攻防
「ねぇ、いい加減に離してくださらない?」
自分を捕らえたまま甲斐甲斐しく世話をする男を見上げながら
諦めたように溜息をつく。
城に着いた私を待っていたのはメイド服に身を包んだ大勢の女官や侍女の中央でぴしりと直角な礼をする執事さん。
「お帰りなさいませ。ジョシュ殿下」
彼が発した言葉に残念そうに私は天を仰いだ。
白服軍団の存在で薄々認めなければいけないと覚悟していたが、
やっぱりこの変態残念男がこの国の王子のようだ。
先に馬車を降り、私に手を差し出してくる変態王子、ことジョシュ王子を
きっとにらみつけると、
「変なことはくれぐれもなさいませんようにね」
と、目線で釘をさしてその手に止むを得ず掌を預けた。
エスコートしてくださる男性をないがしろにするわけにはいかないので
本当にや・む・を・え・ず。だ。
そして、執事さんの後ろで鷹揚そうに微笑み迎えてくれた国王陛下と王妃様に
「ようこそわが国へ」
「可愛らしい「旅人」さんね、ゆっくりくつろいでくださいな」
と熱烈、、、ええ、本当に熱烈としか表現がないほどの出迎えをされ、まずは夜までゆっくりくつろいで欲しいと王宮内の一室に与えられた部屋へと案内されたのだ。
国王夫妻自ら!
国賓級以上の対応に戸惑いながらも、引き合わされた私付きになるという二人の侍女と共に部屋に残された私は、国王夫妻や執事さん共々立ち去ると思っていた傍らの男がいつまでも残っているのに胡乱な眼を向けたのが実に半刻以上前のこと。
お茶を用意してくれたり、室内用の靴を用意してくれたりと甲斐甲斐しく動きまわる侍女さん達の手前、声を荒げたり、不躾な態度を取ることもできず、私は何度か彼に向かって
「もうエスコートは結構ですわ」
「手を離してくださらない」
「そろそろ一人にさせて頂けないかしら」
「少し休みたいのですが」
と、無言の訴えを目線で送っているのだが、ことごとく華麗に無視され、
さも自分がやるのが当然だというように私の椅子を用意し、座らせると、
帽子を取って髪を解きほぐし、侍女さんたちが用意したお茶を飲ませたり、
お菓子を食べさせたり、挙句の果てには私の足元に跪き、靴を脱がせると室内履きに履き替えさせたりまでしたのだ。
もう、我慢ができない。
またしても、婦女子の足元に跪くなんて!!!
侍女たちの手前と気を遣って目線で訴えていた自分の甘さを思い知らされた気分だ。
この人にはかなりはっきり言わないと伝わらない!
いや、むしろ伝わったところで、こちらの希望に沿った行動はしてくれないかもしれない。。。
柔らかな笑みの向こうの譲ることを知らない王者の瞳がもう一つ私の口元へとお菓子を運びながらじっと私を見つめてくる。
でもこの状況を続けるわけにはいかないのだから、はっきりと希望は口にしなければいけないわね。
そして、冒頭の一言。
「ねぇ、いい加減に離してくださらない?」
と苛立たしげに言い切った私に言った彼の返事を聞いて私は絶望することになったのだった。
「え、どうして離さないといけないんだい?」
馬鹿なのかしら。
ええ、本当に馬鹿なのかしら。
「侍女たちの前でずっと手をつないだままなのは、ちょっと」
「大丈夫だよ。彼女たちのことは気にしないで」
「ええ、私達のことは気にしないで下さいませ」
「お嬢様がお気にされることではありませんので」
明るく溌剌とした感じのよい二人の女性は今度は私の寝巻きやドレスを色々と用意してくれていた足を一瞬止め、にこやかに礼をした。
いえ、そういうことではなかったのですが。。。
でも、王子にも婉曲な表現は伝わらないようですね。
「私、手を洗いたいのですが」
「ああ、ごめんね。気が付かなくて」
私の横に座って口元にお菓子やお茶を甲斐甲斐しく運んでいた王子が侍女の一人に目配せして立ち上がる。
ふう。ようやく手を離してくれるかしら。
エスコートのために手を取られて以来、靴を履き替えさせられる時以外ずっと包まれた手を何度か引き抜こうとしたが、しっかりとどちらかの手を握られ、場合によっては両手で包まれてしまっていたのだ。
そもそも、令嬢として使用人を使うことは心得ているが、母上の方針で私は小さい頃から色々なことを自分でやらされてきた。特に戦争が始まってからは、出来るだけのことをやってきたので、彼がいろいろと世話をやいてくれなくても、大体のことは一人で出来る。
殿方に恥をかかせてはいけないとやんわりと拒もうとしたり引き抜いたりしてみたものの、ずっと手を取られているのは都合も悪ければ、気分も悪い。
「さあどうぞ」
目の前にボウルに入ったお水が用意され、王子が後ろに回った。
手を離して欲しい口実だったのに、何をするのかといぶかっていると、私の背後から両手を回し、片方ずつボウルの上に手を差し出させるとそっと水をかけて洗い出した。
手を洗いたいというのは、口実だったのにっ、、、、!!
悔しそうに歯噛みする私の心を知ってか知らずか、侍女から差し出された柔らかいタオルで私の手を片方ずつ優しく包み、水滴を吸い取ると王子は楽しそうに耳元で囁いた。
「他にも何かしたいことがあれば、遠慮なく、言って?大体のことはやってあげるから」
侍女たちに気づかれないようにきっと睨み付けると、使用人たちに向けていた柔和な笑みを貼り付けた口元が邪悪に歪み、緑色の眼が深い緑に色を変え、楽しそうに揺らめいた。
「休みたいのなら添い寝もするよ」
一段と低く小さな声で、耳に口付けるように囁くことも忘れない。
くっ!!この最低男!
この状況を楽しんでいますわね!
次は夜まで休みたいといって手を取り戻すつもりでいた私の先回りをして選択肢を潰した男が喉の奥で
くっくと哂う。
本当にこの国の男達は最低だ!
筆頭はこの後ろにいる男ですけどね!!!
嘆息した私を最低な変態男が愛おしそうに見つめてくるのは気が付かない振りをした。
向こうがその気なら私だって戦いますよ。無知は一つの武器です。ええ。
とにかく私は一刻、一瞬でも早く、私の両手を取り戻したい。
一人でできるもん。何でも。