決意
「本当に王子殿下はお嬢様のことをお好きなんですよ!!」
「お小さい頃からずっとお嬢様をお嫁さんにと公言してはばかりませんでしたからね」
「王子殿下は話せるようになった頃からずっと「ファム・ファタル」と
お嬢様のことを国王陛下や妃殿下にも色々とお話されていましたからね!」
宰相殿がご挨拶にこられたという取次ぎを受けて、旅装から着替えたいので、
「出ていってください」
と、訴える私に散々食い下がった王子をどうにかこうにか攻防の末、
「私が着替え終わるまで宰相殿のお相手をお願いしますね」
と部屋から追い出すことに成功し、無事自分の両手を取り戻した私は、私付きになったと紹介を受けていたリタ嬢とマルタ嬢という二人の侍女の手を借りながら、複雑に背中で紐が編んである黄色のデイドレスに袖を通していた。
折角なので、着替えながら情報をもっと収集しようと、二人に王子殿下は少し、その、変じゃないかと、話を振ってみたところ、喜色満面、いつもどおりですと返答が返って来て、これにはがっくりと肩を落とすしかなかった。
しかも、物心つくか付かないかの頃から私のことを話していたとか、、、。
残念な王子で皆さん大変ですね。。。
私の無言の哀れみを肌で感じたのか、二人が慌てて言い募る。
「王子殿下は一途なところを除けば、本当に人格者として国民に慕われているのですよ」
「まだお若い時から「占」の能力を使って国難を救われたり、国王の補佐をしてしっかりと国政にも参加されておりますし」
王子についての話を振る前に、緊張していた二人と気軽に話して欲しい、できれば名前で読んで欲しいというやり取りを交わした後だけに、名前で呼んでもらうことは出来なかったが、お嬢様という呼び方で二人は私に色々なことを教えてくれていた。
「ファム・ファタル」というのが「運命の女」という意味でよく王子が口にするとか。
赤面物の言葉を延々公衆の面前で聞かされていたのかと思うと絶望しか浮かんでこない私に二人はなおも王子のこと、私の立場を色々と話してくれた。
でも、比較的ざっくばらんな話を聞けるようになる前から薄々気づいてはいたのですが。。。二人も主君であるだけに言葉は選んでいるものの、偏執的な愛情や言動は、国民全員に伝わっていて、その点は残念に思っているですよね。。。公開処刑を勝手に執行された気分です。
これで私はこの国を歩くたびにきっとひそひそと噂をされるのでしょう。
やっぱり残念な王子ですね。。。
ますます肩を落とす私に二人が更にどうにか王子の良さを伝えようと頭をひねっている。
曰く、女性には全般的に優しいとか。
曰く、女性がその優しさに恋心を抱いても、心に決めた人がいるからと貫く潔さとか。
曰く、それを受けて王子の幸せを願う女性陣が私の来訪を心待ちにしていたとか。
曰く、お嬢様が愛されて幸せだとか。
それってこの国に私の味方がおらず、自分を守りたければ自分で戦うしかないという情報じゃないでしょうかね??
二人が話せば話すほど絶望的な状況に嘆息した私は、どう贔屓目に二人が話してくれても軟派物の最低王子としか思えないと脳内に記録する。
思っていたよりも三倍は距離を置いて接することにしよう。
いえ、むしろ絶対に見かけたら全力で逃げよう。
突然見知らぬ世界に来た不安に、王子に対する警戒心が勝っていることで、自分が冷静に分析出来ているなど良い点があるのは認めるものの、十八歳の乙女としては、一方的に押し付けられる長年の恋情など、素直に受け止められないものなのだ。
しかも自分が会う前から「運命の女」として崇め奉られるだなんて、
怖気と怒りしか沸いてこない。
父と母の教育方針で、あまり感情を露にしない私にだって、女学校時代は友達とまだ見ぬ恋について話をすることだってあった。
まだまだ親が決めた婚約者を持つものも多く、政略結婚も多い時代だったので、いつかは王子様が、などとは良家子女たるもの夢を見れなかったものの、それでも、心通わす両親や社交界の憧れのご夫婦の噂に興じ、まだ見ぬ未来の旦那様に皆で夢を馳せたものだった。
自分だけを見てくれる人。
国のため、家族のために頑張ってくれる人。
自分達の持てる全てで支えるに値する人。
条件だけを挙げると、リタ嬢とマルタ嬢が薦めるジョシュ王子が自分達が理想としていた相手にかなり合致する確率が高いことは分かる。
それでも、心が惹かれないのは、表面的な軽さと上滑りな言葉以上に、王子が見ているのは「私」ではないことが引っかかっているからだった。
何も知らない世界で放りだされたりせず、迎えに来てくれた。
感謝はしている。
王城に連れ帰り、下にも置かない扱いで、侍女までつけて賓客として滞在を許してくれている。
本当に有難いと思っている。
そして、私のことを運命の人だと公言して憚らず、何くれとなく世話を焼いて耳元で甘い言葉を囁き続けてくれる。
不安な環境であれば、ときめいて、恋に落ちても不思議じゃない。
それでも、なお、相手のことを知らない以上に、知っても絶対に恋に落ちない、いえ、落ちたくないと感じている自分がいる。
この国で行われる「占」という方法で王子は今日、あの草原に落ちてくる「旅人」と運命を変える恋をするといわれていたと本人からも、リタ嬢からもマルタ嬢からも聞いている。
でも、それは、「私」じゃなくてもその場所に来た女性なら誰でもよかったのでしょう。
もちろん、王子の風評を聞く限り、「落ちてきた運命の旅人」だけを見ていくのはその長年の執着具合から想像に難くないが、それは「私」だけを見てくれる人とは違う。
私も、王子も、まだお互いを何も知らないのだから。
それなのに王子はもう恋に落ちたと言い、隙を見ては手を握り、甘い言葉を囁く。
そんな人物を信じて恋に落ちることなんて、逆立ちしてもできない。
「出来ましたわ」
侍女二人が満足げにドレスだけではなく、整えてくれた髪形や化粧まで見回して頷くのににっこりと口角を上げて礼を述べ、私は王子が宰相と待っている客間へと歩き出した。
心にしっかりと鍵をかけて。
身にはドレスアップという武装をして。
恋は戦争とどこかの本で読んだ記憶があるが、
討ち死にしても王子に恋なんてしない。
絶対にこの国から帰ってみせる。
さあ、開戦ですわよ。