説明
「・・・というわけなんだ」
あの後、更に男を無言で蹴り倒そうとした怒り猛狂う私を引き留め、自称王子にこれ以上の危害を加えないようにお付きの男性達が私を思いとどまらせた。
とりあえず彼の住む城へ移動しようということで、乗り込んだ馬車の中では、至極真面目な顔をして状況の説明を求めた私に、二人の出会いとこれからの「占」が決めたという頓珍漢な運命を語り始める。至極残念な男。
「妄想はもう結構ですわ」
本日初対面の殿方に、愛し、愛される必要性を説かれる意味が分かりません。
そして、国がそれで繁栄するのも、私が太陽だというのも全く持って理解ができません。
私はこの世で一番哀れなものを思い出しながら彼を見ることにした。
「いやいや、妄想じゃないよファム・ファタル。とりあえずコレを解いて、一度君を抱きしめさせてくれ!それで全てが分かるはずなんだ!」
目を細めて、しっかりとくくられた彼の腕の紐をじっと見つめる私に、必死で両腕を少しでも近くに差し出して、解いてくれるようにと促す王子。
「お断りします」
にっこりと拒否する私にうなだれる。
まずは状況を説明してくれと、彼から一番離れられるよう馬車の一番奥へと座った私にまた馬鹿の一つ覚えのように手を差し出しながら近寄ってきた彼には相応の対応が必要だったのです。
止むを得ません。
思わず習っていた護身術の動きで、王子の両手の親指のみを握り、引っ張るようにねじると、痛みに顔をしかめてうめいてるその隙に、帽子についていたリボンでさっと両手をしばり、これ以上近づいてこないよう私から対角線上にある馬車のカーテンレールへと結び目を引っ掛けておいたのです。
そして、この警戒レベルを解くつもりもありません。
文句ありませんわよね、と王子と私の馬車に一緒に乗り込んできた白い頭巾集団の一人へと目で問いかけると、
「殿下、諦めたほうが」
警護に当たる人物のようだが存外に若い声の男性が、笑いをかみ殺しながら王子の肩を叩きながら何度も何度も頷いた。
「少なくとも、城に着き、私の状況を説明していただくまで、解くつもりはありません。そして、城についても貴方が私に触れようとする限りは全力で応戦させて頂きます」
しっかりとした声で宣言する私に王子は更にがっくりとうなだれる。
あまりうなだれると椅子から落ちますわよ?
とにかく、まだ「ふぁむ・ふぁたる」なる言葉の意味は分かりませんが、
男の残念な妄想独白のお陰で、自分が異世界とやらへ来てしまった「旅人」だということ、「せん」というのは日本でいう「占い」に近い能力で、彼はその能力により私を迎えに来てくれていた、ということは理解できました。
現在の場所と自分の状況は把握できたので、あとは、城に着くまでは、この残念な王子のことは放置して、私は帰ることができるのか、その方法はどうしたらいいのか、あと、この残念な王子以外に私が帰るまでの間、保護してくれる方はいないのか。この辺りを早めに、この世界の詳しい情報共々、気安そうな王子のお付きの方に聞いておいた方がよいのかもしれません。頭の中で、身の安全以外に関することから質問の優先順位を決めていく。
その時、馬車が大きく揺れて、王子がその反動を利用してリボンをカーテンレールから引きちぎる。
「ああ、ファム・ファタル」
あっと思う間もなく、大きな腕の中に抱え込まれ、さっと彼の膝の上に乗せられる。
「何をなさるんですか」
手を振り上げるまもなく、腕を戒められていたお返しとばかりに今度は逆に私が彼の両手に腕を拘束され、体の両脇から動かすことすらできなくなる。
徐々に近づいてくる碧の瞳に、必死で
「それ以上近づくのは紳士のなさることではないですわよ!破廉恥です!恥を知りなさい!!」
と訴えかけたものの、、、。
「ねぇ、覚えていて」
耳に響く柔らかで優しい声でそっとささやくと、人を不安にさせるようなどす黒い笑みを浮かべた王子が嬉しそうにますます顔を近づけてくる。
「そういう抵抗は、男の嗜虐心をそそるから、この状況では逆効果だよ」
こんな男に唇を奪われるくらいなら、自ら舌を噛んだほうがましだ。
この変態男!!
ああ、それとも相手の舌を噛み切る方が今後の憂いもなくなるかしら。
逡巡する私にますます近づく男らしい唇。
「味見をしたいけど、「占」にそむいて君を失っても困るからね。
だから続きは「占」の通りの日に。今日はこうして腕に抱きしめられただけで十分だ」
あと髪の毛一本分でも近づけば触れるすれすれの所で男は瞳をきらめかしながらささやく。
「さあ、城へようこそ」
馬車が止まり、お付きの男が、また腹を抱えて笑いながらドアを開ける。
この最低男達!!
この国には変態で最低な男しか揃っていないのでしょうか。
男の腕からも、馬車からも慌てて降りると、両腕2本分以上王子から距離を置く。
あんなに耳の近くで話をされたことも、あんなに唇を近づけられたこともなかった私は、必死に動揺を押し隠しながら周りを見渡した。
先行きは不安ですが、とにかく、大日本帝国子女たるもの、どんな状況であれ、立ち向かうしかないのです。折角保護してお城にまで連れて来てくれてはいるのですから、王子の人間性や品性はどうであれ、この状況を上手く利用して、帰る方法を探し、できれば他に保護してくれる人を早急に見つけなくては。
でも、まずは、、、。
薙刀の代わりになりそうな何か武器が欲しい。
切実に。