いたよね」
自分が口をつけていた紅茶のカップをそっと私の口元に当てる。
ち・が・うーーーーーーー!!
ええ。期待した私が馬鹿でしたよ。
「ああ、それとも人の前でももっと離れたくないのかな。愛しい人」
にこにこ笑顔の声から一段低く掠れた声で耳元で囁くのやめれ!
あと、誤解を招くような言い方もやめれ!!
私の方から乗ったわけでもなければ、離れたくないわけでもない!
むしろ、離せ!!今すぐ!
着替えの時に侍女達相手に肩を落としたよりも更にがっくりとうなだれ、私は戦意を軽く喪失したのだった。
これは異世界に飛ばされてきたこと以上に、私の淑女としての心構え、立ち居振る舞いを試す試練か何かなのでしょうか。
試練の時はまだ続くようです。