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第二十五話

 翌朝。


 怪物と魔獣、そして二人の妖精という奇妙なパーティは樹海の中を進んでいた。まだ早い時間ということもあり、木々の葉や地面の草花には朝露が光り、時折雫が落ちては地面を濡らしている。


「今日も良い天気ね。それに空気がとっても澄んでるわ!」


 元気いっぱいに飛び回っているのはアナだった。早朝の清々しい空気を楽しむように翅を揺らしている。風や大気といったものと関係している妖精にとっては気持ちよくて仕方がないらしい。


「アナ、あまりはしゃぎすぎると疲れちゃうわよ」

「大丈夫だよ!」


 並ぶように飛んでいるシアの言葉に笑いかけ、アナは軽やかに空を舞った。


「クロ、道はこっちで間違いないか?」

『うん。この道を途中から外れたんだ』


 そんな二人の姿に目を細めてから、トールは目的地までの道のりを再確認していた。


 アーリス砦の周辺には、かつて人間かウッドエルフが使っていたと思われる道が幾つか存在している。今ではすっかり荒れ果ててしまっているが、辛うじて林道として機能していた。昔は馬車などが行きかっていたのか、生い茂る草花に紛れて轍もあった。


 トール達はその中の一つ、精霊の樹とは反対側に伸びる林道を道なりに歩いていた。


『あ、トールこっちだよ』


 木漏れ日が差し込む中をゆったりと進んでいると、クロが途中で足を止めた。クロが鼻先を向けた先にトールも視線をやった。


『アナ、ここだったよね?』

「そうそう。この先にあったの」


 クロの頭に降りたアナも道が間違っていないと頷いてくれた。もう一度じっくりと見回してみると、脇道の形跡が確認できた。ここにも轍が残っており、以前は何らかの車が通っていたらしい。とはいえ、轍の幅を見る限りではそれほど大きな車ではなかったようで、馬車ではなく荷車だろうと推測した。


「こっちか……」


 脇道を見つめていたトールだったが、不意に今まで通ってきた林道の先へと視線を振り向けた。


「トールさん」

「ああ。わかっているよ、シア」


 どこか悲し気な表情を浮かべて自身の名前を呼ぶシアに、トールは安心させるように笑いかけた。



 この道を進んだ先。そう遠くない場所に人間たちが暮らす小さな村があると教えてくれたのはシアだった。最果ての森が位置するのは、その名の通り辺境である。そんな辺境の土地を逞しく生き抜いている村だという話だ。


 異世界で目覚めてから目標としていた人間との接触が、この道を進めば果たせるのだ。その話を聞いたトールは、しかし、そこへ向かおうとはしなかった。


 人間から見れば自分が恐るべき怪物であることは自覚している。無理に接触を試みても良い結果にはならないだろう。


『トール? どうかしたの?』


 先に進んでいたクロが振り返れば、その頭に乗っているアナも首を傾げていた。足を止めたトールを不思議そうに見つめている二人に手を振った。


「なんでもないよ。さ、行ってみよう」


 怪物である自分にも友達が出来たのだ。人間との接触を諦めたわけではないが、今は穏やかに日々を楽しく過ごせればそれでいい。トールは心の底からそう思った。


******


 雑草が生い茂る道を進んで行くと、目的の場所にはすぐ辿り着けた。


「これはまた、凄いな」


 トールの目に飛び込んできたのは、朽ちた木々が大量に転がっている光景であった。かつては防壁が築かれていたのだろう。一部ではあるが、地面に深々と突き刺さったままの木材が残っている。


 その先にも同じように朽ちた木材が転がっている。それは防壁ではなく、木造建築物の残骸と思われた。崩れてしまっているが、杭基礎や抜けた床、それに半壊したテーブルや椅子といった家具も見て取れた。暖炉もあったらしく、石組みの一部が灰と共に残されている。


「この建物を守っていた……だけではないみたいね」

「ああ。あちらも大事なものらしい」


 興味深そうに周囲を見回していたシアが呟けば、トールも頷いた。


 二人の視線の先にはあるのは、ぽっかりと開いた洞窟の入り口だった。巨体のトールでも余裕で通れるほど大きな洞窟であるが、奥は真っ暗で何も見えてこない。じっと見つめてみても、ここからでは安全かどうかわかるはずもなかった。


『あの奥には何があるんだろう?』

「とっても気になるわ!」


 一方のクロとアナも洞窟を見つめていたが、こちらは今すぐにでも飛び込みたいと言わんばかりに目を輝かせていた。


「まずは此処を調べてみるとしようか。洞窟はその後だ」


 そわそわしている狼と妖精に笑いかけ、トールは改めて散乱する木々の残骸に目を向けた。


「何かに襲われたわけでは無いのかな?」

「そのようね。理由は分からないけれど、ここは破棄されたみたい」


 破壊された防壁や家屋といったところから、何者かの襲撃を受けたのだろうと思ったがどうにも違うようだ。戦闘の跡もなく、転がる木材も経年劣化の結果として地に還りつつあるように見える。ただ、所々に点在している土塊が奇妙と言えば奇妙であった。


「ずっと昔は誰かが居て、ちょっと昔に居なくなっちゃったのね」

「この様子では、ちょっと昔といえど十年以上は前だろうな」


 アナの呟きに言葉を返したのはトールだった。木材を持ち上げようとしたが、ぽきりと折れてしまった。風化の具合からそれなりの時間が経過していると推測した。


「それに、さほど大きな建物ではなかったようにも思える。もしかしたら、これは住居の跡ではないのかもしれない」


 大部分が崩れているが、かつての姿は大きな建物だったとは思えなかった。アーリス砦と比べるとなおさらだ。


 考えられるのは作業用の建物だろうか。何かしらの道具を保管していた場所か、それとも何かを管理していたのか。作業員が一時的に体を休めるための休憩所だった可能性もある。


「鍵を握るのは、やはりあれか……」


 トールは再び洞窟に視線を向けた。防衛用の壁まで作っているのだ。それなりに貴重な物が眠っていてもおかしくはない。一方で、かなり昔に放棄されたというのも事実だ。既に重要ではなくなったとも考えられる。


 ちらりとシアを見てみれば、彼女も難しい顔をしていた。トールと同じように色々と考え込んでいるようだ。


『やっぱり、何かあるんだね!』

「よーし! トールさん、行ってみましょう!」


 あれこれと悩んでいる二人とは対照的に、クロとアナは今すぐにでも飛び込んでいきそうだ。


「ま、百聞は一見に如かず、とも言うしな。入ってみようか」

「そうね。実際に見てみれば分かるものね」


 トールとシアは顔を見合わせて笑いあった。何があるか分からないが、だからこそ直接その目で見たほうが早い。


 とはいえ、ここから見える洞窟は真っ暗だ。以前、クロと一緒に飛び込んだ洞窟とは違い、光源は望めそうにない。アーリス砦から蝋燭は持ってきているが、できればもっと大きな明かりが欲しいところだ。


 そこでトールは背負っていた手製の籠を地面に置き、中から四本の木の棒を束ねて作った松明を取り出した。洞窟があったという話は事前に聞いていたため、昨日のうちに作っておいたのだ。


 松明作りなど初めての事だったが、松明に適した木や樹脂などをシアが教えてくれた。何度か試行錯誤した結果、こうして無事に完成させることができた。


 手早く火を起こし、松明の突端に燃え移らせる。すぐに炎が灯り、立派に松明として機能してくれた。


「よし、これで光源は大丈夫だ。さっそく洞窟に入ってみよう!」


 松明を持った右手を掲げれば、おーっ、とみんなの声が上がる。一行は好奇心を膨らませながら洞窟へと向かっていった。


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